日々草子 君に花を捧ぐ 3

君に花を捧ぐ 3













「相手は病人、相手は病人、相手は…。」
この一週間、コトリーナはこれを呪文のように繰り返していた。
「お嬢様、眉間に皺が。」
「あら、いけない。」
モッティに指摘され、美人が台無しだとコトリーナは鏡に向かって眉間に手をやる。が、すぐにまた皺がよる。
「そりゃ、分かってるのよ。病人だってことはね。ええ、分かっているわ。」
「はい、お嬢様。」
「でもね、あんまりな態度じゃなくて?」
アイハーラ伯爵家で静養を始めたナオキヴィッチの態度は一向によくならなかった。もっとも、コトリーナの父である伯爵には丁寧な態度であり、コトリーナに対する態度がぶっきらぼうなのである。

「コトリーナ、イーリエ公爵ご夫妻より手紙が届いた。」
アイハーラ伯爵がコトリーナも読んでおいた方がよいだろうと、それを渡して来た。
「まあ、公爵様ご夫妻は本当に心配されていらっしゃるのね。」
そこには、この半年、ナオキヴィッチの体が弱り始めたこと、朝も起きることが辛そうなこと、医者にも診せたがなかなか芳しくなかったことなど、細かな様子が書かれていた。
「ええと…愚息をなにとぞよろしくですって。愚息ってどういう意味だったかしら?」
「愚かな息子ってことだ。」
「ああ、そう。愚かな息子か…ん?」
今、答えたのは側にいるモッティの声ではない。コトリーナは手紙から顔を上げた。
「そんな簡単な言葉も分からないのか。」
ナオキヴィッチがいつの間にかそこにいるではないか。モッティは心配そうに二人を見ている。
「…あなたって、こんな素敵なご両親からもだめ息子って思われているのね。」
「は?」
「だって愚息って。こんなこと、ご両親に言わせるなんて。」
「お前、本当にバカだな。」
「何ですって?」
「愚息とは他人に対して自分の息子をへりくだって呼ぶことだ。」
「あら…。」
「まったく、俺に文句つける暇があったら本の一冊でも読んで知識を身につけろ。」
「余計なお世話です!」
またもやスタスタと出て行くナオキヴィッチ。その背中にコトリーナは両頬を手でおしつぶして変な顔をして見せた。

「何なのかしらね、まったく。」
怒りがおさまらないコトリーナは長椅子に腰を下ろした。
「公爵様は朗らかでお優しい方なんでしょう?奥様だってこのお手紙から察するにとてもお優しい方のようだわ。そのお二人のお子様だったら優しいはずでしょう?あ、もしかして突然変態ってやつかも。」
「突然変異だろ、それは。」
去って行ったばかりのナオキヴィッチが閉めたばかりのドアから顔を見せた。
「勉強しろよ。」
「うるさい!」
とうとうコトリーナはクッションをナオキヴィッチに投げつけた。が、ドアが閉まりそれは当たることがなかった。


しかし、翌朝コトリーナの怒りは心配へと変わった。
「お部屋にコーヒーを?」
これまで遅れてでも、食堂にその姿を見せていたナオキヴィッチが今日は部屋にコーヒーを運んで欲しいと言ってきたのである。
「具合が悪いのかしら?」
昨日自分が文句を言ったからではと心配になるコトリーナだった。あれだけ相手は病人と自分に言い聞かせていたのにと反省する。

「ナオキヴィッチ様、コーヒーをお持ちしました。」
自らコトリーナはコーヒーを運んだ。ノックして声をかけたが、中からは何も声が聞こえない。
「ナオキヴィッチ様?」
迷ったがドアノブに手を伸ばす。が、やはり鍵がかかっていた。
「ナオキヴィッチ様?」
もしや胸かどこか苦しくて声も出せないのではと不安が増すコトリーナ。
と、その前でガチャリと音がして、ドアが細く開いた。
「ナオキヴィッチ…様?」
いつも不機嫌な顔しか見せないが、この日はそれを通り越し、もはや病的といっていい顔だった。青白く今にも倒れそうな。
「ナオキヴィッチ様、お顔の色が。」
「コーヒーは?」
「お医者様をすぐに…。」
「医者は結構だ。コーヒーを。」
「でも…。」
「いいから。」
その物言いにコトリーナはビクッと体を震わせた。そして言われたとおり、コーヒーを乗せたトレイを渡した。
ナオキヴィッチは何も言わず、ドアをパタンと閉めた。



それから数日、ナオキヴィッチは起きてこなくなった。昼近くになってけだるそうに出てくる。さすがにアイハーラ伯爵も医者をと言ったのだが、イーリエ家にいるときに何人もの医者の診察を受けても皆、原因を突き止められなかったからとナオキヴィッチは断っていた。

「大丈夫かしら?」
今日もカーテンが閉めきられたナオキヴィッチの部屋を見上げながら、コトリーナは呟いた。やはり自分の言動が症状を悪化させてしまったのだろうか。謝ってもよくなるわけじゃないだろうし。何より、本人が滅多に姿を見せないのだから。

「お嬢様、ごきげんよう。」
窓を見上げていたコトリーナは驚いて振り返った。
「まあ、先生。」
コトリーナに声をかけたのは、近くの村に住む老医師であった。が、なかなかの腕でアイハーラ家の主治医も務めている。
「もしかして、ナオキヴィッチ様の?」
「ナオキヴィッチ様?」
どうやら違うらしい。あれだけ医者を嫌がっているのだから父が無理を承知で呼ぶわけもない。
「村人の病状について伯爵にお話をしにまいったのです。」
「村人…ああ、そういえば。」
ナオキヴィッチのことで頭がいっぱいであったが、アイハーラ家の領地でもある近辺の村で病人が出ているとの話はコトリーナも聞き覚えがあった。

「不思議なことに、患者は若い女性ばかりでして。」
まだ数人であるが、この間まで元気に働いていた若い女性が突然寝込んでいるのだという。
「疫病では?」
心配する父に、医者は首を振った。
「私も最初はそう思ったのですが、どうも違うようだ。熱もないし。少々重い貧血といったところで。」
「貧血…。」
「幸い、命をおびやかす程度ではなく薬を飲めばよくなるでしょう。確かに貧血は若い女性に多い症状ですが、こう一度に倒れていくというのは不思議ですな。」
とりあえず疫病でなく、命に別状もないということで伯爵とコトリーナは胸を撫で下ろしたのだった。



「それじゃ、行ってくるわね。」
医者の話を聞いた後、コトリーナは滋養のつく食べ物の入った籠を持って出かけた。今回はお供はモッティじゃなく別のメイドであった。

「あいつ、ピクニックでも行くのか?」
「え?」
モッティはナオキヴィッチの声に驚いて振り返った。相変わらず青白い顔色をしてナオキヴィッチがコトリーナの後ろ姿を見ている。
「違います。」
寝込んでいる村人の家に見舞いに行くのだと、モッティは説明をした。
「お供はお前じゃないんだな。」
「はい。」
本当は自分が付き添いたいところであるが、コトリーナからナオキヴィッチのことが心配だからメイド頭であるモッティは残って欲しいと頼まれていたのである。勿論、それはモッティは言わなかった。
「ああやって毎回、村人が倒れる度に出かけるのか?」
「はい。」
すでにコトリーナの姿は見えなくなっていた。
「お嬢様はどこかで子供が生まれた、誰かが倒れたと聞くと必要な物を持ってお出かけです。村の人も大層喜んでくれて。」
「ふうん…。」
壁にもたれ、腕を組むナオキヴィッチ。
「お嬢様は困っている人を放っておけないお方なのです。ですからナオキヴィッチ様のことも…。」
「俺の世話を焼きたがるのもそういうわけか。」
「はい。それだけじゃなくこのたびは同じ年頃のお嬢様がいらっしゃると聞いてそれはもう楽しみにしていらして。」
「で、現れたのがこんな無愛想な男でがっかりして怒ってると。」
「あまりお気を悪くなさらないで下さいましね。お嬢様、それはもう楽しみで1ヶ月以上前からお部屋の準備などしていらしてたので。一緒に刺繍や読書をして楽しむのだと。」
「お前、メイドの割には随分あいつに肩入れしてるな。ま、主だから当然か。」
「そういうわけではございません。」
モッティは笑った。
「私をはじめ、この館で働く者たちはほとんど身よりがないものでして。」
「身寄りがない?」
「はい。行き倒れになりかかっていたところを旦那様とお嬢様に見つけていただいた者もおりますし、仕事がないならばこの館で働いてはとすすめていただいて。おかげで飢えから助かり住む場所も。だから皆、旦那様とお嬢様には感謝してもしきれないのです。」
「そういえば、この館は皆、家族という雰囲気だな。」
玄関ホールを見回し、ナオキヴィッチは呟いた。そして再び階段を上がって行った。
「おしゃべりが過ぎたかしら?」
でもちょっとくらい、コトリーナの良いところを話して理解してもらっても罰は当たるまい、モッティはそう思った。



数時間後、ナオキヴィッチはコトリーナが準備した客間にいた。
「まったく落ち着かない部屋だな。」
レースがたっぷりで、ナオキヴィッチはいるだけで体がムズムズしてくる。が、自分が男だからそう感じるのだろう。
しばらく見回し、ベッドサイドに置いてある本を取り上げた。ページをめくる。
「くだらねえ本。」
女ならば楽しいのだろうか。ナオキヴィッチが本を閉じた時、
「あら、こちらにいらしたんですか。」
帰って来たばかりのコトリーナが外出着姿で立っていた。
「もしかして…こちらのお部屋が気になる…とか?」
「んなわけないだろう。」
「ですよね。」
また文句が飛んでくるだろうと、ナオキヴィッチはコトリーナに背をむけたまま思った。が、飛んでこない。
どうしたのかとナオキヴィッチが振り返ると、コトリーナが優しい微笑を浮かべ自分を見つめているではないか。
「よかった…。」
「何が?」
「このところ、具合が悪そうだったので。今日はご気分がいいようですね。本当によかった。」
それは心からそう思っているとナオキヴィッチにも分かった。あれだけ酷いことを言ったのに、どうして自分の体を心配してくれるのか。

ナオキヴィッチはコトリーナの前に立った。そして無言でその腕に本を持たせた。
「これは?」
「俺が読んだばかりの本だ。お前も読んで感想を聞かせろ。」
「…え?」
「こんな女々しい部屋は遠慮する。が、本の感想くらいなら話し合ってもいいぞ。」
そう話すナオキヴィッチの手には、コトリーナが準備した本があった。
「ったく、暇つぶしにもならない、こんな本。」
「ナオキヴィッチ様…。」
「刺繍の相手はごめんだからな。」
「…はい!」
ナオキヴィッチから渡された本を大事に抱きしめ、コトリーナは嬉しさでいっぱいだった。



しかしーー。

「ねえ、モッティ。お願い、ここの意味教えて!」
「無理です、お嬢様。私には難しすぎますわ!」
その晩、コトリーナはべそをかいていた。ナオキヴィッチがよこした本は数学の本だった。そしてコトリーナは勉強が苦手であった。
「せっかくナオキヴィッチ様が貸して下さったのに…。」
少し歩み寄れた気がするのに。この機会を失うわけにいかないと、コトリーナは訳も分からないまま、数字や記号の羅列と格闘したのだった。



「まあ、あいつには無理だろうな。」
おそらく困り果てているであろうコトリーナの顔を浮かべると、ついナオキヴィッチの口から笑い声が出た。と、その口をすぐに閉じる。
「…笑ったのは久しぶりだな。」
この半年、ちっとも面白いことはなかった。それどころか人と接することすら面倒であった。田舎に引っ込めば誰とも関わらずにすむだろうと、アイハーラ伯爵家の好意に甘えることにしたのだったが、まさかあんな娘がいるなんて。
「明日は食堂であいつのコーヒーを飲めるといいが。」
頼むから何も起きないでくれ、ナオキヴィッチは祈りながら灯りを消し、ベッドに入ったのだった。




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マロンさん、ありがとうございます。

今回はツンツンコトリーナちゃんからスタートなので、皆様に気に入っていただけるか不安でした。
マロンさんに楽しんでいただけて嬉しいです。
そうそう、その系統で正解です。本当、何も起こらないといいけど…起こらないと話は進まない(笑)

Yunさん、ありがとうございます。

そうなんです。遅れた参加でお恥ずかしいですがよろしくお願いします~。
花を枯らすというのは、この作品を扱った別の作品で見たのですが(まどろっこしい説明ですみません)、でもそちら系のお話ですよ。
そうそう、フラワーズは話題になっていますよね。うちにトーマはあるのですが、そちらはまだ読んでいないので。
図書館にあるようなので借りてみようかなと思いつつ…。
Yunさんのお祭りのお話、すごくよかったです!ああ、こういう結末なんだとびっくり。そしてホロリ…。

shirokoさん、ありがとうございます。

アハハハ、日持ちするお菓子持参!
それを夜な夜な食べているのでお腹いっぱいです…ってコメディですよ(笑)
人柄も半ば強引にリサーチさせられて、ちょっとは心に変化が起きたでしょうか。
そうそう、からかいたいは好きの一つなんですよね。
それに気づく時はくるのか…。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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