日々草子 イリエアン・シッター 2

イリエアン・シッター 2





「また預かって来たのか。」
「だって、お店がすごく忙しくて。」
コトリーナの腕の中には、またあの赤ん坊がいた。
「ヨシヤくんのお店、大量注文が入って。それで作る方ならばお手伝いできるんだけど、包装だと…。」
「作る方なら?」
ナオキヴィッチがギロリとコトリーナを睨む。
「そうです。でも、包装だと私の出番はないというか、お手伝いしたらその…包装紙が足りなくなるというか…。」
「要するに邪魔だってことだろ。」
「でもいつもお世話になっているから、せめてできることをって。」
「それでまた赤ん坊の世話か。」
コトリーナが頻繁に手伝いに行っている菓子店の主夫婦の息子、トシヤを今日も預かったのだという。
「さ、トシヤちゃん。コトリーナちゃんと一緒にあっちで遊びましょうね。」
「ばぶぅ。」
「ちょっと待て。」
部屋を出ようとした妻をナオキヴィッチは呼び止めた。
「お前、今日はこれから勉強の時間だよな?」
「…え?」
怯えた顔でコトリーナはゆっくりとナオキヴィッチを振り返った。
「でもトシヤちゃんと…。」
「勉強が先だ。」
「だけどトシヤちゃんを責任持って預かったし…。」
「問答無用。」
いつの間に来たのか、コトリーナの家庭教師が申し訳なさそうに立っていた。

「コトリーナちゃん、トシヤちゃんは私に任せて、ね?」
「…はい、お義母様。」
とうとう王妃までやって来てしまった。コトリーナは辛そうにトシヤを姑に預けた。
「トシヤちゃん、お勉強が終わったらすぐに行くからね。」
「ばぶ…。」
トシヤまで辛そうな顔でコトリーナを見る。コトリーナは文字通り後ろ髪を引かれる思いで、家庭教師と勉強部屋へ向かった。

「やれやれ。それじゃ母上、後はよろしく…。」
「はい、あなたのお仕事ですよ。」
王妃はナオキヴィッチの腕にトシヤを抱かせた。
「どういうことです?」
「どういうことも何も、あなたが面倒を見なさい。」
ニッコリと王妃は笑っている。
「俺は執務が…。」
「ええ、赤ちゃんを見ながらでもできるはずですよ。」
またもやニッコリと笑う王妃。
「いいですか?コトリーナちゃんはとても立派なお妃ですよ。困っている人を放っておけなくて。あなたもそれを見習うべきです。」
「は?」
「妻を助けるのは夫の立派な役目。さ、トシヤちゃん。この怖―いおじちゃんと一緒にコトリーナちゃんを待っていてちょうだいね。」
「ばぶぅ。」
「赤ん坊のくせに気が進まないという顔をしやがって…。」
「あなただっていつかは父親になるときが来るかも知れないでしょう?その時に備えて育児の勉強をする必要があるのだから。」
ナオキヴィッチもこの母には簡単に勝てないのである。


「じゃ、ここに座ってろ。邪魔するなよ。」
ナオキヴィッチは執務室の長椅子にトシヤを座らせた。ここならば一応目も届く。
「ったく、何で俺が…。」
ブツブツ文句を言いながら、ナオキヴィッチは机に向かうのだった。

一時間ほど経った頃。
ガシャーンという音で、ナオキヴィッチは書類から目を上げた。
「どうした?」
見るとトシヤの前にあるテーブルから何か落ちたようである。
「何だ、いたずらしやがって。」
トシヤが落としたのは、結婚式のナオキヴィッチとコトリーナの絵であった。小さ目のそれは写真立てに入れ飾ってある。
「あーあー。」
「ん?」
拾った絵にトシヤが手を伸ばす。ナオキヴィッチが近づけてやると、どういうわけかトシヤはナオキヴィッチの顔をペチペチと叩くではないか。
「お前…もしかしてコトリーナのことが好きなのか?」
「だう!」
「おいおい、お前の親と同じ年齢だぞ?」
「あう、あう、あう!」
「愛があれば年の差なんて関係ない?」
「ばぶぅ!」
邪魔だとばかりにナオキヴィッチの顔をペチペチと叩くトシヤであった。

ナオキヴィッチはトシヤの隣に座った。
「いいか?こいつは俺の妻なんだ。俺とコトリーナは結婚しているんだ、分かってるよな?」
「あぶぅぅぅ。」
「ブーイングかよ。」
隙あらばとトシヤは絵の中のコトリーナに手を伸ばす。面白くないナオキヴィッチはトシヤから絵を遠ざけた。
「ばぶ、ばぶ、ばぶ!」
「ふん、いいか。お前の知らないコトリーナを俺は知っているんだからな。」
「ばぶ?」
「あんなコトリーナとかこんなコトリーナとか…俺しか知らないコトリーナ。お前なんて想像もできないような格好をさせたりさ…。」
と言いかけたところで、ナオキヴィッチはハッとなった。
「俺は赤ん坊相手に何をムキになっているんだ?」

「トシヤちゃん!」
そこへ勉強を終えたコトリーナが息を切らせて入ってきた。
「お義母様の所へ迎えに行ったらこちらにいるって。ああ、トシヤちゃん!」
コトリーナはナオキヴィッチの側からトシヤを抱き上げ、頬ずりをした。うっとりとするトシヤがナオキヴィッチは面白くない。
「ごめんなさいね、さ、コトリーナちゃんと一緒にお散歩に行きましょう。」
「ばぶ!」
「その後は一緒にお風呂に入りましょうね。」
「ばぶぅ!!」
「ちょっと待った!」
喜びの声を上げるトシヤを睨みながら、ナオキヴィッチが言った。
「今、何て?」
「お風呂に入りましょうって。」
「誰の許可を得て?」
「は?」
今度はコトリーナが怪訝な顔をする番だった。
「許可って、お風呂に入るのにいちいち許可なんていらないでしょう?」
「じゃあ、俺も入る。」
「あら、そうなんですか?」
あっさりとコトリーナがナオキヴィッチの申し入れを受け入れた。
「トシヤちゃん、王子様がトシヤちゃんと一緒に入りたいって。今日は王子様に入れてもらいましょうね。」
「はあ?」
「あぶぅぅぅ!」
ナオキヴィッチとトシヤから同時に抗議の声が上がった。

「いや、そういう意味じゃなくて。」
「じゃ、どういう意味で?」
「そもそも、風呂ってお前が一緒に入る必要ないんじゃないのか?」
盥とか用意して入れてやればいいとナオキヴィッチが言うと、
「でも二人でキャッキャッとはしゃぎながら入った方が楽しいんですもの。」
「じゃあ、俺も入る。」
「俺も?」
「俺とお前とトシヤの三人で入ればいいだろ。」

「…何を言ってるんですか!!」
ようやく事態をのみ込めたコトリーナは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「は、は、は、裸なんですよ、こっちは!」
「今更何を。」
冗談じゃない。コトリーナのあられもない姿を知っているのは自分だけで、その分トシヤに勝っているはずなのに、風呂に入られたら優位に立てなくなってしまうではないか。
「こないだだってお前、ベッドの中で…。」
「あ、あ、あれは灯りがないから!」
「じゃあ灯りを消していいから。闇風呂状態で…。」
「おかしいでしょうが!!」
「じゃあ、どうしろと。」
「それはこっちの台詞です!」
顔を真っ赤にしてコトリーナはナオキヴィッチを睨んだ。
「もう!やっぱりパンツ王子のままなんですね!信じられない!」
相手にしてられないとコトリーナはトシヤをあやしながらドアを音を立てて閉めて出て行ってしまった。



「気持ちいい?トシヤちゃん。」
「ばぶぅ…。」
「あん、くすぐったい!そんなとこ触っちゃくすぐったいよ、トシヤちゃん。」

「…どんなとこ触ってるんだ、あのエロ赤ん坊。」
バスルームの側でナオキヴィッチは敗北感をひしひしと感じずにいられなかった。




「あーあ。トシヤちゃん、帰っちゃった。」
入浴後、予定より早く迎えに来た両親に連れられ、トシヤは帰ってしまった。
「ヨシヤたちも遠慮ってもんがあるんだろ。」
いくら幼なじみだろうが、未来の王妃に預けるのは遠慮というものがある。きっと急いで仕事を終えてきたのだろうと想像に難くなかった。
「遠慮なんてしなくていいのに…王子様が変なことばかり言うから、トシヤちゃん疲れちゃったんですよ。」
「疲れるタマか、あれが。」
「もう!」
ベッドの上でコトリーナは面白くないという顔をしている。
「ま、そのうち自分の赤ん坊を抱ける日もあるだろうよ。」
「そうですかねえ…。」
この時とばかりにナオキヴィッチはコトリーナのパジャマを脱がせたいところであるが、どうもコトリーナの気はここにあらずというところ。

「女の子だったら一緒にお菓子作れるわね。」
コトリーナはどうやら未来の自分の赤ん坊を思い浮かべ始めたらしい。
「…スイーツテロリストが二人になるのか。」
「え?」
「あ、いや。うん、そうだな。」
ここは妻の機嫌を取っておいた方がいいだろうとナオキヴィッチは同調する。
「あ、もしかしたら!トシヤちゃんのお嫁さんになりたいって言ったりして!」
「…何?」
「だって年齢も近いし、お菓子作りが好きという共通性もあるし。」
「トシヤの嫁…。」

************

「え?お、王子様ってあなただったんですか!」
結婚の挨拶に来たヨシヤ夫婦はナオキヴィッチを見て驚愕した。
「あなたはいつぞや、僕をコトリーナちゃんの相手と勘違いして首をしめてきた…。」
「結婚後もうちの店をうろうろして、いちゃもんつけてきた人はあなた様…。」
そしてゴニョゴニョと話し合うヨシヤ夫婦。
「申し訳ありませんが、そんな恐ろしい方の娘様を息子の嫁にするのはちょっと…。」

「お父様が変なことばかりするから、トシヤくんのお嫁さんになれないじゃないの!!」
部屋で泣き崩れる我が娘を前に、ナオキヴィッチは何も言えなかった。
「可哀想な王女…。」
涙を流し娘を抱きしめるコトリーナ。その目はナオキヴィッチを睨み付けている。
「ごめんなさいね、私がパンツ王子と結婚したばかりに…。」
「パンツ王子!ああ、そんな人がお父様なんて嫌!!」
「ああ、王女。ごめんなさい、母を許してちょうだい。」
「お母様、どうしてこんな変態なわからずやの人と結婚したの!」
「気の迷いだったのよぉぉぉ。」

************

「…嫁になんてやらん!!」
「え!?」
突然のナオキヴィッチの大声にコトリーナは飛び上がった。
「な、何です、急に!」
「いや、ちょっと色々考えてしまって…。」
「もう、王子様ったら。」
クスクスとコトリーナは笑った。
「まだ生まれてもないし、女の子かどうかも分からないのに。嫁にやらないなんて、おかしい!」
「そうだな…。」
色々な事情があるのだがとナオキヴィッチはコトリーナを見た。コトリーナは「ん?」と可愛い顔をこちらに向けている。
ああ、何て愛おしいのだろうとナオキヴィッチがその体を抱き寄せようとした時だった。

「…お父様、元気かしら?」
「え?」
突然の言葉に、ナオキヴィッチは妻の顔をのぞきこんだ。
「トシヤちゃんがヨシヤくんたちと帰るとき、すごく嬉しそうだったでしょう?そして、さっきの王子様の嫁になんてやらんっていう言葉を聞いて、お父様を思い出しちゃった…。」
グスンとコトリーナは鼻を鳴らす。
「まさかの…ホームシック?」


「…そのうち、里帰りするか?」
ナオキヴィッチは溜息をついて、しかし優しい顔をコトリーナに向けた。
「…結婚してからお前、実家に帰ってないしな。」
「いいんですか?」
「ああ。」
「ありがとうございます、王子様!」
コトリーナがナオキヴィッチに抱きついてきた。ナオキヴィッチもしっかりとコトリーナを抱きしめる。
「王子様も一緒に!」
「いや、俺は…。」
せっかくの親子水入らずの時間を邪魔するのは吝かではない。ナオキヴィッチは遠慮しようとした。
「ああ、ジーンの魚の掴み取り、久しぶりに見たいわ!」
「ジーンの魚の掴み取り…。」
コトリーナの言葉に、ナオキヴィッチは以前聞いた話を思い出した。魚そっくりの顔をしたコトリーナの幼なじみ、そのジーンが魚を掴み取り…。
「…うん、お前の育った場所、久しぶりに俺も見たいな。」
「じゃあ、一緒に行きましょう!楽しみだわ!」
はしゃぐコトリーナはやがて寝息を立て始めた。やれやれ、これじゃ赤ん坊を見るのはいつの日かと思いながら、ナオキヴィッチは可愛い妻の額にキスをして、灯りを消したのだった。





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赤ちゃんに,やきもちを焼く、ナオキビッチ、大人げないv-8ぶぶぶ

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りょうママさん、ありがとうございます。

そうなんですよね。私も書きながらこれは一番やってはいけない育児方法じゃと思っちゃいました(笑)
自分の子供だと少しは変わると思いますけれど。
本当、乳児に何を張り合っているんだか。余裕をもって見守ればいいのにと思います。
二人とも子供みたいだから、親になるのはまだまだといったところでしょう。

たまちさん、ありがとうございます。

そうです、また預かった赤ちゃんです。
コトリーナちゃんにすっかり懐いちゃって。
ナオキヴィッチ、どうして赤ちゃんの言葉が分かるんでしょうね。愛するコトリーナを狙っている人間に関しては何でも理解できちゃうといったところなのか。
まだ赤ん坊だから大目に見ているけど、ちょっと成長したら絶対王宮立ち入り禁止になるでしょう。
そうですよ、自分の娘と結婚したら義理の息子に…でも赤ちゃんの頃のことだからと少しは大目に見てくれるかもしれません。
いつかこの二人がわかり合える時が来るのか、そしてヨシヤくんの前にナオキヴィッチが姿を見せる日が来るのか…。

ねーさんさん、ありがとうございます。

お久しぶりです。うふふ、大蛇森が出てこないからむじかくさんは登場しないかと思ってましたが…いやあ、引っかかった!
そうですね、私もアップした後にバリ、ネチョがないことに気づいて!ああ、今回はお菓子作りカットしちゃったなと。
闇風呂、入っているところを想像したら笑えますよね。大騒動になりそう!
赤ん坊にヤキモチ妬くナオキヴィッチが書きたかったので、とても楽しかったです!

マロンさん、ありがとうございます。

ベビーシッターに全然なってませんけどね(笑)
トシヤちゃん、0歳にして恋のライバルです。よかったね、ナオキヴィッチに認めてもらえて(笑)
本当に適当に訳しているんじゃないかってくらいですけど。
そりゃあ赤ちゃんといえども、自分以外の男と一緒に…なんて想像しただけで身もだえることでしょう。
妄想もすごいことになっているし。
いつかこの二人、親になれるといいですよね。

紀子ママさん、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ読んでいただいた上、そんなに喜んでいただけで嬉しいです。
ありがとうございます。
いや、コトリーナちゃんは自分のレベルは分かっていないような。
とにかく弟子として優秀だと思い込んでいると思います。
ベビーちゃん、しゃべれなくても本当、レベル高いですよね。
コトリーナちゃんに懐いている様は可愛いけれど。そして本気になって相手をしているところは、ナオキヴィッチとベビーちゃん、精神年齢一緒かもしれませんね。

なおちゃんさん、ありがとうございます。

本当、大人げないですよね!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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