日々草子 イリエアン・クール

イリエアン・クール

『杜の都…』の続きじゃなくてごめんなさい。
あちらは書くのに時間がかかるので、パーッと書けそうだったこちらをとりあえずアップします。

☆☆☆☆☆







「うわあ、すごくおいしい!」
イーリエ王国の王位継承者の妃であるコトリーナは、この日も幼なじみのパティシエ、ヨシヤの店に来ていた。
「嬉しいな、コトリーナちゃんにそう言ってもらえると自信もってお店に出せるよ。」
コトリーナが食べていたのは、ヨシヤが夏向けに試作したヨーグルトムースケーキだった。
「夏はケーキの売り上げがどうしても落ちちゃってね。」
「そうなの?私なら一年中食べてもいいくらいなのに。」
「夏だからといって閉店しているわけにいかないし。せめて涼しさを感じられるお菓子を多く出そうと思ってさ。」
ヨシヤは他にもムースやババロア、ゼリーといった見た目からも涼しさを感じる品物、味はオレンジやヨーグルト、レモンなど爽やかなものを用意するのだという。
「確かにここ数日、暑い日が続いているわよね。」
二切れ目のケーキをもごもごと食べながらコトリーナは外を見た。
「王子様も私のお菓子、やっぱり暑いせいか食べるのが辛そうなのよね…。」
「王子様の胃袋にもとうとう限界が来たのでは…」という台詞をヨシヤはすんでのところで飲み込んだ。
「そうよねえ、食べてくれる人のことを考えて作る必要があるわよね。いくら私のお菓子が絶品だといっても。」
「え…ああ、うん、そうだね。絶品…うん、他にはない…味っていうか。」
しどろもどろになりながらもヨシヤは誤魔化す。

「ねえ、ヨシヤくん?」
食べ終えた後、コトリーナは店の準備を手伝いながらヨシヤにたずねた。
「私のお菓子って見た目はともかく、味がちょっと安定しない時があるのよね。」
「安定している時があるの!?」
「ん?」
「あ、いや。それはほら、作る方が人間だからコンディションとか関係してくるし。」
「コンディショナー?髪を洗うものが?」
「いやいや、コンディションね。作る人の状態ってこと。ほら、調子のいい時と悪い時があるでしょ?」
「でもヨシヤくんはどんな時だっていつも同じ味のお菓子を作ってるじゃない。」
「それは一応、プロだし。お金を払ってお客様に買っていただく以上は。」
「うーん、私もプロなんだけど。」
「ああ、そう。うん、いろいろな意味でプロだよね。いや、プロ意識を持つことはとてもいいことだよ、うん。」
「王子様からお金を取るわけにいかないしなあ。」
「そりゃそうでしょ。」
とにかく、コトリーナ自身も味の不安定さは認めているのかと、ヨシヤは意外な感じであった。

「原因は分かってるの。」
「え?そうなの?」
「うん。」
頷くコトリーナの顔がポッと赤くなった。
「作っているときにね、王子様のことをいっぱい考えちゃって.頭の中がお菓子よりも王子様のことでいっぱいになっちゃうの。」
それを聞いたヨシヤはニッコリと笑った。
「素晴らしいことだよ。食べる相手のことを十分考えているじゃない。」
「でもそれで材料の計量とか、オーブンの温度とか時間とかおろそかになっちゃうでしょ。それで味が一定しないんだわ。」
「ああ、それは問題だね。」
他にも原因は山のようにありそうだが、とりあえず大事な点はコトリーナも理解しているらしいことに、ヨシヤは胸を撫で下ろした。

「じゃあさ、こうしてみたらどうかな?」
「うん?」
ヨシヤはコトリーナにとある方法を耳打ちした。




「王子様、お帰りなさいませ。」
コトリーナがヨシヤから方法を託された日から三日後、朝から外出していたナオキヴィッチを侍従らが出迎えた。
「何だ?甘ったるい匂いがするな。」
王宮のあちこちから漂う甘い匂い。
「ああ、本日は妃殿下よりお菓子の差し入れをいただきましたので。」
まだ残っているというそれを侍従はナオキヴィッチに見せた。それはおいしそうなヨーグルトムースケーキである。
「へえ、どちらの国の妃殿下が?」
「は?」
侍従はキョトンとなった。
「どちらのと申されましても…コトリーナ様ですが?」
「へえ、同じ名前の妃殿下が他国にもいるのか。面白いな。」
「は?」
またもや侍従はキョトンとなった。
「他国の国王と王妃、俺と同じ立場の王位継承者の名前は大抵把握しているが、その妃まではあやふやだからな。他国のコトリーナ妃もケーキ作りが趣味なのか。コトリーナという名前はケーキを作りたがる名前なんだろうか。」
面白そうに笑うナオキヴィッチ。
「いえ、王子様。この国のコトリーナ様でございますよ、王子様のお妃様の。」
「…は?」
ナオキヴィッチの眉がひそめられた。
「…警備は何をしていた?」
「警備?」
「偽物の妃が王宮に迷い込んでケーキを作っているのを黙って見ていたのか?お前たちはそれに毒が混入されていると疑いもせず、暢気に食っていたのか!」
剣を侍従に向け、ナオキヴィッチは怒鳴った。
「ち、違います!何を一体そんな…。」
「俺のコトリーナがこんな上手にケーキを焼けるわけがないだろうが!」

「王子様、お帰りなさいませ。」
そこへパタパタとコトリーナがやってきた。
「え?何をしているんですか?」
ただならぬ光景にコトリーナの顔が青くなった。
「お前…。」
とりあえず剣をおさめたナオキヴィッチはコトリーナの側に立った。
「お前、今日ケーキを侍従たちに差し入れたか。」
「え?はい、しました。」
それを聞いた侍従らはホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、ヨシヤの所から買ってきたのか。」
「いいえ。私が作りました。」
確かにコトリーナからは甘い香りがする。
「…本当に?」
「ええ。」
侍従たちが手にしていたケーキをコトリーナは見た。
「あら、お口に合いませんでした?」
「いえ、滅相もない。」
侍従たちはブンブンと顔を横に振った。
「とてもおいしくて、皆喜んでおります。」
「そう、よかった。」
それでも見た目だけがいいのではと疑うナオキヴィッチは、そのケーキを少しかじった。
「…うまい。」
信じられないことに、味も絶品であった。



「ヨシヤにアドバイスね。」
部屋に入り、コトリーナから事情を聞いたナオキヴィッチはそういうことかと納得した。
ヨシヤがコトリーナに授けた知恵、ナオキヴィッチのことで頭がいっぱいになるのならば、他の人へ作るものは問題なくできるのではということであった。それでコトリーナは侍従たちに作ったのである。
「お菓子以外のことを考えないように、心を無にして作ったらうまくいったんです。」
「へえ。」
「だから明日、王子様のデザートを作る時もこの方法でいきます。そうすれば絶対失敗しないし!」
「そう祈ってるよ。」



翌日、コトリーナは意気揚々と専用キッチンにこもった。
ナオキヴィッチは執務の合間をぬって、こっそりとキッチンの鍵穴から中の様子をうかがった。
「うわ!」
思わず声に出しそうになるのを堪えながら、ナオキヴィッチは腰を抜かした。
「な、何だ、あの顔は?」
鍵穴の向こうに見える妻の顔はいつものそれではなかった。
「何だろう、あの無表情ぶりは…。」
愛らしい大きな目は半目状態、楽しいおしゃべりを生み出す口は横一文字。
「地蔵みたいな…。」
いや、地蔵だってもう少し愛らしいだろう。これが心を無にするということなのか。
「確かに無駄な動きがない。」
無表情でサササッ、サササッと動くコトリーナ。

「王子様はどうしてあんなコソコソとご覧になっているのだろうか。」
鍵穴から見つめる王子の姿に首を傾げる侍従たちの呟きなど聞こえることなく、ナオキヴィッチはしばらく心を無にしている妻を見つめていたのだった。



「どうぞ、王子様。」
できあがりのケーキを持ってきたコトリーナの顔はまだ無表情であった。
「それじゃ。」
昨日と同じヨーグルトムースケーキであった。ナオキヴィッチは一口食べた。ヨーグルトの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。
「うん、うまい。」
感想を言った後、「おい、そろそろ戻っていいぞ」とコトリーナに告げた。たちまちコトリーナの顔がパーッと明るくなった。
「本当ですか?」
「ああ、だけど。」
「だけど?」
満面の笑みを浮かべているコトリーナの顔をナオキヴィッチは両手で包んだ。
「できればこの顔で作ってほしいな。」
「で、でも、それだと味が…。」
「味よりも、俺はお前が楽しそうに作っていることが何より嬉しい。」
ムニムニとナオキヴィッチは妻の頬をつまんだ。
「でも、私の中の王子様への想いが膨らみすぎて…それで…。」
「ふん、破裂したって俺がしっかりと受け止めてやるさ。」
顔を両手で挟んだまま、ナオキヴィッチは笑った。
「それくらいの覚悟がないと、お前と結婚なんてしてねえし。」
「王子様…。」
「俺のことをそれだけ好きだってことだろ?お前の中には俺しかいないって証拠だ。」
「…はい、王子様。」
つまりコトリーナの自分へ対する愛情が大きければ大きいほど、お菓子は残念な結果になるわけだが、その方がナオキヴィッチは嬉しい。
「ま、他の奴へ作る時はあの顔でいいが。」
「そうですね。」
やはり他人には気を遣うべきだと言われているのだとコトリーナは一人合点していたが、ナオキヴィッチの本音は、
―― ばあか、俺以外の人間をお前の心に住まわせるのが許せないだけだ。
というものである。が、それにコトリーナが気づくわけがない。

「明日からまた、胃袋を丈夫にして頑張って食ってやるから。」
「もう、そういうこと言わないで下さい!」
それから数時間、ナオキヴィッチの部屋には誰一人近づかなかった。いや、近づけないほど野甘さが廊下にまで漂っていたのである。



☆あとがき
コトリーナの無表情は、原作のテニスのダブルスの時の顔を想像してました。

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うん!可愛い、コットリーナちゃん、お菓子より、可愛い顔で、お菓子を作るコットリーナちゃんが、ナオキビッチは、大好きなんですね。

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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