日々草子 ペルソナ・ノン・グラータ

ペルソナ・ノン・グラータ

コメントと拍手をいつもありがとうございます。
お返事ができずにすみません。
そして最近は『杜の都…』の続きでなくて、ごめんなさい。

☆☆☆☆☆








イーリエ公爵のタウンハウスを彼が訪れるのは何年ぶりだろうか。
「…まあ、あなたは。」
応対に出たイーリエ公爵夫人コトリーナは驚きのあまり、口をポカンと開けた。
「君、まだこの家にいたんだね。」
「当たり前じゃないですか。」
コトリーナとその来客の間に火花がバチバチと散った。

「奥様、お客様でございますか。」
面倒な来客なのかと心配してメイドのモッティがやってきた。
「ああ、モッティさんは初めて会うんだわね。ええとこちらは、マ・ムシさん。」
「ダイ・ジャモリだ!」
そう、来客とは外国の王子カモ・ケイに仕えているダイ・ジャモリだったのである。


「まったく相変わらず物覚えの悪い人だ。」
「余計なことは覚えないことにしているだけです。」
「そんなセリフはイーリエ公爵のような優秀な方が口にしてこそ、様になるものなんだ。」
と騒ぎながらダイ・ジャモリは居間へ通された。
「何しにいらしたんです?」
かつて愛する夫ナオキヴィッチをめぐって戦ったコトリーナがきくと、
「久しぶりにこの国を訪れたから公爵にご挨拶をしようと思ってね。」
と、答えながらダイ・ジャモリはキョロキョロと辺りを見回す。
「公爵は?」
「大学から戻っていません。ああ、そうだわ。シップさーん。」
コトリーナは執事のシップを呼ぶと、
「悪いけど先生の所に行って伝言をお願い。招かざる客がいるから当分帰らないでって。」
「客の前とは思えない態度だな、おい!」
「奥様、さすがにそれは…。」
躊躇するシップに「あら、そう?仕方ないわ」と溜息をつくコトリーナである。

「シップさんはあのお客様と以前にも?」
下がって来たシップにモッティが訊ねた。
「ああ、そうか。モッティさんはその頃まだいなかったんですね。」
シップは簡潔に、しかし重要な点は外すことなくモッティにダイ・ジャモリとコトリーナの因縁、更にダイ・ジャモリが仕えているカモ・ケイ王子がコトリーナに恋をして大騒ぎになったことを話した。
「いやあ、あの時は奥様はここを出て行ってしまうし。旦那様は怪我をされるし。もう一時はどうなることかと。」
「それは大変でしわたわねえ。」
あの嫉妬深いナオキヴィッチを思えば容易に想像がつくというものである。

「ん?」
居間ではダイ・ジャモリが見覚えのない顔に気付いていた。
「何だ、このちっこいのは。」
数年前にはこの家にいなかった、小さな子供が自分をじっと見つめているではないか。
「それにしても、いけすかない顔だ。」
まるであの山猿コトリーナのミニチュア版ではないか。
「まあ、ジュゲムちゃん。ここにいたのね。」
お茶を運んできたコトリーナが声をかけた。
「ジュゲム?」
「ええ、うちの子です。」
「は?」
ダイ・ジャモリは耳を疑った。
「もう年を取って耳が遠くなってしまったのかしら?だから、私の子です。」
「君の子?」
「ええ、私と『先生の』間に生まれた可愛い可愛い子です。」
コトリーナは殊更「先生の」という部分を強調して誇らしげに言った。
「…んな馬鹿な!イーリエ公爵に子なんて!」
「別に不思議なことじゃないでしょ?」
そう言われると、ダイ・ジャモリは思い出した。数年前、風の便りにてイーリエ公爵家に男の子が誕生したと。それを聞いた時、カモ・ケイが三日三晩酔いつぶれたことも。

コトリーナはジュゲムに挨拶をするよう促した。
ジュゲムはトコトコとダイ・ジャモリの前に歩いて言った。
「ジュゲムです。はじめましてト・グロさん。」
「ダイ・ジャモリだ!!」
あまりの迫力に「こわーい」とジュゲムは母の足に抱きついてしまった。
「まあ、子供にそんなに言うことないのに。」
「子供だろうが人の名前は正しく呼ぶよう教える必要がある。」
鼻息荒いダイ・ジャモリを、母譲りの大きな目でじっと見つめてジュゲムが言った。
「かあたま、このひと、きもちわるい。」
「何だと?」
「まあジュゲムちゃん。そんなこと言っちゃいけません。」
コトリーナは「めっ」と息子を睨みながら、
「いい?世の中にはこういう気持ち悪い人もいるの。でもね、我慢してお話しなければいけない時もあるのよ。」
「はあい。ジュゲム、がまんする。」
「お前、モンスターペアレントの見本みたいな女だな、おい!」
なんて叱り方だとダイ・ジャモリは歯をギリギリと鳴らした。

「まったく母猿が母猿なら子猿も子猿だ。」
早く愛しのイーリエ公爵が帰ってこないかと、ダイ・ジャモリは溜息をついた。するとその足がツンツンと突かれた。見るとジュゲムが猿のぬいぐるみをダイ・ジャモリの前に出した。
「これ、ジュゲムのおさるたん。」
「あ、そう。」
「いいこ、いいこしてもいいよ?」
ずいとジュゲムはぬいぐるみをダイ・ジャモリの前に出してくる。
「別にいいよ。」
「いいこ、いいこしたいでしょ?」
「全然。」
「いくじなし。」
「何だと?」
ぬいぐるみに触らないだけで、何でそんな言われ方をせねばならないのか、しかもこんな幼児に。
「分かったよ、ほら。」
撫でるというより叩くという感じで、そして吐き捨てるよう「いいこいいこ」とダイ・ジャモリはぬいぐるみを扱った。
「まったく、猿が猿を抱いて何が面白いんだか。」
それでもジュゲムは満足なのかニコッと笑った。

「ねえ、ト・グロさん。」
「ダイ・ジャモリ。」
「ト・グロさんはなんのおしごとしてるの?」
「頭は母猿そっくりなんだな。」
訂正することをあきらめてダイ・ジャモリは、
「侍従…といっても分からないか。」
と、呟いた。
「そうだなあ。」
ふと目をやるとシップが目に入った。
「シップと同じ仕事だな。」
「チップたんと?」
「そう。」
「じゃあ…。」
ジュゲムは少し考えて言った。
「とうたまとラブラブのおしごと?」
「なんだって?」
自分の隣にちょこんと座ったジュゲムにダイ・ジャモリは迫った。
「チ、チップは公爵とそういう仲だと?」
ジュゲムにつられ幼児語になっていることも気づかず、鼻息荒くダイ・ジャモリはたずねた。
「うん。エフのじじたまがよくいってる。とうたまとチップたん、いい仲だって。」
「いい仲…。」
「ジュゲム、『いい仲』ってよくわからなかったの。そしたらモッタンがね、ラブラブってことだって。だからとうたまとチップたん、ラブラブ。」
「あの男、あの程度の顔で公爵とそんな仲に…。」
だったら自分だってイーリエ公爵と深い仲になってもおかしくないではないか。

「ト・グロさんはとうたまのおともだちなの?」
ギラギラと目の中に炎を燃やしているダイ・ジャモリに、ジュゲムが無邪気に尋ねた。
「友達?いやいや、そんなもんじゃないよ。」
チッチッチッとダイ・ジャモリは言った。
「君のお父上と僕は、永遠の恋人ってところかな。」
「うーん?」とジュゲムは首を傾げた。幼児には意味が分かるまいとダイ・ジャモリがニヤリと笑っていると、
「むだなことをしているってこと?」
「無駄って何だ、無駄って。」
まったく失礼な子猿だと、相手にしたことをダイ・ジャモリは後悔した。
「猿が増えて、ますます高崎山になっていくじゃないか、由緒正しきイーリエ公爵家が。」
きっとこの母と息子は夜になると人間の皮を脱ぎ去って、家中ウキキ、ウキキと走り回っているに違いない。



「お茶の準備ができましたよ。」
テーブルセッティングができたということで、ダイ・ジャモリは席に着いた。なぜか隣にジュゲムが座る。
「何だ、あんぱんか。」
テーブルに並んでいるパンを見てダイ・ジャモリは言った。
「こしあんだろうね?」
「まあ、うちはつぶあんですよ。」
コトリーナが言うと、
「何だと?つぶあんなんて邪道じゃないか。」
とダイ・ジャモリは言い返した。
「あんぱんはこしあん、こしあん以外に考えられない。」
「はあ?つぶあんでしょ?何を愚かなことを。」
「こしあん!」
「つぶあん!」
またもや火花を散らすコトリーナとダイ・ジャモリ。その側では口の周りをあんこだらけにしながら、ジュゲムがあんぱんを頬張っている。

「まあまあ、お二人とも。」
とうとう見かねてモッティが間に入った。
「そんな、きのこの山かたけのこの里か、どっちか、みたいな言い争いを。」
「あら、モッティさん。そんなこと争うわけないでしょう?」
コトリーナがあきれたように言った。
「きのこの山に決まってるわ。」
「はあ?たけのこの里だろ?」
「何を言ってるんです?きのこの山でしょう?あの柄のポリポリ感といったら。」
「たけのこの里のクッキー部分の香ばしさを君は分からないのか?」
「きのこ!」
「たけのこ!」
仲裁するつもりが更に争いを激化してしまったことに、モッティは頭を抱えた。

「誰も迎えに出ないと思ったら、こんな騒ぎになっていたのか。」
「とうたま!」
抱きついて来た息子の、あんこだらけの顔にキスをしたのはこの家の主であるナオキヴィッチである。
「とうたま、おさるたんにも。」
言われるがまま、ナオキヴィッチはぬいぐるみにもキスをする。
「イーリエ公爵!」
目を輝かせて近寄るダイ・ジャモリに、
「これは懐かしい方がお見えだ。お元気でしたか、ダイ・ジャモリさん。」
「ええ、ええ…公爵もお元気そうで!」
漸く名前を間違えない人、しかもそれが愛する人であることに感激するダイ・ジャモリであった。
「ジュゲム、ちゃんとご挨拶できたか?」
「うん。」
「小さな子がいるから騒がしいでしょう、ダイ・ジャモリさん。」
「いえ、そんな。」
ダイ・ジャモリはジュゲムをチラリと見て、
「本当にご立派なご子息で。」
とナオキヴィッチにゴマをする。
「顔と性格以外は本当に素晴らしい跡取りでいらっしゃる。」
「…感じ悪いわね。」
相変わらず夫に媚を売るダイ・ジャモリに、コトリーナは不快感を露わにした。


とりあえず、ナオキヴィッチも加わったことでコトリーナとダイ・ジャモリの争いも休戦となった。
「そういえばダイ・ジャモリさん。」
「何です?」
一応ナオキヴィッチの前なので、ダイ・ジャモリのコトリーナに対する言葉づかいも丁寧なものとなった。
「ケイはお元気かしら?」
コトリーナがその名前を口にした途端、ナオキヴィッチの眉がピクリと動いたのをシップとモッティは見逃さなかった。
「ええ、お元気でいらっしゃいますよ。」
ぶっきらぼうにダイ・ジャモリは答えた。
「お妃さまをお迎えになられて?」
「いいえ、まだです。」
更にナオキヴィッチの眉がピクピクと動く。
「まったく殿下にも困ったものです。いつまでも逃したペットを忘れられないんだから。」
「ペット?まあ、ケイはペットを飼っていたの?」
「それはお前のことだ」と思いながらダイ・ジャモリは続ける。
「ええ、まあ。」
「ワンちゃん?それとも猫ちゃんかしら?」
「…猿です。」
「まあ、珍しい。」
そして自分のことを指しているとは気づかないコトリーナである。
「おさるさん、逃げちゃったのですか?」
「ええ、そうなんですよ!さっさと忘れればいいのにいつまでも引きずっておいでで。」
「無理もないわ。きっと大事なおさるさんだったのね。」
「おさるたんがいないとさびしいね。」
何も分かっていないジュゲムが悲しそうに言った。
「そうね。なぐさめてあげたいわね、ジュゲムちゃん。」

「…モッティさん、モッティさん。」
シップがモッティを突いた。
「あれ、あれを。」
「ひぃっ!」
話に夢中になっているコトリーナとダイ・ジャモリの後ろで、ナオキヴィッチがステッキを使って素振りを始めているではないか。
「しかも、あのステッキ!」
「トイレのスリッパの彫刻を施した、八つ当たり専用ステッキ!」
「ああ、奥様は本当に鈍感でいらっしゃるから。」
恐らくコトリーナはカモ・ケイ王子が自分を好きだったことなど、忘れている。しかしナオキヴィッチはしっかりと覚えている。



「今日は楽しい時間を過ごしました、イーリエ公爵。」
帰る時間になり、ダイ・ジャモリはナオキヴィッチと固い握手を交わす。
「はい、五秒!離して、離して!」
手刀を落とそうとするコトリーナを睨みながら、ダイ・ジャモリは渋々手を離した。
「ケイによろしく伝えて下さいね。」
「ええ、ええ。どうせ戻ったら細かく聞かれることは間違いないでしょうからね。」
「あら、ケイは私のこと覚えていて下さっているのね?」
「忘れてほしいんですけどね!」
その会話を聞いていたナオキヴィッチが「ダイ・ジャモリさん、ちょっと」と離れた場所へ呼んだ。

何事かといそいそと付いて来たダイ・ジャモリを壁際に押し付けると、ナオキヴィッチはドンと両腕をそのわきに付ける。
「こ、公爵…これはもしや壁ドン…?」
「ダイ・ジャモリ。」
突然ナオキヴィッチはダイ・ジャモリを呼び捨てにした。
「はい?」
「…お前の王子様に伝えろ。イーリエ公爵は公爵夫人とそれはもう仲睦まじく過ごしていると。」
「…は?」
ダイ・ジャモリはナオキヴィッチを見て、思わず悲鳴を上げそうになった。何て恐ろしい形相!
「子供もオーケストラ編成めざしてかんばって作っていると。いいな?一言一句間違えずに伝えるんだぞ。」
「…ぼ、僕、頭悪から覚えられそうにないのですが。」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。今すぐ手紙にして持ってくる。それを渡せばいい。」
と、今にも書斎へ行こうとするナオキヴィッチを、
「あ、分かりました!覚えました!一言一句間違えず伝えます、はい!」
とダイ・ジャモリは叫んだ。手紙なんて渡したら今度はカモ・ケイがどれほど怒り狂うか。



「まったくジュゲムちゃんはあんな変な人に懐いちゃって。」
その晩、ベッドの真ん中で猿を抱きしめ眠る息子に、コトリーナは溜息をついていた。
「変な人って、悪い人じゃないだろ?」
「それはそうだけど。」
「あ、わかった」とコトリーナは声を上げた。
「ほら、ケイがお猿を飼っていたって言ってたでしょ?」
またその名前が愛する妻の口から出て、ナオキヴィッチの眉が動いた。
「だからダイ・ジャモリにも猿の匂いがついていたんじゃないかしら?ジュゲムちゃん、お猿大好きだから。」
「…さあ?」
「でもケイがまだ一人だなんてね。あんなに素敵で見た目もいいのに。あ、だから高嶺の花のようでみんな畏れ多いってところなのかも!」
「素敵」「見た目もいい」と褒め言葉が次から次へと出てきて、ナオキヴィッチの機嫌は最悪なものとなっていた。

「さ、今日は予想しないお客様で疲れちゃった。もう寝ましょ…って、先生?」
いつの間にか自分にのしかかっているナオキヴィッチにコトリーナは驚いた。
「何かすごくお猿と遊びたい気分なんだ。」
「お猿って。それに今日は眠いのに…んっ。」
もう何も言わせる暇を与えず、ナオキヴィッチの動きが始まった。
まったくどうしてこの妻はこうも鈍感なのだろうか。わざと「猿」と呼んだのに、絶対にまだ気づいていない。
いつもより激しく動く両親が傍にいるというのに、ジュゲムは目を覚ますことなく、ぐっすりと眠っていたのだった。




☆☆☆
実はこのタイトルで話を書くことを夢見ていた…(笑)
ようやくタイトルに使えて嬉しいです。
そして、ご無沙汰シリーズ三部作、終わった!!


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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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