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2016.02.11 (Thu)

先輩から依頼される後輩

本家、がんばってみました(笑)

☆☆☆☆☆


【More】






「え?まだやってないんですか?」
「ちょっと、西垣先生。もう春になるっていうのにどうするんですか?」
鴨狩くんと桔梗くんが呆れたように言った。
「だって、だって…んだもん。」
「は?」
二人がわざとらしく僕の耳元に顔を近づける。
「だから…苦手なんだってば!」
「はあ!?」
僕の決死の告白に二人は軽蔑した顔を向けた。
「何を言ってるんですか、医者のくせに!」
「そうですよ、毎日何本もやらかしてるくせに!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ、おい。」
「だって本当のことじゃないですか。」
「先生、ニタニタ笑いながら毎日やってますよね?」
「いや、その言い方は何だ?ニタニタなんて笑ってないよ、失礼な。」
「ああそうでした。元から西垣先生の顔の造りがニタニタ風味なだけか。」
「更に失礼だな、おい。」
「腹が立つくらいならば、さっさとやって下さいよ。」
「そうですよ、インフルエンザの予防接種くらい!」

たとえ院長だろうが事務職員だろうが、患者の前に出ることのないシステムエンジニアだろうが、病院で働く人間は全員インフルエンザの予防接種を受けねばならない。効き目があるかどうか不審に思ってもお構いなし、流行前に予防接種を受けることがのぞましい。
が、僕は未だに受けていない。まあ忙しかったから…。
「西垣先生よりもはるか多忙の入江先生はさっさと済ませてるから、その言い訳は通じませんから。」
おいおい、桔梗くんまでエスパーになったのか?あの後輩の元にいるうちにそんな技術まで?
「西垣先生の言い訳なんて考えるまでもないですからね。」
その言い方も後輩そっくりだな、おい。

「だって痛いの嫌なんだよね。」
「自分は患者さんを痛い目にあわせているくせに?」
「だから、その言い方が語弊があるっていうんだよ。」
まるで僕がサディストのようじゃないか。そもそも僕だって好きで患者さんに注射を打ちまくっているわけじゃないんだ。治療のためにだよ、うん。
「たまには痛い目に遭って患者さんの辛さを味わった方がいいですね。」
うっ、正論だ。確かにそういう考えもある。うん分かる。でも僕はどうしても…。痛いの、本当に嫌いなんだもん。
「痛い思いするくらいなら、インフルエンザになってタミフルでも何でも飲んだ方がいいよ。」
「それは困るんですよね。」
鴨狩くんが溜息をついた。
「西垣先生がインフルに感染したら大変じゃないですか。」
「ああ、分かってる。僕が休んでしまうとこの忙しい時期、戦力が不足するから…。」
「いや、患者さんに伝染したら困るってことです。」
あ、そういうことね。
「別に西垣先生がいなくなっても平気です。元々戦力外ですから。」
「そんなはっきり言わなくても。」
「ただ西垣先生がインフルになったら、他の菌までばらまきそうで。」
「他の菌?」
ノロとかそういうこと?
「スケベ菌とか。」
桔梗くんが言うと、鴨狩くんがうんうんと頷いた。
「おい、ちょっと!」
「分かるぜ。西垣先生のスケベ菌が病院に広まったら最悪。」
「でしょう?」
盛り上がる二人、本当に腹が立つ奴らだな、おい。

「あ、そうだ!」
僕はあることを思い出した。
「ね、ね、彼女も未接種じゃない?」
「彼女?」
「琴子ちゃんだよ!」
琴子ちゃんも注射は嫌いだ。彼女の場合は自分が嫌いだから患者にやるのも下手だという話だし。うん、絶対受けていない!

「…琴子ならとっくに受けましたよ。」
突然聞こえた声に僕は振り返った。いつ来たのか、後輩が今日も壁に背をぴたりとくっつけて僕を見据えていた。
「意気地なしの戦力外通告されてトライアウトすら落ちる誰かさんと一緒にしないでほしいですね。」
「おい、一言で言うとクビって意味じゃないのか?」
相変わらず失礼な奴だ。そもそもトライアウトまでいってないし。
「誰が琴子ちゃんに注射を?」
「俺以外に誰に琴子に触れさせると?」
ああ、そうでしたね。もしかして「愛のインフル~」とか言わせている最中に打ったとか?
「嫌がる琴子ちゃんによくそんなことができたもんだ。」
「分かってないですね。」
無表情で後輩は言う。
「注射を怖がって顔をそむけて、痛さに耐えて唇をかみしめ目をギュッとつぶるあいつの顔がこれまたたまらないんです。」
「お前、真性のサディストだな。」
と話をしているうちに、またもや僕の頭にある考えが閃いた。

「なあ、なあ!お前、いつもやっているように僕にもしてよ。」
「は?」
「ほら、いつもあれでバーンって。ええとアーマ何ちゃら?」
「アーマライトM16の名前をいくら言っても覚えない人に何をしろと?」
「だから、そのアーマライトで僕の腕にこう、ぶちゅっと。」
僕は白衣をまくりあげ腕を出し、指でトントンと叩いた。
「ほら、いつもやってるじゃん、ね?」
子供が可哀想だからとライン確保をアーマライトでやっているじゃん、その要領でさ!
「ライン確保と予防接種は別のものですよね?」
「そんなこと分かってるよ。だからさ、お前の親父さんにチャチャチャと作ってもらって!」
入江の親父さんは大企業の経営の傍ら、息子の謎の道具を色々作っている。あの親父さんならば痛みを感じないインフルの予防接種をアーマライトで発射できるものを作れるはず。

「…で、報酬は?」
「へ?」
「俺はビジネスにしか興味がないんですが。」
「ちょっと、そこはさ先輩なんだから…。」
「まさか無料で!?」
鴨狩くんと桔梗くんが「何て馬鹿なことを」という顔で僕を見つめる。
「だって、だって。僕、お前の指導医だし。」
「指導医?」
ギロリと後輩が僕を睨む。
「僕があなたに指導を受けたとでも?」
「だ、だってその通りじゃ…。」
「あなたの相談に何回乗りましたっけ?」
「…僕の指導をさらに指導して下さいました。」
何たる屈辱!

「じゃあさ、同僚特典とかで!」
指導医がきかないなら同僚ってことでどうだ?
「話にならないな。」
後輩はプイと横を向いて部屋を出ようとした。
「いいよ、もう!インフルの予防接種なんてしなくても!もうすぐ春だもん!流行終わるもんねえ!」
「本当にいいんですか、西垣先生。」
開き直った僕に鴨狩くんが言った。
「ああ、いいさ。」
「院長に叱られますよ?」
「え?」
桔梗くんがピラッと僕の前に一覧表を見せた。それは外科病棟で働くスタッフ一覧の名簿だ。そしてなぜか僕の名前の横だけ空欄になっている。
「何これ?」
「予防接種チェック表です。ほら、先生のとこだけ空欄。」
桔梗くんが言うとおり、他のメンバーには○が付いている。
「西垣先生がどうしても受けないっていうならば、減給だって。」
「え!?」
「職務命令違反だって、カンカンだそうです。」
そ、そんな。給料減らされたら…困る!



「…これで何とかお願いします。」
「ハハーッ」と僕は両手で通帳を後輩に捧げた。無言でそれを受け取った後輩は遠慮もなくパラパラとめくる。
「うわ、少なっ!」
「西垣先生、もうちょっと貯金しましょうよ。」
そして遠慮なくそれをのぞきこむ鴨狩&桔梗コンビ。
「おい、全財産ってわけじゃないからな?」
冗談じゃない、いくら何でも全財産を渡したら明日から僕は飢え死にするじゃないか。
「入江先生の報酬、平均金額ご存じないんですか?」
そう言いながら鴨狩くんは指を三本出した。
「300万?」
「桁が違いますよ、桁が。」
3000万円…そんな貯金、僕にあるわけないじゃないか。

「なあ、頼むよ、入江!何とか、何とかこれで!」
通帳を凝視していた入江は「フッ」と鼻で笑った。
「俺のスイス銀行の利子の足元にも及ばないな…。」
悪かったな!!そりゃあ一回3000万円稼ぐ奴の預金利子には全然足りないだろうよ!

「まあ、この金額に見合ったやり方でやるか。」
普通のストーリーならば「これはいいですよ、西垣先生」と通帳を返してくれるところなんだろうけど、奴は白衣のポケットへ押し込んだ。あーあ…マンションの頭金にしようかと思ったのに。まだしばらくは賃貸か。
「じゃ、二人とも頼む。」
「はーい!」
おい、行動が早いな。まだ僕の心の準備ができていないというのに。いや、ここで余計なことを言うわけにいかない。

「じゃ、西垣先生、こちらに。」
と鴨狩くんが示したのはベッドだ。あ、言い忘れていたけど、ここって空いている病室ね。
ふうん、リラックスさせてくれるのかな?まあ痛い思いしないならどこにだって寝るけど。
「違います、先生。向き、逆。」
「逆?」
仰向けに寝るのが普通じゃ?そう思っているうちに二人の手によって僕はうつ伏せにされた。何か嫌な予感…。

その嫌な予感を抱いてすぐ、僕の下半身が突如解放された。パンツが引き下ろされた。
「え?もしかして、座薬方式!?」
そんな至近距離から尻めがけて?さすがにそれは威力ありすぎでは?
「インフルの予防座薬なんてありませんよ。」
後輩が準備しているのはアーマライトM16ではなく、いつも治療に使う手袋だ。パチンとそれをはめる後輩。
「じゃあ、どうやって?」
「入江先生、準備できました!」
パチン、パチンと同じ音が聞こえた。見ると鴨狩くんと桔梗くんも手袋をはめている。その手には注射器が!
「おい、話が違うじゃないか!」
しかもなぜ、尻を出す必要が?ま、まさか?

「でも入江先生?お尻にやると来年はもっと暴れる可能性がありますけど。」
やっぱり!というか、暴れるって何?
「仕方ないだろ。これだけ嫌がる以上、尻にやるしか。」
鴨狩くんから受け取った注射器を確かめる後輩。
「あーあ、来年はもっと大変だ。」
「いや待て。尻にやると暴れるとか、嫌がる以上尻しかダメとかって何だよ?」
「え?知らないんですか、西垣先生。」
桔梗くんがこれまた馬鹿にする。どういうことだ?この二人が学生だった頃に新しく出たやり方とか?
「有名じゃないですか。」
鴨狩くんも同意する。
「そ、そうなの?」
「ええ。『動○のお医者さん』で描かれてますよ。」
「へえ…『動物の○医者さん』…って、それって獣医マンガじゃないの!僕、人間、人間!」
「人間も犬も哺乳類じゃないですか、一緒、一緒。」
「そうそう、むしろ犬の方が西垣先生より賢いかも。」
「うちのチビに限ってはそうだな。」
こいつら…いや、冗談じゃない!尻になんてされたら(そもそも尻に予防接種は平気なのか?)痛くてたまらない!

「逃げる!」
「え!ちょっと西垣先生!」
「耐えられるか、あばよっ!」
僕はベッドから飛び降りるとドアを開けた。と、そこにちょうど琴子ちゃんがいるではないか。
「琴子ちゃん、助けてくれ!」
僕が琴子ちゃんに飛びつこうとするのと、「キャーッ!!!」という琴子ちゃんの悲鳴が出るのはほぼ同時で…その後意識はなくなった。



「…そりゃあ入江先生だって投げ飛ばすだろうねえ。妻にそんな変態が襲いかかっているのを見たら。」
院長室でまたもや僕は叱られることとなった。
「君、前もやったよね?下半身露出事件。」
「…はあ。」
「そんなに見せたいの?ねえ?」
「そ、そんなことは…。」
「警察呼ばれないと、分からない?」
減給は確実だった。いやボーナスも消えた。ちなみに意識を失っている間、入江が僕の尻に予防接種をしたらしい。

「もういいです、院長。僕を飛ばして下さい。」
「飛ばす?」
「はい。もう戦力外通告でも何でも。」
「飛ばしたくても飛ばす先がないんだよ!」
院長は机をバーンと叩いた。
「あのね、君のような露出狂を引き受けてくれる系列病院はないの!みんな怖がっていやだって!当たり前だろ?」
「はあ…。」
つまり全国津々浦々、斗南大の系列に僕の噂が流れていると。
「もうクビにしたいとこだけどね、患者が退院続出なんだよね。」
「それはどういう意味で?」
「君のような変態と同じ病院で空気を吸いたくないって、早く治して退院するんだって患者が治療に前向きになってくれて。まあそういう役に立つ方法もあるって入江先生が言うもんだから。」
つまり入江に感謝しろと。入江のおかげで僕はここに残れるというわけらしい。

さて、その恩人の後輩は仮眠室でお取り込み中。僕の嫌な記憶を失くしてやらねばとかうまいこと言って琴子ちゃんを連れ込んでいると桔梗くんが教えてくれた。
「ああ!愛のマイナス金利!!」
…琴子ちゃん、絶対意味分かって言ってないよね?
「ああっ!愛の投資信託!」「ああっ!愛の外貨投資!」という言葉を聞きながら、僕はトボトボと廊下を歩いた。





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