日々草子 大蛇森の怪物

大蛇森の怪物






早いもので今年もあと1ヶ月となった。
12月―今年のノーベル平和賞の受賞者にも、入江先生の名前はなかった。
「Why Japanese people!?」ならぬ、「Why Den norske Nobelkomite(ノルウェー・ノーベル委員会)!?」と叫びたい気持ちでいっぱいだ!

まったく、あの珍獣と共に過ごしているだけで十分世界平和に貢献していると誰もが認めるだろうに、ノルウェーの連中の目は節穴なのか?
今年こそ、今年こそ絶対に入江先生の受賞は確実だと思っていたのに!
だからこそ、僕は授賞式の晩餐会に備えてタキシードまでオーダーしていたというのに!
え?なんで僕が必要なんだって?
やれやれ、まったく何を言ってるんだい?授賞式後の晩餐会は夫婦同伴だろう?そうなると、パートナーである僕が共に出席するのはわかりきったこと。
え?入江先生にはちゃんとパートナーが…あんなのパートナーと呼ぶわけないだろうが!!!

そんなことはともかく、タキシードだけじゃなく観光のためにも僕はノルウェーの地球の歩き方まで買って研究していたのにさ。あーあ、来年までお預けか。

いや、待てよ?
確かにあの珍獣の恐ろしさはこの病院内には轟いている。が、世界にまでまだそれは伝わっていないのではないだろうか?
そう考えた僕はあの珍獣チンチクリンがいかにこの世に害をもたらしているか、いかに人々を苦しめているかを世界、そしてノーベル委員会へ伝えるために動画を撮影することを思いついた。が、すぐにやめることにした。

え?本人の許可を得ずに動画を撮るのはルール違反じゃないかと?
ハァァァン!!何が違反だ!!え?もはやチンチクリンが入江先生の配偶者として戸籍に名前を連ねていること自体が人類最大のルール違反に他ならないだろうが!
これ以上のルール違反があるというなら、今すぐ僕の前に見せてほしいものさ!

じゃあどうして撮影を中止したかって?
決まってるじゃないか!この僕の、神に選ばれし天才脳外科医の僕の持つスマートフォンにあの汚らわしいチンチクリンの画像を保存することに耐えられなかったからさ!
いいか?神聖な僕の持つスマートフォンは当然、神聖なるスマートフォンなんだ。その神聖なるものに保存されるものは当然、神聖なるもの、すなわち入江先生以外あり得ない!
ふう、危なかった。ノーベル平和賞のために僕自身がルール違反を犯すところだったじゃないか。まったく入江先生とチンチクリンを並べて保存するなんて絶対してはならないことだ。
きっとあいつの顔を認識しただけで、持ち主の僕に似たスマートフォンは自滅するに違いない。

しょうがない、地道にチンチクリンの野蛮さを伝えていくしかないか…。



と、思っていたところに救いの主が現れた。

「Dr.大蛇森、よろしくご指導願います。」
「こちらこそよろしく、Dr.レイモンド。」
「No、No。どうぞリチャードと呼んで下さい。」
「ではリチャード。」

彼はアメリカから研修にやってきたリチャード・レイモンド。日本人の手先の器用さを学びたいとはるばる海を越えてやってきたんだ。
いやあ、なかなかのイケメン好青年。ブロンドをふわりとなびかせて、早速院内の女どもがキャーキャー騒いでいる。
あ、一応僕は英会話できるから、リチャードとの会話は英語という風に認識しておいてくれたまえ。

「先ほどのDr.大蛇森のオペは見事でした。」
「ありがとう。」
「そういえばこちらには私と同年代で腕のいいDr.がいると聞いていますが?」
はい、来たーっ!!僕のモミアゲが嬉しさでグルングルンとカールを始めるくらいだ。
「うん、入江先生のことだね?」
「イリエ…。」
「そう、ナオキ・イリエ。腕よし顔良し全てよし。」
「Oh!パーフェクト!」
ヒューとリチャードが口笛を吹いた。そうさ、入江先生は日本が世界に誇るパーフェクトドクターなのさ!

「でも残念ですね。」
「何がだい?」
「パーフェクトドクター、結婚しているそうですね。病院の女性スタッフががっかりしていることでしょう。」
ニッコリと笑うリチャード。
「あ、噂をしたらほら、あそこに。」
とリチャードが示した先には、またもや都合良くあのチンチクリンが、優雅さの欠片もない様子で歩いているではないか。

「あのナースがDr.入江の奥さんだと先ほど教わりました…。」
「ノォォォォォォ!!!」
思わず僕は叫んでしまった。
「ど、Dr.?」
怯えるリチャード。
「いや、失礼。だが間違った知識を君に植え付けるわけにいかないからね。だからつい興奮してしまった。」
「間違った?」
「そう、彼女はDr.入江の妻じゃない!Noワイフ!!」
「いやだって結婚していると…。」
「No結婚!とにかく違う!」
「でも彼女もイリエという名前…。」
「確かに同じ名字だが、だからといって心が結ばれているわけじゃない!単なる同居人だ!」
「Ah…同棲?」
「No同棲!あれは入江先生が、誰からも愛されないであろうあの女に同情して自分の配偶者にしているだけだ!!」
「パートナー?」
「Noパートナー!Noワイフ!No結婚!」
「Oh…日本語難しいです…。」
僕も同じ気持ちだ。全く入江先生の博愛主義の考え方をどう伝えたら分かってもらえるのだろうか。
「とにかく、そこはあまり触れてはいけない話題なんだ。OK?」
「…OK。」
納得しかねていないが、これ以上追求することをリチャードはあきらめたらしい。うん、それでいい。さすが賢いだけある。

「ところで、ナースのMiss入江ですが。」
「ああ?」
まだあいつの話題か?
「なかなかキュートですよね。」
はああ?どこをどうみて、あいつをキュートだと?リチャード、よほど周囲に女のいない生活を送ってきたのか?
「…Noキュート。」
「え?」
「She is not cute!」
「Why?」
「She is Japanese…no!She is…World Monster!!」

よし!!これでいい!リチャードは帰国したらきっとこのことを全米に広めるはず。全米に広まるということは、すなわち、世界に広まるのもすぐ。これでチンチクリンの脅威を正しい方法で世界に広めることができるはず!!




リチャード・レイモンドは疑問を抱き続けていた。
どう見てもあの入江というナースはモンスターには見えない。なぜ大蛇森医師はモンスターと呼んだのか?
「うーむ」と唸っていたが、突然「そうか!」と何かがひらめいた。
「分かったぞ、あれは日本独特の女性の褒め方に違いない!」
自国語では褒め言葉として使われていても、外国へ行ったら使ってはいけない言葉というものがあるではないか。ということは、その逆もあるに違いない!
なるほど、日本語で「モンスター」というのは「可愛い」という意味合いがあるのだろう。大蛇森医師は微妙なニュアンスを教えてくれたに違いない。
更にリチャードは思い出した。この間日本のテレビで若い女性が「ファッションモンスター~♪」と歌っていたではないか。そうだ、あれもそういう意味だったのだ!
「なあんだ、そういうことか。」
疑問が晴れたリチャードは軽い足取りで病棟へ向かった。



と、ちょうどナース入江がスタッフステーションにいるではないか。
「入江サン、夜勤デスカ?」
「リチャード先生!」
ナース入江、入江琴子が笑顔で彼を出迎える。うん、やっぱりそうだとリチャードは確信した。モンスターは褒め言葉に違いない。

「リチャード先生、日本語上手ですね。」
「イエイエ、マダマダデス。」
「もう謙遜までマスターしちゃって!」
笑いながら琴子はリチャードの顔をまじまじと見た。綺麗な顔で幹たちがキャーキャー騒ぐわけである。しかも優しいし謙虚だし。
「ナニカ、ワタシノ顔ニ?」
「いえ、かっこいいなあと。」
「イエ、ソンナコト」とリチャードはまたもや謙遜しつつ言った。
「入江サンモ、カワイイデス。」
「え?本当?」
こちらは全く謙遜しない琴子である。
「エエ、本当デス。」
「わあ、ありがとうございます!」
「トンデモナイ、本当ニ入江サン…モンスター!!」
「…は?」
顔面に広がりかけた琴子の笑顔がピキッと音を立てて凍り付いた。
「い、今何と?」
「モンスター!!入江サン、モンスター!!日本、イイエ、世界ノモンスター!!」
ピキピキピキと琴子のこめかみに何かが浮かぶ。が、そんなことに気づくことのないリチャードは「モンスター、モンスター」と連呼している。

「おい、騒がしいぞ。」
「あ、入江くん!」
救いの神現るとばかりに、琴子は夫に抱きついた。
「Oh、Dr.入江!ゴメンナサイ!」
リチャードは慌てて口をつぐんだ。が、その口は止まらず、
「アナタノ・・・エエト・・・」ここでリチャードは大蛇森の言葉を思い出す。一体なんと呼べばいいのか?
「入江サン、モンスター!ト、話シテマシタ!」
「入江くん、モンスターって酷いと思わない!?」
琴子は涙目で直樹にしがみつく。
「まあ当たらからず遠からず…。」
「入江くん!?」
それはともかく、リチャードとは何回か話をしたがそんな悪口めいたことを他人に言う人間じゃないことは直樹も分かっていた。結構日本語をマスターしているというのにどういうことなのか。
「モンスターとはどういう意味で?」
「エエト…。」
説明しようとするリチャードであるが、またそこまで日本語をマスターしていないのか悩む様子を見せる。直樹は英語で構わないと言った。
「サンキュー。要するに…。」
と、リチャードは早口の英語で大蛇森との会話、そしてモンスターを褒め言葉と思った経緯を説明した。
「なるほど」と聞き終えた直樹は納得した。よくもまあここまでと変に感心する。
「入江くん、入江くん」と不満げな琴子が直樹の白衣を引っ張った。
「英語じゃ意味分からないよ。何を話していたの?ねえ?」
琴子に説明するより先にまずはリチャードの誤りを訂正せねばと直樹は英語を言おうとした。が、その時IQ180の頭脳がフル回転を始めた。
このまま誤りを訂正しなければどうなる…?



数日後。
「リチャード先生ね、すっかりみんなの人気なくしたよ。」
琴子が直樹に溜息交じりに報告した。
「無理ないよ。だって女の子見つけてはモンスター、モンスターって。そりゃあみんな頭にくるってば。」
自分だけがモンスター扱いされているわけじゃないと分かって琴子はどこかホッとしているようである。
「もったいないよね、あんなにかっこよくて腕もいいのに。何であんなこと言うんだろ?私だってモンスターの意味くらい分かるのに。」

琴子の話を聞きながら、直樹はあの夜のことを思い出していた。
あの時、リチャードの誤りを訂正しかけたがやめた。外国に勉強しに来るということは、自分で問題点を見つけ解決することも重要だ。だから自分で言葉の使い方を間違っていることに気づかせなければ。
そうだ、自分のしたことはリチャードのためだ。直樹は何度も自分に言い聞かせる。
決して、決してリチャードに正しい意味を教えて、琴子を喜ばせることをしたくなかった…なんて心の狭いことを考えたわけじゃない。

「ま、全てが揃ったいい男なんていないさ。」
平静さを保ちつつ、直樹は琴子に答える。
「いるよ、ここに。」
琴子は直樹をじっと見つめて「入江くん、大好き」と呟いた。「聞き飽きた」と直樹はこれまたいつもの返事をするのだった。






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~~“僕のモミアゲが嬉しさでグルングルンとカールを始めるくらいだ”(爆)
もし、カールしたら?~(爆)
想像するだけでは物足りなくって、原作の大蛇森のモミアゲをまじまじと見ていているうちに、これがグルグル。。。ペロペロキャンディを思い浮かべました!(笑)
リチャード先生ごめんなさい!心の狭い入江くん美味しいです!!(笑)
水玉さん、ごちそうさまでした^^♪

モミアゲ先生、それでも、入江君は、琴子ちゃんが大好きなのよ?モミアゲこそ、早く、気が付かないとね?
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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