日々草子 Mr.Mystery 3

Mr.Mystery 3










翌日の夜、古河禰は相原邸に泊り込むと言い張った。古河禰を快く思っていない相原家の使用人たちに懇願され、直樹も同様に相原邸で過ごすことになった。

「…君はこの家の婿になるということが分かっているのかい?」
応接間にて古河禰が直樹にたずねてきた。直樹は答えず黙って持参した本を読んでいた。
「まったく、琴子さんも琴子さんだ。このような得体の知れない男をこの屋敷に入れてしまって。」
無視されているのが気に入らない古河禰は言いたい放題である。が、それでも直樹は相手にしなかった。

「お二人とも、お疲れじゃありませんか?」
そんな空気の漂う中、琴子が顔を見せた。
「琴子さん、お休みになっていて構わないのですよ。」
途端に古河禰の態度が変わる。
「でも父の言ったことが原因でお二人ともこちらに遅くまで…。」
「確かにそれもありますが、こんな怪しい男がウロウロしていると何があるか分かりません。僕は琴子さんのボディガードとして残ったのです。」
「そんな入江せ…入江様は怪しい方では…。」
「いやいや、大切な琴子さんの身に何かあってからでは遅いですからね。」
古河禰は琴子の両手を握りしめた。

「お腹が空いていらっしゃるのではないかと思って、お夜食を作ってきました。」
琴子はワゴンをテーブルの側につけた。そして覆いを取る。
「お口に合うといいのですが。」
ワゴン上の料理を見た途端、直樹は目を疑った。そこにあるのはおそらくサンドウィッチだろう。いや、おそらくというのはかろうじてパンがあるから分かるのであり、具材は一体何なのかといったところ。どうやったらサンドウィッチがこうなるのか?
「皆様、よろしければ。」
「ああ、いやいや!!」
古河禰はテーブルから素早く遠ざかった。
「そんなお気づかいを琴子さんがなさらないよう、私も持参してまいりました。」
と、古河禰は弁当箱を出した。
「まあ、きれいな幕の内。」
琴子が感心するのも当然で、なかなか見事な中身である。
「ええ、ですのでどうぞそれは下げて結構です。」
一刻も早くその恐ろしい代物を目の前から遠ざけてくれと言わんばかりに古河禰は「さあ、さあ」と琴子を促す。そうしながら視線は直樹へと動かし、
「もちろん、こんな男に食べさせる必要もありませんからね。勿体ない。」
古河禰の態度は一見、遠慮しているかのようであったが見た目がよろしくない琴子の料理を口にしたくないということは明らかであった。そして琴子は直樹を見た。直樹の表情は何も変わらない。自分と結婚したいと言っている古河禰ですらこの態度なのだから、おそらく直樹もこんな料理口にしたくないと思っているに違いない。
がっかりした琴子は覆いを力なく元通りにかぶせた。そして「では失礼します」と琴子がワゴンを押そうとした時だった。

「僕の分はないのでしょうか?」
思いがけないセリフが直樹の口から聞こえた。思わず琴子は「え?」とワゴンから手を離す。
「厚かましい男だな。」
古河禰に睨まれても直樹は無視していた。
「あります、ありますとも!」
古河禰に食べさせようとした時より明らかに嬉しそうに、琴子の顔が輝く。
「先生、どうぞ。」
取り皿に乗せたサンドウィッチを琴子は直樹に渡した。直樹はそれをためらうことなく口に運んだ。
「…夜中にはもってこいの辛さですね。」
「辛子を入れ過ぎたかしら?」
「今まで食べたことのない不思議な味です。」
「お料理は工夫が必要かと。」
「工夫する前に基礎を学ばれることをお勧めします。」
「まあ、ひどい」と言いつつ、琴子は笑っていた。自分が作ったものをまさか直樹が食べてくれるとは。
「入江様、デザートのおみかんです、さ、どうぞ。」
いそいそと琴子は皮までむいたみかんを直樹へ差し出す。
「あの、琴子さん、僕にもみかんは?」
「あら、古河禰様」と今までその存在をすっかり忘れていた琴子は「どうぞ」とみかんを皮ごと、放り投げるように渡す。琴子の目には直樹しか見えていないも同然であった。その態度に思わず直樹は笑いをこらえたのだった。



「お帰り、お兄ちゃん。徹夜お疲れ様。」
夜が明けて眠そうに戻った兄を裕樹が出迎えた。
「少し休む、二時間後に起こしてくれ。」
と直樹はソファに倒れ込んだ。裕樹は兄の鞄を片付けようと手にした。
「あれ?」
中身が重いことに気付いた裕樹は鞄を開けた。
「お兄ちゃん、お弁当食べなかったの?」
空になっているはずの弁当箱が重いままである。中を確認するとまったくの手つかずであった。
「相原邸で御馳走が出たの?」
「まあ、今まで味わったことのない食事だったな。」
「へえ、僕も食べてみたかったなあ。」
何も知らないとは幸せなことだと直樹は思いながらうつらうつらとし始めたのであった。



そしてとうとう、金庫の中身が何かを当てる日がやってきた。
重雄の書斎に琴子、直樹、古河禰、そして立会人として家令が集まった。
まずは直樹と古河禰がそれぞれの答えを紙に書く。そしてしっかりと封をして家令に二人は渡した。
「まあ、相原家の宝といったらこれでしょう。」
古河禰は自信満々である。そして直樹は今日もいつもと変わらず冷静な表情であった。琴子は直樹が当ててくれるのだろうかと心配しながら、鍵を手にする。
「ではお嬢様、金庫を。」
家令に促され、琴子は震える手で鍵穴に鍵を差し込んだ。カチャリという音が響いた。琴子はそっとその扉を開いた。
「あ…。」
琴子の上げた声に古河禰が「何?何があるんだ?」と急かす。そして琴子を突き飛ばすようにして金庫の前に立つと「な、何だこれは!」と大声を上げた。

「こんな…こんなものが宝だと!?」
古河禰の声は怒りに震えていた。
「こんなもの、誰が当てられるっていうんだ、ふざけている!!」
古河禰の怒りに怯えるように、琴子の顔色も青ざめていた。助けを求めるように直樹を見たが、直樹は平然と立っているままだった。
「私たちの答えを発表していただけますか。」
少し経った後、直樹の静かな声が響いた。その声で家令が「はっ」と我に返り預かった答えの封筒を開いた。
「開ける必要はない!」
「開けて下さい。」
古河禰の興奮した声に比べてどこまでも落ち着いた直樹の声。が、有無を言わさないのはどちらかというのは分かり切ったことであった。家令はピリッとペーパーナイフで封を開けた。
「まず古河禰様ですが…。」
家令はチラリと古河禰を見た。古河禰はふてくされた顔で椅子に座った。
「サファイアを中心として作られたネックレスと指輪、腕輪とこちらには書かれておいでです。」
遠慮がちだが、はっきりと家令は読み上げ紙を皆の前に広げる。
「サファイアは琴子さんの誕生石だからね。おそらくお父上は琴子さんのために贅をつくした豪華なものを作らせたのだろうと思ったのさ。」
吐き捨てるように古河禰は言った。そして、
「だけど所詮、成り上がりの考えることだったな!!」
と態度を豹変させた。
「まったく、誰が分かるっていうんだ!!」
「チェッ!」と舌打ちをして古河禰は顔を背け「こいつの答えも読み上げろ」と家令に命じた。
「入江様ですが。」
琴子は緊張で身を固くした。とりあえず古河禰が間違えたことにホッとしたが直樹は何と書いたのだろうか。

「…粘土で作られた魚、と。」
「おいっ!!」
家令の言葉に古河禰は立ち上がった。
「でたらめを言うな!!」
「嘘じゃございません!」
家令の手から古河禰は紙をひったくった。そこには確かに『粘土で作られた魚』と直樹の文字で書かれていた。
「嘘…。」
琴子は信じられなかった。確かにそこには粘土で作られた魚が置かれていたのだから――。



「こんなくだらない物が入っているなんて分かる奴はいない!分かったぞ、お前、仕組んだな!」
奪った直樹の答えを突き出し、古河禰は顔を真っ赤にして怒鳴り続けた。
「そうか、お前ら二人グルか!」
「そのようなことは。」
家令が弁明するが古河禰は効く耳を持たなかった。
「そうか、お前もグルか!」
古河禰は琴子にもとうとう乱暴な言葉を使い始めた。琴子を指さし、
「お前が金庫を開けて、こんなもんを放りこんだんだ。それでこいつに答えを教えた!そうなんだろう?」
「そんなことしません!」
豹変した古河禰の態度に怯えながら琴子は否定する。
「負け犬の遠吠えは見苦しいですよ。」
そこでようやく、直樹が声を発した。
「何だと?」
「素直に負けを認めたらどうです。」
「もう一度言ってみろ!」
と古河禰は直樹の肩をつかもうとした。が、直樹は軽々とそれを避けた。

「このお屋敷を拝見したところ、華美な装飾品は一切ない、とても質素なお住まいとお見受けしました。」
応接間に場所を変え、直樹が話を始めた。テーブルの上には相原家の宝物、謎の粘土細工が置かれている。
「財産を築かれたが、それを贅沢品に使うことはしない。それが相原氏のお考えなのでしょう。そのような方がお金をふんだんに使ったものを宝とするとは思えませんでした。」
機嫌悪く座っている古河禰、直樹の説明を信じられないという顔で聞いている琴子、そして家令。
「では相原氏にとっての宝とは何か。それはまさしく琴子さん、あなたに他ならないでしょう。」
「私…?」
「はい。これから幸せにしようとしていた矢先に亡くなられた奥様が残されたたった一人の愛娘。それに勝る宝はないはず。」
「くだらない…。」
古河禰は顔をしかめる。
「が、琴子さんを金庫に入れることはできない。そうなると琴子さんに関連する何かではないか。琴子さんのお話を聞いて分かりました。」
「私の話ですか?」
そのようなことを話しただろうかと、琴子は記憶を手繰る。
「ええ。今でもお父様が大事にされているあの部屋に案内していただいた時です。」
「お母様のお部屋ですか?」
「はい。あそこであなたが話してくれましたね。お母様が亡くなられた時、あなたは懸命にお父様を慰められたと。」
「ええ、でも私は当時の記憶がほとんどなくて…。」
「あの部屋に幼いあなたが遊んでいたものがありましたね?」
「はい。」
「あの中に粘土があった。そしてそれは使いかけだった。」
そこで直樹はテーブルの上の粘土細工に目をやった。
「お母様を亡くし、悲嘆に暮れているお父様をあなたがどうやって慰めたか。おそらく粘土であなたは何かを作ったのでしょう。それはお父様の仕事に関連するもの、そう、魚。お父様が笑って下さるようにと幼いあなたは懸命に作ったのではありませんか?」
直樹の話を聞きながら、琴子はぼんやりと思い出し始めた。確かに幼い頃、懸命に粘土で何かを作ろうとしていたことがあったような…。
「お父様はあなたの幼い優しさが何より嬉しかったことでしょう。だからその作品を大事に取っておこうと考えられた。お父様にとっては、この粘土細工が何よりの宝物となったのです。」
「お父様…。」
直樹の話を聞きながら琴子の目に涙が浮かぶ。家令も当時を思い出したのかハンカチで目を押さえていた。



「とんだ茶番劇だな!!!」
しかし、古河禰は違っていた。
「何が粘土だ、何が思い出だ?思い出で腹が膨れるか!」
古河禰はとうとうその正体を明らかにした。そして乱暴に足をテーブルの上に投げ出した。その態度に家令は眉をひそめ、琴子は肩をびくっとさせた。
「ドケチな成金野郎だったか、相原は!!」
そして「そうか」と合点したかのような表情を古河禰は浮かべた。
「もしかして内情火の車なんじゃないか?あんなくだらんもんを宝とか言い張っているところをみると。」
「それはあなたでしょう?」
冷たい響きを持つ言葉が直樹の口から出た。
「は?」
「"こがねもちお”なんて名前ですが、内情が火の車なのはそちらでは?相原家の婿養子になって多額の借財をきれいにするあてが外れて残念でしたね。」
古河禰の顔が赤くなった。
「おい、何を!」
「…染助。」
直樹が漏らした名前に古河禰の動きが止まった。
「お前、それを…。」
「あなたが贔屓にしている芸者の名前ですよね。なかなか金遣いの荒い女らしいそうで。あなたもいくらお金があっても足りないことでしょう。」
琴子は驚きで言葉を失っていた。
「この家の婿にまんまとおさまってもあなたは芸者との縁を切るつもりはなかった。」
「…当然じゃないか。」
クククと古河禰は笑った。
「金目当てじゃなければ、誰がこんな不細工な何の取り柄もない女と結婚するというのだ!」
古河禰の言葉が深く突き刺さった。
「そ…んな…。」
こんな言われ方をするなんて――鬼のような形相で自分を指さす古河禰を琴子は黙って見つめるしかなかった。

と、その時古河禰の突き出された腕を直樹が掴んだ。「何を」という顔をする古河禰の体がふわりと浮かんだ。そしてそのまま応接間の開け放れた窓を飛び越え、庭へと飛んでいき――派手な音を立てて池の中に古河禰は落ちていた。



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“粘土で作られた魚”
重雄パパにとっては琴子ちゃんは宝。
粘土はその時の幼い琴子ちゃんの優しい気持ちと、琴子ちゃん(宝)を一生懸命守るために頑張って生きていこうという覚悟をくれた宝物なんですよね。
それにしても、幼い健気な琴子ちゃんの可愛らしいこと!!!

探偵入江くんもそんな琴子ちゃんが笑えるように頑張っている!
もうこれは愛だわ♥

水玉さん、今日も素敵なお話をありがとうございました。

何か?面白そうですね?琴子ちゃんのお父さんらしい、さすが,入江君、が、当てました?小金持ち?なんですか!!

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なおちゃんさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
面白そうでですか?良かった、そう言っていただけて!!
書いている私だけ楽しんでいるのではと不安になっていましたから、すごく安心しました!
ありがとうございます。

紀子ママさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
1話からのコメントありがとうございます。
そうそう、大蛇森先生が出てきたときはもう紀子ママさんったら~と笑っちゃいました!!
そうです、我らが大蛇森先生はこんな最低な人じゃないんですよ!(笑)
琴子お嬢様は大事に育てられて、優しさを持ったいい子なんです。
その優しいところを理解してくれる人じゃなければ嫁にやれないといったところでしょう。
入江探偵は何か琴子ちゃんに人と違う所を見ているんでしょうね。

まあちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申し訳ありません。
うわ~うちの入江くんをそんなに素敵だと言ってくれるなんて!!
まあちさんこそ、私の癒しですよ~!!ありがとうございます。
そしてブログの開設記念日も覚えていて下さって、ありがとうございます。
一番乗りのコメントで本当に嬉しかったです、ありがとうございます!
私もずっとまあちさんからコメントもらえるといいなぁ。

Myさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!
お返事遅くなり申し訳ありません。
このシリーズ面白いと言っていただけて、とても嬉しいです。
某所、最近更新しましたのでぜひお越しください♪
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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