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2015.09.29 (Tue)

入江法律事務所 48






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「…まあ、アイちゃんも普通の男親だということだ。」
事情を一通り聞いた重樹が仕方のないことだと頷いた。さすがに重樹も息子が変態のDVだとは思っていない。
「わしもママをもらうときは色々苦労したもんだ。」
「あら、そうでしたっけ?」
頭を冷やそうと氷嚢を当てている紀子が訊ねると、
「ああ、そりゃあもう、胡散臭そうに頭のてっぺんからつま先までジロジロとお義父さんに見られたもんだよ。忘れたのかい?」
「あら、だってあの時はあなたしか見えていなかったから。」
「もうママは。」
年甲斐もなくいちゃつき始めた両親を「ゴホン」と直樹は咳払いをして止める。全く息子のピンチになんという態度を取るのか。
「もっともわしも親父から受け継いだ会社を大きくしようと頑張っていた時だったからな。お義父さんの目には生活していけるのかと心配だったのだろう。無理もないことさ。」
当時を思い出す重樹。
「そうねえ。会社が上場する時に挨拶に行っても、まだ不安そうだったわ。」
「ともかく、男親というのはそういうものだろう。わしは娘がおらんから分からんが。」
「そうなのかしらねえ?」
「そりゃあそうだ。考えてみてごらん、ママ。」
首を傾げる紀子に重樹が訊ねる。
「たとえば琴子ちゃんがわしらの娘だったとしよう。」
「まあ、素敵!」
「で、その可愛い琴子ちゃんを欲しいとこういう息子がやってくる。どうする?」
紀子は直樹を見て、
「…ちょっと考えるわね。だって何考えているか分からないし、性格も難しいし、可愛い琴子ちゃんが幸せになれるかどうか確信もてないもの。」
「だろう?」
「それはないだろう」と直樹は溜息をついた。本当にこの両親は自分の両親なのだろうか。

「ねえ、私たちが相原さんにお話するわけにいかないのかしら?」
紀子が提案したが、直樹は、
「いや、ここは俺がちゃんとおじさんに納得してもらわなければ意味がないから。」
「そうだな。直樹が一人で頑張る時だ。」
重樹も直樹に同意した。
「大丈夫さ。アイちゃんは話せば分かる奴だ。お前が誠心誠意、きちんと向き合えば結婚も許してもらえる。」
重樹に背中を押され、直樹は少し前向きになれたような気がした。



翌日。
「…おはようございます。」
げっそりとした様子で琴子が事務所に出勤してきた。どうやら直樹が帰った後もさんざんやり合ったらしい。
「何だか大荷物だな。」
いつもよりかなり大きな、そう、今にも旅行にでも行けそうなカバンを琴子は持っていた。
「先生。」
その荷物を置くなり、琴子は直樹の前に立った。
「…駆け落ちしましょう!」
「はあ!?」
朝一で何てことをと直樹は目を丸くした。
「本気です。あんな分からず屋のお父さんはもう知りません。お父さんなんて関係ありません。よりによって先生のことを変態のDVのできそこない弁護士だなんて、本人を前にあんな失礼なことを言うなんて!」
「ちょっと待て。できそこない弁護士とは言われてないぞ?」
「絶対許してくれません。だから先生、駆け落ちしましょう。」
直樹の言葉など聞こえない様子で琴子はしがみついてきた。なるほど、その準備をしてきたというらしい。
「…それはだめだ。」
「何で?」
「やっぱりちゃんとおじさんに許してもらわないと。大丈夫、ちゃんと納得してもらう。要はお前を安心して任せられる男だと分かってもらえばいいんだから。」
「で、でも…お父さん、聞く耳持たないし。」
「落ち着いたら分かってくれる。ちゃんと許してもらえるよう俺が頑張るから。」
「先生!」
気を取り直した琴子は少し安心した様子で席について、仕事の準備を始めた。そんな琴子を見て、直樹はここまで追い詰めていたかと心が痛んだ。今朝も直樹のコーヒーを淹れる準備を市に行った琴子を見送っていると、ふとその席の側に本が落ちていることに気づく。
「何だ?」と直樹はそれを拾い上げた。文庫本のようである。
「“ロミオとジュリエット”…。」
あまり琴子を心配する必要はないようだと直樹は安心するやら呆れるやらといった気分であった。
「あいつ、やっぱり形から入る奴だった…。」
そんなことを呟いていると、給湯室から「相原の名前を捨てましょう」という台詞が聞こえてくるではないか。
「いや、俺の家はお前のことを大賛成しているから。」
家同士の不仲というわけではないんだと、直樹は深い溜息をついたのだった。



「先生、また不愉快な思いをするかもしれませんよ?」
「大丈夫だって。」
この日の夜、直樹は琴子を送って行った。
「んもう、お父さんたら!8時に電話を入れるなんてうるさいこと言うなんて。」
琴子の門限は何と午後8時と決められたのだった。8時に重雄が店から自宅に電話を入れ、在宅を確認するという。更に初日の今夜は店を抜け出して目で確認するとのことだった。だから琴子がまた、父に変なことを言われるのではないかと心配しているのである。
そして相原家に到着したのは、8時前であった。
「何とか間に合ったな。」
家は真っ暗。どうやら重雄はまだ戻っていないらしい。
「先生、こんなことになって…私のことも面倒になっちゃいませんか?」
家に入らず、琴子は直樹を見上げた。その潤んだ目は直樹の心をくすぐるのに十分であった。
「…そんなことないよ。」
「本当ですか?」
「ああ。大丈夫だから。」
と、直樹が琴子を抱き寄せる…。



「…随分、いい体しているんだね。」
その声に直樹は思わずのけぞった。
「おじさん!!」
腕の中に包み込んだのは琴子かと思っていたら、何と重雄ではないか。道理で琴子にしては妙にゴツゴツしていると思っていたら。
「残念ながらわしは男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないんだが。」
「お、おじさんもいい体ですね…。」
慌てて重雄から離れる直樹。渋い顔をしている重雄の後ろでは頬を膨らませている琴子がいる。

「お父さん、8時が門限なんてあんまりだわ。」
琴子が早速父に不満をぶつけた。
「残業だってあるし。」
「残業?何だ、直樹くん?君は出来る男だと聞いていたが?残業なんて作る男なのか?」
「出来る男だから忙しくて残業があるの。」
「そんなの直樹くんくらい優秀ならば一人で十分片付けられるだろう。」
「無理よ。」
「そんなこともできないようじゃ、優秀とはいえないな。」
かなりの無茶を言ってくると直樹はたじろいだ。
「できるだけ、琴子には残業は…。」
「ああ?」
重雄の目がまたもやギロリと光った。
「…琴子さんに残業をお願いしないようにしますから。」
「先生、無理しないで下さい!私は先生のパーガールなんですから!」
「パー…?パーガール?」
今何と言った?と重雄は娘の顔を見つめる。
「な、何だ、それは?」
「パーガールよ。先生はいつも私をそう呼ぶの!」
「…違う」と直樹は消えそうな声で呟いたが、もう遅かった。
「パーガール?パーガールとお前は呼ばれているのか!」
「そうよ!」
琴子は胸を張った。
「そんな呼ばれ方で喜んでいいのか!」
「いいのよ!」
重雄はクルリと直樹の方に向き直った。
「い、いくらこいつが君よりできないからと…だからといって…。」
「おじさん、違います。訂正させて下さい!」
「琴子をパッパラパー扱いするとは!君はぱんつコレクターで女に変な格好をさせて変なもんを飲ませて喜ぶ上に、DVのモーパラ野郎だったのか!!」
「モーパラではなく、モラハラ野郎の間違いですね。」
口にして直樹はまたもやハッとなった。どうしてもつい言い間違いをただしてしまうのは職業病なのだろうか。

「あ、いえ。そうではなく。パーガールじゃなくて琴子…さんが言いたいのはパラリーガル…。」
いや、もう訂正はやめておこう。とにかくここに来た他の目的を達しようと直樹はカバンから封筒を取り出した。

「おじさん、これを見てほしいのです。」
「何だ?変態証明書か?君の変態度合いを五段階で評価しているのか?」
そんな物を発行する役所があってたまるかと言い返したいのを直樹は堪えながら、
「違います。これは俺の収入を証明する書類です。」
「ああ?」
胡散臭そうに重雄は封筒を見た。
「俺は個人事業者ですから、収入の面でも不安がおありなのではないかと。それで全て見てもらえたらいいと思って。」
重樹が会社経営者ということで祖父から不安視されたという話を聞いて、直樹はそうしようと思い立ったのである。
「個人事業者…。」
「はい。確かに安定していないし、琴子さんを食わせていけるのかと不安になられるのも無理はありません。この先どうなるか分からない、一寸闇が個人事業者の宿命といいますかなんといいますか。そんな男に大事なお嬢さんはやれないと心配されるかもしれません。でも琴子さんに苦労させないように精一杯努力を…。」

「それはわしへの当てつけかね?」
「え?」
直樹は重雄を見た。
「…それは個人事業であるわしへの嫌みか?」
直樹は青ざめた。そうだ、重雄も立派な個人事業者ではないか。すっかり忘れていたが、時すでに遅しといったところ。
「いえ、そんな!おじさんのように人を雇ってちゃんと経営していけることは何て素晴らしいと…。」
「おべんちゃらは結構。何だね?君が言わんとしていることは、わしのような不安定な個人事業者者に娘を嫁がせるのは心配だと?ああ、そうか。つまりわしの妻…琴子の母親も不幸だったと!!」
「そんなことは決して!お義母さんは幸せでいらしたと思います。」
「わしの大事な妻をお義母さんなんて呼ばないでくれ!」
「お父さん、先生はそんなこと言ってないでしょう!」
琴子がなだめても、重雄は聞く耳を持たないといった風で、
「そもそも、君に経営指南を受けるまでもないわ!わしの方が経営者としては先輩だ、苦労も十分している!君のような変態のDVパラダイス野郎に用はない!」
「私は変態でもDVでもパラパラでも先生しかだめなの!!」
叫ぶ娘の手を引き、重雄はバタンとドアを閉めてしまった。
「…そんな大声で二人で言わなくても。」
どんどん増えていく不名誉な称号に、直樹はますます頭を抱えるしかなかったのだった。





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*Comment

★大変そうな入江君

重雄お父さんは入江君が弁解すればするほど、だんだん意固地になってますね(・_・;)ますますこじれていくし…二人の間にはさまれてる琴子ちゃんは可哀想です。とにかく、入江君は誠心誠意をお父さんと話して、納得してもらうしかないですね。いっそうの事、琴子ちゃんが居ない所で、男同士、腹を割って話し合うしか無いようですね。頑張れ入江君!
さな |  2015.09.29(Tue) 19:39 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2015.09.29(Tue) 19:50 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.09.30(Wed) 09:47 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.09.30(Wed) 18:02 |   |  【コメント編集】

何だか変な方に、どんどん、進んでいくような気がする?琴子ちゃんと、入江君,これから、どうするの?琴子ちゃんと、入江君結婚できるの?
なおちゃん |  2015.10.01(Thu) 09:50 |  URL |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

46からのコメントありがとうございます!
本当にあの一言になぜかじーんと来てしまって!そうだよなあ、ずっと来て下さったのに…と猛省いたしました!
おかげでこうして徐々に書く感覚を思い出せてきて、こちらこそお礼を言いたいです、ありがとうございます!
ええ、ロスも結構癒えてきましたよ…CM見る度に毒づいてますけど。もやっぱりK様のようにはなれないと思いますよ!(笑)なんか色々忘れようとハウルを真剣に見てました(笑)
そうなんですよね、琴子ちゃんは本当にいい子になったから。そんないい子を簡単にはいよとくれると思ったら大間違いです。
ちょっとは苦労してほしいなと(笑)
琴子ちゃん、自分の置かれた状態を悲しんでいるのか、楽しんでいるのか(笑)
水玉 |  2015.10.03(Sat) 21:54 |  URL |  【コメント編集】

★なおちゃんさん、ありがとうございます。

そうです、もうどんどんおかしな方向に行ってます!
入江くんが動けば動くほど、事態はおかしくなっていっているんですよね~。
琴子ちゃんと結婚できるか、今が正念場です!
水玉 |  2015.10.03(Sat) 21:55 |  URL |  【コメント編集】

★shirokoさん、ありがとうございます。

そうなんですよね、何か一言文句をつけないと気が済まない。
それに隅々まで見ないと、ちゃんと幸せにしてくれるかどうか心配というのもありますしね。
本当に色々やらかして。そりゃあ相原パパも不安になるのも無理はないです。
いや~「君にお義父さんと呼ばれる覚えはない」というセリフを一度は言わせてみたかった!
琴子ちゃんが入江くんを一途に愛しているよう、入江くんも一途に愛しているんですけどね。
それをどうすれば分かってもらえるか…ってところでしょうか?
水玉 |  2015.10.03(Sat) 21:58 |  URL |  【コメント編集】

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