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2015.08.11 (Tue)

入江法律事務所 45


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「頬と頬を寄せ合い」大蛇森検事部長のその言葉だけ、はっきりと直樹の耳に聞こえていた。
「あいつ、自分の立場分かっているのか?」
何のために左手薬指に指輪をつけているのか、その意味が琴子に分かっているのだろうか。

「ですので、被告人は…!!」
そして今日も船津検事の芝居がかった朗読が法廷に響く。
「ったく、まともに読み上げることはできねえのか。」
何度言ったら分かるのか。どいつもこいつも腹が立つと、直樹の苛立ちは募る一方である。
直樹はこっそりと傍聴席を見た。琴子の体がメンサにくっついているように見えるのは気のせいか。もしかしたらメンサに心を傾けつつあるとか、いやいや、そんなことはあるまい。琴子の気持ちは信じているが、メンサが本気を出したらどうだろうか演技は大根であっても、自分の気持ちを正直に打ち明けることはできるだろう。そうなった場合、琴子は?

「…弁護人、反対尋問を。」
「反対?何で俺が反対しなければいけないんだ?」
「…は?」
どうやらまたやってしまったらしい。裁判官が怪訝な顔で自分を見ている。
「ええと、反対尋問があなたの職務では?」
『裁判官泣かせ』の法廷ということで、今日は中堅の裁判官が出てきていた。その顔がじっと直樹を見つめる。
「…裁判官!!」
すかさず船津が叫んだ。
「ご覧のとおり、弁護人はまったくといっていいほどやる気を見せておりません!更に今の言葉遣い!!これはあきらかに職務放棄といっても過言ではない!」
「検察官、今は弁護人の発言を…。」
「検察官の読み上げ方に問題があるのではないですか?」
直樹が立ち上がった。
「はっきり申し上げて時間の無駄かと。もっと要点をしぼれば裁判も短縮できるはず。それなのに芝居がかった、気取った読み方!不快以外の何物でもない!」
「お前に僕の読み方をあれこれ言う資格はない!」
「ある!そんなふざけた読み方では反論する気も起きない!」
「うるさい!!」
「うるさいのはお前だ、大根!」
「今の大根は自分に向けてか」と、一瞬傍聴席のメンサの眉がひそめられた。が、そんなことに気づきもしない船津が顔色を変える。
「だ、大根!?」
「ああそうだ。そもそもそんな読み方をしろと誰に教わったんだ?え?検察庁の偉い人か?」

「ちょっと待ったあ!!」
何ということか、傍聴席から声が上がったではないか。その主は大蛇森検事部長。
「傍聴人は静かに!」
「聞き捨てならない!僕は何も言っていない!そんな、入江弁護士の邪魔をするようなことを指示するわけないじゃないか!」
大蛇森は裁判官の制止を無視して叫んだ。当然である、愛しの直樹に誤解されたらたまらない。
「船津くん、君が悪い、すべて君が悪いんだ!」
大蛇森部長は船津を指さして声の限り叫んだ。
「部長、あなた検察官でしょうが!何、弁護士の味方してるんですかっ!!」
船津が真っ青になって叫ぶ。
「うるさい!神聖なる法廷を乱すんじゃない!」
大蛇森が部下を叱り飛ばしたら、
「乱してるのはお前だあ!!!」
と、裁判官が怒鳴った。
『裁判官泣かせ』の異名を持つ二人が顔を合わせる法廷、それなりの覚悟はしていた。しかし、まさか傍聴席から、しかも検事部長という立場の人間までも参戦してくるなんて誰が想像できただろうか。その思いからとうとう裁判官らしからぬ発言をしてしまった。
「もう…もう…みんな出て行けぇぇぇぇぇぇ!!」
そう叫ぶと裁判官は突っ伏して「うわぁぁぁぁぁん!!」と声を上げて泣き出してしまった。

「ね?『裁判官泣かせ』でしょ?」
裁判官の泣きき声が響く中、琴子がそっとメンサに囁いた。
「比喩じゃなくて、本当に泣かせることだったんだ…。」
さすがにメンサも言葉を失ったのである…。



「誰かさんのせいで裁判休止になっちゃったじゃないですか。」
「君が来てから、入江先生がおかしくなったんだ!」
廊下ではまたもや琴子と大蛇森がにらみ合っている。それを遠目に直樹は疲れたと壁にもたれた。
「入江先生、お疲れ様です。」
その直樹にメンサが近寄った。
「今日はこのまま顧問先などで打ち合わせでしたよね?」
「そうだけど?」
予定がたてこんでおり、事務所には戻らず直帰であった。メンサは午後からいないのでとりあえず安心といえば安心か。
ところが、
「夕食はご一緒できませんか?」
メンサの言葉に直樹は驚いた。
「夕食って、この後本業だろう?」
「ええ。でも夜は空いてます。だから先生と琴子さんにお世話になったお礼でもしようかと。」
「…俺は顧問先と食事会だ。」
「あ、そうでしたっけ?」
打ち合わせがあることは頭に入れているくせに、そこまで入れていないはずがない。メンサの調子の良さに直樹は苦々しい気持ちである。
「じゃあ、琴子さんをお誘いしてもいいでしょうか?」
「最初からそのつもりだったくせに」と直樹の顔は更に渋くなった。
「琴子さん、お寿司好きでしょうか?」
そしてメンサは寿司店の名前を出す。それは三ツ星を獲得した、予約が取れないことで有名な店であった。
「…あいつを餌付けする気か?」
「だって芸能人であることを利用しないと、先生に勝てないんですもん。」
「そんなことないだろう。」
「ありますよ、芸能界にいてもおかしくない外見、そして優秀な弁護士、勝ち目ないじゃないですか。」
「よく言うものだ」と直樹は呆れた。演技はともかく、人気ナンバーワンの俳優に言われるほどの男じゃない。
「それで、琴子さんをお誘いしても?」
本音を言えば「ふざけるな」と一喝したいところである。が、婚約しているとはいえ琴子は直樹の所有物ではない。一人の女性だ。琴子が寿司を食べたければ食べに行く権利はある。
たかが食事ではないか。それを目くじらたてて止めるなんて心の狭い男のすることだ。
「…あいつに聞けばいいでしょう?」
葛藤を隠し、直樹はそう答えた。そしてまだギャーギャーと騒ぎ続けている琴子と大蛇森を見ながら、次の仕事先へと向かったのだった。



「ジャーン、先生、見て!予定いっぱい埋まっちゃいました!!」
自慢のフランス直輸入手帳を琴子は広げた。そこにはたしかに予定が埋まっている。この間まで真っ白だと愚痴っていたのにどういうことか。

「メンサさんが、いっぱいおいしい物を食べに連れて行ってくれるって。全部三ツ星レストランなんですよ。次はフランス料理でしょ?その次は和食で、あと、タイ料理も!」
見ると全部予定には「メンサさん」と書かれ、ハートマークまで書いてあるじゃないか。
「おい、俺の予定は?」
琴子は自分の婚約者、いや秘書だったはず。そもそもその手帳だって秘書として必要だからと買ったと言っていなかったか?
「え?ああ、先生の予定もちゃんと書いてありますよ。」
「どこに?」
「うちのカレンダー。」
「カレンダー?」
「はい。だって先生、ご自分の予定は全部頭に入っているし。あんまりこの手帳に書く必要ないから。でも一応秘書だし書いておかなきゃなって。それでうちのトイレのカレンダーに。」
「トイレ!?」
「だってそこしか書くとこなかったんだもん。でもね、うちのお父さんが毎朝トイレで唸りながらそのカレンダー見ているから、先生の予定全部覚えちゃったんですよ、すごいと思いません?」
一瞬、直樹の中で唸る重雄が浮かんだ。が、すぐにそれを打ち消す。
「新聞屋さんのカレンダー、役に立つ日が来てよかった。」
「お前、金も払えなかったくせにカレンダーだけせしめているのかよっ!!」



「…かよっ!!」と叫んだところで、直樹の目が開いた。見慣れた自分の部屋の天井がそこにあった。
「夢か…。」
汗をかいた体をベッドの上に起こした。何て夢を見たのか。時計を見るとまだ午前三時である。
「あいつ、ちゃんと家に帰っているんだろうな?」
携帯を手にして琴子の番号を表示させる。が、かけることはしなかった。そうだ、きっと家で高いびきをかいているに違いない。
「まさか、お持ち帰りされていないだろうな?」
どうも自分は優しくするのが苦手だから、つい粗略に扱ってしまう。そんな時にイケメン俳優に優しくされたら…。
そのまま直樹はまんじりもせず、朝を迎えてしまった。



「あら、コーヒーだけでいいの?」
「ああ。」
当然、食欲などあるはずがない。紀子の心配をよそに直樹は「行ってきます」とコーヒー一杯だけしか飲まず出かけてしまった。
「お兄ちゃん、体調でも崩しているんじゃないでしょうね?」
心配する紀子に、
「何か夢見が悪かったみたいだよ。」
と、出かける準備をしている裕樹が言った。
「昨日さ、夜中に水飲みに起きたらお兄ちゃんの部屋から聞こえたんだよね。“三ツ星”“トイレ”“金も払ってない”って。」
「三ツ星、トイレ、お金も払ってない?」
紀子はうーんと考える。
「三ツ星トイレを事務所に作って、そのお金が払えないってことかしら?やだ、お兄ちゃん、借金しちゃってるんじゃないのでしょうね?」
「帳簿見る限りその気配はなさそうだけど。」
「あら、裏帳簿って言葉があるでしょう?借金なんかしたら琴子ちゃんに愛想つかされちゃうじゃないの!」
「何てこと」と紀子が青ざめる。
「トイレにそんな見栄張って、どうするってのよ!」
「三ツ星トイレってどんなトイレなんだか。」
母の勝手な妄想に、裕樹はやれやれと溜息をついたのだった。



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 |  2015.08.11(Tue) 14:23 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.08.11(Tue) 17:15 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.08.12(Wed) 00:09 |   |  【コメント編集】

こんにちは。
入江先生はイライラしてますね(笑)素直に「行くな!」と言えば良いのにね。結局入江先生は悪夢を見るし…朝ごはんも食べれない位、元気ないし(笑)本当に入江先生は素直じゃないですね(笑)
さな |  2015.08.12(Wed) 16:58 |  URL |  【コメント編集】

★こっこ(*^^*)さん、ありがとうございます。

44から続けてのコメントありがとうございます。
お返事遅くなり申し訳ございません。
夜勤中に来て下さってとても嬉しいです。ちょっとでもこっこさんの癒しになるといいなあと思っております。
天才も恋愛ではからっきしですよね。
琴子ちゃん、ウェディングドレスが着られるのはいつになるでしょうかね…???
水玉 |  2015.08.30(Sun) 16:00 |  URL |  【コメント編集】

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