日々草子 掌中の珠 3

掌中の珠 3





「なんでこんな恰好をしてまで…。」
「それは俺の言い分なんだけど。」
ここは相原家の上屋敷。藩主の側近に扮しているのは直樹と渡辺屋である。
「商人の俺がこんなことしていいのかなあ。」
元は旗本に生まれたとはいえ、二本差しに扮するのは久々の渡辺屋である。
「大丈夫だろ、義父上の許可は得ていることだし。」
「そりゃあそうだけど。でも何で俺まで?」
「あの時居合わせた不運を嘆いてくれ。」
話しながら二人は庭に出た。
「見事な庭園だなあ。」
「相原家御自慢の庭園らしい。その昔は上様も御訪問されたことがあるそうだ。」
そこを歩いていると、
「師匠!」
という声が聞こえた。

「どうでしょう?なかなかの仕上がりじゃありませんか?」
そう言って直樹の前でクルクルと回っているのは、奥女中に扮したお琴だった。
「うわ、師匠も渡辺屋さんもとてもお似合いですね。うんうん、このまま仕官しちゃいます?なあんて。」
キャッキャッとお琴ははしゃいでいた。
「私はどうですか?どこから見ても奥女中ですよね?あ、でもやっぱり、にじみ出る姫育ちの雰囲気でばれちゃうかしらん?ね、師匠?」
黙ったままの直樹に、お琴は「あれ?」と首を傾げた。
「師匠?どうしました?」
「ああ、お前だったのか?」
「は?」
「よくしゃべる奥女中がいるんだなと呆れていたら、お前だった。悪い、気づかなかったわ。」
「よくしゃべる奥女中…。」
姫の雰囲気が出ていないことにショックを受けているお琴の元に、
「姫様!奥女中がウロウロしてどうします!」
と、乳母がやってきた。
「ほら、あちらに!」
「うわぁん」と騒ぐお琴の手を引いて乳母は女たちが集まっている所へと連れて行った。
「あれで姫と言われても信じる者がいるか。」
「あはは…。」
直樹と渡辺屋は溜息をついたのだった。


父の見合いを覗くと決めたお琴であったが、その方法は直樹を驚かせた。
「奥女中に姿を変える…だ?」
「はい!」
「そんなことしなくても、堂々と姫として…。」
「いやいや、それではお相手も委縮してしまうかと。」
だからといって、そこまでしなくてもと直樹は言ったがお琴は聞く耳を持たなかった。
「まあ、好きにしろ。」
どうにでもなれと直樹はあきらめることにした。
「ということで、師匠たちは小姓になって下さい。」
「はあ!?」
何でそういう話にと目をむく直樹。そして、
「ちょっと待って!師匠たちって、“たち”ってもしかして…。」
渡辺屋は自分を指すと、お琴が頷いた。
「お二人もご一緒に!」
「いやいや、それはまずいって。」
渡辺屋は両手を振った。
「大丈夫ですよ、渡辺屋さんも武家姿お似合いだと。」
「いや、そういうことじゃなくて。」
商人が大名屋敷に入り込むこと自体、大問題だろうと渡辺屋は思う。
「父上にはきちんとお話しておきますから。父上、きっと面白がって下さいます。」
「そうかなあ…。」
お琴はあっという間に話を相原家に通し、見合いの日を迎えたのである。



お琴が言うとおり、重雄はこの様子を楽しんでいるようだった。もっとも、お琴が巻き込んだことを二人に謝ることは忘れていなかった。
「…お琴ちゃん、本心はどうなんだろうね。」
渡辺屋が直樹にささやく。
「さあな。」
こればかりは直樹にも分かりかねた。邪魔をするために乗り込んでいるわけではなさそうだが。
「複雑だろうな。お父上と仲睦まじいだけに。」
「そうだな。」
泣きついてくれれば、慰めようもあるがこういう時は何も頼ってくれない。そこまでの男と思われているのかと自分が情けなくなる直樹である。

庭園に重雄が重臣たちと現れ、直樹たちも後ろに控えた。そして正室不在の相原家をまとめているお琴の乳母を筆頭にした奥女中たちも姿を見せた。列の中頃にお琴の姿が見える。しおらしくしているなと思ったら、直樹に向かって小さく手を振ってきた。直樹がおとなしくしろと睨むと首をすくめた。
「ったく、しょうのない奴。」
と直樹が思った時、相手の姫君が到着したと知らせが入った。



公家の姫君は一体どのような方なのかと緊張しながら、お琴も直樹も渡辺屋もその姿を待った。やがて、きらびやかな一団が庭園に入ってきた。聞こえてくる京言葉が雰囲気を変えていく。
「此度は遠路はるばる…。」
にこやかに重雄が到着した一団に声をかけた。
「いいえ、ちっとも。」
中央に立つ大柄の女人がはっきりと答えた。なるほど、あれは姫君の乳母かと直樹たちは眺める。さて、肝心の姫君はどこにとその姿を探した。
が、その大柄の女人の傍にいる者の言葉に直樹たちは驚くこととなった。
「こちらが、細井家の姫君、小百合姫でございます。」
「え!?」
思わず叫びそうになるのを直樹と渡辺屋は堪えた。いや、重雄も同様の気持ちらしく目を丸くしている。当の小百合姫はそんなことに気づくこともなく、堂々と立っている。

「く、公家の姫君って、もっとはんなりというか、ほっそりというか、そういう方を想像してたけど。」
絞り出すように渡辺屋が言うと、
「…まあ、屋敷の奥でかしづかれているからひ弱なのかと思ったが。」
と、直樹も信じられないといった風に返す。
「あの小百合姫はその心配はなさそうだ。」
「そうだな。」
重雄の姿をすっぽりと隠してしまっている小百合姫の後ろ姿を見ながら二人は頷いた。
そして二人は顔を見合わせた。
「お琴ちゃん!」
「お琴!」
お琴は一体どうしているのか、二人は相原家の女中衆に目をやった。お琴は無表情で父たちを見ている。
「…石になったようだ。」
驚きのあまり微動だにしないお琴を、周囲の女中たちも心配そうに見ている。無理もないことだった。



「…師匠。」
重雄が小百合姫を庭園に案内し始めると、お琴がツツツと直樹に近寄って来た。
「私は、あの方を母とお呼びせねばいけないのでしょうか?」
「お前が母と呼ぶ方ならば、俺も義母上とお呼びする方だからな。」
不満かと直樹は率直にお琴に尋ねた。
「不満というより…ぴんと来ないのです。」
二人が似合っているならばと思うのだが、どうもそう見えないらしい。その通りかもしれないと直樹も思った。
「でも、決められた縁談などではなく、真に父上を慕って下さるならば…そして父上もあの方と人生を共にと思われれば私は何も言いません。」
「そうか。」
お琴の気持ちを直樹も理解した。その通りだと思う。直樹はこっそりとお琴の肩を抱き寄せた。



父と小百合姫のことも気になるが、それに加えて小百合姫付きの女中たちの視線もお琴は気になった。
「お武家にはあのような麗しき方が…。」
「お一人でいらっしゃるのか。」
それこそはんなりとした京言葉で噂されるのは、当然直樹のことであった。
「公家仕えの割には、なかなかの神経の持ち主のようだこと。」
ギロギロと睨むお琴を見ながら直樹がこっそりと溜息をついていた。

それは置いておいて、やはり気にせねばならないのは見合いである。が、こちらもどうもお琴の望みとは離れた方向へ進みつつあった。
「…今後は私が相原家の奥をしっかりと。」
「奥女中たちの規律もきちんと。」
小百合姫から聞こえてくる話は、奥向きをいかに管理するかということばかりであった。重雄は相手が気分を害さぬ程度に相槌を打っている。
「師匠…。」
細井家の女中たちの視線はすっかりお琴の中から消え去っていた。
「小百合姫は、父上のお人柄については何も気にされていないのでしょうか?」
父を支えてくれる相手ならばというお琴の願いは消えかけているのかもしれない。
確かにお琴が心配することも無理はないと直樹は思った。小百合姫は奥向きを采配できることだけを第一に考えてこの縁談に乗り気なのではと直樹も渡辺屋も思いつつある。

「相原様は、余暇をどのようにして過ごしていらっしゃいますか?」
長々と続いた、奥向き管理法についての話が止んだ。ようやく重雄に興味を持ち始めたのかとお琴たちは少し安堵した。
「そうですな…書物を読むことが多いような。」
「まあ、それは素晴らしき御趣味でございます。どのようなものを?」
漢籍か、それとも歴史本かと小百合姫が興味津津といった風に重雄に詰め寄る。
「読本など。」
迫りくる小百合姫の巨体にたじろぎながら、重雄が答えた。
「読本…?」
「さよう。」
重雄がどこか誇らしげに頷く。
「なかなか面白きものが多いのです。男女の悲恋など、涙誘うものもしばしば…。」
重雄は横目で直樹を見ながら説明をする。
「んまあ!!何てことでっしゃろ!!」
ところが重雄の言葉を打ち消すように、京言葉で姫が叫んだ。その大きさに木の枝に止まっていた鳥が一斉に飛び立った。

「そ、そのようなはしたなき書物、いいえ、書物ともいえないものを大名家の当主ともあろう方が!!」
「い、いや。そんな決めつけなくとも…。」
「いいえ!!男女のあれこれですと?んまあ、そのような下衆なものが江戸では当たり前のごとく読まれていると?」
「いやいや、学問の書に負けないほど内容が濃く、そして考えさせられるものが…。」
「そのようなこと、絶対にありませぬ!」
汚らわしいとばかりに小百合姫は頭を振った。
「ひ、姫、落ち着いてくだされ…。」
「頭が、頭の中が溶け出してしまいますぞ!」
キィィィとばかりに小百合姫が叫び続ける。「姫様、落ち着かれませ」と女中たちが押さえようとするが、そのうちの数名は吹き飛ばされてしまった。

「まったく、どうせろくでもない者が書いているに決まっております!!」
「そんなことは…。」

「読みもしないで決めつけるんじゃないわよ!!」
重雄の声にかぶさるように、別の声が飛んできて皆の視線がその方向へ飛んだ。
「そなたは?」
「読んだこともないのに、頭の中が溶けるとか下衆だとか、決めつけないで下さい!!」
顔を真っ赤にして怒っているのは、控えている相原家の女中たちの中で一人立ち上がったお琴であった。

「無礼者!!」
これには小百合姫の女中が黙っていなかった。
「奥女中の分際でなんという口の聞きようでございましょう!」
「それはこちらの言葉じゃ!」
言葉遣いが変わったお琴に、細井家の連中が「え?」という顔をした。
「あ、あの女中はどこかおかしいのでは?」
「…姫なのだ。」
「は?」
小百合姫が重雄を見た。
「今、何と?」
「あれは…我が姫。」
「姫…?」
小百合姫たちはお琴を見た。耳や鼻から湯気を出しているかのような真っ赤な顔でこちらを睨みつけている。
「姫という名前の奥女中?」
「いや、琴姫という…相原家の、わしのだた一人の姫なのです。」
「嫁がれているという姫君…?」
小百合姫の問いに重雄は力なく頷いた。
「な、なぜゆえ姫君が奥女中?」
その答えが重雄から出ることはなかった。あまりのことに立ちつくす小百合姫。そしてとにかく重雄から姫と言われたからにはと、小百合姫の女中たちはお琴に向かって膝をつく。

「い、入江…あれ?」
渡辺屋が顔を向けると隣にあるはずの親友の姿がなかった。
「…何かやらかすとは覚悟していたが、まさかこんな登場の仕方を選ぶとは。」
と、直樹はしゃがみこんで額を押さえていた。




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No title

そうだよ!相原家の、一人娘だよ、お姫様だよ、お琴ちゃんは、入江君どうするかな?話を楽しみにしています。

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マロンさん、ありがとうございます。

続き気になっていて下さっていたんですね、ありがとうございます。
公家の姫君は、重雄に本気にならないで違う方向に興味を持っている人で最初から決めてました~。
そうです、読本=直樹なんですよ。だから頭に来ちゃったんでしょう。
もはや自分が何をしているか分かっていないでしょう!

なおちゃんさん、ありがとうございます。

そうです、お姫様なんですよね!!入江くんが頭を抱えてどうするのか…続き楽しんでいただけたらいいなと思っています。

あおさん、ありがとうございます。

すでに数に入れられている渡辺屋さんも気の毒ですよね。
でも絶対普通の商人じゃ経験できないだろうし、楽しんでほしいような(笑)
そうそう、絶対ド迫力だと思います!あの原作の登場からして!!
私は理美の結婚話の時の、相手のお母さんにかみついていたときの琴子ちゃんを思い浮かべながら書いてました。
ついでに頭を抱える入江くんは、理美の披露宴の時の入江くんです。あの入江くん、お気に入りなんです。

ぽこあぽこさん、ありがとうございます。

ありがとうございます。忘れずにいて下さって嬉しいです~。
休んでいる間は正直、このままフェードアウトしても…という思いがよぎったこともありましたが、再開できてこうしてコメントいただけてやっぱり続けてよかったなと思っています。
いえいえ、読ませていただく贅沢なんてとんでもない。私こそ、こうして感想をいただける贅沢を味わえてうれしいです。
ありがとうございます!

素敵な二人

水玉さん、とでも素敵なお話しありがとうございます。お琴ちゃんの優しさ、直樹さんの風呂敷を広げたような大きな愛に感動です。時代小説好きです❗️
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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