日々草子 イリエアン・ハネムーン 3

イリエアン・ハネムーン 3





「私、別にサヴォンヌ様に会いたいなんて言ったことないですけど。」
離宮に戻ったコトリーナはナオキヴィッチに呟いた。
「ああ?だってお前、姫のことを色々聞き回っていたらしいじゃん。」
どうやら周囲の誰かがばらしたらしい。
「興味があったんだろ?」
「そういう変な言い方はやめて下さい。」
せっかくのハネムーンがどこかへ飛んで行ってしまった気がする。まさかこんな場所でサヴォンヌ姫と会うなんて。しかも実物の美しさ。ナオキヴィッチと立った様子のお似合いなこと。
幸せな気分はすっかり吹き飛んでしまい、それからコトリーナの口数は少なくなってしまった。そして夜も早々にベッドに入った。
少し遅れてやってきたナオキヴィッチの気配を感じると、コトリーナは寝たふりをした。ナオキヴィッチはそんな自分をしばらく見ていたようだが、やがて横になった。



夜が明けると、コトリーナの気持ちも少し落ち着いてきた。サヴォンヌ姫との対面は予想外のことだったが、とにかく今はこうしてハネムーンの真っ最中なのである。楽しまねば損だということに気づいた。
「ここはやっぱり、お菓子の出番よね。」
コトリーナは持参したエプロンを身につけ、意気揚々と厨房へ向かった。いつものようにお菓子を作って二人で幸せな時間を過ごそう。そうすればサヴォンヌ姫のことなど気にならなくなる、その一心でコトリーナはシャカシャカと泡立て器を動かした。

「…すごい、私って天才かも!」
自分でも信じられないくらいの素晴らしい出来のザッハトルテであった。ヨシヤと一緒に作ったものよりいい出来映えである。
「これは本格的にヨシヤくんから暖簾分けを考えねば、もったいないわ。」
将来店を構えることについても話し合うべきかもと、コトリーナは心を込めてお茶の支度をした。そしてワゴンにお茶とケーキを載せて厨房を出た。

「王子様、お茶の時間ですよ。」
ナオキヴィッチがいる居間の扉を開けた。が、そこにナオキヴィッチの姿はなかった。
「どこへ行ったのかしら?」
キョロキョロと見回したところで、「ああ、いたのか」という声が聞こえた。
「ちょうど良かった。支度しておけ。」
「支度?」
戻って来たナオキヴィッチの手には封筒があった。
「サヴォンヌ姫からお茶の招待を受けた。出かけるから支度して来い。」
「お茶の招待って…だって私も今…。」
コトリーナはワゴンを見た。
「え?お前、用事があるの?」
「用事なんて別に…。」
「じゃあいいだろ。」
「…よくないです。」
コトリーナの思わぬ返事にナオキヴィッチが怪訝な表情を向けた。
「何だ?具合でも悪いのか?」
「悪くありません。用事もありません。でも行きたくありません!!」
そしてコトリーナはそこにあったクッションをナオキヴィッチに投げつけた。
「何をするんだ!」
「どうしてお茶に呼ばれなければいけないんですか?」
「好意で招待してくれたんだろ?」
「断って下さい!」
「理由もないのに!?」
「理由ならあります!!」
「言ってみろ!」
「今は…ハネムーンじゃないですか!」
コトリーナは涙をこぼしながら叫んだ。

「…何だ、それ?」
ところがナオキヴィッチの返事はコトリーナも想像しない、冷たいものであった。その言葉にコトリーナは愕然となった。
「ハネムーン?何のことだ?」
「何のことって…そんな…。」
「いつからそんなことになってたんだ?静養だろ?」
「ひどい…。」
コトリーナはたまらず、他のクッションを投げつけた。どんどん構わず投げつける。
「お前、いい加減にしろ!」
「そんなにサヴォンヌ姫に会いたいんですか?」
クッションを投げながらコトリーナは叫んだ。
「そりゃあ、そうでしょうね。どうせ私なんて…王子様は眠りたいだけで私と結婚したんでしょ?」
「はあ!?」
コトリーナが投げつけてきたクッションから身を避けながら、ナオキヴィッチは声を上げた。
「どうせ…王子様は私の体だけが目当てなんです!!」
思い起こせば、不眠症のナオキヴィッチのために自分はやって来たのだった。自分が側にいれば眠れるという安易な理由で結婚したのかもしれないと思うとやりきれなくなった。
「お前のようなまな板が言っても、様にならねえよ!」
受け止めたクッションの一つをナオキヴィッチはコトリーナに投げつけた。
「もうちょっとマシな体の女が言う台詞だ、ばあか。」
「…じゃあ、サヴォンヌ姫はマシな体なんですね、きっと。」
サヴォンヌ姫にはまな板なんて言わないだろうと悔しく思いながら、コトリーナは低い声を発した。
「そんなにサヴォンヌ姫がよければ、一緒に寝てもらって下さい。」
「…そうするよ。」
これ以上付き合ってられるかと、ナオキヴィッチは乱暴に扉を開けた。
「失礼なことを言う奴を姫に会わせる訳にいかないからな。」
そう言い残し、ナオキヴィッチは出て行ってしまった。



最悪のハネムーンになってしまった。コトリーナはそのまま居間に閉じこもっていた。いや、ハネムーンなどではなかった。そう思っていたのは自分だけである。ナオキヴィッチにとってはただの静養だった。もしかしたら渋々自分に付き合っていただけかもしれない。
「そりゃあ、あんなきれいな方と再会しちゃったら…ね。」
かつての気持ちが蘇るものだろう。
大体、コトリーナがサヴォンヌ姫について調べていることを知っているなら、どうして自分から説明してくれなかったのか。気にする間柄じゃないと一言でも言ってくれればこんなことにならなかったのに。

気づいたらいつのまにか夕方になっていた。窓から見える湖が赤く染まっている。もうそろそろナオキヴィッチは戻ってくるだろう。そうしたらどんな顔をすればいいのか。いや、顔を見てくれるだろうか。コトリーナの不安がどんどん広がって来た時だった。
「妃殿下…。」
侍女がやってきた。ナオキヴィッチが戻って来たのかとコトリーナは顔を上げた。
「あの…ただいま、サヴォンヌ姫からの使いが。」
「サヴォンヌ姫の使いが?」
「王子様の伝言を携えて。」
「どういうことかしら?」
侍女は言いにくそうな顔をした。
「いいから言って。」
「王子様は今宵、サヴォンヌ姫の別荘にご宿泊されるとのことでございます。」
「…何ですって?」
コトリーナは耳を疑った。ナオキヴィッチが戻ってこない?しかもサヴォンヌ姫と一緒に夜を過ごす?
コトリーナの頭に様々な考えがめぐった。どうして戻って来ないのか?もしや自分への見せつけか?
「妃殿下?」
返事を待つ侍女の声に、コトリーナはハッとなった。
「…了承したと伝えて下さい。」
「かしこまりました。」
本当は「何が何でも戻ってこい」「迎えに行く」と言いたかったが、そんなみっともないことをするのはさすがに気が引けた。いや、そのようなことを言ってもナオキヴィッチが戻ってこないことは分かっていた。
「本当に…ハネムーンじゃなかったんだ…。」

夕食も取らずに、コトリーナはベッドに突っ伏していた。今夜はナオキヴィッチはサヴォンヌ姫と一緒。そういえばと思い出す。
いつだったかの朝、珍しくナオキヴィッチより先に目を覚ましたコトリーナは綺麗なナオキヴィッチの寝顔を見つめていた。こんな綺麗な顔の王子が自分の夫なんてと幸福をかみしめていた時、ナオキヴィッチの目が開いた。そしてその整った口が開いた時…。
「汚い顔を向けるな、目覚めが悪い。」

「…どうせ私は汚い顔ですよ。」
思い出した途端、また悲しみにくれるコトリーナであった。そしてサヴォンヌ姫の顔を思い出す。あの顔だったらナオキヴィッチに汚いなんて絶対言われないだろう。

「こんな綺麗な顔が朝一番で目に入るなんて、素晴らしい。」
「まあ、ナオキヴィッチ様。まだ顔も洗っておりませんのに。」
「あなたは洗う必要なんてない。」
「そんな…。」

「顔を洗うのは常識じゃないの、何を言ってるのよ!」
自分の妄想に腹を立て、コトリーナはベッドをバンバンと叩いた。



翌日、いつまでも起きてこないコトリーナを迎えに侍女が寝室の扉をノックした。が、返事はない。
「おはようございます、妃殿下。」
しかし、ベッドにコトリーナの姿はなかった――。



「…こっちの方で合ってるわよね?」
コトリーナは森の中を歩いていた。時折、地図を出して方向を確認する。
「うん、大丈夫。」
コトリーナが向かっているのはサヴォンヌ姫の別荘ではない。実家だった。
「もう耐えられない。実家へ帰る!」
昨晩泣きながらコトリーナは決意していた。ナオキヴィッチの態度も辛かったが、それと同じくらい周囲の者の視線にコトリーナは耐えられなかった。
絶対、侍従や侍女は自分を笑っている。サヴォンヌ姫の方が妃にふさわしかったと思っているに違いない。コトリーナは貴族の娘であるがこれまで大勢の使用人に囲まれて過ごしたことがなかった。だから傷ついている今、他人の前に姿を見せねばならないことが辛かったのである。
「実家へ戻って、コトリーナ・アイハーラになるんだ。そして…もっと優しい人と再婚しよう!」
きっと父は怒るだろうが、構わなかった。この離宮を囲むような森は実家にもある。そこでのんびりと幼なじみたちと過ごす。そうすれば傷も癒えるだろう。
やがてナオキヴィッチもサヴォンヌ姫と再婚するに違いない。お互い、自分に似合う相手を選ぶべきなのだ。
そう考えたコトリーナはこっそりと離宮を抜け出した。馬車で堂々と出て行ったら目立つし、使用人たちの視線が気になる。幸い、地図で調べたら実家まで歩けない距離ではなさそうだった。





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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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