日々草子 イリエアン・ハネムーン 2

イリエアン・ハネムーン 2





それからナオキヴィッチの執務は更に多忙を極めることとなった。夕食も別に取るようになり、コトリーナは寂しさ半分、顔を合わせなくて安堵すること半分といった気分だった。
が、やはり寂しさは募る一方で比例するかのように不安が増していく。
堪えきれなくなったコトリーナはとうとうナオキヴィッチの侍従をつかまえた。
「サヴォンヌ姫について、ですか?」
明らかに困ったという顔をする侍従。
「ええ。その…まあ…縁談があったとか言ってたし?」
夫の昔の女性関係を調べるみたいでみっともないと思うが、それでも聞かずにいられなかった。
「…今でもケーキを贈ってくる関係なんでしょう?」
「まあ…ご縁談があったことは事実でございますが。」
観念した侍従が口を開いた。
「でも妃殿下がこちらにいらっしゃる前のことですから。」
「分かっています。どうして縁談は進まなかったの?」
「どちらかというとオーイズミ公国の大公様が大層乗り気なお話でございました。」
大公とはサヴォンヌ姫の祖父にあたる人物だという。それはもう、ナオキヴィッチの人柄を評価して、孫姫をと思っていたらしい。
「ですが、サヴォンヌ姫はあちらの唯一の後継者でございますから。」
サヴォンヌ姫の相手となると将来のオーイズミ公国の大公になる。つまり婿入り。
「王子様は弟君…ユウキヴィッチ様がいらっしゃるけれど。」
「ええ、あちらもそうお考えで。ですがやはりナオキヴィッチ様はご長男でございますし。ご次男でいらしたらきっとご縁談も成立していたと思いますが。」
「そう…。」
心配そうな侍従をその場に残し、コトリーナはトボトボと自室に戻った。二人は憎み合ったとか反対されたとか、そういう理由で結婚しなかったわけではなかった。
「…もしかして、サヴォンヌ姫は今でも王子様のことを。」
だからああしてケーキを贈ってくるのかもしれない。ナオキヴィッチの心はどうなのだろうか。



そんな悶々とした日々を過ごすコトリーナに、ノーリー王妃がある話を持ちかけてきた。
「離宮ですか?」
「ええ、そうなの。」
誘われたお茶の席で、王妃が嬉しそうに頷いた。
「静かな森に囲まれた、それはきれいな所にある離宮なの。そこでナオキヴィッチと二人で過ごしたら楽しいのではないかと思って。」
元気のないコトリーナを王妃はずっと心配していたのである。
「ほら、王宮は人の出入りも多いし、ナオキヴィッチだって執務から離れられないでしょう?」
「お忙しい王子様が離宮に行く時間があるかどうか…。」
一人で行ってこいなどと言われたらどうしようかとコトリーナが目を伏せた時であった。

「離宮ね、悪くないかも。」
突然背後から聞こえた声にコトリーナは驚いて振り返った。腕を組んでナオキヴィッチが立っているではないか。
「王子様!」
何だかとても久しぶりのような気がする。それだけでコトリーナの目に涙が浮かぶ。
「行くか、息抜きに。」
「本当ですか?」
「ああ。あと少しで急ぎの仕事も目処が付くしな。」
「何を偉そうに!」
王妃がプリプリと怒った。
「あなたがコトリーナちゃんを放り出しているからでしょう?」
「いえ、王妃様。私はこうして一緒に過ごせるだけで嬉しいですから。」
「まあ、コトリーナちゃん。何て優しいのでしょう。その優しさに甘えているのはどこの誰かしらね?」
愛する嫁をぎゅっと抱きしめ、王妃はまだナオキヴィッチを睨んでいた。そんな母の視線からナオキヴィッチは早々に逃げ出した。

「王妃様、ありがとうございます。私…王子様と一緒に離宮に行けるなんて。」
「まあ、コトリーナちゃん。」
「会えただけでも幸せで」とぐすっと涙ぐむコトリーナの耳に、王妃はささやいた。
「素敵なハネムーンになるといいわね。」
「ハネムーン…。」
何と甘美な響きだろうか。そうか、ハネムーンということになるのか。その言葉に酔いしれるコトリーナの脳裏からはサヴォンヌ姫のことはすっかり消え去っていた。



「まあ、何て素敵な所なの!」
数日後、コトリーナは離宮を見上げて感嘆の声を上げた。王宮より小さいがそれでも歴史を感じさせる建物である。聞けば大昔は王宮の代わりとして使われたこともあるそうだ。
中も見事な様子だった。コトリーナははしゃぎながら探検して回る。
「あいつは子供だな、ったく。」
あきれるナオキヴィッチであるが、妻を見るその目は優しいものだった。
「ここで食事をすることも素敵ですね!」
外にしつらえてあるテーブルセットにコトリーナは目を細めた。離宮は少し高台にあるので、その席からは湖が輝く様子が見えた。
「そうだわ、ここでザッハトルテを!」
離宮でお菓子を作る気満々なコトリーナはエプロンを持参したほどだった。ここで完璧なザッハトルテを作り、湖を見ながらナオキヴィッチと…。
「よだれ出てるぞ。」
「え?」
慌ててコトリーナは口元に手をやった。が、よだれは出ていない。
「んもう、王子様ったら!」
頬を膨らませるコトリーナにナオキヴィッチは笑った。相変わらず意地悪なナオキヴィッチだが、素敵なハネムーンになりそうである。



「まあ、何て新鮮なお野菜!」
旅の疲れもあってぐっすりと眠って起きた翌朝、早速外で朝食を取る二人の前には新鮮な野菜や卵を使った料理が並んでいた。
「王子様、このキュウリの瑞々しいこと!」
「あ、そ。」
「こんなにおいしいキュウリでも駄目なんですね、もったいない。」
ナオキヴィッチの分までコトリーナはキュウリを頬張る。元気いっぱいな妻をこうして見られるだけでナオキヴィッチは満足だった。
「うん、この新鮮な卵だったら私のザッハトルテも更においしくなること間違いなし!」
「材料がよくても、な。」
「ん?何ですって?」
返事の代わりにナオキヴィッチは焼きたてのパンをコトリーナの口に押し込んだ。


食後、二人はお供もつけずに散歩に出かけた。
「あら?ブランコがあるわ。」
木の枝からぶら下がるブランコを見つけ、コトリーナははしゃいだ声を上げた。
「へえ、これまだあったのか。」
「ご存じなんですか?」
「俺とユウキヴィッチが幼い頃に遊んだやつだ。」
「まあ、すてき。」
コトリーナはそっと腰を下ろしてみた。そして大丈夫なことを確認すると動かし始めた。
「本当にお前は子供だな。」
と言いながらナオキヴィッチはその背中を押す。
「王子様、あんまり高く押さないで下さいね。」
「さあ、どうだろう?」
意地悪く言うと、ナオキヴィッチは更に力を込めてコトリーナの背中を押した。
「もう王子様!」
「アハハ」
二人のはしゃぐ声が森に響く。



とにかく素敵なハネムーンの始まりだと、うっとりしながらコトリーナは散歩を続けた。
歩きながら幼い頃にこの離宮に来た時の出来事をナオキヴィッチが話してくれる。そういう思い出を聞くことができるのも幸せだった。
と、ナオキヴィッチの声が止んだ。
「王子様?」
何かあったのかとコトリーナはその顔を見た。ナオキヴィッチの視線はずっと先を見ている。コトリーナはそれを辿った。
二人の視線の先にいたのは、パラソルを差した女性だった。後ろに数名の侍女らしき者を従えているところを見ると、身分のある女性らしい。ゆっくりとパラソルが近づいてくる。
やがてパラソルの主の顔が見えた時、コトリーナの目が大きく見開かれた。
「あれは…。」
「ナオキヴィッチ様、ごきげんよう。」
肖像画より遥か美しい笑顔を、サヴォンヌ姫が二人に向けていた。


「ごきげんよう、サヴォンヌ姫。」
ナオキヴィッチがゆっくりとコトリーナから離れ、サヴォンヌ姫の前に立った。
「お久しぶりです、お元気そうですね。」
「ナオキヴィッチ様も。」
会話を交わす二人をコトリーナは呆然と見つめていた。何てお似合いな二人だろうか。周囲に神々しい光すら見える気がする。まぶしすぎて二人を直視できない。
「この先にある親族の別荘へ来たところですの。」
馬車で向かっていたのだが、途中気分が悪くなり外の空気を吸っていたところだとサヴォンヌ姫は話した。
「ナオキヴィッチ様はお一人でいらっしゃいましたの?」
サヴォンヌ姫の何気ない言葉にコトリーナはショックを受けた。自分の姿が彼女に見えていないのだろうか。
「いえ、妃と共に。」
ナオキヴィッチは動じる気配も見せずに答えた。今度はサヴォンヌ姫が驚く。
「コトリーナ。」
「は、はい。」
ナオキヴィッチの声にコトリーナは我に返った。
「妃のコトリーナです。」
ナオキヴィッチに促され挨拶をするコトリーナの耳に、「侍女かと思った」という、姫の侍女たちの囁き声が聞こえた。なるほど、侍女だと思われたから数の内に入っていなかったのか…コトリーナは悲しくなった。

「コトリーナ、オーイズミ公国のサヴォンヌ姫だ。お前、姫に会いたがっていたんだろ?」
「え!?」
驚くコトリーナに、
「まあ、嬉しいですわ。私もナオキヴィッチ様のお妃様にお会いしたいと思っていたんですの。」
とサヴォンヌ姫が笑顔を向けた。
「仲良くして下さいましね、コトリーナ様。」
「こ、こちらこそ。」
美しいサヴォンヌの笑顔に比べ、自分の笑顔の何とぎこちないことか。それでも必死に笑顔を作るコトリーナであった。



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マロンさん、ありがとうございます。

こちらこそ、連日ご訪問下さりありがとうございます。
そうそう、まさかの姫の登場ですよね。世間は狭いとはこのことを言うのか。
そりゃあショックでしょう。幸せから真っ逆さまに落とされた気分じゃないでしょうか。
素敵なハネムーンになればいいですよね!

satominさん、ありがとうございます。

なかなか反応がよかったので、続きをいそいそとUPしてみました!
楽しんで下さって嬉しいです。
そうそう、コトリーナちゃんだって素敵なレディなんですよね。何せ、ナオキヴィッチはコトリーナちゃんを選んだわけですから。

りょうママさん、ありがとうございます。

そうですよね。
一体どこまでコトリーナが調べ回ったか分かりませんが、婚約寸前までいった相手に会いたい人なんていないでしょう。
そこが鈍感なところです。
王妃様が目撃したら間違いなく怒鳴られ、どつかれてることでしょう!!

たまちさん、ありがとうございます。

ザッハトルテの名人になったつもりですからね!
本当、スキップして空に舞い上がるくらい喜んでいると思います。
それなのに、まさかの登場…。
男ってどうしてこうなのかという見本のような行動を取る王子様。
そりゃあ落ち込むもんです。
ハネムーン、本当に邪魔が入りますよね…。

こっこ(*^^*)さん、ありがとうございます。

お久しぶりです!!毎日ご訪問下さっていたんですね、ありがとうございます!!
ちょっと忙しくしていましたが、こっこさんも忙しかったでしょうに、本当に嬉しいです。
久しぶりのお話、楽しんでいただけてよかったです!!

kurutarouさん、ありがとうございます。

こちらこそ、ご訪問ありがとうございます。
そうでしょう?本当にこの女性が出てくると話が変わるというか何というか。
王子様が唯一、冷たくしない相手だからでしょうか。
楽しんでいただけたらいいなと思っております。

ととろんさん、ありがとうございます。

こちらこそ、また来て下さって嬉しいです。ありがとうございます!
本当、いつも似たようお話なのに続きが気になると言って下さって!!
また頑張ろうと思います!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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