日々草子 掌中の珠 1

掌中の珠 1

珍しく頭を使う日々が続いているせいか(いかに普段使っていないか)、そして疲れすぎているのか朝まで眠れない時があって、時代小説を数冊読んでしまいました。その影響でちょっと気分転換を兼ねて書いてみたくなっちゃって。要は現実逃避というものです(笑)
こちらを読む前に、『めでたし めでたし』『鴛鴦文様』『縁ありて』をお読みいただけたらと思います。

長編にはなりませんが、続きは気長にお待ち下さいませ。


☆☆☆







旗本、入江家の夕餉は賑わっていた。
「うーん、本当に美味だなあ。」
「お琴ちゃんのお土産だからと、あまり飲み過ぎないでくださいましね。」
紀子の心配をよそに、入江家の当主重樹は杯を重ねる。
「義父上様に喜んでいただけて、よかったです。」
この酒はお琴の母の実家より、お琴の実家である相原家へ定期的に届けられるものだった。お琴の母の実家は酒造りの盛んな藩であった。お琴の父が日頃世話になっている方々へ届けるようにと伝えてきたのである。それで今宵、お琴はそれを手に夫直樹と共に入江家を訪問し、夕餉を共にしていた。

「相原様はお元気ですか?」
「はい。そのようです。」
父が国元より江戸へ到着したのは先月のこと。顔は見ていないが酒を届けてきた家老によるとすこぶる壮健だという。
「そういえば、お跡目はどうなっているんだ?」
家族で一番年少の次男坊である裕樹が何となしに口にした。
「これ、よそ様、それも大名家のことに口を挟むなんて。」
紀子は叱るものの、内心気になっていたことでもあった。それは重樹も同様である。
一人娘であるお琴が直樹の妻となったため、跡取りが不在の大名家、それが相原家であった。本来ならばお琴に婿を取って相原家の後を継がせるはずだったのである。
「家老が時折口にするには…」とお琴はチラリと直樹を見て頬を染めた。
「…師匠と私の間の子を一人、父の養子にするのが一番問題がないだろうと。」
確かに血筋からいってもそれが一番である。もっともお琴の父は鷹揚に構えていてあまりそのことは深く考えていないようだった。何よりお琴が男子を産んだ場合、その子は入江家の跡取りであるということを重視しているという。

「まあうちは裕樹が跡取りだから、そこはあまりお考えにならなくてもいいが。」
「そんなことないです、兄上。」
直樹の言葉を裕樹が遮る。家を出たとはいえ直樹が長男であることは変わりない。当の本人が物書きをしていようが入江家の跡目は兄だと裕樹は主張している。
「ならば…裕樹さんが入るというのは?」
「僕がどこに入るんだ?」
お琴の言葉に裕樹は怪訝な顔をした。
「私の実家ですよ。」
ニコニコとしたお琴の言葉に裕樹と直樹は共に汁物を噴き出した。
「お、お前!何を言い出すんだ!」
「あら?だって裕樹さん、師匠に似て頭いいし。裕樹さんだったらきっと立派に藩主を…。」
「冗談よせ!いくら何でも二十万石を超える大名の藩主なんて務まるか!」
「そんな深刻にならなくても大丈夫ですよ。そりゃあ、数年に一度江戸と国元を行き来するのが大変ですけど、ま、そこさえ我慢してくれれば…。」
「そんな簡単な話じゃないだろうが!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。」
ホホホと笑いながら紀子が止めに入った。
「お琴ちゃんのお父上様はご壮健なんですし、今からそんなお話しなくても、ね?」
「それに」と紀子は続ける。
「要はお琴ちゃんがポコポコと可愛い赤ちゃんをたくさん産んでくれれば全て解決でしょう?」
「ポコポコ…。」
お琴は顔を赤くしてうつむいた。直樹は素知らぬ顔で箸を運んでいた。



その夜、実家に泊まった直樹は夢を見ていた。

『師匠、止まらないんです!どうすれば!』
そう叫ぶお琴の腹からは次から次へと赤子が出てくる。文字通りポコポコと。
『おい、ちょっと止めろ…といっても無理か。』
二人の赤子を抱える直樹もさすがにどうすれば良いか分からない。そのうちに部屋中が赤子だらけになっていく。
『師匠?あれ?師匠、どこ?』
『お琴、俺はここだ…うっ!!』
お琴から出てくる赤子がどんどん積み重なって直樹は押しつぶされていった…。

「…止まれ、頼むから止めてくれ!!」
「師匠?師匠、大丈夫ですか?」
ゆさゆさと揺すぶられ、直樹は目を開けた。お琴が心配そうに顔をのぞき込んでいる。
「すごくうなされているから心配になって。」
「夢か。」
枕元に用意していた水をお琴が差し出す。それを飲み干す直樹の額をお琴は拭った。
「どんな夢だったんですか?」
「それは…。」
と直樹の視線がお琴の胸元に止まった。直樹を助けようと必死になったせいか、寝間着の襟が少し乱れて白い肌が見えていた。
「師匠…ちょっと!」
答えず直樹の手はお琴の襟元へ伸びる。そしてそのまま直樹はお琴に覆い被さった。夢のせいかもしれないが、ちょっと子作りしたくなった。もっともポコポコ出てくるのは勘弁してほしいところだが。



「お、今日も見事だね。」
竿にはためくふんどしを見てニンマリと笑ったのは、直樹の親友でもあり仕事を持ってきてくれる存在でもある地本問屋の渡辺屋である。気心知れた家とあって、ここを訪れる時は大店の主なのに小僧の一人も連れていない。
と、その時謎の声が聞こえてきた。

ウゲェェェ…ゴォォォォッ!

「な、何の声だ?」

続けて、

ビシッ!!ベチャッ!!

と、謎の音が聞こえた。

声が聞こえた先は、入江家の隣に住むおうめ婆さんの住まいである。

アィィィィッ…トォォォォ!!

ベチョッ!!バチンッ!!

再び聞こえて来た声と音に「そうか」と渡辺屋は合点した。
「あれだな。おうめ婆さん、鶏を絞め殺しているんだ。」
声は鶏が発している、そして羽でもむしっている音なのだろう。
「あの音から察するに、なかなか手強い鶏みたいだな。」
と言いながら一人頷く渡辺屋である。

「入江、調子どうだ?」
玄関で声を上げると「入れ」という声が聞こえた。あれ?いつもならばお琴が笑顔で出迎えてくれるのになと思いつつ、渡辺屋は草履を脱いだ。

「お琴ちゃん、留守か。」
「ああ、ちょっとね。」
言いながら直樹は渡辺屋の前に紙の束を置いた。
「お、今回も仕事が早いね。」
江戸一番の読本作家、入江直樹の新作は刷り上がったそばから売れていく人気ぶり。
「うんうん…今回も悲惨な感じがいいね。」
そんな話をしていると、「ただいま戻りました」という明るい声が聞こえてきた。

「まあ渡辺屋さん、いらっしゃいませ。」
「お邪魔してます、お琴ちゃん。これ、いつものやつね。」
お琴にと渡辺屋が買ってくるのはわらび屋の団子である。
「ありがとうございます。留守をしていてすみませんでした。」
とお琴はいそいそとお茶の支度を始めた。

「お琴、あれ、ちょうどいいから渡辺屋に渡したらどうだ?」
「あれ?」
一体何だろうと渡辺屋が不思議な顔をすると、
「あら、だってお届けするのが礼儀といいますか…。」
「いいよ、そんな気にする仲じゃないし。」
「いや、何だか分からないけれどそれは俺の台詞じゃないか?」
まったく入江の奴はと苦笑しながら渡辺屋は何の話かとお琴の顔を見た。

「こちら、実家から届いてものなのですが。」
お琴が出して来たのは、先日入江家へ持参した例の酒だった。
「うわ、すごい!銘酒じゃないか!」
「お届けした方がいいと思うのですが。」
「そんなことないよ、重いし。お琴ちゃん、ありがたく抱えて行くから。」
「よかった。」
お琴は安堵しながらお茶と団子を前に並べた。
「これで全部お届けできましたよ、おうめ婆さんのところにも。」
「ああ、それでか。」
お琴の言葉に渡辺屋は膝を打った。
「そりゃあ、こんないい酒が入ったら鶏で一杯したくなるよね。」
「鶏で一杯?」
首を傾げるお琴に渡辺屋が、
「うん、おうめ婆さんのところ、今夜鶏だろ。鶏鍋かな、やっぱり。」
「お前、大店の主のくせに人様の台所を覗いて歩いているのか?」
直樹は胡散臭そうに親友を見た。
「違うよ!だってお前だって聞こえていただろ?」
「何が?」
「ほら!鶏を絞め殺す声がさっきから聞こえてたじゃないか!」
「鶏を…絞め殺す…?」
「そうだよ!あんだけ派手に絞め殺しているんだ、そりゃあおうめ婆さんもどれだけ晩酌を楽しみにしていることか。台所見なくたって分かるってもんだろ?ね?お琴ちゃん?」
同意を求めようとその顔を仰いだ渡辺屋であったが、お琴は「鶏…絞め殺す…」とブツブツと繰り返している。と、「ぶっ!!」という声が直樹の口から漏れたのはその時だった。
「アハハハハ!!」
普段爆笑などしない直樹が腹を抱えて笑い転げた。その様子に渡辺屋は呆然となった。鶏を絞め殺す話のどこが面白いのだろうか。一方、お琴はというと俯いている。
「鶏…絞め殺す…なるほど!そう聞こえたってわけか!」
クククッと笑いながら直樹は言った。
「あれはお琴の清元の声だ。」
「…え?」
渡辺屋は背筋に冷たいものを感じながら、ゆっくりとお琴の顔を見た。
「…ひどい。」
じっと恨めしげにお琴が自分を見ているではないか。
「お、お琴ちゃん…清元っていうのは…ええと?」
「こいつ、ちょっと芸の一つでも身につけたいと隣に弟子入りしたんだよ。」
隣に住むおうめ婆さんは元は吉原の太夫。芸事はおまかせといったところである。謎の声はお琴の声、そして羽をむしっている音だと思ったのは何とお琴がつま弾く三味線だったということか。

「それにしても…鶏を絞め殺す声ね。最高だな、おい。」
「師匠、言い過ぎです!」
「お琴ちゃん、ごめん!そういうつもりじゃなくて、ええと、うん、そうだね。ええと。」
「もういいです!」
プリプリと怒ってお琴は部屋を出て行ってしまったのだった。



それから数日後、相原家の家老が再びやってきた。
「お酒、皆様喜んで下さいましたよ。」
「それは何よりでございます。殿もお喜びでございましょう。」
酒の礼を伝えた後、お琴は「それで今日は?」と訊ねた。先日来たばかりだというのに間を置かずに珍しいことだと思う。
「それが…その…。」
「どうしたのです?」
姫君の言葉遣いに戻ったお琴であった。
「もしや、国家老が夫ある女人を無理強いして連れ込んだ?」
「いや、そのようなことは!」
「では藩の実権を握らんと、国家老が商人を手を組んで悪事を企んでいるとか?」
「琴姫さま、なぜゆえ国家老を悪人にされます?」
藩主の留守を預かる国家老はまこと穏やかで慕われる人物だというのに。
「では、そなたが若いおなごと駆け落ちでも?」
「めっそうもない!」
「ふーむ、ならば…。」
「とにかく姫様、お手元の帳面と筆を置いて下さいませぬか?」
「あら?」ととぼけた様子でお琴は言われた通りそれらを置いた。
「姫様には申し訳ありませぬが、相原家、まことに穏やかに政が行われておりますゆえ、姫様のお話のネタになるようなことは何一つございませぬ。」
「まあ、つまらぬこと。」
お琴は口を尖らせた。
「そもそも、家老と名の付く者が悪事をはたらくのはお話の定番だというのに。何か面白いことでも聞かせてもらえるかと楽しみにしていたのに…。」
「いい加減にしろ。」
それまで黙って二人の話を聞いていた直樹がお琴の頭を小突いた。
「ったく、ご家老に失礼なことばかり。」
「いえ、何もないというか…あるといいますか。」
直樹を止めるように家老が言った。
「まあ、やはりあるのですか。早く申しなさい。」
目を輝かせ、お琴は筆と帳面を再び取った。
「それが…その…。」
「どうしました。遠慮せずに申すがいい。」
「…殿が。」
「父上がいかがされました?」
「…ご縁談が。」
「ご縁談?私はもう師匠と共に。」
「違います、姫様のご縁談ではございません。」
「では?」
まさかとお琴と直樹は思った。
「…殿にご縁談でございます。」
父に縁談とは…お琴の手から筆が落ち、コロコロと転がっていった――。




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No title

琴ちゃんの、お父さん!?

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お琴ちゃん!!

GWが明けてもう逃げ出したくなるくらい忙しくなって、やっとこちらに

来てみたら・・・お江戸話が~!!

お琴ちゃん久しぶり!

ご家老から何とか、ネタを掴もうとしてるようですけど、自分のご実家

の家臣になんてことを(笑)

それにしてもアイちゃんパパに(あ、お殿様でしたね)再婚話だなん

て・・・。

続きが楽しみです。


※水玉様、久しぶりのコメントなのに面白いことかけなくてゴメンナサ

イ~(T_T)
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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