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2015.05.19 (Tue)

大蛇森の美顔


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初夏の日差しがまぶしい昼下がり。僕の耳にとある会話が聞こえてきた。
「…どう?あんたもよかったら一緒に。」
この声は外科病棟の看護師のオカマか。
「うーん、エステねえ。」
そして続いて聞こえてきたのは、爽やかな季節をぶちこわすようなダミ声、そう、「あいつ」だ。
「行ったことないんだよね。」
「でしょうね。でもさ、そろそろそういう所に行くのも悪くないんじゃなくて?」
オカマがエステって世も末だな。そんでもってオカマすら行くエステに行かないチンチクリンはもっとおしまい。
「フレンド価格でお試しできるのよ。あんた、最近ちょっとお肌の手入れさぼってるでしょ?」
「うっ」というダミ声が聞こえる。
「だ、だって、最近忙しくて。ほら看護研究とか色々。それで帰ったらすぐに寝ちゃうんだよね。」
「そこが女としてどうなのよってところなの!」
いや、オカマは女じゃないだろ?と、いつまでもこんな不毛な会話を聞いている暇はない。僕はさっさとその場を後にすることにした。

翌日、僕は休みだ。休みといってもチンチクリンのように家で惰眠をむさぼるわけではない。

「いらっしゃいませ、大蛇森様。」
「ああ、久しぶり。」
僕がいるのはエステだ。え?オカマに触発されたからじゃないかって?チッチッチッ、奴らと一緒にしないでくれたまえ。僕はあの会話を聞く前に予約を入れておいたんだから。
「やはりお医者様は忙しくしていらっしゃるんですね。」
「まあね。」
「でもお肌のつやは悪くありませんわ。普段のお手入れをして下さっているんですね。」
「そりゃあそうさ。荒れた顔で患者の前に出るわけにいかない。」
僕が会員になっているエステ、その名も『サロン・ド・ゴージャス』。この僕にこれ以上ふさわしい名前の店はないだろう?
言っておくが、そんじょそこらのペーペーが会員になれるエステサロンじゃない。ここはかなりの会費を払う、メンズサロンなんだ。

え?そんなことにお金を費やしているから独身なんだって?ふん、失礼な。悪いが僕はちゃんと先のことを考えているんだ。まったく考えていないどこぞのポンコツナースと一緒にしないでくれたまえ。
いいか?入江先生と暮らす住宅購入資金だって考えているし、二人で開業するための資金も計画している。更に80過ぎまで共に暮らすにはどれほどの蓄えが必要か、ちゃんと計算しているんだ。名付けて入江資金。え?どんなところで入江先生と暮らすつもりだって?そんなこと簡単に教えられるか。
しかし特別に教えてやってもいい。僕らの教養の深さと品位にふさわしい住まいを考えているということさ。フフフ…。

天然コットン100%の最高の肌触りのバスローブに着替え、僕は北欧から取り寄せているという高級チェアに身を沈める。すかさずネイル担当が手入れを始めた。そして足下ではフットケア担当が僕の踵の手入れをしている。
「失礼します。お顔の手入れをいたします。」
「ああ、頼む。」
これまた素晴らしいオイルでマッサージをされる。最近忙しかったからなあ。それに加えてあのチンチクリンが邪魔をしてきたし。
まったくあいつも女ならばこれくらい磨けばいいものを。入江先生の配偶者になったからと図に乗って努力をしようとしない。
いや、待て。あのチンチクリンが磨いたところで何になる?このサロンほどの高級感はあのポンコツの給料じゃ無理として、でも普通のエステももったいない。あんなの使い古しのたわしで擦るので十分だ。ゴシゴシと擦って溜まりに溜まった垢を落として…ブルルッ!想像しただけで気分が悪くなる。まあそれを落とすだけで一日かかるだろう。
いっそのこと垢だけじゃなくあの分厚い面の皮も全て剥がしてもらいたいものだ。そうすればちょっとはマシなチンチクリンが中から出て…来ないな。うん、あれは骨の髄までチンチクリンだから何回、いや何百回脱皮させたところでチンチクリンはチンチクリンのままだろう。

と、こんなくだらないことを考えているうちにお手入れが一通り終わった。が、まだヘアパックが残っている。ここはトータルビューティーコーディネートを唄っているからそこまで頼んでいる。僕のこの麗しきモミアゲもちゃんとパックしてもらわねば。

とりあえず休憩ということで僕はロビーにやってきた。
「大蛇森先生。」
「え?」
爽やかな声が僕の耳に入ってきた。この声は…まさか?
「…入江先生?」
何ということだろう!入江先生が、僕とおそろいのバスローブを着てソファに座って英字新聞を広げているじゃないか!
「入江先生もここの会員だったのかい?」
ああ、どうしよう!これでは見た人が見たら、僕と入江先生がそういう関係になってバスローブを着てくつろいでいるように見えてしまうじゃないか。でもいい、それでもいい!僕はちょこんと先生の隣に座った。
「いえ、今日が初めてです。」
ああ、礼儀正しい先生は読みかけの新聞を丁寧にたたんで僕の顔を見る。まぶしい!!エステよりもずっと先生の視線が僕を磨き上げる!
「父が知り合いからこちらの体験チケットをもらったんです。それで一人で行くのが恥ずかしいから付き合えと言われて。」
そう恥ずかしそうに説明する入江先生。先生のお父様は大企業の社長でいらっしゃる。うん、やはりここは選ばれし者だけが集える場所なのだ。
「でも男性も身ぎれいにすることは悪いことじゃないよ。患者さんだって小汚い医者に触られるのは嫌だしね。」
「そうですね。それに。」
「うん?」
「最近暑くなってきて、汗の匂いも気になっていたんです。病院は乾燥するから肌もガサガサになりやすいですし。」
「うん、うん。」
「そうなると琴子に悪くて。」
…あのチンチクリンの分際で入江先生を嫌がるだと!?ああ?汗臭い入江先生をあのチンチクリンが文句をつけると?ハァン!!お前自身、ドブの中をバタフライで泳いできたかのような悪臭を放っているくせに!!
指先のガサつきに文句言う?お前の指なんてもはや人間の指じゃなかろうが!!歩く公害発生器のようなお前が、歩く空気清浄機の入江先生に文句つけるなんて100万年早いんだよっ!!

「汗臭い体で密着させると琴子に悪いし、指先が荒れているとあいつ、痛がるし。」
…可哀想な入江先生だ。何でそこまであのチンチクリンに気を遣わねばならないんだろうか。ああ、早く最悪な状況から救って差し上げたい。



翌日、ピカピカになった僕が院内を歩いていると、またあの二人の会話が聞こえてきた。
「もう、あんたにはかなわないわね!」
オカマの声がする。
「エステなんていらないじゃないの、この、この、この!」
「やーん、モトちゃん、ほっぺた引っ張らないで。」
引っ張れ、引っ張れ!もう原型をとどめないくらい引っ張ってやれ!
「だって悔しいんだもん。あたしが一生懸命エステで磨いても、あんたの“サロン・ド・イリエ”には負けるのよ!」
「やだ、そういう言い方しないでよ。」
「だってそうじゃないの。もう、この顔のピカピカなこと!やだ、ちょっとほっそりしちゃったんじゃない?もうどれだけ効果抜群なのかしら?“サロン・ド・イリエ”!」
「だって入江くんが…エステに行ったから何も心配しなくていいって…。」
「ああ、はいはい。入江先生は“あんた専用”のエステティシャンだものね。」
ひょいとのぞいたら、チンチクリンがいつも以上に間抜け、かつ、真っ赤な面をさらしているではないか。
入江先生がエステ?サロン・ド・イリエ?チンチクリン専用?エステに行ったから心配いらない?
わかった!あのチンチクリンは自分を磨く費用を惜しんで、入江先生にエステをさせたんだ!昨日先生がエステに行ったから、その技を自分にもしろって命令したに違いない!
可哀想に。先生は平和主義でいらっしゃるからチンチクリンの言いなりだったのだろう。どれだけ入江先生をいたぶれば気が済むんだ、あのチンチクリン!

「あー、エステティシャンの印発見!」
「ちょっと、大きな声で言わないで!」
「だって首にしっかりと…あらら?ここにも?あれれ?ここにも?」
…エステティシャンの印?そうか、密かに抗議の意味を込めてチンチクリンに傷をつけたのか。うんうん、それくらい許してあげようじゃないか。本当に気の毒すぎて…ああ、涙が。

早く入江先生を地獄から救ってあげねば!先生、もう少し、もう少しだけ辛抱していて下さいね!!




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