日々草子 ハズレ?それとも…?5(最終話)

ハズレ?それとも…?5(最終話)






やがて月日は流れ、琴子が入職して半年以上が経ったある日のこと。
「急変です!先生をお願いします!」
ナースコールの向こうから聞こえてきたのは、琴子の声だった。沢渡が急いで病室へ行くと琴子がそこにいた。
やがて担当医がやってきて処置が始まった。最初の急変対応とは打って変わって、テキパキと動く琴子。それを横目に沢渡は成長ぶりに感心しながら手を動かした。
幸い、患者は大事にならずに済んだ。
「発見が早かったからよかったよ。よく気づいたね。」
担当医が感心して琴子に言葉をかけた。

「本当によく気づいたわね。」
スタッフステーションに戻った後、沢渡は感心して琴子に声をかけた。
「いえ。それが」と琴子は話し始めた。
「田辺さん、今朝ヨーグルトを食べていなかったんです。」
「ヨーグルト?」
「はい。田辺さんはヨーグルトが好物で。食欲がなくてもそれだけは食べるんだって話していて。ご家族の差し入れもヨーグルトをお願いするくらい。」
各メーカーのヨーグルトを食べ比べた感想を嬉しそうに琴子に話していた患者がそれほどの大好物をこの朝、残していたのだという。
「何となく気になって、どうしたのかなと思って病室に行ったんです。そしたらベッドの上で苦しんでいて。」
それで発見できたのだと琴子は言った。
「あなたがよく患者さんを観察していたから、田辺さんは助かったのね。」
入院時に普段の食生活などを確認はしているが、どれほど好物かまでは聞かない。差し入れに希望するほど好きな物を残していたら、それは確かに気になるだろう。忙しさにかまけて気にしなかったら大変なことになるところだった。
琴子は本当に成長したものだと沢渡はしみじみ思った。



やがて年が変わり、三月となった。
「もうすぐあなたも先輩になるのね。」
来月には新人が入ってくる。
「これで指導係もお役御免といったところね。」
「そんな!」
まだまだだという顔をする琴子に、
「私も安心して、病院を去ることができるわ。」
と沢渡は笑いかけた。
「去るって…沢渡さん、病院辞めちゃうんですか!?」
琴子は目を丸くして沢渡に詰め寄った。
「そ、それって…私が成長しなかったから責任を取ってということですか?」
「ちょっと、あなたが成長しなかったから責任を取るって、指導係にそんな重荷を背負わさないで。」
「でも。」
「違うわ。」
と、沢渡は自分の腹部を撫でた。
「…三ヶ月なの。」
「本当ですか!おめでとうございます!」
我がことのように喜ぶ琴子であったが、
「でも、それなら産休では…?」
と疑問を口にする。現に病院内では大きなお腹を抱えて働くナースもよく目にする。
「うん、でもね。」
沢渡はお腹に目を落としたまま言った。
「…実は子供はできないかもって言われていたの。」
「そうだったんですか?」
「主人も私もそれならそれでと構えていたんだけど、今回こういうことになって。」
思いがけずコウノトリが舞い降りてきた。
「できたけれど、ちょっと危ないかなって言われていて。仕事は控えた方がいいと言われたから…ね?」
ただでさえナースは不規則、激務である。そのため流産もあり得る。あきらめていた子供ができたことでそれを守りたいと思うのは自然のことだと琴子にも分かった。

「私、沢渡さんに何も恩返しができないままなんですね…。」
すっかり琴子は涙目になっていた。
「いっぱい、いっぱいお世話になったのに。」
「やだ、恩返しなんて不要よ。」
「でも…。」
「そうね。恩返しをしてくれると思うならば、今度はあなたが後輩を立派なナースに育てて。」
「ええ!?」
驚いて琴子は沢渡に詰め寄った。
「そ、育てるって、私がそんな大それたことをですか!無理です、絶対無理です!!」
「ちょ、ちょっと。何も明日から育てろって言っているわけじゃないの。」
琴子を押さえながら沢渡は言った。
「あなただって再来年は指導係をすることになるでしょう。その時、私があなたにしたようにあなたも後輩を育ててくれればいいわ。」
「いや、無理です。私なんて絶対指導係命じられません。」
「そんなことないわ。」
沢渡は真顔できっぱりと言った。
「あなたは立派な指導係になれるわ。ううん、なってほしい。」
「沢渡さんだけです、そんな風に言ってくれるの。」
「あら、私はそれが嬉しいけれど。」
「どういう意味ですか?」
「あなたの良さを分かっている先輩は私だけってのは気分がいいものよ。」
「沢渡さん…。」
「あなたは私にとって大当たりの後輩だったわ。」
「…沢渡さーん!!」
たまらず琴子は抱きついてわんわんと泣き出した。それを受け止める沢渡の目にも涙が浮かんでいた。



「入江先生、お疲れ様です。」
三月末の夜、スタッフステーションに一人残っていた直樹は突然姿を見せた私服姿の沢渡に驚いた。
「沢渡さん、送別会では?」
「終わりました。でも先生がいらっしゃると思って寄ってみたんです。」
「送別会、出られなくてすみませんでした。」
「いいえ、当直ですもの。」
笑いながら沢渡はスタッフステーションを見回す。もうここへ来ることもないのだと思うと感慨深いものがこみ上げてくる。
「沢渡さん。」
その沢渡の前に直樹がいつの間にか立っていた。
「妻を…琴子を育てて下さって本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる直樹に「いえ、そんな」と沢渡は頭を上げさせる。
「育てるなんてそんなたいそうなことはしてません。」
「いいえ、あいつが看護師をやめるのを引き留めてくれました。それだけじゃなく、あそこまで成長させてくれました。本当に沢渡さんが指導係じゃなければどうなっていたか。」
「入江さんの努力の賜物です。」
沢渡は微笑んだ。
「それに入江先生が側で入江さんを見守っていたから、頑張ってくれたんです。」
「いや、俺の出番なんかありませんでした。」
直樹は笑った。
「いつだったか琴子が失敗して、元気づけるかと探したら…俺がいるはずの場所に沢渡さんがいました。」
「あら、そんなことが?」
「ええ。沢渡さんの励ましが素晴らしくて、俺の出番は何もなくて。」
「まあ、そんな」と笑う沢渡に、
「このままでは琴子を沢渡さんに取られるかもって心配したくらいです。」
「そんな。」
「本当ですよ。正直、あなたに嫉妬してましたから。」
どうも琴子だけでなく、自分までこの沢渡の前では正直になってしまうような直樹であった。
「あら?先生も嫉妬なんてされるんですか?」
クールなところが大人気であることを沢渡も知っている。
「ありますよ。実は…相当嫉妬深いんです、俺。」
「まあ。」
「あいつ、結構男に惚れられるんですよね。でも本人が自覚ゼロなんで腹が立つのなんの。それを見てどれほど俺がイライラするか知らないところがまた腹が立つ。」
率直な直樹にクスクスと沢渡は笑った。本当に琴子はこんないい男にどれほど愛されているか知らないのだから仕方がない。
「この話、あいつには」と言いかけた直樹に、
「分かってます。これですよね。」
と、沢渡は口元に人差し指を立てた。
「ええ、これです。」
と直樹も口元に人差し指を立てる。そして二人は笑い合った。

「奥様からプレゼントをいただいちゃいました。」
沢渡はラッピングされた箱を直樹に見せた。送別会終了後、琴子から渡されたものである。
「私、入江さんの指導係を命じられたことを嬉しく、そして誇りに思います。」
「本当にお世話になりました。健やかにご出産されること、祈っています。」
「ありがとうございます。」
そしてそれ以上邪魔をしないよう、沢渡は直樹に別れを告げ慣れ親しんだ職場を後にしたのだった。



それから一年後――。

「…ということで、患者さんのお話をじっくり聞いてね。」
「はい。」
聞こえてきた懐かしい声に沢渡の口元が綻んだ。その腕には小さな赤ん坊が抱かれている。久しぶりに訪れる懐かしい病棟はちっとも変わっていない。
「患者さんのことを第一に考えること。患者さんの気持ちがよくなければ意味がないから。」
「分かりました。」
「たとえ意識がなくても、患者さんを敬うことを忘れないようにね。」
「はい。」
どうやらしっかり先輩しているじゃないかと、沢渡は安心した。
「大丈夫よ、そんなに緊張しないで。新人は失敗することは分かっているから。」
「でも…。」
「私なんて採血スピッツを落としたことがあるのよ。」
「そうなんですか。」
先輩も自分と同じ新人時代があったのかと分かれば安心するのが後輩である。



「…大蛇森傷害事件はオフレコなのかしら?」
「沢渡さん!」
新人を先に行かせたところで、懐かしい姿に琴子は目を細めた。
「すっかり先輩らしくなっているじゃない。それに指導係もちゃんと務まっているようね。」
「いえいえ、もう内心ドキドキです。」
と言いながら、琴子は沢渡の腕の中の赤ん坊に目をやった。
「うわあ、可愛い!!検診ですか?」
「ええ。それにしても女の子でよかったわよ。」
沢渡が軽く睨むと「ああ」と琴子が恥ずかしそうに頭に手をやった。
「まったくあなたときたら。まだ性別が判明していないというのにピンクの洋服をくれるものだから。」
「だって一目見て、これ以外ないって!すごく可愛かったんですもん。」
一年前の送別会の夜、琴子が沢渡に贈ったものはピンク色のベビー服だったのである。
「うわあ、元気ですね!」
「あばば~」と赤ん坊をあやす琴子に沢渡は優しく笑顔を向けた。
「入江先生も立派な外科医ね。」
「はい。もうそれはすごいですよ!」
「あなたも負けないように頑張って。」
「入江先生に勝つのは無理ですけれど…私なりに頑張ります。」
やはり自分の目は間違っていなかった。琴子はナースに向いていたと沢渡は思った。そして、無事に出産を終えた今、もう一度現場に戻るのもいいかもと思う。幸い、夫はいつでも戻ればいいと言ってくれているし、大学病院には託児所もある。病棟は無理でも外来でもいいからナースに戻ろう。そんなことを思っていた時である。
「沢渡さん、ごめんなさい。急変です。」
せわしくなったスタッフステーションに琴子が気づいた。
「ああ、いいから。早く。」
「はい、それじゃ、また!」
急ぐ琴子を見て、やっぱり自分はあの時「大当たり」のクジを引いたのだと沢渡は嬉しくなったのだった。






☆☆☆
最後までおつきあい下さりありがとうございました!!
後書きは後ほど、時間ができたら書きたいなと思っております。


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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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