日々草子 ハズレ?それとも…? 4

ハズレ?それとも…? 4






なかなか琴子が立ち直る気配は見られなかった。新人は使いものにならないのが当たり前だとは本人も分かっているのだろうが、やはり手術中に騒ぎを起こしたということは深い傷になっているらしい。確かにそこまで騒ぎを起こした新人はこれまでいない。

どうしたものかと沢渡が悩んでいた時、更に追い打ちをかけるような出来事が起きてしまった――。


「急変です、先生を呼んで。」
ナースコールの向こうから同僚の声が響くと同時に、そこにいた沢渡と琴子は立ち上がった。
「入江さん、救急カート!」
「は、はい!」
指示されて琴子は飛んで行くが、「あれ?ええと?」と戸惑っている。それを見て沢渡は気づいた。幸いというべきか入職してから琴子は患者の急変に対応したことがなかった。これが初めてである。
「いいわ、私が持って行く。付いてきて。」
とにかく今は患者の元へ駆けつけることが第一だと、もたもたとしている琴子からカートを奪うようにして沢渡は廊下を急いだ。

担当である西垣も駆けつけ、処置が始まる。せわしく動き回る沢渡や他のナースたちの邪魔にならないようにしていることしか琴子はできなかった。そしてそんな自分が嫌になる。苦しむ患者を見ながら何もできないなんて。更に初めての急変患者を前に心は落ち着かないままだった。
「入江さん、これ臨検にお願い。」
そんな琴子に沢渡が患者の採血スピッツを渡した。突然名前を呼ばれた琴子は驚きながらもそれを受け取った。触れると温かいそれに琴子は驚いた。とにかく自分にできることをしなければとすぐに病室を出ようとした時だった。スピッツがするりと琴子の手から落ちてしまったのである。
「あ!」
琴子の声とカシャンという音でナースたちが振り返った。
「ああっ!!」と琴子がしゃがんで片付けようとするのを「触っちゃだめ!」と沢渡の声がそこに飛んだ。
「血液は素手で触ったらだめでしょう?」
「あ…」と琴子はそうだと思い出す。それは学生の時から厳しく言われてきたのに、今になってそのようなことをするなんて。
「大丈夫?」
沢渡は頭が真っ白になっている琴子に声をかけた。
「念のためアルコール綿でふいて。」
沢渡の声は穏やかだった。それが琴子には辛かった。
「ほい、琴子ちゃん。採り直したから。」
西垣が採り直した血液を出す。今度は琴子は落とさないようそれを受け取る。
「大丈夫、落ち着いて。」
「はい。」
琴子はスピッツを手に、病室を出て行った。



「…ここにいたのね。」
患者の様子が落ち着き、しばらくして休憩時間に入った。沢渡は琴子の様子が心配になってその姿を探したが休憩室にもいなかった。どこへ行ったかと思ったら屋上にその姿があった。
「…先ほどは申し訳ありませんでした。」
頭を下げる琴子の顔は今までで一番、落ち込んだものだった。
「急変患者、初めてだったものね。」
沢渡がそう言っても琴子は頷くこともせずうつむいたままだった。

「…私、耳鼻科とかオペが少ない病棟へ異動を希望しようと思っていました。」
しばらくして琴子が口を開いた。異動くらいで考えが止まっていたかと、沢渡は少し安心した。が、次の琴子の言葉に驚かされる。
「でも、ナースをやめようと思います。」
「失敗の連続でそう考えるようになっちゃった?」
沢渡は深刻にならないよう気をつけて聞き返した。
「新人が失敗をするのは、私たちは覚悟しているものよ。」
「いえ、失敗にも程があると自分で思います。」
新人がする失敗例は琴子だって耳にしていた。が、自分がしでかしたことはあり得ないことばかりであった。不器用だと自覚していたが、ここまで酷いとは。
「私みたいな人間はナースのような人の命を扱う仕事に就いてはいけないんです。」
「そこまで落ち込まなくても。」
「いいえ。大蛇森先生の件でもそうです。もしあの時、傷が深くて先生が二度とメスを握れなくなっていたらと思うと。」
確かにその通りだが、そこまで自分のしたことの重大さに気づいているなら二度としないのではと沢渡は思うが、それくらいで琴子の気持ちが安らぐものではないことも分かっていた。
「先ほどだってそうです。私がだめなせいで、西垣先生や沢渡さん、他のナースに迷惑かけて。本当、私がこのままいると一体どれほどの先生やナースに迷惑をかけるかと。」
「それは違うわ、入江さん。」
沢渡はきっぱりと琴子の言葉を遮った。
「あなたが迷惑をかけて反省する相手は私たちじゃないわ。」
「え?」
今まで沢渡と目を合わそうとしなかった琴子が驚いてその視線を向けてきた。
「あなたが迷惑をかけて一番申し訳ないと思う相手はドクターやナースじゃないの。患者さんよ。」
「患者さん…。」
琴子の性格、そして今までの話を聞いていて沢渡は琴子へどう指導したら効果的かという突破口を見い出していた。そうだ、どうして今までそれに気づかなかったのだろうか。
「あなたはさっき、採血スピッツを落として私たちに片付けをさせたり、西垣先生にもう一度採血をしてもらったり迷惑をかけたと思っているでしょう?」
「…はい。」
「でもね、一番迷惑をこうむったのは患者さんよ。西垣先生が二回目の採血をする時に言っていたこと、聞いていなかった?」
「…すみません。頭の中が真っ白で。」
「先生は患者さんの名前を呼んで“ごめんなさい、もう一度採らせて下さいね”と言いながら二度目の採血をしていたの。この言葉の意味、分かる?」
「…ごめんなさいと謝るのは…私…ですよね。」
「誰が謝るかは別として、患者さんに再び採血の痛みを感じさせること。これをあなたは最初に反省しなければだめでしょう?」
琴子は唇をかみしめて何も言わなかった。
「いい?あなたは相手の気持ち、患者さんの気持ちを誰よりも理解して行動ができる人だと私は知っている。その証拠に私はあなたに、患者さんへの接し方で注意をしたことは一度もない。そんな新人は滅多にいないわ。まず、そこに誇りを持って。」
「そんな…私が誇りだなんて。」
「私は嘘は言わない。あなたは患者さんを尊重し心のこもったケアができるいいナースだわ。だからこそ、パニックになりかけた時は患者さんの顔を思い浮かべなさい。」
「患者さんの顔ですか?」
「そう。この仕事は突発的なことがたくさん起きるでしょう。あなたのミスは大抵、突然の出来事に対してパニックを起こしてしまうことから出てくるものだわ。でもね、自分の行動の一つ一つが患者さんへ全て結びつくと思い出して。あなたが失敗したら患者さんが苦痛を味わうことになる。誰よりも患者さんの気持ちを理解しているあなただったら、それは耐えられないはず。」
琴子は頷いた。
「患者さんに苦痛を与えないために行動の一つ一つに気を配ること。患者さんのためにという考えを忘れなければあなたの失敗は減るはずよ。あなたの性格ならば絶対できるはず。」
沢渡は話している内に熱が入り、琴子の両肩に手を置いていた。
「あなたが働くのは患者さんのため、それを忘れないで。」
「はい!」
琴子は立ち直った――沢渡はそう確信した。もう大丈夫だろう。



「入江先生、琴子はどうでした?」
二人が屋上で話し込んでいた頃、スタッフステーションに姿を見せた直樹に幹が声をかけた。琴子の失敗を耳にして、ちょうど出会った直樹に励ましてくれるよう頼んでいたのである。
「俺の出番はなかったな。」
「へ?」
一体どういうことだという顔をする幹に直樹は軽く笑うと、担当患者の所へと行ってしまった――。



沢渡の話が功を奏したのか、その後琴子の失敗は減っていった。夜勤もなんとかこなせるようになったし、患者との接し方にも明るさが戻って来ていた。
「大蛇森先生への接し方もだいぶ落ち着いたものになったわね。」
最近は大蛇森を前にしても怯えなくなった琴子に沢渡が笑いかけた。
「はい。大蛇森先生を気分良くさせることで患者さんのためになると思ったら平気になりました。でもだからといって、入江先生を大蛇森先生に差し出すつもりは全くありませんけれど。」
「…そんなことをされたら、入江先生はショックで医者をやめちゃうでしょうね。」
「ですよね?大蛇森先生とそういう関係になるなんて入江先生だってショックですよ。いくら何でもそこまで自分の体を犠牲にするつもりはないと思います。」
そして琴子は病室へ検温に出かけた。
「そういう意味じゃないけれど。」
その後ろ姿を見送りながら沢渡は笑った。愛する妻に捨てられたショックだという意味だったが、琴子は自分がそこまで愛されているとは自覚していないらしい。





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