日々草子 ハズレ?それとも…? 1

ハズレ?それとも…? 1

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「沢渡さん、“ハズレ”引いちゃってお気の毒。」
…この一ヶ月で何人にこのセリフを言われただろうか。確かに自分でもハズレくじを引いた感は否めない。だが他人に言われると余計に気が滅入るというものである。
「沢渡さん。」
「はいはい、どうせ“ハズレ”だって言いたいんでしょう?」
「は?」
顔を上げて沢渡は「しまった」という顔をした。
「ハズレ?」
「いえ、その…失礼しました、師長。」
失言に顔をしかめることもなく細井師長はニコッと笑った。
「あなたが指導する新人ナースのことですね?」
「ええと、それは…。」
「いつも冷静なあなたでも、やはり彼女では不安ですか?」
「それは…まあ…」と沢渡は言葉を濁す。その通りだと答えていいものか。
「大丈夫です。あなただから彼女を任せることにしたのですから。」
「私だから?」
師長にそこまで言われるほど、自分が優秀だとは思っていなかった。入職4年目であるしリーダー研修もまだ受けていないというのに。
「あなた一人に全て責任を押しつけるつもりはありませんからね。」
その通りではある。直接の指導係は沢渡であるが、沢渡の上には清水主任がつくことになっていた。自分では処理できなくなったらすぐに清水に相談するように言われている点は安心だった。


新人ナースが入職してそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。新人の4月はオリエンテーション、マナー講習など社会人として必要不可欠な研修が入っている。一応、入職直後に配属される病棟は連絡されているがその姿はまだ見られなかった。
「とうとう明日か…。」
夜勤への引き継ぎを終えた沢渡は溜息をついた。とうとう明日、担当する新人ナースが病棟にやってくる。それから自分の出番である。
「愚痴があったら聞いてあげるから。」
「それはどうも。」
同僚たちに返しつつも、沢渡の胸は不安でいっぱいになる。自分が指導するという新人…果たして手に負えるのだろうか。

「入江琴子です、よろしくお願いいたします!」
その新人は声だけは元気いっぱいであった。が、端々に震えを感じるのは緊張しているからだろう。
「沢渡です、どうぞよろしく。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
これが噂の入江琴子かと、沢渡は観察する。彼女の名前を初めて耳にしたのは数年前のこと。入江琴子は内科の患者を受け持っていたため、外科にいた沢渡は直接、その顔を見ることはなかったがかなりの騒ぎを起こしたことは伝わっていた。まさかその本人を自分がこの一年かけて指導することになるとは。
「では患者さんの所へ行きましょうか。」
朝の検温の時間である。パソコンやその他の道具を積んだカートをまず琴子に押させることにした。まるで1億円の宝冠でも乗せているかのように、慎重に押す琴子の表情に沢渡はクスッと笑う。

「村田さん、おはようございます。検温です。」
沢渡が声をかけるとカーテンの向こうから「おおう」というのんびりとした声が返ってきた。それを聞いて沢渡は「失礼します」とカーテンを開けた。
「あれ?今日は二人?」
広げていた新聞の向こうから村田が不思議そうな表情をのぞかせた。
「その子はバッジつけているけど。」
沢渡の後ろにいる琴子の襟には新人を示す小さなバッジがついていた。患者の不安を煽らないよう新人と明かさない病院もあるが、この斗南大病院はきちんと分かるよう、新人は半年間バッジをつけることになっていた。
「新人看護師なんです。」
と、沢渡は琴子を振り返った。
「入江です、よろしくお願いします。」
「はいはい、よろしくね。いいねえ初々しくて。」
村田は手術後の回復も順調で検査結果次第で退院を待つだけなので、新人が登場しても動揺することはなかった。
「それじゃ入江さん、血圧を測って。」
「は、はい!」
まさか病棟デビューして早々に患者の体に触れることになると思っていなかった琴子は驚いた様子を見せたがすぐに準備にとりかかった。
まあ血圧くらいはまともに測ってくれるだろうと、沢渡はパソコンを開いて画面に目をやった。
「失礼します。」
「ほい、よろしく。」
和やかな様子を耳に、沢渡は数値を確認する。

「…ええと?」
「落ち着いて、頑張って。」
最初に当たった患者が村田でよかったと思いつつ、患者の前で分からないそぶりを見せてはだめだと後で注意せねばと思いながら沢渡は画面を見ていた。

「村田さん…脈が聞こえないようですが?」
「はあ?」
「ええ!?」
琴子の言葉に沢渡は顔を上げた。そこには真っ青になっている村田、そして眉を寄せながら懸命に血圧を測っている琴子。
「ええと…これ、壊れているってことは…。」
「入江さん!」
普段の冷静さを失い沢渡はベッド側へ駆け寄った。
「…これ、裏返しのようだけど?」
沢渡は裏返しになっていた聴診器を琴子へ向けた。
「え?ああ!すみません!」
顔を真っ赤にして琴子は沢渡と村田にぺこぺこと頭を下げた。
「こいつは面白い!アハハハハ!!」
村田は怒ることなく、腹を抱えて大爆笑したのだった。
これは相当先が思いやられる…沢渡は頭を抱えたくなった。



緊張のあまりに失敗したのだろうと、沢渡は考えることにした。実際、琴子は指で突いたら粉々になるのではというくらいカチカチに固まっているのが目に見えて分かった。まあそれは無理もないことだと沢渡は苦笑する。仕事に慣れた今では忘れがちだが、自分も新人はそうだった。
「採血の練習、どうだった?」
4月は採血や食事介助などの研修も行う。その様子を訊ねておこうと思ったのだが、
「採血…ですか?」
琴子の顔色が変わったのを見て、
「あ、うん。いいわ、答えなくて。」
絶対聞かない方がいいと分かり、沢渡は笑って誤魔化した。

とはいいつつ、琴子は一生懸命であることは疑う余地はなかった。沢渡が教えることをちゃんとメモに取っているし何でも覚えようと意欲的である。
とりあえず血圧測定や検温など患者にあまり害のない業務をさせるようにして、数日が経過した。

「入江さん、検査に行っている風間さんを迎えに行ってきてくれる?」
連絡を受けて、沢渡が琴子へ指示を出した。
「はい、分かりました!」
これまたいい返事をして琴子はスタッフステーションを飛び出していった。明るく元気がいいことが取り柄だわと思っていると、コールが鳴り響く。沢渡は急いで出た。
その後コールが続いて沢渡はスタッフステーションにいなかった。戻って来て記録をつけていると「沢渡さん」と呼ばれる.顔を上げたら西垣医師がいた。
「あのさ、検査結果を伝えようと風間さんの所に行ったらベッドにいないけど?」
「風間さん?」
沢渡は時計を見た。風間は琴子が迎えに行っているはず。あれから…1時間!?
「トイレかな?」
「いえ、その…。」
「ん?」
「…先生が今伝えようとしている検査から戻ってきていないのですが。」
「え?ど、どういうこと?」
「新人に迎えに行かせたので。」
「ああ」と西垣は破顔した。ああ、担当医師が西垣でよかったと沢渡は思った。とはいえ探しに行かねば!

「ええ、車椅子に患者さんを乗せて行きましたよ。」
検査室の看護師が二人を見送ったという。とはいいつつ、ここに来るまで琴子と風間の姿は見かけなかった。もしかして売店にでも寄ったかとそちらへ行くが来ていないらしい。
道すがら知り合いの看護師に「こういう二人を見なかったか」と沢渡は聞いた。
「ああ、あっちへ行ったのを見たかも。」
「中庭の所にいたわ。」
どうしてそんなに病院中を歩き回っているのか。そしてなぜ自分が警察の聞き込みのようなことをせねばならないのか。沢渡は小走りで病院内を彷徨う。
そして目当ての二人を見つけたのは、何と外科病棟から遠く離れた栄養指導室の前だった。
「入江さん!」
「沢渡さん!」
ようやく会えたとばかりに琴子が目に涙を浮かべて沢渡を見つめた。
「風間さん、大丈夫でしたか?」
まずは患者の様子である。
「僕は大丈夫。病院って色々あるんだねえ。」
何と琴子は方向音痴だった。それが災いし、今まで彷徨い続けていたのである。が、風間は院内を探検できたとご機嫌だった。
「とにかく戻りましょうか。先生がお待ちですから。」
後で琴子にはみっちりと院内を説明せねばと思いながら、沢渡は二人の先を歩き始めた。



「入江さんはどうでしょう?」
指導が始まって一カ月、師長と主任、そして沢渡の三人で琴子の仕事ぶりを確認する話し合いがもたれた。
最初の頃は穏やかな患者に恵まれたため琴子の失敗も笑って許してもらえたが、そんな患者はまれである。苦情が徐々に増え、先日とうとう師長自ら琴子に注意する事態となったことは沢渡も聞いていた。師長にそこまでさせてしまったのは自分の指導力が至らなかったからだと自分を責めた。
「今はだいぶ落ち着いて業務に取り組んでいます。こちらが指示するより先に動くようになりましたし、患者さんへの接し方も問題は少なくなりました。」
一体どう注意されたのか知らないが、琴子は人が変わったように動いていた。
「それで、この一カ月、沢渡さんの目から見て気付いたことは?」
新人の成長の確認というか指導係としての自分の成長の確認でもあるのだなと気付いた沢渡だった。
「まず入江さんの行動ですが、彼女がいわゆるミスをするのは勢いが余ってのことだということだと思います。」
この一カ月、気づいたことを沢渡は口にする。
「仕事に熱心なあまり、そして真剣に取り組もうとするあまりに気持ちが先走ってしまったり緊張が高まりすぎて失敗をするように見受けられます。決して仕事をおろそかにしているからのミスではありません。そのようなミスは一つもありません。」
だからといってミスが許さされるわけではない。が、琴子が一生懸命取り組んでいることだけは師長と主任に理解してほしくて沢渡は熱弁を気づかないうちにふるっていた。
「そうなると突発的な出来事に対処することは難しいのでは?」
師長が言うと主任も隣で頷いた。
「この仕事は突発的なことが多いものです。それに対処できなかったら正直、向いていないというしか…。」
「それは私が指導していきます。」
冷静な沢渡とは思えない様子に、師長と主任は驚いた様子だった。そしてそんな自分に沢渡自身も驚いていた。



さて、一カ月も経つと不満がたまってくるものである。
「やになっちゃうわ、うちの新人。」
この日、科を超えて新人を指導するナースたちは居酒屋に集まっていた。
「もうさ、相手が年配だからっていきなり“おじいちゃん”“おばあちゃん”って患者さんを呼ぶわけよ!ネーム確認しろって!!」
「ああ、あるある。」
皆がうなずく中、沢渡だけ首を動かさなかった。
「そんなの、可愛い方だっての!」
ドンとジョッキを置いたのは「成績優秀な新人の担当になった」と喜んでいた内科のナースだった。
「移送とかトイレ介助とか環境整備とかやらせるじゃない?そうしたら“何でこんな雑用ばかりさせるんですか”だってよ!要するに優秀な自分はもっとふさわしい仕事をさせろってことみたいで!」
「思い上がり!」と誰かが騒いだ。
「だからさ、言ってやったわけ!“それらを雑用と思うならば、ナースなんて雑用しか仕事ないわよ”って!そうしたらあからさまにムッとしやがった。ったく、頭でっかちでいやになる!」
「本当にストレスたまるわ!」
皆が不満をぶちまける中、沢渡はチビチビと飲んでいた。
「沢渡さんはどうですか?」
「え?私?」
通常、新人の指導係は三年目のナースが担当することが多い。四年目の沢渡はこの中では彼女たちより先輩であった。
「あの入江さんなんですよね?」
「苦労されてるでしょう?」
そう言われて沢渡は初めて気づいた。確かにいろいろ苦労はあるが彼女たちのように飲まなければやってられないというほどのストレスは溜まっていない。
「当たり前じゃない、だってあの入江琴子よ?」
そう言ったのは、内科のナースの一人だった。
「どれだけ私たちが手を焼いたことか。」
「うんうん」と頷く内科ナースたちを見て、沢渡は「それは違うだろう」と心の中で突っ込んだ。確かに琴子が騒ぎを起こしていたのは事実だが、その原因を作ったのは彼女たち内科ナースにもあると思っていた。話に聞いたところによると、琴子の夫が当時医大生として実習に来ていたイケメンだったと知った途端、次々と仕事を押し付けていたというではないか。そんな状況、学生だったらパニックになって失敗を犯すことも無理はないと思う。
「…そんなに苦労してないわよ。」
自分から波風立てることも嫌なので、さりげなく沢渡はそう交わした。
「嘘ですよ!」
「本当よ。」



「沢渡さん、これから中原さんとお散歩に行ってきますね。」
「わかったわ、行ってらっしゃい。」
返事をしながら車椅子の中原の様子がいつもと違うことに沢渡は気づいた。
「中原さん、髪の毛とても可愛いですね。」
沢渡は車椅子の高さに身をかがめた。中原は八十代の女性である。その白い髪がゆったりと三つ編みされていた。
「これ、入江さんがやってくれたの。」
中原がうれしそうに笑った。
「お外に行くんですもの、おめかししなくちゃ。」
「ね!」と目を合わせて笑う琴子と中原に沢渡の顔も穏やかになる。その中原の膝にはひざかけが掛っていた。もうすぐ初夏とはいえ、痩せた患者の体には寒く感じることがある
「そうか、そういうことか。」
思わず沢渡が声を上げた。
「え?何でしょうか?」
何事かという顔をした琴子に、
「あ、ううん。ごめんなさい。何でもないの。行ってらっしゃい。」
と慌てて沢渡は手を振った。

なぜ琴子を担当してストレスが溜まらないか。他の新人たちと琴子の違いが分かったのである。
「当たり前のことを口にすることがないからだわ。」
患者への接し方、仕事に対する考え方、看護師、いや社会人として当たり前だろと言いたいことが分かっていない新人たちに皆苦労させられている。新人が手技などに失敗することに対しては指導する側は誰もが予想しているが、当たり前のことを知らないということには予想できていない。だからストレスが溜まる。
が、琴子に関してそれは何一つなかった。
今日の中原の支度だって沢渡は何も指示していない。というより今までもしたことはなかった。入院患者なのだからと髪一つとかさないで車椅子へ乗せる者もいるが琴子はそんなことはしない。髪をとかし、体調を考え支度をする。それが当たり前のようにできている。
だから自分はストレスが溜まっていないのだということに、沢渡は気づいた。

このまま順調にいけば琴子を上手に成長させられるかもできない…しかし、沢渡がそう考えたのも束の間だった。
「病室で超イケメンの先生と入江さんが抱き合ってる!」
患者の騒ぐ声で、沢渡は忘れていたことを思い出した。
「…入江さんは既婚者だった。」
先程、神戸からやってきたと紹介された新任の医師の名前が「入江直樹」であったことを思い出しながら、沢渡は病室へと急いだのだった。



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No title

水玉さんお話ありがとうございます♪
水玉さんの書かれるお話はあったかいんだから~♪で大好きです!


そう!!琴子ちゃんはドジッ子で要領もなかなか悪いですが
人の気持ちがわかるとっても優しくていい子なのです!!
そして本人も意識せずに行動にする!!とっても素晴らしい子!!
だから憎めないのよねぇ~
入江君も神戸から帰ってきて琴子のテンションがMAXになりますが、
沢渡さんどうか琴子ちゃんを温かく見守って下さいね♪

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『当たり』でしょう

久しぶりに水玉さんの『現代』のお話ですね(笑)

最初はハズレくじを引いたと言われていた沢渡さん。

でも、琴子は要領悪いけどめちゃくちゃ一生懸命で、素直で裏表がないから指導しやすいんですよね。

色々やらかすことも多いとは思うけど・・・ガンバレ琴子!!

それにしても見事に入江くんが出てこない(笑)

次は出てきてくれるかなぁ?

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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