日々草子 続・リップサービス

続・リップサービス






「教授!教授は小倉のご出身ですよね?」
「…何だと?」
僕が医局のドアを開けた途端、介宗教授の不機嫌な声が聞こえて来た。あーあ、また誰かが余計なことを言っているんだ。
「僕の出身が小倉?君、小倉というのはあれかい?北九州の小倉のことかい?」
「え?ええ、そう…ですが…他に小倉という地名がありましたっけ?」
どうやら自分が恐るべき間違いを犯していることに気付き始めているのは、研修医の蛸村くんだ。先日外科に配属になったばかりだからまだルールを知らないんだな。
「残念ながら僕の出身は北海道の函館だ。小倉から結構離れていてね。」
「そ、そうだったのですか?そ、それは失礼を…。」
「もしや君は僕が小倉出身の有名作家とどこか似ているからそう思い込んだのかな?まさかとは思うけどこの僕のチャームポイントの唇がその作家とそっくりとか言いたいんじゃないだろうね?え?」
「いえ、記念館に行った時に見た写真が…いやそんなことは…。」
あーあ、語るに落ちるって感じじゃないか。しょうがないな。僕が助けに行けなければ。

「まあまあ、教授!彼が言いたいのはそういう所じゃないんですよ!」
「西垣くん、君はいい所にやって来るねえ。」
「いえいえ、そんなことは」と言いながら僕はさりげなく蛸村に目でサインを送りながら彼を背中に隠した。
「教授、蛸村くんが言いたいのは教授が某作家に似ているとかではなく、小倉の雰囲気に教授がピッタリ合っているからということなんですよ。」
「小倉の雰囲気?」
「そうです。小倉と言えば祇園太鼓、祇園太鼓といえば無法松の一生!」
僕は人差し指を教授の顔の前にピンと立てた。
「無法松の一生と僕がどういう関係?」
「もう教授!無法松の一生の主人公、松五郎は男気溢れる男の中の男!自分を頼る未亡人とその息子を支えて生きるところ。まさしく教授そのものじゃないですか!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ!僕ら若者など足元にも及ばない男らしさ。男の強さを全て教授は持っていらっしゃる、蛸村くんはそう言いたくても言えずに小倉ばかり口にしてしまったんです。だよな、蛸村くん?」
僕が振り返ると蛸村くんはカクッカクッと首を縦に動かす。間違いなく『無法松の一生』の中身なんて知らないだろうけどね。
「そうか、僕が男の中の男かあ、うんうん。」
教授は機嫌よく医局を出て行った。やれやれ、単純な人で助かったよ。

介宗鱈夫教授―通称『斗南の清張』。理由は名前から察する通り、特徴ある口だ。もっとも本人だけがそれを認めていない。それどころか「清張」と名のつくもの、関連する者すべてを遠ざけている始末。だからこうして僕は日々後輩たちのフォローをして回ることになるんだ。

さらにこの「斗南の清張」の厄介な所は、自分自身を男前だと信じて疑っていないところだ。まあ自信を持つのは結構なことだけど、それが時として人に迷惑をかけているってことに気付かないのが困る。

「ううむ、無法松ね。ううむ、松五郎。」
「どうしました、教授?」
一時間後、僕は再び介宗教授と向き合って打ち合わせをしていた。
「西垣先生。」
介宗教授は唇をプリリンと動かせて僕をじっと見つめた。
「松五郎は未亡人を支えていたんだよな?」
「ええ、そうですよ。仄かな恋慕を抱いて。」
「仄かな恋慕…未亡人…未亡人といえば人の妻。」
「はあ…。」
何を考えているんだろう?

「よし、入江くんだ!」
突然叫ぶと教授は立ち上がった。
「入江?入江先生がどうしました?」
「違うよ、そっちじゃなくてナースの方だ。」
「ナースって琴子ちゃんですか?」
まさか先日のタラコ騒動の復讐をしに行くとかじゃないだろうな?
「彼女は人妻だろう?一つ、これをやってやろうかと。」
そういうと突然教授は壁に向かって激しく体を揺さぶりながら両手をついた。
「突っ張りの稽古ですか?」
「違うよ!まったく若いってのに君は何を言ってるんだ?」
教授がギロリと僕を睨む。
「壁ドンっていうんだろ?これを入江くんにするんだよ!」

はあぁぁぁ?か、壁ドン?
教授、それだけは絶対しないでくれって言った…いや、心の中で言っただけだった。

「若者に人気なんだろ?うん、そうだ。これを入江くんにしてやろうじゃないか!きっと喜ぶに違いない!」
「いや、ちょっと、どうしてそういうことに?」
「君がさっき言ったんだろ?僕といえば無法松で、彼は未亡人と深い仲になるって。」
深い仲じゃなくて、仄かな恋慕だっての!!正反対じゃないか!!おい!!

「人妻といえば入江くんだ。彼女にこれをすればますます無法松らしくなるんじゃないかい?
「いや無法松は壁ドンしてないし。そもそも琴子ちゃん以外にも人妻はこの病院にいっぱいいますし。いやそれよりも琴子ちゃんは未亡人じゃありません!」
琴子ちゃんの亭主は不動明王そっくりの顔で今頃病棟を歩いているのにさ。
「まあ細かいことはいいじゃないか。さ、行こう。入江くんを探さねば。」

さっさと歩き出す教授を仕方なく僕は追いかける羽目になったわけで。
そしてそんな時に限って、いいタイミングで琴子ちゃんがやってくるわけで。

「入江くん!」
「介宗教授、西垣先生。」
琴子ちゃんは礼儀正しくペコリと頭を下げた。もう、そんな可愛いことをしたら教授の目尻が下がるじゃないか。
「君に聞きたいことがあるんだが。」
「はい?」
教授は琴子ちゃんの前で胸を張った。琴子ちゃんがたじろいだことなど気付きもしない。
「どうだろう?僕はなかなか男らしいと思わないかい?」
「男らしい?はあ…まあ…確かにどこから見ても…男の人かと。」
ああ、またもや琴子ちゃんがピカソ顔になった。
「そうかい、そうかい。やっぱり玄界灘の風を受けて来たからだろうねえ。」
…教授、つい先ほどは北海道の生まれだと主張していましたよね?ついでに玄界灘は福岡市の方でして。
「玄界灘?え?介宗教授、これから相撲部屋に入るのですか?」
…琴子ちゃん、玄界灘はしこ名じゃないんだよ?
「さすがに今からじゃ年齢的に難しいかと。あと髪も足りなんじゃ…」とまたもやピカソ顔でとんでもないことを言い出す琴子ちゃんの口を僕は「わあ、わあ」と騒いで塞いだ。

「入江くん。」
しかし教授は琴子ちゃんの反撃などもろともせず、両手を伸ばす。琴子ちゃんの大きな目がますます大きくなった。
ドーン!!という音がしたかのような激しい突っ張り…じゃない、壁ドンを教授は琴子ちゃんにした。
「教授、相撲の稽古はここじゃない方が。」
ああ、まだ琴子ちゃんは相撲から離れていないらしい。
「入江くん、君も未亡人として辛いだろうねえ。」
「はあ?未亡人?私があ!?」
何を言っているんだ、こいつ?という顔をあらかさまにする琴子ちゃん。そりゃそうだろう。
「いいんだ、無理をしなくても。僕は無法松だからね。あの映画のような深い関係に…。」
「無法松?映画?教授、どんなスケベ映画観ているんですか!」
ああ…確かにこの教授の言い様ではスケベ映画と思っても無理はない。
「さあ、黙って。君もこれからは…。」
「これからどうすると?介宗教授?」
『斗南の不動明王』の声が僕らの背後から聞こえた――。



「琴子が未亡人?ではここにこうして生きている俺は一体何者で?」
まさしく不動明王といわんばかりの形相で入江は教授を睨みつけていた。
「い、いやな。その僕は…無法松…。」
「無法松じゃなくて無作法の間違いでは?」
そういう入江は教授の白衣の襟をむんずと掴んだ。ていうか、お前の方が余程無作法、無礼者!
「な、何をするんだ、君!!」
「それはこっちの台詞だ、このスケベ野郎。」
その体のどこにそんな力がというばかりに入江は教授の襟を掴み持ち上げた。教授の体がフワリと浮く。
「こんなことをしたら…。」
「うるせえ。」
地の底から響く声を入江は発した。
「玄界灘の風?はん、笑わせるなよ、オホーツク海でお前の仲間が待っているぞ。」
「お、オホーツク?僕の仲間?僕は函館…。」
入江の豹変ぶりが信じられず教授はキョトンとしてしまった。
「さっさとオホーツクに出てスケソウダラと泳いで頭を冷やして来い!」
入江は怒鳴ると遠心力を利用して教授を放り投げた。土俵から落ちる、じゃない、廊下の端に転がって行く教授。しかし奴はそんな教授に目もくれない。

「入江くん、今一体何が…。」
震える琴子ちゃんの唇に入江は堂々と自分の唇を重ねた。ここ、職場!
「嫌なことはもう忘れただろ?」
「…うん、忘れちゃった。」
キスで琴子ちゃんの記憶を消したのか。すげえな、おい。どんなキスをしたんだ?
そして入江はなぜか自分の白衣を脱ぎ、琴子ちゃんに着せた。おいおい、琴子ちゃんの服は何ともないんだけど?
「さ、行こう。」
「うん。」
そして二人は何事もなかったかのように自分たちの世界に入り込んだまま、この場から立ち去って行った…。



「う、うーん…。」
目を回していた介宗教授がムクッと起き上がった。
「大丈夫ですか?」
まあ自業自得なんだけど、この場にいる以上声くらいかけないとな。
「ああ。」
教授はまだ茫然自失といった風で座り込んでいた。あーあ、入江の奴、こりゃあ自分がオホーツク海に流される運命になるんじゃないか?理由はどうにせよ、あの暴言に加え教授を投げ飛ばしたわけで…。
「僕は何でこんな所にいるんだろうか?」
「は?」
教授はキョロキョロと辺りを見回している。
「あ、あの、教授?」
「おかしいな?確か医局にいたはずなんだが。どうしてここに座っているんだ?」
…すげえ!入江にキスもされてないのに記憶が消されている!!
「とりあえず医局に戻りましょうか?」
やれやれ、年寄りの面倒は見ないとな。入江が飛ばされると絶対琴子ちゃんも一緒に行くだろうし、そうなるとこの病院退屈するし、ま、これでよしとするか。
「確か蛸村くんに不愉快な思いをさせられていたような。」
「まあまあ、蛸村も悪気があるわけじゃないんです。許してやって下さい。」
「しかし僕を小倉出身だと。」
「まあまあ、後で僕がよく言っておきますので。あ、教授!この間実習に来た看護学生が教授のこと、いぶし銀で大人の色気があるって。」
「お?そうかい?うーん、そうか。じゃあ今度壁ドン…。」
「それはやめましょう!今の時代男は寡黙な方がいいんですから!!」
危ない、危ない。またぶり返すところだった!!



何とか教授を医局へ押し込めて、僕は病棟に顔を出した。
「西垣先生、どこで油を売っていたんです?」
「ごめん、ごめん。ちょっとお年寄りの面倒をね。」
清水主任はドサッと僕の前に指示書の山を積み上げた。
「え?何、これ?あれ?研修医の奴らの分まで…。」
「研修医の先生のお手本には西垣先生がふさわしいから、ぜひとも夜までよろしくと。」
「…誰が?」
「入江先生です。ご自身だってお手本にふさわしいというのに。ああ、本当に謙虚な方ですね。」
「はあ!?」
あいつが謙虚?つい先ほど、教授をぶん投げているあいつが?言い返そうとした僕は視線を感じ、目を動かした。
「あいつ…。」
「謙虚な後輩」が僕をザマーミロという顔で見ている。さては先程の一件は僕の発言が原因だと見抜いて?
「おい、お前…。」
「西垣先生、ご指導よろしくお願いします!!」
いつの間にやって来たのか研修医たちが僕に頭を下げていた。
「え?ああ、うん…も、もちろん!」
くそ!覚えてろ!!





☆☆☆
オチが決まらずすみません。
面白くなくてすみません。



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記憶はオホーツクの彼方へ。。。

また出ましたね(笑)宗介教授。
このキャラ好きだわ~。
壁ドンって、好きでもない人にやられてもイラッとするだけなんですよね。
何様だ、てめぇo(▼皿▼メ;)oってなっちゃう。
琴子ちゃんには、相撲の稽古にしか見えなかったみたいだけど直樹は怒りのリミッター外れちゃったみたいだし(笑)
そして、一番泡食うのはやっぱりガッキー♪
上司に圧力をかけられ、後輩に苛められ。。。毎日何を楽しみに生きてるんだろう?(^_^;)
いつかは、斗南病院の外科を支配できる日が来るはず!
頑張れガッキー!
きっとその頃には直樹は、一番上まで上り詰めてて更なる圧力が来ることになりそうだけど・・・君なら耐えられるはず~!!(笑)

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六華さん、ありがとうございます。

結構気に入って下さっている方がいるんですよ、この教授(笑)
確かに壁ドンは好きな人じゃないとね~。
琴子ちゃんは相撲とかとんちんかんなことを言っているし。
本当にガッキーこそ、どうしてこの病院を辞めないのでしょうか。腕はいいのだから職場もすぐに見つかると思うのですけれどね。
外科を支配できる日…来るのか(笑)後輩に顎で使われる日が来そうです!

マロンさん、ありがとうございます。

ガッキーが追い詰められるほど楽しいとは(笑)私もそうでうが(笑)
ああ、ここにも教授を気に入って下さっている方がいらっしゃるんですね。
本当にメラメラと入江くんの背後には炎があったことでしょう。
そうそう、入江くんは出世は望んでいませんよね。病気の子供を救うこと第一ですもん!

紀子ママさん、ありがとうございます。

自分をイケメンと勘違いしてますよね~介宗教授。
入江くんのキスはまさにマジックのような。琴子ちゃんの嫌な記憶を全て吹き飛ばしているんですから。
ついでに教授の方も(笑)
え!祇園太鼓ってそうなんですか。私も坂本冬美の歌のイメージが強いのですが。本物を聞いたことがないので…。

たまちさん、ありがとうございます。

私もなかなかいいキャラだと思っていたので続いての登場です~。
本当、どうして琴子ちゃんがよかったのか。きっと自分に対してタラコ連発したその度胸が気に入ったのかも!
しかも琴子ちゃんってオジさんに好かれそうだし。
塩をまきたいところを自分のキスで浄化ですよ、さすが入江くん。
ファンキービジュアルは密かな私の得意技でございますので、楽しんでいただけて嬉しいです。

葉月綾乃さん、ありがとうございます。

そうそう、セクハラですよね~!!
自覚がないだけに注意しにくいし、まあ可愛いというか何というか。
そうそう、斗南病院すごいですよね。キャラ濃すぎ。絶対行きたくない病院かも(笑)
色々皆さん、あちこちで介宗教授を見つけて下さって嬉しいです♪

tomokoreikoさん、ありがとうございます。

愛妻に危険が及んだら、アンテナが受信するんでしょうね!
それはもうマッハなスピードで駆けつける入江くんです。
そうそう、壁ドンは入江くんじゃないと。入江くんのきれいな口じゃないといけませんね♪
ガッキーは尻ぬぐい騎士(笑)そんでもって後輩にお尻を蹴られる運命なのです。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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