日々草子 永遠に君を愛す 58

永遠に君を愛す 58





琴子を探しに来た直樹は、そこにいた沙穂子とおつねの姿に驚いた。この病院のスポンサーに大泉が名を連ねているし、祖父の秘書的なことをしているという沙穂子がいてもおかしくはない。だがまさか琴子の前に姿を見せるとは。

一方、写真を見るなりおつねの顔が意地悪く変化した。
「…家柄も何もない人にはこの程度の振袖で十分ってところかしらね?」
大泉家が沙穂子と直樹の結婚にと準備した豪華な打掛がおつねの頭に浮かんだ。袖を通すことなく無駄になってしまったものだった。
おつねの言葉が聞こえた直樹は琴子を助けなければと行こうとした。しかし、
「…そういう言い方はやめて下さい。」
予想外の琴子の言葉におつねは驚いた。直樹もまさか琴子が言い返すとは思っていなかったので驚いて足を止めた。
「この振袖は入江の、直樹坊ちゃんのお母様が私のためにと、戦時中の苦しい時に作って下さった大事な物なのです。そんな言い方しないで下さい。」
自分のことだったらいくら罵られても黙っていたが、振袖は紀子が丹精込めて仕立ててくれた大切な物である。それを馬鹿にするということは紀子の優しさを馬鹿にするも同然だと琴子は思った。
「まあ、入江家に嫁いだから?随分偉そうな言い方をするように…。」
「おやめなさい。」
沙穂子の言葉がぴしゃりとおつねに飛んだ。
「だってお嬢様。この娘は大泉家に世話になっておきながら…。」
「いいからおやめなさい。」
重ねて止められたおつねは渋々口をつぐんだ。
「写真を。」
沙穂子に言われおつねは写真を渡した。

「確か別の男性と結婚されたとお聞きしましたけど。」
いつぞやのパーティーの時に直樹本人から聞かされたから間違いない。それなのにどうしてと沙穂子は写真を見た。モーニングの直樹と黒引き振袖の琴子。二人を囲む人々も幸せそうに笑っている。本来ならば琴子の場所にいたのは自分かもしれないのにと思わずにいられない。しかしそれを琴子に悟られることは誇りが許さない。
「あの、色々あって…。」
「直樹さん、いいえ入江家がよく許して下さいましたね?」
「…全部受け入れて下さいました。」
俯きがちな琴子を見て沙穂子は悔しさを堪えた。一途に直樹を想っていた自分は受け入れられず、裏切った琴子はどうして受け入れられるのか。
そんな思いを噛みしめつつ、沙穂子は琴子に写真を返した。とても祝福の言葉を口にする気持ちにはなれなかった。



「あの、沙穂子お嬢様。」
「お嬢様はやめて。もうあなたはうちの使用人じゃないのだから。」
「でもやはりお嬢様はお嬢様な気が。」
自分だって入江家の御曹司の若奥様なのにと沙穂子は思った。
「あの、お世話になったお礼も申し上げずに出て行って申し訳ありませんでした。」
律儀に琴子は頭を下げた。おつねは沙穂子の隣で「何を今更」と顔をしかめていた。
「別にあなたがわざとそうしたわけじゃないでしょう?」
大泉家で琴子と再会した紀子の喜びを今でも沙穂子ははっきりと覚えていた。紀子がとにかく連れて帰るのだと言い張ったこと。そしてその後、琴子がいなくなって倒れた紀子を見舞った時の自分への態度の違い…ああ、また思い出したくないことを思い出してしまう。

「終戦直後の大変な時期に、大泉家でお世話になったおかげで本当に助かりました。何とお礼を申し上げていいか。」
あの時大泉家で沙穂子に雇ってもらえなかったら、路頭に迷っていたことは確実だった。
「別に。私はあなたをお世話した覚えはありませんから。」沙穂子は言った。「あなたはうちの看護婦だった、使用人だった。それだけの関係です。」
そう思わねばやりきれないというのが沙穂子の本音だった。

「それより、これから覚悟しておいた方がよくてよ。」
「覚悟?」
一体何をという顔をする琴子に、ああ、やはりこの娘は分かっていないのだと沙穂子は溜息をつきたくなった。
「直樹さんは入江商会の御曹司。入江商会は今後ますます大きく発展していくでしょう。その家の嫁としてあなたはお付き合いもしなければいけない。直樹さんの恥にならないよう頑張って下さいね。」
つまり身分違いの結婚は苦労が待っていると暗に沙穂子は言ったのだった。

「入江商会の御曹司…確かにそうですね。」琴子は沙穂子の言葉に素直に頷いた。「直樹坊ちゃんが入江家の長男であることは間違いないですから。でも。」
「でも?」
「私は入江商会の御曹司と結婚したというより入江直樹さん、お医者様の直樹坊ちゃんと結婚したと思っています。だからそういう難しいことは分からないです。」
「難しいことって」と沙穂子はクスッと笑った。全く何も分かっていない琴子に呆れる。沙穂子の住む世界にとって結婚は家のためである。
「ごめんなさい、おかしなことを言って。でも私はずっとお医者様になるために勉強していた直樹坊ちゃんを見て、それで自分もお手伝いがしたいって思って看護婦になったのです。直樹坊ちゃんが大好きなお仕事ができるように支えたいと思っています。それだけじゃ駄目なのでしょうか?」
はっきりとした琴子の言葉に、沙穂子は何も言い返せなかった。琴子はやはり自分とは違うのだということだけは分かった。
「…それは私には分からないわ。でもあなたが思うような甘いことばかりが待っているわけじゃないと思います。」
「分かっています。」
「それにあなたは一度は直樹さんを裏切った。それは忘れないことね。」
「…はい。」
裏切ったつもりはないがそう取られても仕方ないことは琴子にもよく分かっていた。
沙穂子は琴子に背を向けた。最後まで祝福はできなかった。

建物の入り口に直樹がいたことに、沙穂子は「あ」と小さく声を上げた。直樹が頭を軽く下げた。
「…後悔されないことを祈っております。」
呟いて通り過ぎようとした沙穂子に、
「後悔はしません。」
と直樹が言葉を投げかけてきた。
「琴子と一緒にならなかったら後悔することはあっても、一緒になって後悔することは何一つないと思います。」
沙穂子は直樹を見ることなく、黙って立ち去った。

「直樹坊ちゃん。」
直樹がいつからいたのかは知らない。が自分の発言や態度があまりにでしゃばりすぎたものだったのではと琴子は今頃になって青くなっていた。
そんな琴子を直樹は黙って抱きしめた。その優しい抱擁に琴子も何も言わなかった。



病院を後にしたものの、沙穂子と会ったことで少し疲れただろうと、まっすぐ入江家に戻ることなく直樹は琴子を連れてレストランに入ることにした。二人きりで話をしたいこともあった。
「俺たちの今後なんだけど。」
あのまま琴子に会えなかったら仙台に骨を埋めるつもりであったが、今はその気持ちは薄れていた。博士の元で学び終えたら東京に戻ることを考え始めている直樹であった。
「どうする?」
そういう聞き方をしたのは、琴子の考えを尊重したいと思ってのことだった。琴子は東京で仕事を持っている。色々考えもあるはず。再会して入籍とどうも自分、入江家主導になっていることも申し訳なく思っていた。
「坊ちゃんはいつか東京へ戻られるのですよね?」
食べる手を止め、琴子は直樹を見た。
「ああ。」
「…。」
琴子は考えた後、口を開いた。
「…それまで東京で待っていてもいいですか?」
やはりそう来たかと直樹は思った。琴子の答えは予想ついていた。
「私、看護婦として病院で働いて分かったんです。やっぱりこの仕事が好きなんだって。」
直樹と共に働きたいと思っていることは間違いない。が、実際働いてみて自分はこの仕事に合っていると思い始めていた。
「今の病院で働き始めて一年くらいです。やっと慣れてきたので…。」
「お前、いい動きしていたもんな。」
直樹の言葉に琴子の顔が輝く。働きぶりを直樹に認めてもらえたなんて嬉しかった。
結婚したら家庭に入るというのが当たり前の時代である。いくら手に職があってもそれは同じことだった。だから直樹が仙台へ連れて行ったら琴子は家庭に入ることになるだろう。慣れた職場で看護婦として研鑽を積むことは今の琴子にとって一番いいことだと直樹に分かっていた。
「いいですか、坊ちゃん。」
不安そうな琴子の顔に直樹は笑顔を向けた。
「俺はお前がそう言うだろうと思っていたよ。」
直樹の返事に琴子は安堵した表情を浮かべた。
「いつか一緒に働けるその日まで頑張ろう。」
「…はい!」
籍も入り「入江琴子」になった。たとえ住む場所が離れても恐れるものは何もない。二人はそう思っている。

「あ、でも。時々電話してもいいですか?」
そうは分かっていても、声が聞きたくなる時はある。
「あんまり俺、下宿にいないけどな。」
「分かっています。でも電話してベルが坊ちゃんのあのお部屋に鳴り響いているんだなあと分かっただけでも何というか…痕跡が残せて嬉しいというか。」
「何だ、それ?」
やっぱり欲のない奴だと直樹は笑いながら、今度は病院で暮らしているなどと笑われないよう時間が出来たら下宿へ戻っていようと思った。

「あとさ、もう一個。」
「はい?」
「お前さ、いつになったら“直樹坊ちゃん”ってのやめてくれるわけ?」
この言葉に琴子はカシャーンとフォークを落としてしまった。給仕が飛んできて新しいものと交換してくれた。
「そ、それはですね…ええと…。」
琴子は顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。それを直樹は楽しんでいる。
「確か俺が帰ってきたら考えるとか言っていたよな?」
「で、でも…。」
「何でもいいよ、適当な呼び方で。」
「じゃあ、入江先生は?」
「…今のままでいいや。」
まあ坊ちゃんと呼ばれるのも悪くはない。琴子の可愛い声で呼ばれることは決して嫌いではない。一緒に暮らすその日が来たら何とかなるだろうと直樹は呑気に構えることにしたのだった。





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女は怖い

やはり沙穂子嬢とおつねの逆襲ありましたね!琴子ちゃんを選ぶとわかっているのに黙っていられない。何かチクリと言わずにはいられないんでしょうね!でもやっと掴んだ幸せのためには琴子ちゃんもやんわりとピシャリと言えましたね。よかった、よかった。お話しの更新ありがとうございます。

琴子ちゃん良く言った!

アホ子とおつねは嫌な女ですね(*`θ´*)入江お母さんが琴子ちゃんの為にって用意してくれた振り袖を馬鹿にして…でも琴子ちゃん偉い!良く言った! 琴子ちゃんは全然恥ずかしくないです。家筋や身分の違いを二人は馬鹿にしてたけど、二人には関係の無い話だよね?入江君も、アホ子に言ってくれて、私の胸がス~ットしました。良い気味です。それから…入江君たちは暫くは別々に暮らすんですね。寂しいだろうな…二人とも、そう言えば、私も琴子ちゃんが何時になったら「坊っちゃん」から呼び名が変わるのか、気にしてました(笑)結局入江君も「坊っちゃん」と呼ばれた方が良いのかな?確かに入江先生って呼ばれるよりは良いかもしれないけでね(笑)

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vsアホ子!

某アイドルグループの番組名見たいになってしまいましたが(笑)
おつねに関しては、琴子ちゃん、ビシッと言うべき事を言えたね。
紀子ママが、心を込めて仕立ててくれたお着物だもんね。
わたしも以前、祖母と母が仕立ててくれた着物を、あまり良い言われ方をされなかった時、泣きたくなるほど腹が立ったことを覚えてます。
それにしても、お嬢は琴子が直樹を裏切っていたと責めて。
知らないとはいえ、そうさせたのは誰だと言ってやりたい!
でも、もう直樹も琴子も入籍もしてお互いの自分の気持ちもしっかり伝え合ってるからもう大丈夫だよね(*^^*)
直樹も、一緒になったことで後悔することはないってはっきり言いきったし。これから、またしばらく離れて暮らすことになるけどもう大丈夫だよね。

それにしても琴子ちゃん、結婚したのにまだ『直樹坊っちゃん』て。(笑)

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わーい、‼気持ち、よかったね。何事にも、上から目線の、沙穂子と、おつね、大泉に、世話と、恩の、お安売りでしたもんね?琴子ちゃんは、紀子、ママが、戦争中の、中でも、準備してくれたもの、心がこもって、作ってくれたもの、を大事にする心、そこから、沙穂子とは、大違いですよ、入江君だって、助けようと、思ったけど、、でも、見守ってましたね、取りすがりに、沙穂子に、結婚したこと、後悔しませんと、はっきり、言いましたよね、、それに、入江君を、裏切った、のは、沙穂子さん、あなたが一番の、ゲインの、元が言っても瀬得力ないよ、笑うよ、琴子ちゃんと入江君は、しばらく、離れ離れの、生活ですかね,沙穂子と、おつね、負け犬の、とうぼえ、もおわりました。

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レイナさん、ありがとうございます。

お久しぶりです!!
いえいえ、うちのことを覚えて下さっただけで嬉しいですよ~♪
それに喪黒のネーミングもしっかり使って下さって(笑)ああいうギャグに誰も触れてもらえないことが密かなダメージになるので(笑)←なら使うな!という感じですが。
確かに!!入江くんは大泉家の引き立て役!!言われてみたらそうですね。まあ、お嬢はとりあえず恋愛感情はあったと信じたいところですが…(笑)
あほ子様の日常、おもいきりギャグに書くか、普通に書くか。いやそんなことよりも需要があるのかって感じです。あ、昔書いた大蛇森の朝みたいにイリコトと比較形式で書くのもありかも!!
私も考えますよ!おパンツ誰が洗ってるのとか。というか大金持ちを見るとつい考えてしまう。ああいう人たちはそれこそ生まれた時から他人にお世話してもらうことが普通だから何とも思わないのかもしれませんね!!

やめときゃいいのにね、沙穂子は、あほ子になるよ、、直樹にも、後悔はないと、余計なことを、言わないほうが、自分のためでしょう。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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