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2015.02.04 (Wed)

永遠に君を愛す 53


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やはり東京は自分にとって鬼門だった。そう思った直樹は休みを切り上げて予定より早く仙台へ戻ることにした。
もう仙台に骨を埋めるつもりで生きて行こう。そう考え東京でやり残したことがないようにと直樹は考えた。


「相原さん、電話が入ってるって。」
「電話?」
点滴を確認していた琴子は首を傾げた。電話をかけて来る人間など真瀬夫妻くらいしか思い当たらない。まさか何かあったのではと琴子は急いで詰所へ向かった。
「はい、相原ですが。」
「入江だけど。」
その声に琴子の心臓が跳ね上がった。受話器を持つ手が震える。
「…仕事中にすまない。」
「…いえ。」
「明日、仙台へ戻るんだ。」
「そう…ですか。」
琴子は周囲に目をやった。皆忙しそうにしていて琴子を気にする気配はなかった。
「もし時間があったら、戻る前に会ってもらえないか?」
思いがけない直樹の誘いに、琴子は驚いて受話器を落としそうになった。どうしてそのようなことを言って来たのか。
「あの…今ここでお話できないことですか?」
一生懸命直樹を忘れようとしているのに、顔を合わせたりしたらどうなるか。心の鍵をこじ開けそうになってしまうではないか。
「できれば会って話したいんだ。時間は取らせないから。」
「…分かりました。」
直樹がそこまで言うならばと琴子は頷いた。ちょうど明日は休みであった。待ち合わせ場所を聞いて琴子は震える手で受話器を置いた。



上野公園は桜が満開の時期だった。花見客が公園に向かっていく様子を直樹は眺めていた。
「直樹坊ちゃん…。」
声をかけられ直樹は振り返った。琴子がペコリと頭を下げた。
「来てくれてありがとう。」
二人は花見客に交じって公園を歩き始めた。
「いえ…お休みでしたから。」
直樹は琴子を見下ろした。一年前に会った時は若妻風であったが今日は違っている。長く背中に垂らした髪の毛には赤系のヘアバンドをしていた。そしてブラウスにスカートというシンプルな服装。
座って話そうと、直樹はベンチに琴子を促した。

「話というのは、お礼を言いたかったんだ。」
「お礼?」
琴子は何のことだろうと直樹を見つめた。
「ああ。記憶を失っている間、俺の世話をしてくれてありがとうって言ってなかったから。」
もう東京に戻らない。琴子とも会わない。ならば最後に今までの礼を言っておこうと直樹は呼び出したのだった。
「それだけじゃない。俺が戦地へ行った後も親父たち家族を支えてくれた。本当にどれほど礼を言っても足りないくらいだ。」
「そんなこと。」琴子は頭を下げる直樹を止める。「私は何もしていません。どうか頭を上げて下さい。」
「沢山苦労をかけて何もできなかった。ごめん。」
「そんなことありません。」
琴子の強い調子に直樹は顔を上げた。
「私の方こそ、お礼を言わなければとずっと思っておりました。」
「俺に?」
琴子は頷いた。
「看護婦になることを直樹坊ちゃんが応援して下さったから。頑張れって言って勉強も見て下さって。学校に入れたことも資格を取れたのも坊ちゃんのおかげです。」
「それはお前が努力したから。」
「坊ちゃんが励まして下さったからです。いえ、最初に坊ちゃんが一人で生きていけるように何か手に職をと言って下さったから、こうして今まで生きてこれました。もし看護婦になっていなかったらどうなっていたか分かりません。」
そう話す琴子の脳裏には、妾になったあの令嬢や売られそうになった時のことが浮かんでいた。看護婦になっていなかったら、自分もああなっていたかもしれない。女が戦後の混乱期に一人で生きて行くことはそれほど難しかった。
「でも大泉家で苦労を沢山しただろう。」
直樹が入江家に戻った後、こうして元気に戻れたのは琴子が献身的に世話してくれたからに違いないと両親は言っていた。
「そんなことありません。看護婦になれたから大泉家で働けて坊ちゃんと再会できました。今は寮のある病院で働いています。本当にありがとうございます。」
そう話す琴子に屈託はなかった。

お互い感謝の言葉を心から述べた後、二人は暫く黙って桜を見ていた。やがて直樹が立ち上がり歩いて行った。どこへ行くのだろうと目で追っていた琴子であるがやがて人混みにその姿が消えた。
もしや用は済んだと行ってしまったのか、自分はどうすればいいのかと困っていると、直樹が人混みから戻ってきた。
「よかったら。」
そこの店で買って来たという焼き団子を直樹は琴子に差し出した。
「ありがとうございます。」受け取って琴子はパクリと頬張った。「おいしい!」
満面の笑みの琴子に、直樹も笑った。そして自分も団子を食べた。
「昔もこうやって二人で何か食ったことがあったな。」
あれは確か琴子が見合いをした帰りだったと直樹は懐かしく思い出した。すると琴子からクスクスと笑い声が聞こえて来た。
「赤フンボクちゃま…でしたっけ?」
「アハハ」と直樹も笑い声を上げた。琴子の見合い相手のあだ名だった。
「あの時は笑えたな。」
「はい。」
二人で笑い声を上げた。
「そういえばあいつ、何してるんだろうな?ていうか生きてるのか?」
まさか西垣が自分を探し出すことに利用したとは知らずに直樹はそんなことを口にした。

「懐かしいですね、本当に。」そして琴子は直樹に目を細めた。「あの時は直樹坊ちゃんは詰襟だったのに、こんなにご立派になられて。背広がとてもお似合いになられて。」
「…お前は俺の親戚の婆さんか?」
「へ?」
「言ってることが年寄りくさいってことだよ。ばあか。」
と思わず昔のように琴子の頭を小突きそうになったが、直樹はそれを寸でのところで止めた。もうあの頃のように接してはいけない。

「だって本当にご立派になられたんですもの。」
「お前の方が立派になったよ。」
「え?」
琴子はポカンとした顔を直樹に向けた。
「この前のお前、立派な看護婦だったぜ。勉強が分からない、居残りだったとピーピー泣いていた奴が俺の指示にあんなに素早く動くなんてな。見違えるようだったよ。」
直樹に褒められ、琴子の顔が赤くなった。
「そんな…私なんてまだまだ。」
「…看護婦として働いてどれくらいになる?」
「一人になってからなので…ちょうど一年くらいです。」
これには直樹は驚いた。てっきり大阪でも働いていたのかと思っていたからだ。
「僅か一年であんなに?」
「人より不器用なので人より努力しようと思って。」
それに色々なことを忘れるつもりで懸命に働いてきた。一人になると余計なことを考えて落ち込んでしまうので休みもろくに取らなかった琴子だった。
「看護婦に向いてたんだな。」
がむしゃらに頑張って来た琴子の姿が目に浮かぶ。あの時、琴子を応援してよかったと直樹は微笑んだ。するとまた琴子は赤くなって俯いてしまった。



「おじ様たちはお元気ですか?」
琴子は気になっていた入江家の様子を訊ねた。
「ああ。親父は会社をどんどん大きくしていってるし、おふくろは明るい。裕樹は高校二年で…。」
「もうそんなになられるんですね、裕樹坊ちゃん!」
琴子は目を見張った。
「私が覚えているのは中学生くらいで。背もこんな感じで。」
「背は残念ながらあまり成長しなかったな。もっともお前の手つきよりは結構でかいけどな。」
「そうでしたか?じゃあ裕樹坊ちゃんが知ったら怒られちゃいますね。」
肩をすくめて琴子は笑った。
「親父の跡を継ぐって張り切って勉強しているよ。」
「直樹坊ちゃんの弟さんですもの、優秀でしょう?」
「ずっと一位らしい。」
「わあ、さすが!」

話は尽きることがなかったが、直樹は名残惜しそうに腕時計を見た。
「そろそろ駅へ向かわないと。」
「…そうですね。」
二人はゆっくりと立ち上がった。
「もしまだ時間があるならば。」直樹は琴子を見た。「出発を見送ってもらえないか?」
「お見送りしてよろしいのですか?」
「ああ。一人で出発というのも寂しいかなって。」
てっきり誰かが見送りに来ているものだと思っていた琴子であった。
「私でよければ。」
「ありがとう。」
花見をする人々に逆らうように、二人は駅へ向かって歩き出した。
「あっ!」
隣を歩いていた琴子の体がガクンと落ちた。何事かと直樹が足を止めると、琴子は足首を触っていた。
「すみません、靴に慣れていなくて。」
踵が高い靴のため、上手く歩けないらしい。幸い足をくじいてはいなかった。
「歩き慣れている靴を履いた方がいいぞ。」
「いつもはそうしているんですけれど…今日は。」恥ずかしそうに琴子が呟く。「ご立派になられた直樹坊ちゃんに釣り合った格好がしたくて。」
そこまで口にして琴子は「あ、違う、釣り合うとか無理なので!」とあたふたとなった。
「その…直樹坊ちゃんが恥ずかしくないようにしなければって思ったんです。」
「そんなこと気にしなくていいのに。」
あきれつつも直樹はそんな琴子が微笑ましかった。自分のことを気遣ってくれたことが嬉しい。
「もし、嫌じゃなければ。」直樹は荷物を持っていない方の腕を琴子の前にそっと差し出した。「掴まってもいいけど?」
「そんな、めっそうもない」と琴子は遠慮した。
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、申し訳ないですし。」
「でもまた足をひねるぞ。ガクッガクッってしながら歩くつもりか?」
確かに言われた通りである。先程も結構恥ずかしかった。
「では…すみません。」
「どうぞ。」
琴子は直樹の腕にそっと手を添えた。
「そんなやり方じゃ、意味ないと思う。」
「では…失礼します。」
思い切って琴子は直樹の腕を掴んだ。何となく照れ臭くて二人とも駅までの道は黙り込んでしまった。


ホームにはもう列車が入っていた。
「お荷物、少ないんですね。」
直樹が手にしていた鞄を見て琴子が口にした。
「ああ。博士への土産と列車で読む本くらいだな。あとは荷造りして送ってもらうことにしたから。」
「仙台まで時間かかりますよね?」
「まあな。でも医学書をゆっくり読めていいよ。」
別れの時間が近づいていることを二人は分かっていた。それでもとりとめのない会話をしようとしていた。

「いつかは東京へお戻りになるんですよね?」
直樹の乗る車両の前で、琴子は訊ねた。しかし直樹は首を横に振った。
「多分、仙台にずっといると思う。」
「え?そうなのですか。」
「ああ。今いる病院は環境が素晴らしいし、勉強も思う存分できるから。静かで綺麗な町だから結構気に入っている。」
「…おじ様たちはお寂しいでしょうね。」
「お前は?」と訊きたい気持ちを直樹は堪えた。琴子は一人でしっかりと地に足を付けて暮らしている。余計なことを言って気分を悪くさせたくなかった。このままお互いいい別れをしたい。
「でも覚悟はしているみたいだけどね。」
「そうなのですか?」
「仙台に骨を埋めると言ってないけど、そうするんだろうなと思ってはいるみたいだ。戦争で命を落とした若者が大勢いるのだからそれに比べればって考えらしい。」
琴子は黙って直樹の話を聞いていた。
「ま、実家には裕樹がいるしな。といってもあいつに全て押し付けるようで心苦しいけれど。」
「裕樹坊ちゃんは直樹坊ちゃんを尊敬されてますから、きっと分かって下さいますよ。」
琴子は直樹を励ました。

やがて出発の時間が近づいた。直樹はデッキへと上がった。琴子はホームに立つ。
「何か困ったことがあったら、実家へ連絡してくれ。」
「そんなこと。」
「親父もおふくろも俺のことでお前に何もお礼ができてないって思ってるから。何かあったら頼ってくれ。」
「そんなことありません。幼い頃から娘のように育てて下さって。私こそ何のご恩も返せておりませんのに。」
そう話す二人の間に、出発を告げるベルが鳴り響いた。

「それじゃ、元気で頑張れよ。」
「…直樹坊ちゃんもお体に気を付けて。」
二人の間にドアが閉まる。
直樹と琴子にとって、この駅での光景は永遠に忘れることのできないものとなったのだった――。


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 |  2015.02.04(Wed) 17:25 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 17:33 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 17:57 |   |  【コメント編集】

★楽しそうな二人…

二人が楽しそうに、桜の下で、会話をしてましたね。入江君は素直に自分や入江家の人達が世話になった事を、ちゃんとお礼を言ってましたね。少しは反省したのかな?
結局入江君は仙台に行っちゃったし、もう~焦れったいです!
さな |  2015.02.04(Wed) 17:59 |  URL |  【コメント編集】

★最後のチャンスを~!!

いや・・・もうね。若干あきらめてもいましたが・・・。

なぜ、ナゼ、何故!?あんないい雰囲気に持って行けたのに、自分の気持ちを正直に伝えないんだ、直樹~!!
東京にはもう戻らない決意をして、やり残したことをって琴子に会いに行って・・・。そこまでは良かった。
だ・け・ど!そこまでって・・・泣く泣く身を引いた新川さん、浮かばれね~。
琴子からは絶対に言えないよね。ブローチを拾った時の直樹の態度や、今の職場の医師との仲を誤解された発言をされてるのもあって、怖くて自分の気持ちなんてなかなか口にできないだろうし・・・。

駅での光景が永遠に忘れることのできないものになったって・・・まさかこれで終わりじゃないですよね?
お願いします!水玉さん!HAPPYを・・・ハッピーを~!!

ホントにこのお話は読みごたえがありすぎて、仕事中でも、直樹と琴子はこの先どうなるんだろう?って頭から離れません(笑)
次の更新も楽しみにお待ちしてますね~!!
六華 |  2015.02.04(Wed) 18:02 |  URL |  【コメント編集】

入江くんの意気地無し!!!(T^T)
ちゃー |  2015.02.04(Wed) 18:17 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 18:45 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 18:48 |   |  【コメント編集】

え~!別れちゃうの?なんで>でも、話はまだつずくんだよね、でも、今日は2回も読めて、よかった、でも、悲しい。
なおちゃん |  2015.02.04(Wed) 19:25 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 19:30 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 20:32 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 20:47 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 21:11 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.04(Wed) 22:25 |   |  【コメント編集】

ええぇ~ 永遠にって!永遠にって!

ひねくれ直樹坊ちゃんがやっと琴子をよびだせてよしっ!と思ってたのに。

せっかく腕まで組めたというのに。。。

しゃしゃり出ていっておせっかいやきたい衝動に駆られます
ばーばもじゃ |  2015.02.05(Thu) 00:39 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2015.02.05(Thu) 01:07 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.05(Thu) 10:04 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.05(Thu) 10:21 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.05(Thu) 13:00 |   |  【コメント編集】

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 |  2015.02.05(Thu) 16:18 |   |  【コメント編集】

★sabatoraさん、ありがとうございます。

来て下さってありがとうございます。
そうですよね、そりゃあそう言いたくなるのもごもっともです(笑)
本当に素直にならないとヘタレというかなんというか…。
ぜひ続きを楽しんで下さるといいなと思っております。
水玉 |  2015.02.06(Fri) 23:27 |  URL |  【コメント編集】

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