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2014.12.12 (Fri)

永遠に君を愛す 26




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満太郎の体は快方に向かっていた。後はゆっくりと体を慣らしていけばいいと西垣は琴子に言った。
「琴子ちゃんを彼は随分信頼しているようだね。」
「いえ、そんな。」
「ううん。満太郎くんが心を開いているのが分かるよ。琴子ちゃんを推薦した僕の鼻も高い。」
「そんな、西垣先生ったら。」
「それじゃ、今度食事でもどう?」
「先生はすぐそうなんですから。」
和気あいあいと話す二人の様子をじっと見つめている人間がいた。大泉家の女中頭おつねであった。

「あの二人は親密すぎます。」
その晩、おつねは沙穂子に告げた。
「前から思っていたのです。医師と看護婦という関係を超えているような。」
「およしなさい、何てはしたないことを。」
沙穂子はおつねを注意する。が、おつねの口は止まらない。
「いいえ、お嬢様。西垣先生ほどの優秀なお医者様がどうしてあのような小娘をこちらに寄越したのか不思議でなりませんでした。」
年端も行かない経験も浅い琴子を、この屋敷に寄越したことがおつねには不満であった。
「現に満太郎様を病気にさせました。看護婦失格でございましょう。」
「確かに看護婦としてそれはどうかと私も思ったわ。でも満太郎様はお元気になったし、今度から気を付けてくれるでしょう。」
「でもお嬢様。」
おつねは珍しく意見を下げようとしなかった。
「相原さん、満太郎様にまでいやらしい気持ちを抱いていませんか?」
「いやらしい気持ち?」
沙穂子の眉が寄せられる。
「ええ、そうです。どうも満太郎様に媚を売っているような気がして。うまく満太郎様に取り入ったような。」
「そんな取り入るなんて。」
「お嬢様。」
信じられないという顔をする沙穂子の前でおつねは眉を吊り上げた。
「満太郎様だけではございません。あの人、次から次へと男の人にそうして生きて来たのではないでしょうか?」
「相原さんが?」
「はい。西垣先生にもそうしてきたのでは?」そしておつねは鼻息荒くした。「もしや西垣先生と男女の関係では…。そういえば西垣先生の病院へ出かけると相原さんはいつも帰りが遅いですし。」
「いいかげんにしなさい!」
沙穂子がとうとう怒りを露わにした。
「そのようなこと、西垣先生に失礼よ。おじい様が多額な寄付をされている病院で働いているお医者様に何ていうことを。」

沙穂子とおつねの会話をドアの向こうで聞いている人物がいたー満太郎だった。病み上がりの体を慣らそうと屋敷を歩いていたら行きあたったのである。
琴子と西垣が男女の関係…まさか、そんなことがあるわけない。だが二人がお互いを信頼しているのは分かる。琴子の手荒れの薬も用意していたくらいだ。
「何を考えているんだ、俺は」と満太郎は自分に呆れた。あの二人がどういう仲であろうが気にすることはない。自分の健康管理をしてくれれば私生活に口を挟む筋合いはない。そう分かっているのに、なぜか満太郎の心の中にはもやもやとしたものが広がっていた。



それから10日経った頃、西垣の診察日がやってきた。
「西垣先生の所へ満太郎さんがお出かけになるのですか?」
朝食の席での満太郎の言葉に沙穂子は驚いた。西垣は往診である。
「ええ。人混みに出たくらいで熱を出すなんて情けないことはもうないようにと、少し外に出て訓練をしようと思いまして。」
西垣にも少しずつ外に出ることを勧められていると満太郎は続けた。
「では私もご一緒に参ります。」と言った沙穂子であるがすぐに今日は予定が入っていたことを思い出した。友人の婚約パーティーがあるのだった。
「看護婦に付き添ってもらうから、大丈夫ですよ。」
「相原さんに?」
ふと沙穂子に不安がよぎった。この間一笑に付したおつねの話が思い出された。
「看護婦はそのためにいるわけですから。」
「そう…ですわね。」
満太郎の言うとおりである。そのための看護婦である。



「相原さん、こちらとこちら、どちらがよくて?」
琴子を呼んだ沙穂子は今日も洋服を両手に提げていた。琴子が深緑のワンピースを選ぶと、沙穂子はそれを琴子へ差し出した。
「差し上げるわ。」
「え?」
「今日、満太郎さんの付き添いに着て行って。」
「そんな…。」
「相原さんだって女性ですもの、綺麗なお洋服を着たいでしょう?もう着ない服だから遠慮しないで。」
そう言われた琴子は自分の格好を見た。大泉家から支給されているシャツとズボン。働くうちに汚れてきているその色は、沙穂子が着ている美しい色と何と違うことか。琴子は沙穂子の気持ちを受け取ることにした。
「…お嬢様はお優しゅうございますね。」
琴子が出て行った後、おつねがあきれたように言った。
「お洋服まで差し上げるなんて。」
「おかしな格好だと満太郎さんの恥にもなるでしょう。」
自分の支度を始めながら沙穂子は言った。

先に出かけるのは沙穂子であった。
「満太郎さん、お気をつけて。」
何度も繰り返す沙穂子に安心させるよう満太郎は「大丈夫。楽しんできて」と返していた。
「…次に婚約パーティーを開くのは私たちですわよね?」
沙穂子は満太郎を見つめた。それに対し満太郎は微笑んだ。



沙穂子を見送った後、満太郎は病院へ向かうことにした。
「車はいい。」
満太郎の言葉に琴子は驚いた。
「しかし、病院までお送りするようにとお嬢様より…。」
「少し歩く訓練をしたいと断られたと言ってくれればいいから。」
困った顔の運転手を置いて、満太郎は琴子を促して家を出た。

「桜はすっかり終わってしまったな。」
寝込んでいる間に終わってしまったかと満太郎が残念そうに呟いた。
「でも今度は緑が綺麗な季節になりますよ。」
「そうだな。」
歩く訓練というのは建前で、本音は誰の目を気にすることなくのんびりと時間を琴子と共に過ごしたかった満太郎であった。
ふと満太郎は琴子を見た。いつもと違う格好である。
「あ、これですか?」
満太郎の視線に気づいた琴子が照れたように笑った。
「お嬢様が下さいました。もうお召しにならないからって。」
「沙穂子さんが…。」
どういう目的で沙穂子は渡したのだろうか。着古したものを与えるなんて失礼ではないかと思う。
「似合いますか?」
「…あんまり。」
肯定すると自分まで琴子を見下すようで嫌だった。お古ではなくもっといいものを着てほしいと思い、ついそのようなことを言ってしまった満太郎だった。
しかし、琴子にそれが分かるはずがなく否定されたことに落ち込みを隠せなかった。やはりこういうものは沙穂子のような令嬢が似合うのだ。少しでもおしゃれができた、満太郎と釣り合うと喜んでいた自分が情けなかった。

「一つ、聞いてもいいか。」
気まずくなった雰囲気を打開しようと満太郎が口を開いた。
「何で看護婦になったの?」
前から聞いてみたかったことだった。
「…何が起きても一人で生きていけるように、手に職を付けた方がいいと勧められたんです。」
そう答える琴子の頬がほんのりと赤くなったことを満太郎は見ていた。
「手に職で看護婦か。」
「はい。おかげでこうして大泉家で働けることもできました。」
満太郎とも出会えたしと琴子は心の中で続けた。
「それって、誰に言われたわけ?」
「それは…。」琴子は言い淀んだ。それを言ったのは直樹である。そして直樹は満太郎ではないのか。しかし満太郎の表情は何一つ変化がない。琴子には答えることができなかった。
「…ごめんなさい。」
自分に言えない相手かと満太郎は悲しみを覚えた。また二人の間が気まずくなり、それは病院に到着するまで続いた。



「連絡を受けた時は驚いたけど、いい気分転換になっただろう?」
満太郎の訪問を西垣は喜んでくれた。
「うん、大丈夫そうだね。足取りもしっかりしているようだし。」
この調子で無理をしないようにと西垣は言った。琴子は診察室の外で待っている。
「西垣先生。」
「ん?」
カルテに記入しながら西垣は返事をした。
「西垣先生とうちの看護婦、親しいですよね?」
「看護婦?ああ、琴子ちゃんか。」
「琴子ちゃん」と呼んでいるのかと満太郎は複雑な気分だった。おつねの「男女の関係」という言葉が蘇ってしまう。
「終戦まで一緒に働いていたんだよ。」
「そうなんですか。」
「京城の診療所に僕がいた時、看護学校を出たばかりの彼女が入って来たんだ。それ以来の付き合い。」
「先生は京城にいらしたのですか。」満太郎は驚いた。「引き揚げの時に苦労したでしょう。」
大泉家に救われた満太郎は、終戦前に余裕を持って上海から戻って来た。が、終戦後に外地から引き揚げて来た人々の苦労は耳に入っていた。
「まあ、琴子ちゃんほどじゃないさ。」
「彼女、そんなに苦労を?」
「あれ?聞いてない?」と驚いた西垣であったがすぐに「ああ、そうか。琴子ちゃんはそういう話をする子じゃないもんな」と一人で納得した。
「まあ、満州から引き揚げてきた人たちよりは幾分かましかもしれないけど…でも船が沈んで真冬の海に放り出されたんだから助かったことは奇跡としか言いようがないね。」
そんな苦労を琴子がしていたとは。いつも自分を気遣ってちょこちょこと笑顔で動く琴子からは想像もできない。弱音を聞いたこともない。そういえば琴子は家族がいないのだろうか。そういう話も聞いたことがない。

「彼女に手に職を付けて看護婦にって勧めたのは先生ではなかったんですね。」
先程診療所で知り合ったと西垣は言った。頬を染めた琴子を見て、もしや西垣ではと思った満太郎であった。
「違うよ。ああ、それって琴子ちゃんのご主人かも。」
西垣の返事を聞いた満太郎に衝撃が走った。
「結婚しているんですか?」
随分琴子に興味を持っているんだなと西垣は満太郎に驚いていた。記憶を失っているためか、やや自暴自棄に見えていたので他人に関心を持つことはいいかもと思う。しかし満太郎はやがて大泉家を継ぐことになっていると聞いている。沙穂子と結婚する予定なのだから琴子に変な気を起こさないように、ここで釘を刺しておくことも必要かもしれないと西垣は思った。

「そうだよ。とても立派なご主人だったそうだ。」
「だったって…過去形なんですね。」
「…戦死したからね。」
満太郎の様子に気をつけながら西垣は続けた。
「結婚したのは出征直前だったんだ。生きて帰れないことを覚悟していたご主人はそれはもう、琴子ちゃんの先のことを丁寧に考えて行ったそうだよ。そういう男性だったから、琴子ちゃんに仕事を勧めたのかもしれないね。」
「それじゃ…今も彼女はその人を忘れてはいないでしょうね。」
「当然さ。そんないい男を忘れたくとも忘れられないよ。琴子ちゃんの心には今もずっとご主人が生き続けているんだから。」
生きていたら自分も会ってみたかったと西垣は残念そうに言った。

病院を出て行く満太郎と琴子を診察室の窓から眺めながら、西垣はふと思った。先程満州と口にしたことで思い出したが、満太郎も満州で見つかったのだった。だから満太郎と呼ばれている。琴子の夫が戦死したのも満州だったと聞いた覚えがある。そして西垣はあることに気付いた。今日もそうだったが診察を受ける際の満太郎の行動。医師がやりやすいように体勢を自然と取る。医者の次の動きを分かっているかのような時もある。それはもしや幼い頃は病弱で、医師の世話になっているうちに身につけたものか、もしくは…。
―― 自分が医師として患者に接していた経験から?
「…そんな偶然があるわけないな。」
記憶喪失の男と戦死を遂げた軍医が同一人物なんて、そんな偶然あるわけがない。



「どうしました?お疲れですか?」
元気のない満太郎を琴子は心配しながら歩いていた。
「西垣先生に痛い注射でもされたとか…?」
「子供じゃあるまいし。」
ぷっと満太郎は笑った。
「お疲れでしたら遠慮なく仰ってくださいね。」
「ああ。」
琴子はいつも自分を気遣ってくれる。琴子の隣はとても心地いい。記憶喪失の苦しみを忘れさせてくれる。が、あくまで琴子は看護婦の仕事として自分に接してくれているだけ。それ以上の感情はないことを西垣の話を通して満太郎は知った。琴子の心には今も…。
「満太郎様?」
「大丈夫だよ。」
笑って答える満太郎であるが、その心はやるせなさでいっぱいであった。
――亡くなった人間には、永遠にかなわない。





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 |  2014.12.12(Fri) 00:37 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.12.12(Fri) 00:58 |   |  【コメント編集】

相変わらずのおつねの意地悪…なんでそんなに琴子ちゃんを目の敵にするのか、分かりませんそれに琴子ちゃんは媚を売ってるなんて、そんな人じゃないのに…おつねの言葉は許せません(*`θ´*)
それから琴子ちゃんは満太郎さんとお出かけ…例え古着を着ても嬉しいですよね?それから満太郎さんは西垣先生から琴子ちゃんの苦労を聞きましたね?それと戦死した旦那が居る事も…これから二人はどうなるのか、凄く気になります。頑張れ琴子ちゃん!おつねの意地悪に負けるな!
さな |  2014.12.12(Fri) 02:55 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.12.12(Fri) 09:41 |   |  【コメント編集】

★そろそろ・・・

女中おつね、現在エンジン空ぶかしで温め中。
全開まであと少しといったところでしょうか?

医者と看護師が信頼し合って、患者の治療にあたることか当り前だろうに
このクソバ偏屈バアサン(汚い言葉過ぎたのでちょっと修正(笑))
琴子ちゃんの不幸のジェットコースターは今まさに、急降下するためにゆっくり上って行ってる所なんでしょうね(涙)

それにしても、このお話のガッキーはいい人だよね~。
満太郎がいなければ、琴子ちゃんのお相手はガッキーでいいんじゃなかろうかと思えるほどですよ。
でも、ガッキーも琴子がどれだけ直樹を愛していて、直樹もどれだけ琴子を愛しているかがわかるからあまり変なことをしないんですよね。

そして、今回のお嬢。
嫌だわ~嫌いだわ~マジムカつくわ~。
何でしょう。もう、すべてが受け入れられない。
原作のお嬢は嫌いじゃないし、ほかの話のお嬢も好きじゃないけど同情の余地があって心底嫌ってことにはあんまりならなかったんだけど。。。
今回はほんっとに嫌い。
自分は何もせず、家の力で相手を縛り付ける。人の手柄は自分のもの。
琴子に古着を渡したのも、満太郎に恥をかかせないためとか言っておいて、実は大泉家(自分)が恥をかかないようにするためっていうような意図が見える気がして。。。
そんなんだから、満太郎に愛されないんだよ!!って言ってやりたい!!

もう、ドップリ頭の先まで水玉ワールドに浸りきってます。
続き、楽しみにしてますね~。
六華 |  2014.12.12(Fri) 10:01 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.12.12(Fri) 10:10 |   |  【コメント編集】

満太郎は?直樹か?と、思ったら?やはり❓別人なのかな。でも、満太郎は、そうと❓琴子ちゃんを、気になっている様子だね。
なおちゃん |  2014.12.12(Fri) 13:41 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.12.12(Fri) 20:01 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.12.12(Fri) 23:43 |   |  【コメント編集】

★ねーさんさん、ありがとうございます。

お久しぶりです!
いえいえ、読んで下さるだけで嬉しいです。
私はジェットコースターは苦手ですが観覧車は平気です(笑)確かに高所恐怖症の方には観覧車は苦しいものがあるかもですね!
丁寧に書き過ぎて本当、進むのが遅くなってしまって。あんまり飛ばし過ぎてもだめだろうし、その辺のペース配分が難しいですよね。
私も未だにカテゴリにお祭りつけて書いてます(笑)
ねーさんさんの量産ぶりは本当にすごくて!!どうしたらそんなに想像の泉が溢れ出るのかといつもうらやましく思っています。私もあんな風に書けたらなあと指をくわえて見ていますよ~!!
水玉 |  2014.12.16(Tue) 13:29 |  URL |  【コメント編集】

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