日々草子 永遠に君を愛す 24

永遠に君を愛す 24

現在のアンケートで一番人気のシリーズを書こうかと思ったのですが、こちらがまださほど辛い状態ではないので取っておくことにします(笑)

☆☆☆☆☆








その日、頼んだお茶を運んで来たのは琴子ではなかった。
「彼女は?」
テーブルに準備をする女中に満太郎が尋ねると、
「相原さんは病院へ出かけていますので。」
という答えが返ってきた。琴子の具合が悪いというわけではなく大泉の血圧の薬を取りに出かけたのだという。
「満太郎様の記録を届けに行くついでだということです。」
満太郎の記録は月一度、西垣の往診時に渡されるはずだった。が、ちょうど大泉の血圧の薬が切れる頃だったことからそれを取りに行くついでに今回は記録を琴子が届けに出向いたのだという。それを説明するとそそくさと女中は部屋を出て行った。
「…まずい。」
お茶は同じ茶葉を使っているはずなのに、あまりおいしくなかった。



「悪いね、わざわざ取りに来させちゃってさ。」
「いいえ。」
病院で出迎えた西垣に記録を渡しながら琴子は笑った。
「琴子ちゃんのいい息抜きになればいいなって思ってさ。あと塗り薬も用意しておいたから。」
「塗り薬?」
すると西垣は琴子の手を取った。そこにはあかぎれができていた。
「大泉家で苦労しているんじゃないかと思って。」
先日訪れた時に琴子の手に気付いたのだという。看護婦の仕事だけならばこのようなことにならないはず。恐らく上手く言いくるめられて女中仕事もさせられているのだろう。大泉家の女中頭の意地悪な顔を思い出しながら西垣は予想していた。
「大丈夫です。とてもよくしていただいています。」
だから薬はいいと琴子は断った。西垣の好意は嬉しいが用意してもらってもその代金は琴子に払えない。大泉家から出る給金は決して多いものではないし、いつか入江家へ戻るために少しでも貯めておきたかった。
「大丈夫、これは僕がこっそりと持ち出して来たものだから。」
「え!」
「気にしなくていいんだってば。金持ちを患者に儲かっている病院だし、ちょっとくらい誤魔化したってばれやしないさ。」
もらえる人間からはたんまりともらわないとねと茶目っ気を出す西垣に琴子は笑うしかない。

そして大泉の薬を渡そうとした西垣であるがまだそれが届いていなかった。
「あれ?処方箋はちゃんと出したよな?」
西垣は看護婦を呼んだ。するとそれは受け取っていないという。
「ええ?あ、そうか。さっき書こうとしたら病室に呼ばれて」西垣は琴子に手を合わせた。「ごめん、琴子ちゃん。今すぐ書くから待っていてくれる?」
「はい、お待ちしています。」
クスクスと笑う琴子の前で西垣は机に向かいペンを走らせた。そしてすぐに書き上げると看護婦へと渡した。
と、その時またもや西垣に呼び出しがかかった。慌てふためいて診察室から出て行く西垣を見送ると、琴子は廊下に出てその戻りを待つことにした。

特定の患者を相手にしているからか、院内はさほど混雑している様子はなかった。通る患者もその付き添いもいいものを着ているところがいかにも金持ちらしい。
琴子の前を車椅子が通ろうとしていた。道を開けるとその車椅子に座っている、かなり年配の男性の声が聞こえた。
「やれやれ、昨夜は少々はしゃぎ過ぎたか。」
病院ではしゃぐも何もないだろうと思いながら琴子が見ていると、車椅子から毛布が落ちた。するとその付き添いの和服姿女性が毛布を取ろうと身を屈める。が、次の瞬間琴子は信じられない光景を目にした。身を屈めた女性の懐に、車椅子の男性が手を伸ばし突っ込んだのである。
「御前、おやめ下さい。」
女性が抗議すると御前と呼ばれた男性はいやらしい笑い声を上げて手を引っ込めた。
「若いおなご相手でもわしもまだまだであろう?な?な?」とからかい続け更に「昨夜はどうだった?気持ちよかったか?」と続けて女性が困る様子を楽しんでいるようである。
「何て人だろう」と琴子は呆れた。金持ちにも色々いるものだと思っていると、付き添いの女性が顔を琴子の方へと動かした。しまった、見ていることがばれたかと慌てた琴子であったが、その目が大きく見開かれた。
「あ…!」
思わず上げそうになった声を琴子は堪えた。からかわれていた女性は羽崎多音子、あの夜琴子を突き飛ばしてボートに乗り込んだ男爵令嬢であった。多音子もまさかこのような状況を琴子に見られていたとは思っていなく、すぐに視線をそらした。そんな多音子の様子に気付くことなく、老人は多音子の尻を触っている。多音子は琴子に見られたショックからか「おやめに」と消えそうな声を出すだけだった。

なぜ多音子があの老人に付き添っているのか。会話から考えると多音子は老人と結婚したということだろうか。親子、いや祖父と孫くらいになるのではと思い、そして悪いとは思いつつ琴子は老人と多音子の後ろ姿を見ていた。
と、更に琴子の目が大きくなる出来事が起きた。琴子の傍をつかつかと横切った和服姿の女性がいたかと思ったら、その女性が多音子の襟をつかまえてその体を放り投げるように突き飛ばしたのである。
「まったく、みっともないことを!」
女性は初老といっていい年齢であった。床に座り込んだ多音子を睨みつけている。突然の出来事に三人を見物している人々。
「こらこら、よさないか。皆が見ているだろう。」
と二人の女性をなだめている老人であるがその口ぶりとは裏腹にそれを完全に楽しんでいるのが見てとれた。
「まいりますよ」と初老の女性が老人の車椅子を押して行く。多音子がその後につこうとすると「結構よ」と女性は突っぱねた。何も言い返さない多音子には、直樹と見合いした時に自分に取った時やボートに乗り込んだ時の多音子はいなかった。
多音子は立ち上がり病院玄関へ向かおうと琴子がいる方へ体を向けた。チラリと琴子を見たが、声をかけることはなくそのまま一人で歩いて行った。

そのまま立っていた琴子の肩がポンと叩かれた。
「すごい所に居合わせたね、琴子ちゃん。」
薬を手に戻って来た西垣が慰めるように言った。
「本妻と妾が鉢合わせるとああなるんだなあ。」
「本妻と妾?」
すると西垣は人さし指を口に当てると自分の診察室へ再び琴子を入れた。

「さっきの車椅子の患者はいわゆる成金って人でね。」
一応名前は伏せるけれどと前置きして西垣は話を始めた。琴子ならば話してもいいだろうと信頼してのことらしい。
「昨夜運ばれてきてさ。それも素っ裸で。」
「裸で?」
「そ。で、若い方の女が付き添ってたの。まあ何をしてたか想像はつくよね。全く年を考えてすることしろって。」
血圧が急上昇して心臓に負担がかかって倒れたのだと西垣は話した。先程の「はしゃぎすぎた」というのはそういうことかと琴子は頬を染めた。
「後から来た女は本妻だよ。」
「それだと、若い女性は…。」
「確か没落した華族様のご令嬢だって話だったな。金に困った父親が娘をあの爺さんに妾として献上したのさ。家柄が欲しい成金と金がほしい没落名家の利害一致。」
あの誇り高い多音子が妾になったとは。直樹との縁談に前向きだった多音子。それが今や公衆の面前で体を触られることに耐えている。哀れとしか言いようがなかった。多音子も戦争で人生を狂わされてしまった一人だった。

もっとも自分だってどうなっていたか分からない。病院からの帰り道、琴子は考えていた。
多音子は家柄のいい生まれに加え美貌があったから望まない形とはいえ妾になって生きるという道があった。しかし自分はそうはいかない。家柄も美貌もない。勉強が苦手だったから商売で身を立てる術も持ち合わせていない。そうなると、女としての体を使って生きるしかなかったかもしれない。
「直樹坊ちゃんがあの時、考えて下さったから。」
一人で生きていけるように、困らないようにと考えてくれたからあの時看護学校に入ることができた。だから今こうして、暮らすことができる。

そのようなことを考えながら歩いていると、あの桜並木に出た。
「綺麗…。」
出かける時は目的があったからゆっくり眺める暇がなかったが、現在桜は満開であった。いつの間にか季節が春を迎えていたことに気づかされる。
少しくらい花見をしてもいいだろうと琴子は立ち止まって桜を見上げていた。
入江家に来たばかりの頃、紀子に誘われて花見に出かけたことがあったことを思い出す。直樹も一緒だった。キュウリの入ったサンドイッチをあげようとしたら「キュウリは嫌いだから琴子が食え」と言ったのもその時だった。

「こんな所でさぼっていたのか。」
「直樹坊ちゃん!?」
突然聞こえた声に琴子は振り返った。そこには満太郎が驚いた顔をして立っていた。
「申し訳ございません。失礼しました。」
直樹のことを懐かしく思い出していたから、ついその名を呼んでしまった。しかし満太郎はさして気にする様子はなく、
「当分持ちそうだな。」
と桜を見上げた。
「満太郎様もお散歩ですか?」
大泉家まではまだ少し距離がある場所であった。
「まあ、な。」
琴子が戻って来ないかと思いながらこっそりと屋敷を出て来た満太郎だった。

「今が盛りってところか。」
記憶を失う前はどこかへ桜を見に行ったことがあるのだろうか。と思ったら満太郎の頭が微かに痛んだ。
「満太郎様、大丈夫ですか?」
心配する琴子が満太郎の肩を支えた。と、その琴子の荒れた手が満太郎の目に入った。
「痛々しいな。」
「あ、すみません。汚いものを見せてしまって。」
赤くなりながら琴子は手を隠した。
「今日、西垣先生からお薬を頂いたので塗りますから。」
「そうか。」
安心すると同時に満太郎の心にもやっとしたものが残った。自分も薬くらい与えたいところだがそれは沙穂子を通さねばならない。西垣は気付いたらすぐに琴子に薬を与えることができる。薬すら思うままにできない自分の境遇が満太郎は辛かった。そして何の遠慮もなく琴子を気遣える西垣が羨ましくなった。
だが西垣よりも気にかかる存在が満太郎の中に芽生えた。


「きれい…本当にきれい。」
桜に見とれる琴子を前に満太郎は思った。先程琴子が口にした名前「直樹坊ちゃん」とは一体誰なのだろうか。その直樹坊ちゃんは琴子の心のどれほどを占めているのか。自分よりその存在は大きいのだろうか。
「満太郎様?」
具合が悪くなったかと心配する琴子に「ゆっくり桜見物して来い」と言い残し、満太郎は先に屋敷に戻ったのだった。





関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

え!あのひとが?

こんにちは~更新待ってました今日のお話しは…琴子ちゃんは病院に行って留守…満太郎さんは美味しいお茶が飲めなくってちょっとイラッとしてますね。一方琴子ちゃんは病院であの嫌な女と再開しましたね。それも金持ちのおじいさんの妾になってたなんて…琴子ちゃんを突き飛ばしたバチが当たったんですよきっと!でも同じ女として、ほんの少しだけ可哀想だな~と思っちゃいました。琴子ちゃん看護婦さんになってて良かったですね。帰り道桜を見ながら入江君の思い出してて、切ないです…満太郎さんは入江君なのかな?声を聞いて思わず「直樹坊っちゃん」って言っちゃったけど、入江君とは違うのかな?
琴子ちゃん頑張れ、応援してるからね。

更新待ってました!!

初めてコメントします。
更新お待ちしておりました!!
続きが気になって仕方ないです!
無理せず書いてくださるとありがたいです。

全ての作品を読ませていただきました!
神戸シリーズと、万華鏡シリーズが大好きです!

とても綺麗な文章なので、何回読んでもハラハラドキドキします。
次の更新を楽しみにしております!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

はぅ~。。。

まさかまさかの再開。
性悪お嬢様の多音子さん。まさかの不幸のジェットコースターへ
ご乗車中でしたね~。
直樹とお見合いしてた頃から、入江パパが家が傾きかけてる
みたいなこと言ってましたもんね~。
大っ嫌いなお嬢さんだけど、同じ女性として多音子の状況には
同情しちゃいます。。。
この時代は、手に職がないと本当に大変な時代。
本当に琴子は看護婦になっていて良かった良かった。

そしてそして満太郎さん。
一日琴子に会えないとなんだか気になっちゃうんですね。
こっそり屋敷を抜け出すだなんて。なんだかほんのりピンク
な気持ちに(笑)
琴子の「直樹坊ちゃん」気にしちゃって。
はぁ。。。ぐっすり眠ってる彼の耳元でつぶやいてやりたい。
『君の本当の名は入江直樹で君の最愛の奥さんは相原琴子』×100
みたいな感じで。

水玉様。
かなり寒くもなってきたので、体調に気を付けて頑張ってくださいね。
次も楽しみに待ってます!!

さなさん、ありがとうございます。

そうそう、バチが当たったと私も思いつつ書きながら「ちょっとかわいそうだったか」と同情を寄せてしまいました。琴子ちゃんは手に職があったから帰ってこれたし満太郎さんとも会えたのでよかったです。
満太郎さんと上手くいきそうな感じですので頑張ってほしいです!

あさひぽんずさん、はじめまして。

初めまして、コメントありがとうございます!
続きが気になるとのお言葉、とても嬉しいです。
しかも全て読んで下さったなんて!すごい!!神戸と万華鏡は私にとっても思い入れのあるお話なのでありがとうございます♪
綺麗な文章なんて褒めすぎですよ~。分かりやすく書こうとだけ心がけておりますが、それも時折首を傾げる時もあります。
こんなブログですがいつまでも楽しんでいただけたらと思います。
ぜひまたお気軽にコメントを下さると嬉しいです。

こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

姪御さん、最高です(笑)「多音子がザマーミロになった」って!!
あの船の事件は書きながら「こいつ何とかならないか」と思っていたのでこの辺でザマーミロ設定にしてみました。失ったものがある人が多いのが戦争ですよね…まあ多音子は生きるために手段を選びそうもないので、したたかに生きていきそうですけど。
天性の嫉妬心!これまた名言をありがとうございます。そうそう記憶がなくなっても胸の奥に…うんうん。
そうですね…クリスマスですね(笑)イベント話が苦手な私としては頑張らなければいけないところだと分かりつつ…そういや弁護士先生の話も考えたけれど書かないで季節が過ぎておりました。
ああ、大事なことを忘れないで下さい。勘違いお嬢は…ゾンビです(笑)

なおちゃんさん、ありがとうございます。

そうそう、人をあやめると報いが自分に来るってことで。
多音子もそりゃあびっくりな人生を送っております。
でも生活に苦労しないだけましだとか思っていそう、それが多音子です(笑)
過去作へのコメントもありがとうございます!

六華さん、ありがとうございます。

琴子ちゃんが不幸のジェットコースターでちょっと止まっている間に、多音子が絶叫中でございました(笑)
もともと財産狙いの結婚でしたからね。きっとあれからも沢山お見合いをしていたのではないでしょうか?
どれもうまくいかず、結果お妾さんに…。私も書きながら「ちょっと可哀想すぎたか」と同情しつつ。
でも達者に暮らせよ~という気分です。

耳元で呟く!!(笑)睡眠学習ってところでしょうか!確かに100回呟いたら何らかの効果がありそうです!
それくらいしたいと思いますよね。琴子ちゃんがけなげに仕えているだけに。
私の体への気遣いもありがとうございます。
六華さんもどうぞお体に気を付けて下さいね!!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
リンク