日々草子 永遠に君を愛す 23

永遠に君を愛す 23







どうやら満太郎は非常に理解が早いらしい。あっという間に最初に渡された書類を理解し、これに気をよくした大泉はどんどん書類を渡していた。
「おじい様がその気になって、満太郎様にお仕事をさせるんだもの。」
沙穂子が愚痴るのをおつねが「まあまあ」と慰めている光景を琴子はよく目にするようになった。

「あんたに頼んでいいか分からないのだが。」
いつものように検温、血圧測定をした朝のこと、満太郎が琴子を見た。
「何でも仰って下さい。」
あの血圧測定の失敗以来、会話らしい会話は交わしていなかったので琴子は嬉しかった。
「昼食を部屋に運んでもらえるよう、頼んでもらえないだろうか。」
「昼食をお部屋で召し上がるのですか?」
「ああ。あれに目を通したくてね。」
満太郎が顎を動かした先には書類が山と積まれていた。
「あの、出しゃばるようですが…。」
琴子は満太郎が心配になった。
「お食事の時は気分転換した方がいいのでは?」
「いや、そのつもりなんだ。」
「え?」
「一人でのんびりと食べる時間が欲しくて。」
どういう意味だろうか。満太郎は朝昼夜と食事は沙穂子と同じテーブルについている。大泉は朝は一緒だが昼夜は仕事で外にいることが多いので別だった。
「やはり女中に直接頼むべきことだろうか?」
琴子が返事をしないので満太郎が気を遣う。
「いえ。分かりました、私から厨房の方へ伝えておきます。」
「ありがとう。」


満太郎が昼食を別にということは沙穂子にも伝えられた。
「お仕事が大変なのね…仕方のないことだわ。」
昼食を一人で食べねばならない寂しさを感じつつも、賢いのでわがままを沙穂子は口にしなかった。満太郎が仕事を早く覚えれば夫婦になる日も近づくと分かっている。
「あまりたくさん仕事を押し付けないよう、おじい様に注意しておかないと。」
満太郎の体を沙穂子は心配したのだった。

昼食後、満太郎の部屋へ食器を片づけに琴子は行くことになった。他の女中が手を離せなかったのである。
「失礼します、お食事はお済みでしょうか。」
琴子が部屋を訪れると、書類を満太郎は読み込んでいる所だった。邪魔をしないよう食器を下げようとする琴子は皿にキュウリが残っていることに気付いた。
「ああ…。」
琴子の手が止まったことに気付いた満太郎の眉が寄せられる。
「ちょっと待ってくれ。すぐに食べる。」
と、フォークでキュウリを刺した満太郎であるがすぐに口に運ばず深い溜息をついた。
「あの…もしかしてキュウリ、お嫌いですか?」
琴子の胸がトクンと鳴った。直樹はキュウリが嫌いだった。満太郎も嫌いであれば二人が同一人物である可能性は大きくなる。
「…このご時世に贅沢なことを言ってはいけないと分かっているから。」
屋敷に籠りがちな暮らしの満太郎であるが、それでも世間がいかに食料不足で苦しんでいるかは知っていた。
大泉家は資産家だけにどこからか調達するコネがあるらしく、食料は豊富な方であった。それには琴子も恩恵を預かっている。
眉を寄せて覚悟を決めた顔をして満太郎はキュウリを口へ運ぼうとした。
「あの!」
それを琴子が止めた。
「何?」
「お嫌いだったら無理しないでいいと思います。」
「しかし。」
「勿論、食べ物を粗末にしてはいけません。でも満太郎様が無理して食べても、ええと…キュウリは喜びませんよ?」
突然キュウリの気持ちを話し出した琴子を満太郎は不思議そうに見た。
「満太郎様が食べられなかったら、その分キュウリが平気な他の人の所へ回せます。その方がキュウリも喜びます。別にキュウリを捨てるわけではないから粗末にすることにならないし…むぐっ!」
真面目に話す琴子の口に満太郎がキュウリを入れた。
「なるほど、こういうことか。」
「…そういうことです」と突然の満太郎の行動に驚きながらも琴子は口を動かす。動かしながら前にもこういうことがあったことを思い出す。「お前はこれでも食ってろ!」と芋を突っ込まれたのはいつのことだったか。
もぐもぐと口を動かす琴子が面白いのか、満太郎は残りのキュウリも琴子の口へ入れた。
「無駄にならなくてよかったよ。」
「…はあ。」
複雑な顔でキュウリを食べる琴子が面白い満太郎はまた「ぷっ」と噴き出した。どうもこの娘を見ているのは飽きない。何より気分が楽になる。
「あんたも途中からこの家に来たから、同士って気分だからかな。」
「同士?」
「いや、気にしないでくれ。」
琴子はそれ以上は追及せず、食器をお盆へと片付ける。
「キュウリがお嫌いだと私からお嬢様へお伝えしておきましょうか?」
部屋を出る際に琴子は満太郎に提案した。
「しかし、わがままを言うわけには。」
「いえ、お嫌いな物を無理して食べてもお体に悪いとお話すれば大丈夫ですよ。私がその…看護婦として申し上げれば印象も悪くないかと思います。」
直樹が自分の口から嫌いだと言ったら角が立つかもしれないが、琴子から勧めるという形であれば叱られるのは琴子である。
「じゃあ…そうしてもらえるか。」
「分かりました。」



「まあ、満太郎さんはキュウリがお嫌いだったのね。」
琴子から言われた沙穂子はそれは悪いことをしたと悔やんだ。
「厨房に伝えてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします。お嫌いな物を無理して食べさせるなんてできないわ。」
そして沙穂子は琴子に訊ねた。
「満太郎さんは無理をしていないかしら?相原さんの目から見てどうですか?」
「大丈夫です。ご気分が悪い様子もありませんから。」
「そう、ならばよかったわ。」
沙穂子の許可を得た琴子は早速、夕食に間に合うようにと厨房へと向った。すると琴子がいなくなった部屋で沙穂子の表情が翳る。
「キュウリがお嫌いだということ、私に直接お話しになって下されば良かったのに…。」
なぜ満太郎は直接自分に申し出てくれなかったのか。それは満太郎がは自分に完全に心を開いていないということだと気づかされた沙穂子は寂しさを覚えたのだった。



三時ごろ、沙穂子はお茶を手に満太郎の部屋を訪れた。
「ああ、どうも。」
仕事関係の書籍に読み耽っていた満太郎が沙穂子に笑顔を向けた。
「満太郎さん、ずっとお部屋に籠りきりなんですもの。」
少しは休憩をと沙穂子が二人分のお茶をテーブルに並べた。
「すみません。」
「謝らなくて大丈夫。でも少し休憩なさって。」
満太郎は机から離れ、テーブルの前についた。お茶の他にお菓子があった。
「おじい様がお仕事の関係で手に入れた、舶来物のクッキーですのよ。」
甘い物は頭の疲れが取れるだろうからと沙穂子は続けた。

暫く二人でお茶を楽しんでいると、ドアがノックされた。
「あの…満太郎様の夕食はどちらにお運びすれば…いいかと…。」
「夕食は…」と、沙穂子は満太郎の顔を見た。
「いつもの食堂で食べますよ。」
満太郎の言葉に沙穂子が笑顔を見せた。
「よかったわ。今日はおじい様も外で召し上がるっていうことだし。一人で寂しい食事かと心配してましたの。」
「これ以上沙穂子さんを悲しませるわけにいかないから。」
「まっ…」と沙穂子が頬を染める。

返事を聞いた女中が出て行った。そのおどおどとした様子に沙穂子は困ったものだと思う。
「…俺が無愛想だからでしょう。」
沙穂子が何を考えていたか分かった満太郎が言った。
「あれでは満太郎さんに不愉快な思いをさせるだけですわね。」
いくら大泉と沙穂子が満太郎に温かく接しても使用人がこれでは。
「仕方ないことです。記憶喪失でどこの誰かも分からない男に仕えるなんて気味が悪くて当然ですよ。」
「まあ、そんなこと!」
沙穂子が反論した。
「満太郎さんは記憶がなくても、しっかりとしたお育ちで教養も学問もおありなのは祖父も私も分かっております。」
「お二人が優しいんですよ。」
満太郎の言葉は嬉しいが、何とかしなくてはと沙穂子は思っていた。ふと、琴子の顔を思い出した。
「もし満太郎さんがよろしければ、相原さんに担当をお願いしてはだめでしょうか?」
「相原?」
「看護婦ですわ。」
「ああ…そういえばそういう名前でしたっけ。」
最初に紹介されていたのに満太郎はその名前を忘れていた。というか、不思議なことにあの看護婦と自分の間に名前はさして関係ないような気がしていた。
一方、沙穂子は満太郎が琴子の名前すら覚えていなかったことに安堵した。
「しかし看護婦が女中のようなことを?」
「あら、だって満太郎さんだって相原さんに食事のことをお願いしていたでしょう?」
そのようなことは大した問題ではないという感じの沙穂子であった。

「少しは愛想よくするよう気をつけます。」
「あら。」と、沙穂子は笑った。「そんなに気になさらないで。それに。」
沙穂子は満太郎の手の上に自分の手を重ねた。
「私には満太郎さん、とても愛想よくして下さるもの。」自分でもおもいきったことを口にしたため沙穂子は恥ずかしさで目を伏せ、更に続けた。
「…満太郎さんの笑顔は私だけの特権にしたいわ。」



琴子を満太郎の担当女中の代わりにするという話に大反対したのは、女中頭のおつねであった。
「女中のしつけができていないのは私の責任でございます。今後このようなことはないように…。」
「もういいわ。」
うるさそうに沙穂子はおつねの言葉を遮った。
「でしたら私が満太郎様の担当を。」
「おつねは女中頭としてこの家の切り盛りに忙しいでしょう?」
何を言っているのと沙穂子は笑った。
「ですが」とおつねは傍に立っている琴子を見やった。おつねの視線に琴子は体を縮めた。突然沙穂子から満太郎の担当になってほしいと言われ驚いたことは言うまでもない。もしや、琴子の夫、直樹と満太郎が瓜二つでその正体を疑っていることに気づかれたのではと思う。が、沙穂子にはそのような様子はなかった。
「相原さんは満太郎様の健康管理のために雇ったんですもの。満太郎さんのお世話をお願いしても悪くないかと思うの。相原さん、お願いしてもいいかしら?」
「私は構いませんが…。」
答えながら琴子はおつねを見た。どうもおつねは自分を敵視している。
「お嬢様がそこまでおっしゃるならば。」
おつねは渋々といった様子で受け入れたのであった。



夕食前に琴子は新しい担当になったことを満太郎に挨拶へと出向いた。
「あんたもろくな目に遭わないな。」満太郎は苦笑して琴子を迎えた。「こんな怪しい男の世話なんてさ。」
「いえ、そんなことは。満太郎様のお心が楽になれるお手伝いができればと思います。何でもお申し付けくださいね。」
「看護婦の免許が泣くだろうよ、女中のようなことになって。」
「女中さんはご主人のために、看護婦は患者さんのために、相手のために働くことは同じです。」
きっぱりと告げる琴子の態度は満太郎にとって清々しいものであった。この娘がどうして看護婦になったのか、いつか聞いてみようと思った。不思議なことだ、記憶を失ってから流れに身を任せるように生きてきたのに、こんなに他人に興味を持つとは。なぜだか理由は分からないが。

「ではよろしく…うぐっ。」
また琴子の口に満太郎が何かを突っ込んだ。
「…甘い。」
満太郎がクッキーを乗せた皿を琴子へ見せた。沙穂子が持ってきた物を後で食べると残しておいたものである。
「このクッキーもあんたに食べてもらった方が幸せだと思ってね。」
今度は琴子が「ぷっ」と噴き出す番だった。それを見て満太郎はクッキーを残しておいてよかったと思った。





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ですよね~♪

やっぱりというかなんというか。。。
やっぱり直樹が自分の心の内をすべてされけ出せるのは
琴子だけなんですよね。
沙穂子さんには悪いけど(←どこから目線の発言なんでしょう(笑))

記憶がなくても、結局直樹は琴子に安らぎや親しみ安さを一番に感じるんですよね。
うんうん、わかるわぁ。
ずっと幼いころから琴子のことを愛おしく思ってた直樹ですからね。。。

これから二人はどうなるんだろう?
何とか記憶を取り戻してくれればいいけど。
そして二人で入江のお家に帰れればいいのだけれど。
まだまだ目が離せませんわ!!
イジワル女中頭のおつねもどう出てくるかですしね!
はぁ~気になる~。

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癒しの琴子ちやん?

今晩は~連日の更新ありがとうございます今日のお話しは…入江君と言えばキュウリ、満太郎もキュウリが苦手なんですね。そんな満太郎はキュウリを琴子ちやんのお口に入れてるし、なんか…ほのぼのとしちゃいました(笑)記憶が無くっても自然と満太郎は琴子ちやんに癒されてるんですね?
結局琴子ちやんは満太郎の担当になったけど、出た~意地悪女中頭おつね…何で琴子ちやんを目の敵にするのか私には分かりません!頑張れ琴子ちやんおつねに負けるな!

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六華さん、ありがとうございます。

20から連続コメントありがとうございます!
そうそう、記憶がなくともどこか心が寄っていくんでしょうね。
沙穂子さんには悪いけどっていえ、わたしも書きながら同じこと思ってました。
「そこがあなたと琴子ちゃんとの違いなの」とかそれこそどこから目線(笑)
おつねも頑張って書きますよ。でも山葵ほどうまく書けないかもしれません。

ユメコさん、ありがとうございます。

21から連続コメントありがとうございます!
更新についてきて下さって嬉しいです。
満太郎とのやりとり、今のところは微笑ましいですよね。今後どうなるか謎ですが。
記憶なくとも通じるものがあるのでしょう。
琴子ちゃんが泣くことがないよう…いやどうなるか分からないけれどがんばります!

さなさん、ありがとうございます。

20から連続コメントありがとうございます!
満太郎もキュウリが苦手なんですよ。それで琴子ちゃん、まさしくドキドキしちゃうんです。
満太郎の癒しはやはり琴子ちゃんのようで。
おつねの意地悪に琴子ちゃんは耐えつつ、満太郎様に仕えていくことになりそうです。

こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

20から連続コメントありがとうございます!
黒いお嬢(笑)皆様この呼び方が定着しているのが笑えます。
なかなか積極的なお嬢様ですが、満太郎様は心が動く気配ないようで。
こっこ(*^^*)さんの癒しになるよう、更新早くできるよう頑張りますね!

よしぴぃさん、ありがとうございます。

20からの連続コメントありがとうございます!

うわ~直しました!!ありがとうございます、教えて下さって。
うっかり、うっかり(笑)
独占欲のかたまりの顔をオラオラ…想像しちゃいました!!そして手刀に滅菌消毒、紀子ママよりすごいですよ!!
満太郎、この名前は本当に自分でも笑えました(笑)ほのぼのとした感じで。でもその後「満州太郎」でもよかったかもと思ったり。姓は満州、名は太郎(笑)

満太郎は大泉家に家族以上なんて感情持ってませんって(笑)助けてくれた恩義は感じているでしょうけど。
○○の館って私、悪霊だと思ってました。あと地獄(笑)もしくは死神(笑)
とにかく人身売買から救ってくれたってことで温かい目で(棒読み)見てあげようかと思います。

何か?恩義?あるいは!いやな、予感を感じる、本当は、記憶喪失事態,満太郎の、うそ、演技なんじゃない?だから、琴子の、コトも?わかってるんじゃないかな?大泉の、おじいさんたちも、軟化?黒いものが、あるのかな?考えすぎかな。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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