日々草子 永遠に君を愛す 21

永遠に君を愛す 21






その洋館に琴子は懐かしさを感じた。かつて暮らしていた入江家の本邸も洋館だった。玄関ホールには紀子自慢のシャンデリアがきらめき、大階段で直樹からブローチをもらったことが懐かしい。
「…こちらに。」
琴子を案内しているのは、和服姿の初老の女性であった。女性はこの大泉家の女中頭だとのことである。

琴子が通されたのは応接間と思しき部屋であった。そこで琴子は暫く待つことになった。果たして雇ってもらえるのだろうか。ここが駄目だったら行くあてはない。考えるだけで緊張してくる。
やがて応接間の扉が開いた。琴子は立ち上がり入って来る人物を待った。

「お待たせしました。」
やって来たのは若い女性だった。肩までの髪を揺らし微笑んで琴子を見ている。その美しさに琴子は言葉が出なかった。
昔、裕樹がよく「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのが美人の条件なんだ。琴子には縁のない言葉だけど」とからかったものだが、まさしくその縁のない言葉がぴったりと当てはまる女性である。

「あの…?」
女性に声をかけられ琴子は我に返った。
「相原琴子と申します。西垣先生のご紹介で参りました。」
「西垣先生からご連絡は頂いております。」
そして「どうぞ、お座りに」と琴子に彼女は椅子をすすめた。
座りながら琴子は彼女の服装を見た。東京ではもうこのような洋服が流行り出しているのだろうか、戦時中とは打って変わった明るい色のワンピース。レースの襟が彼女の上品な顔だちを引き立て、共布で作られたベルトが細い腰にある。
「大泉沙穂子です。」
この家の女主人なのだろうか。大泉家ということしか聞いていない琴子だった。

「結構年配の方がいらっしゃると思っていたので驚きました。」彼女は優しく言った。「私と同じくらいの年齢ですわよね?」
もしや若いから不採用になってしまうのだろうか。
「あの、京城で西垣先生の元で様々な経験を積みました。」
琴子は必死になって言った。
「京城…まあ、外地にいらしたんですね。」
沙穂子はそこまでは西垣から聞いていなかったらしい。
「ならばますます私と同じだわ。」
「え?」
「私も昨年まで外地におりましたの。」
「そうなのですか?」
「ええ。私は上海でしたけれど。」
終戦直前に帰国して来たのだという。

「何だか相原さんとは通じるものがある気がするわ。ぜひお願いします。」
沙穂子は採用を告げた。が、傍にいた女中頭が「お嬢様」と顔色を変えた。
「大旦那様にお話しなくてよろしいのですか?」
「まあ、おつね。」
美しい眉を沙穂子は潜めた。
「おじい様はこの件は私に一任すると仰って下さったわ。」
「ですが…。」
おつねと呼ばれた女中頭は琴子をチラリと見た。おつねが心配するのも無理はないかもと琴子は思った。目の前の沙穂子に比べ、自分はセーターにもんぺである。この屋敷に相応しくないと思われても仕方ない。
「相原さんを私、とても気に入ってしまったのよ。」
「お嬢様…。」
「決まりよ、おつね。きっとあの方も安心して下さるわ。」
「あの方」?そういえば看護婦を住み込みで雇うというくらいなのだから患者がいるはず。てっきり琴子は沙穂子の祖父がそれかと思っていたが。
「よろしくお願いしますね、相原さん。」
沙穂子の一言で琴子は大泉家に雇われることになったのだった。



そのまま琴子は大泉家で暮らすことになった。
「女中は本来、二人部屋なのですが」と説明するのは女中頭のおつねである。この口ぶりからして看護婦は女中同様だと言いたいのだと琴子は分かった。
「こちらが相原さんの部屋です。」
使用人たちの住む一角の一部屋が琴子にあてがわれた。六畳一間の畳敷きの和室だった。小さな机と押入れだけの部屋である。
「最初に申し上げておきます。」
おつねが冷たく琴子を見下ろした。
「看護婦とはいえ大泉家に雇われた身であることを、くれぐれも忘れないよう。立場をわきまえて行動して下さい。」
おつねは本当ならば敬語も使いたくないのだろう。が、一応看護婦として雇われたことで女中とは別なのだという意味で使っているのだろうと琴子は思った。
「分かりました。よろしくお願いいたします。」
琴子が頭を下げるとおつねは部屋を出て行った。

琴子は窓を開けてみた。
「太陽は今あちらにあるから…西向き?」
呟いた時、紀子のことを思い出した。
―― 琴子ちゃんのお部屋は一番日当たりのいい、南向きのお部屋ですよ。
京城の家が懐かしい。本当に大切にしてもらったと思う。
「おば様…。」
電報の一つでも打てたらと琴子は思った。落ち着いたらそうしよう。

暫く休んでいると、部屋の戸が叩かれた。
「お嬢様がお呼びです。」
おつね直々の迎えであった。

「相原さんにお願いする患者さんに早速会ってもらおうと思って。」
患者の部屋に案内する前にまずは説明をと沙穂子は居間で話を始めた。
「寝たきりでいらっしゃるのですか?」
住み込みの看護婦を要したのだからとそうだろうと思っていた琴子であるが、これに沙穂子は「いいえ」と首を振った。
「動き回ることはできるわ。会話も大丈夫。見た目は元気よ。」
「そう仰いますと…。」
「記憶喪失なの。」
「記憶喪失…。」
「ええ。」
そして沙穂子は詳しい説明を始めた。
終戦間近だった昭和20年7月のこと。上海で暮らしていた沙穂子とその祖父の元に中国人がその人物を連れて来たのだった。中国人はその人物を高く売りつけようとした。そういった人身売買を沙穂子の祖父は嫌悪していたので断ろうとしたのだが、日本人であることを知り助けてやるつもりで金を払い引き取ったのだという。
「すっかり衰弱していて。元気になったらおじい様はどこかへ預けるつもりだったのだけど、話ができるようになったらとても聡明であることが分かったの。元はきちんと学問を身につけた方だったのね。それでおじい様、事業を教えていくことを考えて日本までお連れしたの。」
そして沙穂子は、はにかみながら琴子に囁いた。
「おじい様ったら、私の旦那様にその方をと考えているのよ。それくらいあの方に入れ込んでいるの。」
そう話す沙穂子であったが、顔を見ると沙穂子もどうやらその話に乗り気のようだと言うことが琴子に分かった。
体は回復したが記憶がないためか時折頭痛を訴えたり気分を悪くしたりすることがあるのだという。それで西垣に主治医となってもらったが、念のために看護婦を住み込みで雇うことにしたということだった。

「分かりました。精一杯お世話させていただきます。」
「ありがとう。」
「お嬢様の将来の旦那様になる方ですし。」
「やだ、相原さんたら。」
琴子に口ではそう言いつつ、やはり沙穂子は嬉しそうである。自分も苦労をしただけに琴子はその患者のために全力を尽くしたいと思った。
「患者さんのお名前は何と仰るのでしょうか?」と聞いて琴子は「すみません」とすぐに謝った。記憶がないなら名前も思い出せていないはず。
「名前がないと不便でしょう?おじい様が“満太郎”という名前をつけたのよ。」
「満太郎様。」
「ええ。その中国人は彼を満州で見つけたということから。満州で見つけたから満州の太郎ということで満太郎さん。」
「満州」という言葉に琴子の心臓が跳ねあがった。満州…満州で…記憶…いやそんなことあるわけがない。



付いてこようとするおつねをそのままにし、沙穂子は琴子を連れ二階へと向かった。
「沙穂子です。」
ノックして沙穂子はドアを開け琴子にも続くよう促した。

その部屋は洋室で琴子にあてがわれた部屋の何倍も広かった。立派な机が窓際に置かれているのがまず目に入った。
「今度うちで雇うことになった看護婦さんをお連れしましたのよ。こちら、相原さん。」
「相原琴子と申します。」
そう挨拶した琴子の目が大きく見開かれた。驚きのあまり「よろしくお願いします」と続けるつもりだった言葉が出て来ない。
―― 直樹…坊ちゃん?
本を読んでいた満太郎がゆっくりと振り返ったその顔は、直樹そっくりだったのである。





☆☆☆
はい、皆様お待ちかねのレディ、登場~!!



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満太郎?直樹なの?

き~た~!!

ついについに!
来ましたね!!
いや~、沙穂子お嬢様が出てきて直樹が出てこないはずがない。
どーなるのどーなるの!?
どきどきするわ~。
記憶喪失。直樹はかなりつらい目にあったんでしょうね。。。
でも、琴子が渡したお守りが効いて命は助かったんですよね!
さぁ、役者は出そろった!
次も楽しみにしてます~!!

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エ~

出た~大泉家と言ったら沙穂子お嬢様…中々のお嬢様見たいですね?それに…何処にも居る意地悪そうな女中頭おつね、と琴子ちゃんは大変になりそうですね…それにお世話をする人は…なんと!記憶を無くしてて、入江君にソックリなんて…ビックリするよね~
琴子ちゃん、これからどうなるんだろう…心配です。

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なおちゃんさん、ありがとうございます。

20から連続でコメントありがとうございます。
満太郎=直樹かどうかはお楽しみにして下さいね!!
そして過去作へのコメントをありがとうございます!
このブログの記念すべき第一作も読み返して下さってとても嬉しいです。
コメント頂いた時どの話かと思ってみたらびっくりしました!!
フランダースの犬は私も未だに泣いちゃいます!!

ナッキーさん、ありがとうございます。

ドン(笑)会長がドン(笑)とうとうそこまでいきましたか!!
も~なんだかんだと皆さん、お嬢を楽しみに待っていたんでしょう?と私は問いたいくらいですが(笑)
確かに満太郎さん、罪な男ですよね。記憶喪失の割りには二人にモテモテで。

ちゃとらさん、はじめまして!

はじめまして。コメントありがとうございます。
よくこちらを見つけて、読んで下さいました!とても嬉しいです。
ツンデレはまさしく入江くんの代名詞、ツンデレの代表選手ですもんね。
さかのぼると、とんでもないストーリーばかりでお恥ずかしいのですが、ぜひともご縁を大切にしたいと思っています。
これからもよろしくお願いします!

海さん、ありがとうございます。

そうですよね~^^;戦争→戦死→記憶喪失といったらその作品ですよね…お恥ずかしいです!!

葉月綾乃さん、ありがとうございます。

そうそう、記憶喪失と考えてた方は多いです(笑)
大泉家はやっぱり登場させないと。このお宅を出すだけでインパクトが大きくなって盛り上がりが違うもので(笑)
心臓に悪いとまでドキドキして下さって嬉しいですよ!今後も葉月さんの心臓をドキドキさせたいと思います!

佑さん、ありがとうございます。

20からの連続コメントありがとうございます。
大泉家を待ち望んでいて下さったようで(笑)
なんだかんだ、皆さん結構待っていたような気がするのは私だけでしょうか。
そうそう、そっち系のストーリーに。どうしてもそうなってしまいます!!

sanaさん、ありがとうございます。

20からの連続コメントありがとうございます。
小出しに慣れていない(笑)確かに、私も連載物は読むのが先が怖いというのがあります。
琴子ちゃん、神様はきっと見守っていてくれますよ!!
sanaさんの心臓をそんなに乱さないよう頑張ります!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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