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2014.12.01 (Mon)

永遠に君を愛す 19


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「よしよし、ちょっと我慢してくれよ。」
小屋の中の鶏たちに話しかけながら裕樹は手早く産み落とされた卵を集め、ザルに入れた。
「来たばかりの時に比べて、動きが早くなったとね。」
祖父の言葉に裕樹は笑顔になった。
「畑に行くの?」
「ああ。」
「じゃあ僕も行くよ。」
裕樹は廊下に卵を置くと、祖父の後を追いかけた。

「鍬の使い方も上手になったとね。」
額に汗をうっすらとにじませている裕樹を祖父が褒めた。
「最後に会った時はまだこんな小さかったけんね。」
自分の腰の高さに手をやった祖父がふと漏らした。
「入江の家はお前しかおらんごつけんね…。」

あの船が沈没した夜、裕樹たちの乗った救命ボートはしばらくしてからアメリカ軍の船に救出された。
再び釜山に引き返した裕樹たちは後の船に乗り込むことができ、博多を経由して佐賀の紀子の実家に文字通り、命からがら到着したのだった。
もう何も心配することはない、ここは食べ物だけなら豊富にあると言われた紀子は安心したのか、今までの疲れが一気に出て床に伏せってしまった。いや疲れが出たというよりも琴子を途中で失ったことの辛さが大きかったのだろう。

直樹の戦死と琴子の不遇を聞いた祖父母は言葉を失ったが、とにかく紀子の体力回復と裕樹と重樹を食べさせることに気持ちを集中させることだけを考えることにした。裕樹も祖父を手伝い農作業に従事するようになっていた。
重樹は佐賀にゆっくりと滞在することなく、東京に戻っていた。東京は焼け野原で何もない、進駐軍が好き放題しているという噂を聞いていた祖父母たちは止めたのだが、入江商会は残っているし社員もいる。彼らを守ることが経営者としての務めだと重樹は言い張った。
祖父から持たされた食料を背中に背負った重樹を駅で見送った裕樹は、父の表情から経営者としての心構えを教わったような気がした。



井戸で顔と手を洗い、裕樹は庭から紀子が静養している部屋へと回った。
「母様、開けるよ。」
縁側から上がり障子を開けると「ああ…」と紀子が布団の上で顔を裕樹に向けた。
「畑仕事を手伝ってくれたのね。」
起き上がろうとする母を「無理はしないで」と裕樹が止める。
「大丈夫ですよ、今日は気分がいいから。」
それならと裕樹は傍の半纏を紀子の肩にかけた。食料事情のいい所に移って一ヶ月経とうというのに、未だ紀子の体は痩せたままである。
「今夜は鶏鍋にしようっておじい様が言ってたよ。」
「まあまあ、ごちそうだこと。楽しみね。」
そう笑う紀子であるが、おそらくろくに食べないことは裕樹に分かっていた。
「外も大分暖かくなったみたいね。」
「うん。ほら、梅も咲き始めた。」
裕樹が障子を開け庭を見せると、「あら本当に」と紀子が明るい声を出した。
「梅…京城のお家の近くにも咲いているところがあったわね。」
紀子の視線は庭の梅を通り越していた。
「琴子ちゃんが“おば様、今年も梅が咲きました”って報告してくれて…うっ。」紀子は声をつまらせた。「ああ、琴子ちゃん…琴子ちゃんも梅が好きだったのに。」
「母様…。」
裕樹は母の丸まった背中を擦る。事あるごとに琴子を紀子は思い出す。いや紀子だけでなく裕樹も同じだった。
「どうしてあんなことに。お兄ちゃまが寂しくて琴子ちゃんを連れて行ってしまったの?」
「そんなことないって。」裕樹は否定した。「琴子は生きてるよ、きっと。あいつはしぶといから。」
「そうね…そう思いたいわ。」
紀子は部屋の隅に目をやった。そこには直樹の遺骨が安置されていた。直樹はあのような形になったから認めざるを得ないが、琴子はあきらめきれない。
「ごめんなさいね、裕樹のためにも早く元気にならないと。」
「大丈夫だよ。今まで大変だったんだからゆっくり休んで。」
ここは紀子が生まれ育った家だ。安心して休んでほしいと裕樹は願う。
「桜が咲く頃には東京でまた暮らせるようにするってお父様が仰っていたわね。」
「うん、そうだね。」
「裕樹も今年は中学生だものね。」
戦争が終わり学校も再開されている。新しい学制になるという話もあるが裕樹が中学生になるということは間違いない。
「制服も作らないといけないし、忙しくなるわ。」
裕樹の将来をあれこれ考えるのが、今の紀子にとっての唯一の慰めだった。



東京は何もなくなっていた。それでも焼け野原の中にトタン屋根の家がポツポツと建っていた。
入江邸のあった場所の周りもそのような感じであったが、屋敷を囲んでいた塀は所々残っておりそれが当時の面影を残す唯一なものとなっていた。
「随分と変わったものだな。」
表札もない、半分崩れてしまった門柱をポンポンと叩きながら重樹は呟いた。あの広大な屋敷はあとかたもない。
しかし家は焼けてしまったが会社は幸い残っている。日本に残していた重役を始めとする従業員たちが頑張って守ってくれた。
「春までには家族で暮らせる家を建てて、そこから裕樹を学校に通わせないとな。」
一人残った裕樹の将来、それが重樹の僅かな希望だった。



「あんなに立派なお屋敷だったのに…。」
重樹が車で去った一時間後、同じ場所に立つ人間がいた。
分かってはいたものの、こうして現実を見るまでは信じられなかった。暫く呆然と見ていた後、静かに歩き出した。ここにこうしていてもどうしようもない。これからどうやって生きて行くか考えねばならなかった。

少し歩くと人がにぎやかに集まっている場所に出た。そこは闇市だった。食料、生活用品、様々な物を売る大きな声が聞こえる。
「…高い!!」
その値段の高さに目を見張るしかなかった。あまりに高すぎる。財布にはあまりお金はない。しかし空腹には耐えられず、うどんを買った。
「温かい…。」
味は今まで食べてきた物より明らかに劣ったが空腹は満たされた。あっという間に食べ終わり闇市を出た。
これからどうやって生きていけばいいのか。途方に暮れる。道端に立ち止まって溜息をついた時、体に衝撃が走った。
「ちょっと、何をするの!」
肩から下げていた鞄が引っ張られていた。しかもそれをしているのが子供だったことに更に驚く。
「離して!」
子供とはいえかなりの力。しかしそこは渾身の力を振り絞り鞄を死守した。子供は舌を鳴らすとすぐに去って行った。逃げて行く背中を見ながらあんな子供がひったくりをするなんてと茫然と立ち尽くす。
この一件で戦争が終わったとはいえ油断できない世の中なのだということを身をもって知った。奪われかけた鞄の蓋を開けた。蓋の裏側には小さなブローチが光っている。
「…これは当分、表に出すわけにいかないな。」
ブローチを撫でて…琴子は世間の波にもまれることを覚悟した。



あの冬の海に放り出された時、琴子はもう駄目だと思った。このまま海の底に沈んで直樹が迎えに来てくれるのを待つことになるのか。そう思った琴子だが生きたいという本能が動かしたのだろう、自然とその手は海面に出された。
そして手が何かに当たった。琴子は顔を出した。それは船から投げ出された木箱だった。ひっくり返って浮いている。琴子は必死でそれにつかまった。
冷たい北風に凍りつく水温。歯がガチガチと鳴ったが木箱から手を離したら今度こそおしまいである。琴子は必死で耐えた。
どれほどそうしていただろうか?
「Are you OK?」という英語と共に明かりが琴子に近づいてきた。突然暗闇に現れた眩しさに驚いていると、目の前に救命ボートに乗ったアメリカ人がいた。アメリカ人は琴子を見るとすぐにボートに引き上げた。見回すとそうして助けられた人間が既にボートにいた。
助かった…琴子の体から力が抜けて行った。



琴子は知らなかったが、琴子たちを助けた船はアメリカの輸送船で、先に重樹たちを助けた船とは違う船であった。救命ボートから船に移され琴子たちは釜山へと戻った。
が、問題はそこからだった。海から助けられたものの、重樹たちはどこにいるのだろうか。自分と同様釜山へ連れ戻されたのか。それともどこかの船で日本へ向かったのか。ごったえ返す港で探し出すことは不可能だった。
そうなると一人で日本へ帰る方法を考えねばならない。次の船に乗り込もうとしても切符がなくてはだめだった。
どうすればいいのか…途方に暮れかけた時、琴子の耳にある声が聞こえた。
「この船は患者を日本へ移送するための船だ!」
患者という言葉に琴子は振り返った。担架に乗せられた患者が船へ運ばれて行くのが見えた。付き添っている女性たちもいる。
「もしかしたら」と琴子はそちらへと急いだ。
「どけ!これは患者移送の船だ!」
「私、看護婦です!」
琴子の言葉に怒鳴っていた係の口が止まった。それを見て琴子は鞄の中から油紙に包んだものを出した。急いで油紙を外す。
「これ、看護婦免許状です。看護婦です、人手が足りないのではありませんか?」
「それは…そうだが。」
「患者さんのお世話をさせて下さい。こんなにたくさんの患者さんがいるんですから看護婦の数も多い方がいいでしょう?」
「そうだが…」と言い淀む係の後ろを通った女が叫んだ。
「人手はいくらあってもいいわ、乗りなさい!」
気が変わらない内にと琴子は船に乗り込んだのだった。

勿論、琴子は看護婦として船内で忙しく動き回った。
「もうすぐ日本ですよ。」「もうちょっと我慢して下さい。」何度も患者に声をかけて回った。それは自分にも言い聞かせていたと思う。
ようやく落ち着いた船室の片隅で琴子は鞄を開けた。看護婦免許状と一緒に油紙に包んでいたもう一つのものを取り出した。それは直樹が残した手紙だった。
京城の家を離れる時、紀子が大事な物は油紙に包んでおくようにと言ってくれた。それが功を奏した。免許状が無事だったため、こうして日本へ帰れる。そしてそれは直樹が導いてくれたのだと琴子は信じていた。直樹が手に職をつけた方がいいと看護婦になることに協力してくれたからだ。
「直樹坊ちゃん…おば様…本当にありがとうございます。」
免許状と手紙をまた大事に油紙にくるんで琴子は鞄にしまったのだった。

やがて船は博多港に到着した。琴子は看護婦として乗せてもらった以上患者が次の病院へ到着するまで見届けることにしていた。そしてそのまましばらく博多の病院で働いていたのだった。
働いたといっても無給も同然であった。患者が落ち着いたのを見届け琴子はそこを離れた。

重樹たちは博多から佐賀の紀子の実家へ行くと言っていた。琴子もそこの住所を聞いていたので目指すことにした。が、年が変わったとはいえ戦後の混乱は続いており駅も汽車も鮨詰め状態。どういうわけか琴子は佐賀ではなく東京まで運ばれてしまったのだった――。






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 |  2014.12.01(Mon) 23:00 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.12.01(Mon) 23:12 |   |  【コメント編集】

★ほっと一安心。

とりあえず琴子ちゃんが無事でよかった~!!
でも、なかなか大変なことになってるんだね。。。
東京へ行ってしまったんなら何とか入江パパと
合流できるといいけど。
まだまだ何かが起こりそうな予感が・・・。
それに直樹のことも。

どうかどうか、琴子ちゃんに幸せな未来が来ますように!!
六華 |  2014.12.02(Tue) 00:52 |  URL |  【コメント編集】

★良かった~

良かった~琴子ちゃん生きてた~(;_;)入江お母さんは琴子ちゃんを亡くしたショックで寝込んじゃってるし…無理もないですね、一方裕樹君は中学生になるんですね、お祖父さんのお手伝いをして偉いですね。
命からがらどうにか琴子ちゃんは日本に帰って来たけど、これから色々有りそうですね?早く入江お父さんに会えると良いけど、頑張れ琴子ちゃん!
さな |  2014.12.02(Tue) 02:37 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.12.02(Tue) 03:09 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.12.02(Tue) 07:22 |   |  【コメント編集】

琴子ちゃん、無事だったんだね、とりあえず、よかった、看護師に、なった、おかげで、日本、に、行く、船にも、乗れたんだね、もちろん、彼女の、努力も、あるけど、きっと、直樹と、直樹の両親の、おかげもあるよね、琴子ちゃん、東京に、行ってしまってからの、お話かね、今度は。
なおちゃん |  2014.12.02(Tue) 11:21 |  URL |  【コメント編集】

★ユメコさん、ありがとうございます。

生きてましたよ~琴子ちゃん、主人公は死なず!!
入江家と再会できる日が来るのかどうか…。
これからまだ苦労が続きそうな気配ですけれど、どうぞ琴子ちゃんの奮闘を応援してあげて下さい!
更新、頑張ります!
水玉 |  2014.12.02(Tue) 14:51 |  URL |  【コメント編集】

★こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

本当に再会できればいいですよね。
まあこのすれ違いがまたもどかしくて…と書いているうちは言えますが、読み手だったら「じれったい!!」と苛々してそうです(笑)
紀子ママを元気づけることもしてあげたいですよね…琴子ちゃんの生存確認だけでもできればいいのにと私も思います。
水玉 |  2014.12.02(Tue) 14:53 |  URL |  【コメント編集】

★六華さん、ありがとうございます。

琴子ちゃん無事でしたよ~!!
でも本当に大変で。焼け野原に一人残されている状態、しかも女の子!
狙われなければいいけれど…。
入江パパと合流できる日が来るのか。入江くんの出番はこのままなく、フェードアウトして行く運命なのか(笑)
その辺もどうぞ見守って下さいね!!
水玉 |  2014.12.02(Tue) 14:55 |  URL |  【コメント編集】

★さなさん、ありがとうございます。

あんな過酷な引き揚げ、そして息子と娘を一度に失ってみれば倒れるのも無理はないかと。
裕樹くんが一生懸命お母さんを励ましてます。健気だわ~今回の裕樹くん(笑)
琴子ちゃんも日本に帰ってこれて。
頑張れ琴子ちゃんと私も応援します!
水玉 |  2014.12.02(Tue) 14:56 |  URL |  【コメント編集】

★よしぴぃさん、ありがとうございます。

いやいや突っ込めない突っ込めない(笑)
書きながら「タイタニックか」と私自身が突っ込んでましたから。そういえばヒロインは板に浮かんでましたね。そうなんです、ここで看護婦になったことが生かされて!
入江くんが自分のために考えてくれたことを実践して頑張る琴子ちゃん。入江くんへの愛です~。
そうですね、その愛もそこまではしてくれなかったみたいで(笑)確かに方向音痴が原因だったかも!
でも琴子ちゃんのような小柄な子は押せ押せと流れに逆らえなかったのかもしれません。
水玉 |  2014.12.02(Tue) 15:04 |  URL |  【コメント編集】

★佑さん、ありがとうございます。

お!連続でコメント懐かしいです、ありがとうございます!
そうですね、とにかく主人公が生きていないと(笑)
イリコト両方欠いたままで私もどうやって話を進めていいか分からないですし。
言霊って~(笑)
水玉 |  2014.12.02(Tue) 15:05 |  URL |  【コメント編集】

★なおちゃんさん、ありがとうございます。

無事でしたよ~!!
本当に看護婦になったおかげで船に乗れたし。そうです、琴子ちゃんの努力はもちろんのこと、道を開いてくれた入江くんと色々考えてくれた紀子ママのおかげでもありますよね。
はい、その通りで、東京編?です(笑)
水玉 |  2014.12.02(Tue) 15:06 |  URL |  【コメント編集】

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