日々草子 女帝君臨 上

女帝君臨 上






「ええ!また喧嘩したんですって!」
外出から戻ったイーリエ公爵家の家政婦ノーリー夫人は呆れた目を当主のいる書斎へ向けた。
「理由は何なの?どうせナオキヴィッチ様がコトリーナちゃんをいじめたんでしょう?」
「それが…。」
ノーリー夫人のよき片腕となっているメイドのモッティが説明を始める。
「奥様がそれはおいしそうに桃缶を召し上がっておいでだったんです。」
「コトリーナちゃんは桃缶が好きですからね。」
「それをご覧になった旦那様が“天高く猿肥える秋、いや冬か”と仰いまして。」
「女の子に何を言ってるの、あの人は!」
ドカンとノーリー夫人が怒りを爆発させる。
「はい。当然奥様もカンカンに。」
「当たり前だわ。」
「それで奥様も言い返されて。」
「何て?」
「“でしたら太っていないきれいな人間の方と遊んできたら?”って。ほら、数日前、旦那様がユーコー嬢と話しこんでお帰りが遅くなったでしょう?」
「ああ、あのケバイ姉妹の片割れね。」
ユーコー嬢は知識豊富な才色兼備と謳われる令嬢であった。独身時代よりナオキヴィッチと付き合いがあり、この間も偶然顔を合わせ話が弾んでナオキヴィッチは帰りが遅くなったのである。
「そして奥様は“お邪魔しないよう、私とジュゲムちゃんは実家に戻ってますから”って。」
「んまあ!!」
典型的な夫婦喧嘩である。
「それで?まさかコトリーナちゃんはジュゲムちゃんを連れて?」
「戻るのも無理はないんです。」
執事のシップが話に入って来た。


************
一度部屋へ引っ込んだコトリーナは、その手にジュゲムの外出着を準備して一階へ下りてきた。
「モッティさん、申し訳ないのだけどジュゲムちゃんに仕度をお願いできて?お庭で遊んでいるはずだから。」
「奥様、でも…。」
「ちょっと待て。」
ナオキヴィッチが冷たい声でコトリーナの行動を止めた。
「ジュゲムを連れて行くことは許可できない。」
「どうして?」
こちらも負けじとコトリーナがナオキヴィッチを睨んだ。
「ジュゲムはうちの…いやイーリエ公爵家の跡取りだからに決まっているだろ。」
このナオキヴィッチの発言にシップとモッティがムンクの叫びのような顔をした。
「旦那様、日頃そんなことを仰らないのに!」
「よりによって今仰いますか!」
そして夫の発言にコトリーナの顔も怒りで真っ赤になった。
「ああ、そうですか!結局先生は公爵家の跡取りが重要なのね!何よ、私と結婚したのは跡取りが欲しかっただけでしょう?」
「跡取りが欲しくてお前と結婚?」
ナオキヴィッチは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「跡取り目的だったらもっと相手を選ぶぜ。」
コトリーナの胸にある榛名山、いや違う、頭の活火山が大噴火を起こした。
「先生なんて大嫌い!だったら綺麗なお嬢様に別の跡取りを産んでもらえばいいじゃない!」
こうしてコトリーナはジュゲムの手を引き、家を出て行ってしまったのである。

************

「…怒るの当たり前だわ。」
話を聞き終えたノーリー夫人は額に手をやり座り込んだ。
「ええ、僕もそう思います。」
「売り言葉に買い言葉なんでしょうけど。」
「それで、お馬鹿な公爵様は?」
「ずっと書斎に籠りっきりです。」
するとノーリー夫人は足音を立てて階段へと上がっていく。それを見たシップとモッティはそれぞれ耳栓をしてこれから起こることに備えた。
「今すぐ可愛い嫁と息子をつれ戻していらっしゃい、この大馬鹿公爵野郎!!」
二人の耳栓はノーリー夫人の大声に全く役に立たなかった――。



「ほう、ここが奥様の故郷のエフ村ですか。」
始めて来たシップは興味深そうに周囲を見回す。
「のどかな所ですね。都会とは違っていい感じです。」
「…何も知らない奴にはな。」
「え?」
「…もうすぐシップさんもエフ村式の歓迎を受けますよ。」
「は?」
ナオキヴィッチとモッティが何を言っているのか理解できないまま、シップは二人の後を追いかけて歩き始めた。



「ほうら、来た。」
十分ほど歩くと、前方より若い女性二人がやって来た。
「お知り合いですか?」
「俺たちを歓迎する先鋒ってところだ。」
若い女性はナオキヴィッチたちの前で足を止めた。
「…出た!」
化け物を見るような目つきをするのはコトリーナの友人、サティとジーンである。
「…今日は男も連れてるっぺ!」
「見境のない男だっぺ!」
そしてサティとジーンは「あっかんべー」と舌を出して来た道を走って行った。

「歓迎…じゃないですよね?」
しかもこのエフ村はナオキヴィッチの領地でもあるはず。領民が領主にあのような態度を取っていいのかとシップは目と耳を疑った。
「ここは身分など関係ない村だ。」
「そうそう、フリーダムな村なんです。」
すっかり慣れた様子のナオキヴィッチとモッティにシップはカルチャーショックを隠しきれなかった。



村の中心部に入ると子供たちがはしゃいでいた。
「旦那様、あそこにいるのは!」
シップが示す先には小さな男の子が子供たちの中心にいた。ジュゲムではないか。
「ジュゲム、面白い所へ連れていってやるっぺ。」
「わあ!どこずら?」
ジュゲムの口から飛び出た言葉にナオキヴィッチは目を丸くした。
「おらたちが作った秘密基地だっぺ。ジュゲムに教えてやるずらよ。」
「嬉しいだっぺ!早く行くっぺ!」
ジュゲムたちは楽しそうに走って行く。
「子供の環境適応力ってすごいですねえ…。」
すっかりエフ村の言葉になっていたジュゲムにモッティは溜息をついた。
「どこから見ても村の子ですよ。」
シップも感心している。が、ナオキヴィッチの眉間には皺が刻まれ、
「…フン、行くぞ。」
とコトリーナの実家へと向った。



「旦那様、あの人だかりは一体?」
コトリーナの実家の周囲には人だかりが出来ていた。しかもそれは全員男である。
そして輪の中にいるのはコトリーナであった。
「コトリーナ、花束を持ってきたっぺ。」
「まあ、きれい。ありがとう。」
「コトリーナ、あんパンだっぺ。つぶあんずらよ。」
「わあ、大好きなの!」
「コトリーナ、肩をもんでやろうかいの。」
「ありがと、キーン。」
都会帰りのコトリーナに村中の独身男が集まっているのである。そして彼らをまとめているのはコトリーナの幼馴染であるキーンだった。
「…そういえば高崎山も女帝が現れてボス猿に毛づくろいさせているって言ってたな。」
「旦那様、そういうこと言うからややこしくなるんですよ!」
「ふん!ったくここはやっぱり高崎山だ。」
シップがナオキヴィッチの口を塞いだが、ナオキヴィッチはそれを乱暴に払いのけた。
「おい、シップ。お前の頭脳を使ってコトリーナにたかっている男たちの名前を覚えておけ。」
「何のためにでしょう?」
「あいつらに重税を課すためだよ!」
「旦那様、お顔が悪徳貴族に!」
公爵の権力をこのような所に使う気なんて、ああ、嫉妬とはげに恐ろしきもの。モッティとシップはそれを改めて感じたのだった。



「…ほう、今回は三人でお越しずら?」
騒ぎを見物している三人の背後から声が聞こえた。
「シゲオ様!」
「義父上!」
農作業から帰って来たシゲオが鍬をかついで三人を見ていた。
「何ね?シッププレイを見せるために三人で来たっぺ?」
「シッププレイ?僕が何をプレイするのですか?」
「とぼけるんじゃなかと!このカマトトが!」
「カマトト?それはモッティさんのこと…痛い!」
モッティに嫌というほど足を踏まれたシップはピョコピョコ飛び跳ねた。



「え!ここに泊るのですか?」
今夜の宿泊先がアイハーラ家の馬小屋だということを知ったシップは愕然となった。
「そりゃあ確かにアイハーラ家に泊めてもらえないと分かっておりますが…宿屋は?」
「この村に宿屋はない。」
そして今夜も慣れた様子で藁のベッドを作るナオキヴィッチ。モッティも二度目ということで動きが早かった。
「あの、食事は…。」
「そんなもんあるわけないでしょう。」
世話好きなモッティが仕方なくシップの分の藁のベッドを作る。
「おい、ここの家主に挨拶しておけよ。」
「家主?」
ナオキヴィッチが顎を動かした先には馬のトンブリ号が「ヒヒーン」と声を上げていた。
「ど、どうも。シップです。今夜はお世話になります…。」
シップは礼儀正しくトンブリ号に挨拶をした。


三人が寝ようとした時、馬小屋の戸がカタンと音を立てて開いた。姿を見せたのはジュゲムだった。
「ジュゲム!」
まさか来てくれるとは思っていなかったナオキヴィッチは優しい顔になった。
「かあたまが…。」
ジュゲムは小さな手にあんぱんを三つ下げていた。
「ああ、助かった!!」
シップとモッティが大喜びであんぱんをかじる。が、甘い物が苦手なナオキヴィッチは眉を潜めながらそれをちびちびと食べていた。

「ジュゲム、とうたまにお休みのキスは?」
ナオキヴィッチは頬を息子へ突き出した。するとジュゲムは口を両手で隠した。
「かあたまがしちゃだめって。」
ジュゲムは次にモッティたちの所へ歩いて行った。
「でもモッタンとチップタンにはキスしていいって。」
そして可愛く「おやすみなさい、モッタン」「おやすみなさい、チップタン」とキスをして回り「ばいばい」とジュゲムは馬小屋を出て行った。
「だ、旦那様…。」
「その…何と申し上げればいいのか。」
息子からキスを拒まれたナオキヴィッチに掛ける言葉が二人には見つからなかった。



「さ、お着替えしてねんねの時間ですよ。」
アイハーラ家の二階でコトリーナはジュゲムに着替えをさせていた。
「かあたま…。」
「なあに?」
「ジュゲム…とうたまにキスしたかったなあ。」
息子の悲しそうな声にコトリーナの顔も曇った。
「ごめんね、ジュゲムちゃん。」
自分のせいでこんな小さな子の胸を痛めつけてしまっている。コトリーナはジュゲムに申し訳なかった。
「かあたまがしてあげるから。」
と、コトリーナはジュゲムの頬にキスをしてベッドへ入れる。それでもジュゲムの顔は晴れない。
「いつもとうたま、ご本読んでくれるのに…。」
どんなに忙しくてもナオキヴィッチはジュゲムへ本を読む時間は作っていた。
「…かあたまが読んであげます。」
窓の下の馬小屋にチラリと目をやりカーテンを閉めると、ジュゲムのための本を選んでコトリーナはベッドへ向かったのだった。




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今晩は~私の美しい貴婦人シリーズは私の大好きなお話です。続編凄く嬉しいです(*^_^*)
相変わらずナオキヴィッチは口が悪いですね、コトリーナが怒るのも無理は無いです…ノーリー婦人に雷落とされ、渋々迎えに行ってるけどナオキヴィッチは仲直りする切っ掛けが欲しかったんじゃないかな?そして…相変わらずなF村の人々達に、ナオキヴィッチは怒り心頭だし、可愛いジュゲムちゃんは村の子達とすっかり仲良しだし、言葉も訛っちゃってたし、ナオキヴィッチには、踏んだり蹴ったりですね(笑)
またしても泊まる場所は馬小屋…流石ナオキヴィッチは馴れてて私は笑っちゃいました(笑)
ジュゲムちゃんにお休みのキスをしてくれず、他の二人にはお休みのキスをしてて、ナオキヴィッチはかなりショックを受けてましたね(笑)

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さなさん、ありがとうございます。

大好きと仰っていただけて嬉しいです。ありがとうございます!
本当にナオキヴィッチはいくつになっても口が悪く奥様を怒らせたばかりで。
でも一応迎えに行くところは偉いですけど。
馬小屋宿泊にもすっかり慣れてプロ状態ですしね(笑)ジュゲムちゃんに拒まれたことはかなりショックだったのではと思います。

おばっちさん、ありがとうございます。

こちらも大好きとのお言葉、ありがとうございます。
すっかりご無沙汰になってしまって。
ジュゲムちゃん、可愛いですか!嬉しいです。

紀子ママさん、ありがとうございます。

あのコメントを見た時からネタが浮かびましたとも!!
しかしさすが高崎山、ネタ豊富ですよね~(笑)猿の世界もとうとう女性進出ですか!ボスになるニュースが待ち遠しいです。
エフ村、治外法権ですよね。領主なんて知ったことない、村人をいじめる人間は敵なんでしょう。
さすがのナオキヴィッチ様も困っていることだと思います。

まあちさん、ありがとうございます。

モッタン、チップタンという呼び方は私も可愛くて気に入っています。
そうなんですか。それでまあちさんは身近に感じて下さっているんですね。
ありがとうございます!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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