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2014.11.18 (Tue)

永遠に君を愛す 16


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晴れて看護婦になった琴子の勤務先は家から遠くない診療所であった。帝大附属病院は希望者が多かったこと、琴子の在学時の成績では入れなかったことから無理だった。
が、琴子はあまりショックは受けていなかった。附属病院だと夜勤がありどうしても家を空けることが多くなる。入院患者のいない診療所であれば夕方に帰宅できる。これには紀子が喜んでいた。直樹がいなくなった今、紀子が琴子を頼りにしていることは明らかだったし、紀子を支えたいと思っていた琴子にもこの勤務は好都合であった。

「やれやれ、患者も落ち着いたか。」
朝から殺到していた患者が落ち着いたのはもう昼も大分過ぎていた頃だった。
「お疲れ様です、西垣先生。」
この診療所の医師は西垣という直樹よりいくぶん年上であるが二十代の若い男性であった。「この診療所も、琴子ちゃんが来てくれたおかげで若返ったよねえ。」
西垣が言うのももっともで、この診療所で働いている二名の看護婦はいずれも琴子より遥か年上であった。琴子を含め三人で交代で勤務していた。
「でも残念だなあ、結婚しているなんて。」
「何が残念なんですか。いつもそんなことばかり仰って。」
西垣は腕は悪くないのだが、女性を見るとちょっかいを出さずにいられない性格であった。が、この性格ゆえ時代のせいでただでさえ暗くなりがちな診療所内が明るくなっていることも琴子は知っていた。
「言わないよ、好みの女性を見つけた時だけだもん。」
「お世辞として受け取っておきます。」
「僕はお世辞は言わないよ。」
「はいはい」と琴子の方もすっかり西垣とのやりとりに慣れていた。

「旦那、軍医なんだっけ?相原って名前かあ。」
「あ、いえ。違います。」
「え?」
そこで琴子は籍を入れていないこと、その理由を西垣に説明した。説明しながら色々言われるかなと思っていると西垣の返事は意外なものであった。
「へえ。それは琴子ちゃん、旦那に相当愛されているんだねえ。」
これには琴子が「え?」と聞き返す番であった。
「普通は籍を入れていくよ。たとえ一晩限りの花嫁になることが分かっていてもさ。だって跡取り目的の結婚が多いじゃん。」
そのような時代なのに敢えて琴子の今後を考えて籍を入れなかった、その行動は琴子への愛情にあふれているものだと西垣は言った。
「まあ旦那も今の戦地がどんなものか分かっていたんだろうね…。」
と、西垣からいつもの調子よさげな顔が消えた。西垣もここに来るまでは軍医として戦地に赴任していた。そこがどれほど悲惨な場であったか身にしみて分かっているのだろう。
西垣の思いがけない言葉は、琴子の胸に残っていた不安をゆっくりと溶かしていくようだった。

「しかしこのくだらない戦争はいつまで続くんだか…うぷっ!」
「先生、そんなこと大声で仰っては大変です。」
西垣の口を琴子が手で塞いだ。
「誰が聞いているか分からないでしょう?」
「みんな思ってるさ。意地になって続けているだけなんだから。どうせ…。」
と続けかけた西垣はそこで話を変えた。その先はさすがに言わないでおこうと思ったのだろう。

「そういえば旦那の名前は?」
「それは」と答えようとした琴子であったが急患の到着に診察室を飛び出した。
「ま、いっか。」
西垣は診察の準備を始めたのだった。



直樹が出征して二ヶ月になろうという昭和20年5月を迎えていた。内地は既に空襲の連続だということであったが京城はまだ穏やかであった。が、それでも戦況は悪化していることは明らかで学校は中止、裕樹は家で過ごしていた。
「それでも内地よりはましだわ。内地の子は疎開して親と離ればなれなんですって。」
直樹だけでなく裕樹まで奪われてはたまらないと紀子は溜息をつきながら夕食の支度をしていた。といっても食料は乏しいものである。
「お兄ちゃまも新妻を放置したままなんですもの。手紙の一つもよこせないものかしらね。」
口ではそう言うが紀子の心中は手紙を出せないほど激しい状態なのだろうかと不安でいっぱいである。
「琴子ちゃん、休んでいていいのよ。お仕事で疲れているんですから。」
「大丈夫です、おば様。」
紀子の心中が分かっている琴子は、できる限りその傍にいて話し相手になることを決めていた。
「早く戦争が終わらないかしらね。そうすればお兄ちゃまも帰ってきて、琴子ちゃんが“お義母様”って呼んでくれて。二人の間にそれはもう可愛い赤ちゃんもできて…。」
「そんな、赤ちゃんなんて!」
それだけで琴子の顔は真っ赤である。紀子はそんなうぶな琴子が微笑ましい。

「盛り上がってる所悪いんだけどさ。」
聞こえた声に琴子と紀子はハッとなって振り返った。
「な、何?」
声の主である裕樹はたじろぐ。
「今の言い方、お兄ちゃまそっくり。」
紀子の目に涙が滲む。
「本当…直樹坊ちゃんかと。」
琴子も同じように涙を浮かべていた。ここ数カ月で直樹にはまだ追いつかないにせよ裕樹の背は伸びていて徐々に姿も似つつあったからなおさらそう二人には思えた。
「ふうん…それじゃ兄様みたいにしちゃおうかな?」
これまた直樹によく似た意地悪い笑みを裕樹は浮かべた。
「そういうところは似なくていいんです!」
プリプリと怒る紀子の前に、裕樹がヒラヒラとある物を出した。
「そんなこと言っていいの?兄様からの手紙なのに。」
「え!!」
「手紙!!」
紀子と琴子は同時に裕樹に向かって手を伸ばした。が、裕樹が素早く手紙を上へと掲げる。
「裕樹、いたずらしないで見せなさい!」
「だって兄様のこと悪く言ってたじゃん。」
「言ってませんよ、裕樹坊ちゃん。」
逃げる裕樹の後を二人は追いかけた。



手紙の内容は家族の安否を訊ねることから始まり、満州での様子が書かれていた。
「やはりかなり厳しい状況のようだなあ。」
帰宅した重樹が手紙の向こうの息子を気遣う。
「でも元気にやっているようで安心しました。」
過酷な状況ではあるが直樹が元気であることを知り紀子は安堵する。手紙によると卒業したての軍医であるにも関わらず要求されることはベテラン軍医と同様であるからとても大変だという。
「坊ちゃんほどの優秀な方が苦労されているんですね。」
軍医が忙しいということはそれだけ患者が多いということで、あの直樹が睡眠時間を削って医学書と向き合っていることを知り琴子は思いを馳せた。
「それにしても、琴子ちゃんには別に手紙を書いてもよさそうなのに。」
手紙は家族に当てたもの一通のみであった。「忙しいんですよ」と琴子は紀子を宥める。
「そうだ、検閲だって入るしな。」
あたりさわりのないことしか書けないことは重樹が言わずとも誰もが分かっていることだった。

琴子には直樹が出発の際に残して行った手紙があった。有事の際の心がけの他に看護婦として頑張るようにと励ましの言葉、そして「永遠に君を愛す」の言葉がそこにある。琴子は毎晩、部屋で一人になるとその手紙を読みかえして胸に当てていた。
「頑張りますね、坊ちゃん。」
だから早く戻って来るように。戻った後は直樹と共に医師と看護婦として働けるように。毎晩琴子は空に祈っていた。



診療所で西垣の相手をしながら懸命に看護婦として働く琴子の日々はあっという間に過ぎて行った。気付けば6月も末になろうとしていた。

「ったく夏にそんなもんを編むなよ。」
「暑苦しい」と裕樹は冷たい目を琴子に向けていた。
「すみません。だって冬までには編み終えたくて。」
「一年もかかるかね、普通。」
裕樹が言うのも無理はなかった。琴子は未だ直樹のセーターを編み続けていたのである。
「完成してもさ、着た途端に袖が取れたりするんじゃねえの?」
「ケケケ」と笑う裕樹に「そんなこと!」と琴子は頬を膨らませる。
「裕樹、意地悪ばかり言うんじゃありません。」
そして紀子が裕樹を窘めるのもいつものことであった。
そこに玄関に来客の声が聞こえた。
「ほら、裕樹出てらっしゃい。」
「何で僕が」と裕樹がブツブツ文句を言いながら玄関へ向かう。
「坊ちゃん、私が。」
「いいのよ、琴子ちゃん。さ、セーターを編んでちょうだい。」
紀子は琴子に優しい笑みを向けた。

しかし裕樹は戻って来なかった。
「どうしたのかしら?」
そのまま外へ逃げて行ったかと紀子は眉を寄せる。
「見て来ましょう」と琴子はセーターを置いて立ち上がり玄関へ向かった。

「坊ちゃん?どうしました?」
裕樹は逃げていなかった。裕樹は玄関に座っていた。が、その目は宙をさまよっていた。
「坊ちゃん…?」
気分でも悪いのかと心配した琴子の目が、裕樹の足元に止まった。何かが落ちている。琴子はそれを拾い上げた。
「え…?」
拾った琴子の表情が凍りついた。
「…嘘だ。」
裕樹が絞り出すように呟く。それも琴子には聞こえていなかった。

「二人とも、どうしたの?」
琴子まで戻って来ないので心配した紀子が玄関に出てきた。
「琴子ちゃん?裕樹?」
そして紀子は琴子の手に握られていたものに気付いた。紀子は琴子の手をゆっくりと開かせて中身を手にした。
「…嘘でしょう?」
紀子の手からそれがゆっくりと落ちて行く。が、誰もそれを拾おうとしない。
「嘘よーっ!!」
紀子は叫ぶとその場に崩れ落ちた。その気配で琴子と裕樹が我に返った。
「母様!」
「おば様!」
既に意識を失っていた紀子の体を二人は支えた。

玄関下に落ちていたのは、直樹の戦死公報であった――。







**********

今まで色々二次作品を書いてきましたが、書きながらここまで辛かったのは初めてでした。





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 |  2014.11.18(Tue) 20:01 |   |  【コメント編集】

★そんな…

今日のお話は…琴子ちゃん一生懸命看護婦さんを頑張ってますね。病院じやなく、診療所で働く琴子ちゃん…大変だけど、入江お母さんのなるべく側にいてあげたいと言う気持ち、優しいですね~入江お母さんもゆうきくんも、嬉しそうですね。
それなのに…入江君の戦死公報が来て、私も思わず「嘘~」と思っちゃいました。あんまりです絶対帰って来るって言ったのに…琴子ちゃんこれからどうするんだろう…非常に気になります。
さな |  2014.11.18(Tue) 20:57 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.11.18(Tue) 21:47 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.18(Tue) 23:09 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.18(Tue) 23:15 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.19(Wed) 00:07 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.19(Wed) 00:30 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.19(Wed) 03:22 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.19(Wed) 14:52 |   |  【コメント編集】

琴子ちゃんは❔看護師として、はたらいてるんですね❕入江君は❔戦死うそ❕でも⁉どこかで、生きてるんですよね。
なおちゃん |  2014.11.19(Wed) 20:11 |  URL |  【コメント編集】

でも!入江君が、琴子ちゃんを、おいて、行くわけないよね。まだまだ、お話、あるんだよね。
なおちゃん |  2014.11.20(Thu) 09:47 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.11.20(Thu) 17:45 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.21(Fri) 19:38 |   |  【コメント編集】

★ねーさんさん、ありがとうございます。

琴子ちゃんが一人で生きていけるようにと看護婦免許取得を勧めたのは入江くんなので、きっとその遺志を継いで生きて行くと思います。
私も書いていてとても大変だったので、間に明るい話を入れてみました。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:10 |  URL |  【コメント編集】

★さなさん、ありがとうございます。

琴子ちゃんにしては不本意だったかもしれませんけれど夜勤等がなくて、できるだけ家族の傍にいられるという職場はいい感じですよね。
そうそう、絶対帰ってくるといったのに…いくら覚悟していたとはいえ悲しいことは当たり前ですしね。
これから琴子ちゃんのガッツが生かされることを私も願います。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:11 |  URL |  【コメント編集】

★六華さん、ありがとうございます。

本当に生きて帰ってこれたことが奇跡という感じだったのでしょうね。
朝ドラでよく戦争の時代をやってますけど、見ていると本当に悲惨で…。
目の前で人が殺されるのを見るってかなりのトラウマになったでしょうし。
そうそう、終戦前後の混乱はすごかったそうですし。
色々あったでしょうね…。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:13 |  URL |  【コメント編集】

★sanaさん、ありがとうございます。

私も書きながら心が痛んで痛んで…。
手紙、頑張って書いたので泣けると言っていただけて嬉しかったです。
続きお待たせしてすみませんでした。読んでいただけると嬉しいです。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:14 |  URL |  【コメント編集】

★のびっちょさん、ありがとうございます。

あのフレーズはいかにもこの時代の人ぽいかなと思って急きょ思いついて入れてみたのですが、悩殺したなんて嬉しいです(笑)
涙なしで読めない…ありがとうございます。悲しんでいただけたら書いた甲斐がありました。という言い方もおかしいものですが。
御霊になっても琴子ちゃんの傍に帰って来るでしょうね、入江くんだったら!
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:16 |  URL |  【コメント編集】

★ナッキーさん、ありがとうございます。

”バリバリの職業婦人になって、死ぬ時はこっそり直樹坊ちゃんの写真を胸に抱いて〜”…私、このフレーズに泣きそうになりました!琴子ちゃんならそう考えそう!
看護婦として頑張って生き抜いて、裕樹一家(おそらく結婚して家を構えているだろうから)に看取られながら…想像しただけで泣けそうです!!
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:17 |  URL |  【コメント編集】

★こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

ああ、せっかくオアシスにしていただいているのにすみません!
これではオアシスどころかやる気を削ぐことになってますよね。
でも不死身と聞くと…なぜだろう、美空ひばりの真っ赤な衣装がどうしても浮かびます(笑)
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:19 |  URL |  【コメント編集】

★よしぴぃさん、ありがとうございます。

おお!円舞曲読んで下さっているんですね、ありがとうございます。
そしてその後にこちらを…それはまたタイミングがいいのだか悪いのだか(笑)
え?まだ琴子ちゃん不幸のジェットコースターに乗りこんでもいませんよ(笑)
まだ列に並んでいる状態かも。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:20 |  URL |  【コメント編集】

★葉月綾乃さん、ありがとうございます。

入江くんとの約束を守って大事な家族のために頑張っている琴子ちゃんです。
葉月さんの「間違いだ、間違いにちがいない」というコメントがとても感動しました。そこまで思って下さって感謝、感謝です。ありがとうございます。
次を待っていて下さり嬉しいです。
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:24 |  URL |  【コメント編集】

★なおちゃんさん、ありがとうございます。

お話、まだありますよ~!!いくらなんでもこれで終わったら中途半端すぎますもんね(笑)
本当、琴子ちゃんを置いて行くなんて…と思いたいですよね!
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:26 |  URL |  【コメント編集】

★Yunさん、ありがとうございます。

南の島!確かに帰って来た人も実際いましたよね!
琴子ちゃんだったら20年でも20年でも待っていそうです!
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:27 |  URL |  【コメント編集】

★ピチカートさん、ありがとうございます。

更新楽しみにして下さってありがとうございます。
琴子ちゃんの悲しむ姿が好物とは…(笑)それはうちの読者様に多い傾向です。そして私と同じです(笑)
ぜひ今回もピチカートさんの涙腺を大いに緩められるよう頑張りますね!
水玉 |  2014.11.29(Sat) 11:29 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2015.07.11(Sat) 13:52 |   |  【コメント編集】

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