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2014.11.08 (Sat)

永遠に君を愛す 13


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重樹も紀子も入江家の跡取りには固執してはいない。家を維持するための結婚など息子たちにしてほしくないし、幸せな家庭を築いてほしいと願っている。
「まったくどういう考えなのか、私にはさっぱり分からないわ。」
どんなに説得しても見合いするの一点張りだった故、とうとう両親が折れる形になった。見合いの朝、支度をしながら紀子は何度もこぼした台詞をまた口にする。
「わしの仕事のことを気遣ってくれているのだろうか。」
だとしたら申し訳ないことをしたと重樹は思う。あの時写真など見せなければよかったと悔やまずにいられない。
「どちらにせよ、さっさと断ってきましょう。」
「しかし本人がどうも乗り気なのがなあ。」
何度も首を傾げる両親を連れ、直樹は見合いへと出かけて行った。それを見送る琴子は涙を堪えるのに必死であった。



とりあえず会うだけ会うという考えに違いないと思っていた両親の意に反し、直樹はこの話を進めることに大層乗り気となった。これに大喜びなのは羽崎家であった。直樹を見るなりその容姿端麗ぶり、話してその知識の深いこと、実家は資産家、願ってもいない婿だと羽崎男爵は大喜びであった。そして令嬢の多音子も直樹に夢中となった。

そんな中、多音子が入江家を訪れることとなった。
「まあ、こんな所に華族様のお嬢様に来ていただくのは申し訳ないこと。」
どうも多音子が気に入らないらしい紀子が朝から不機嫌である。
「おば様、お茶碗はこちらでいいでしょうか?」
多音子がこの家を気に入ってくれるよう、琴子は心を砕いていた。
「まあ琴子ちゃん…。」
本当は琴子に嫁になってほしかったのに。戦争未亡人になっては可哀想だとその願いを封じてきたのだというのに、こんなことになるなんて。紀子は悲しくなる。
「お茶はこちらで。お菓子は先日、おじ様がお持ちになったこちらをお出しします。」
それは重樹が仕事先から融通してもらって、琴子と裕樹へと持ち帰ってきたお菓子だった。「それは琴子ちゃんが食べていいのよ。」
「いいえ。ほら、お菓子があった方が楽しいですよ。」
決して多くないお菓子を琴子が直樹と多音子、二人分に分けてお皿に乗せたところで玄関から声が聞こえた。

玄関にいたのは、今では珍しい振袖姿の多音子であった。そしてその傍らには乳母と思われる初老の女性がいた。
「まあまあ、狭いところへようこそ。」
紀子自ら迎えに出たことに多音子と乳母は驚いたようだった。女中がいるものだと思っていたのだろう。
紀子が二人を応接間へ案内している間、琴子は部屋へ直樹を呼びに行った。
「お嬢様が見えましたよ。」
「あと十分したら行く。」
直樹は琴子を見ることもせず答えた。琴子はその後ろ姿をせつなそうに見て、また台所へ戻った。

「琴子ちゃん、こちらは私が運ぶわ。」
台所に紀子がやって来た。ところが、
「母様、指を切っちゃった。」
と指からわずかな血を流した裕樹が泣きそうな顔でやって来た。
「あらあら、大変だこと。」
「おば様、私が手当てしましょう。」
これでも看護婦の卵である。琴子が救急箱を取りに行こうとすると、
「お前はやだよ。この間のこと覚えてるだろ?」
と裕樹が顔を歪めた。先日、裕樹が転んだ時に琴子が習ったことを実践しようと張り切って手当をしてやったのだが、それがとんでもない包帯の巻き方となってしまった。帰ってきた重樹が「骨を折ったのか!」と真っ青になったほどである。
「あれは確かに酷かったですけど…。」
「母様やって。母様じゃなきゃやだ。」
甘える裕樹に紀子が「もう、しょうがないわね」と溜息をつくのを見て琴子は、自分がお茶を運ぶことを引き受けたのだった。



「失礼いたします。」
この中で直樹の花嫁が待っている。そう思うと緊張せずにいられない。
「直樹坊ちゃんはお勉強中でして。もう少しお待ち下さい。」
「ああ、そう。」
美しい顔にしてはきつい物の言い方をする多音子だと思った。だが琴子はそれはきっと、自分が嫉妬しているからそう聞こえるのだと反省した。
「…何かしら?」
しかし多音子の態度は明らかに琴子に冷たいものであった。その傍らの乳母もどこか冷たい。
「いえ…あの素敵なお着物だと思って。」
それは事実であった。琴子も内地にいた時はこのような振袖を紀子に着せてもらったことがある。懐かしい思い出だ。
「まあ、お前のような者には無理でしょうね。」
「お前?」と琴子は耳を疑った。もしや多音子は自分をこの家の女中だと?
「それにしても、奥様に案内をさせるなんてどういうつもりなのでしょう、お嬢様?」
今度口を開いたのは乳母であった。
「入江の奥様は大層お優しい方なのでしょう。でも身分はしっかりとわきまえさせないと。」
「分かっていてよ。私が嫁いだらこんなのんびりさせることはしないわ。」
やはりそうだった。琴子を女中だと思っている。いやもし琴子が本当に女中だったとしてもこの言い方はないだろう。紀子が内地の屋敷でこのような口をきいているのは見たことがない。
「用が済んだらさっさと出て行きなさい。」
「…失礼します。」
言われなくてもそうすると思いながら琴子は応接間を出て行った。こういう女性が直樹と結婚してこの家で暮らすのだろうか。いや、そんなことは琴子が考える必要のないことであった。自分はこの家を出るつもりだし、直樹や紀子たちにはこのような態度は取らないだろう。



さて、直樹が応接間に入ったのか先程とは打って変わって明るい声が聞こえてきた。
「おば様はあちらにいらっしゃらなくていいのですか?」
居間で自分と一緒にいる紀子を琴子は心配する。
「ええ、いいんですよ。姑なんてね嫁には邪魔なだけですから。」
全く何が楽しくてあんな声を出しているのだかと紀子の機嫌は更に悪化していた。
「お兄ちゃまがどうしてもあのお嬢様をお嫁にするというのなら、別居を考えた方がいいかも。」
とてもあの嫁と顔を突き合わせて暮らす自信は紀子にはなかった。多音子の本当の性格を紀子はもしかしたら気付いているのだろうか。
「琴子、これ食べていいか?」
手当をしてもらって落ち着いた裕樹が台所から芋を持ってきた。
「お腹が空いたんですね。じゃあ蒸かしてあげますから。」
「…お前と半分ずつにしてやってもいいぞ。」
何だかんだ琴子に懐いている裕樹である。琴子は笑いながら裕樹と台所へ向かった。



応接間では直樹が欠伸をかみころして、多音子のおしゃべりに付き合っていた。いかに自分の家が金持ちか(その実は結構苦しいことに気付いているのかは不明)、自分が恵まれているかを延々としゃべる多音子。
「そういえば直樹様。」
ひとしきり喋った多音子が直樹に意味深な笑みを向けた。
「私、いいことを知ってますの。」
「いいこと?」
ろくでもないことに違いないと思いながら直樹は聞く素振りを見せる。
「私と結婚したら、直樹様は戦地へ行かなくてもいいそうですよ。」
「…は?」
聞き返す直樹に多音子が「フフフ」と笑って続ける。
「本当はお式を挙げてから父からお話しするつもりだったのですが構わないでしょう。私の旦那様が戦争へ行ったら困るから、父は軍へ話をつけて直樹様の出征を避けるつもりなんです。」
「…その話、他に知っている者は?」
「お話をお持ちした際に、入江様にはお伝えしたと聞いておりますが。」
重樹は知っていた。そうすると紀子も知っている可能性は大きい。二人がその話をしているのを…。
「…あいつが聞いたとしてもおかしくないな。」
「え?」
突然琴子が見合いを勧めてきた理由が明らかになりつつあった。

「でも、俺は出征しますよ。医学部の学生としてそれが義務ですからね。」
そんな汚い手で出征を避けるわけにはいかない。
「あら、それは困りますわ。」
多音子が美しい眉を潜めた。
「私が未亡人になったらどうしますの?」
「そんなこと知るか」と直樹は反論しかかるのを堪えた。
「未亡人になったら、もっといい男と再婚されるといいのでは?」
「まあそんな。再婚など世間体が悪いことですもの。」
確かに戦争未亡人の再婚は上流階級では世間体の悪いように取られている。それにしてももっと他に言いようがあるだろうに。せめて「無事な帰りを待つ」と嘘でも言えないのか。
話せば話すほど、直樹はこの令嬢が嫌になってきた。

「ね、直樹様?直樹様のような優秀な方がおめおめ命を捨てるなんて勿体ないですわ。そのようなのは下の者にでも…。」
この時、直樹の脳裏にあることが思い出された。かつて琴子と見合いをした池田のこと。彼の話を琴子から聞いた時に自分が思ったのは、もしもの時、自分が最後に思い出すのは誰の顔か――。

「多音子さん、この話はなかったことに。」
「この話って出征を回避することですか?ええ、それはもう内緒で。」
「いえ、縁談です。」
「…直樹様?」
突然の言葉に多音子の顔色が変わった。
「あなたとは結婚できません。ええ、そうですね。未亡人にするわけにはいかないのでどうぞ、お引き取りを。」
「直樹様、お話の意味が分かりません。」
「失礼。では分かりやすくお話しましょう。」
直樹の顔つきが変わった。
「このような時代です。たとえ出征しなくとも何が起きるか分からない。いつ爆弾がこの京城に落とされ命を落とすか分からない。その時が来た時、僕は誰の顔を思い浮かべるか。誰を思い出しているかを考えたんです。それはあなたではないことは確かです。」
「で、ではどなたを思い出すと?」
直樹は立ち上がった。そして応接間を飛び出した。



「はい、こちらを裕樹坊ちゃんに。」
台所で琴子は裕樹に多い方の芋を渡した。
「お前、もう少し食えよ。」
「私はこれで十分ですから。」
笑って「いただきます」と琴子が芋を口へ入れようとした時であった。
「琴子。」
「直樹坊ちゃん!?」
多音子は帰ったのだろうか。突然現れた直樹に琴子は口を開けたまま驚いていた。
「ちょっと来い。」
「え?ちょっと来いって、あのお芋を…。」
「持ったままでいい!」
芋を持ったまま琴子は直樹に手を引かれていく。それを裕樹がこれまたポカンとした顔で見送っていた。


琴子の手を引いて直樹は応接間へ戻って来た。そして乱暴にドアを開けた。
「俺が最後に思い出したいのは、こいつの顔です。」
「直樹様!?」
芋を手に現れた琴子を見て立ち上がる多音子。
「直樹坊ちゃん、一体これは?」
「こいつ以外の誰の顔も思い出したくない。あなたの顔なんてまっぴらです。」
「ひどい!」
多音子の美しい顔がぐちゃぐちゃになった。それを見て琴子はオロオロとなる。
「坊ちゃん、何を仰っているので?」
「お前はこれ食って黙ってろ!」
直樹は琴子が持っていた芋を口へ突っ込んだ。琴子は目を白黒させる。
「それから、こいつは女中じゃありません。れっきとしたこの家の娘です。」
「意味がさっぱり分からないわ!」
「説明する必要もないでしょう。あなたの多重人格ぶりはとくと見させていただきましたから。あのようなきつい性格の嫁などいらない。」
琴子への態度を見られていたことを知り、多音子の顔が赤くなった。
「…こんな恥をかかせてどういうおつもり?」
「あなたが最初から本性を出していればこうはならなかったと思いますが。」
多音子は琴子を見やった。芋を何とか出して琴子は息をついていた。
「…そんな子の方がいいなんて、信じられないわ。」
「あなたはこいつの足元にも及ばない。」
決定的なことを言われ、多音子は「ふん!」と応接間を出て行った。乳母が「お嬢様」と慌てて追いかける。
直樹は多音子の乗った車が出て行ったのを見届けると、琴子には何も言わず部屋へと戻った。

「一体、どういうこと?」
一人残された琴子はどうしていいか分からず、嵐の過ぎ去った後の応接間の椅子にちょこんと腰を下ろし、
「…とりあえず、食べよう。」
かじりかけの芋をパクッと頬張った。





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*Comment

★ざま~みろ(笑)

今晩は~更新待ってました~
入江君はなんだか自棄になってるみたいですね?それにしても…多音子という女は嫌な奴ですね、琴子ちゃんに酷い事を言って、入江君に嫌味を言われて、ざま~みろです(笑)最後に思い出す顔は琴子ちゃんだって言った、入江君凄く格好良いです。
さな |  2014.11.08(Sat) 18:11 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.11.08(Sat) 18:17 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.08(Sat) 19:37 |   |  【コメント編集】

★よく言った!!

琴子が可愛そうだ~って思ってたけど、
直樹の言動に拍手喝采です!!
他人に思いやりを持てない女なんてしっしって
感じですよね~!!
は~ちょっとスッキリ。
出征まで時間もないのだし、素直に気持ちを伝え
あえればいいのですが。。。
そうは問屋がおろさないんでしょうね~(T_T)
取り合えず琴子は芋食って頑張れ~v-237
六華 |  2014.11.08(Sat) 19:39 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.11.08(Sat) 20:40 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.11.08(Sat) 21:14 |   |  【コメント編集】

思いやり、の、ない女最低です、たね子の、家の反撃も、なんだか、きになります米、入江君、琴子ちゃん、そして、入江家。
なおちゃん |  2014.11.08(Sat) 23:01 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.11.10(Mon) 17:53 |   |  【コメント編集】

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