日々草子 永遠に君を愛す 12

永遠に君を愛す 12





居間に入ってきたのは直樹一人であった。それを見て紀子は立ち上がる。呼びに行った琴子が一緒ではないということは、おそらく気を利かせてお茶の用意をしているに違いない。直樹の見合いを知らせる場に、どうしてだか紀子は琴子を同席させたくなかった。琴子が直樹を意識しているかどうかははっきりとしたことは分からないが、同席させない方がいいということだけははっきりとしていた。

「おば様、今お茶をお持ちするところです。」
台所では予想通り、琴子がお茶の支度をしていた。その琴子の笑顔が紀子の胸を突き刺した。
「ありがとう。あのね、申し訳ないのだけれど裕樹に別に運んでもらえないかしら?」
さりげなく紀子が言うと琴子は「はい、分かりました」と裕樹の湯飲みを用意し始めた。
「こちらは私が運ぶわね。」
「はい、お願いします。」
紀子の思惑に琴子は気づいていない。
しかし、
「琴子、僕にお茶を入れろよ。」
とあろうことか裕樹が台所に来てしまった。
「まったく気が利かない奴め。」
「これ、なんていう言い方なの。」
まずは裕樹の口の利き方を厳しく注意しつつも、気が利かないのはどちらだと紀子は思った。
さらに裕樹は気の利かないことを続けた。
「おい、またお前お見合いするのか?」
「え?」
一体何のことかと琴子は裕樹を見た。
「居間をのぞいたら父様が見合い写真を出してたからさ。懲りないよなあ、お前も。」
「お見合い写真?え?」
琴子は紀子を見た。重樹が見合い写真を出していた?確か、先ほど直樹を呼ぶようにと言っていた。自分への見合いならば直樹を呼ぶ必要はない。ということは…。
「裕樹、自分のお部屋へ戻りなさい。」
「え?だってお茶…。」
「ほら、お茶です。」
と紀子は自分でさっさとお茶を入れた湯飲みを裕樹に押しつけた。
「ねえ、何で戻らないといけないのさ?」
「戻れと言ったら戻るんです。」
紀子の剣幕に押され、裕樹は文句を言いながら自分の部屋へ戻っていった。

「琴子ちゃん、大丈夫?」
紀子に声をかけられた琴子はハッと我に返った。
「あ、はい。平気です。」
腕を動かしながら琴子は笑う。しかしその笑顔はどこかぎこちない。
「おば様、これ入れ直しましょうか?」
冷めてしまったお茶を琴子はもう一度入れ直し始めた。



ばれてしまった以上、琴子を無理に遠ざけるのも仕方ないと紀子は琴子を連れて居間に戻った。そこでは重樹がその写真を広げて直樹に見せているところだった。
「どちらのお嬢様ですの?」
どこか不満げに紀子が重樹に尋ねる。
「羽崎男爵家のご令嬢だ。」
この時代にはまずお目にかかれない、それは豪華な大振袖の令嬢が写真の中にいた。何てきれいな人だろうというのが琴子の最初の感想であった。そしてそっと自分の格好を見る。その琴子を直樹は見ていた。
男爵令嬢の名前は多音子といい、年齢は来年二十歳になるという。羽崎男爵といってもいわゆる金で爵位を買った実業家であった。
「俺が軍医として出征を控えていることは伝えたんでしょう?」
「ああ。何度もそう言ったが、一度顔合わせだけでもと先方もしつこくてな。」
出征していく息子に嫁をと焦る家もあるかと思えば、圧倒的に男性が少ない中、とにかく釣り合う家と縁を結びたいという家もある。羽崎家ではどこぞで優秀な直樹の評判を聞きつけ、伝という伝を辿り入江家へ縁談を持ち込んできたらしい。

「返事は同じです。結婚してもすぐに出征するのだから大事なご令嬢を幸せにできる自信はありませんと伝えて下さい。」
写真をテーブルに放り出し、直樹はきっぱりと重樹に告げた。
「残り少ない自由な時間は医学の勉強に費やしたいと思っておりますし。」
「ああ、分かっているよ。」
重樹は息子の返事を予想していたのでそれ以上しつこくすることはなかった。
「とにかく写真だけでも見せろとうるさかったからな。お前に見せて返事をもらったと言えば納得するだろう。」
直樹の返事を聞いて、琴子は胸を撫で下ろした。が、不安も残った。
直樹は妻を迎えてもすぐに戦地へ赴くから幸せにできないという主旨のことを口にした。ならば戦争がなかったら、出征することがなかったらこの縁談はどうしただろうか。美人でお茶とお花の免状を持つこの令嬢と結婚したのだろうか。



直樹の縁談騒動から二週間が経った。
この日、琴子はいつもより早く学校から帰宅しようとしていた。
「お庭から入って、おば様を驚かせちゃおうかしら?」
どんどん暗くなっていく世の中。そのようなささやかなことで少しでも家を明るくしたいと思った琴子はいつも入る玄関ではなく、庭の枝折り戸をくぐった。
「あら?」
縁側は開け放たれ、そこには紀子と重樹が並んで座っていた。重樹がこの時間家にいるなんて珍しい。せっかくの二人の時間を邪魔するのはやめにしてその辺を一周してから戻ってこようと琴子が思った時だった。

「私だって直樹を戦地へ送り出したくありませんわ。でもだからといって。」
紀子の厳しい声に思わず琴子は足を止めた。
「あちらも卑怯ではありませんこと?出征と縁談を引き換えにするなんて。」
出征と縁談?それがどういう関係がと琴子は立ち聞きは悪いことだと知りつつも、二人から姿が見えないように身を隠した。 
「あちらとの縁談を受け入れたら出征しなくて済むようにするなんて…。」
紀子の言葉に思わず琴子は声を上げそうになった。そんなことが可能なのだろうか。
「まあ羽崎男爵はそういう方だからな。このご時世をにらんで軍部とも色々やっているようだし。」
が、そういう伝手をうまく使いこなせないのか羽崎家の事業は傾く一方なのだとの口ぶりから、重樹が羽崎男爵を快く思っていないことは明らかであった。直樹の他に入江家と手を組んで自分が甘い汁を吸おうとしている態度も気に入らない。
「何度断っても、こうしてしつこくお話を持ち込んでくるんですもの。私、そのような家とはうまくやっていけそうもありません。」
「分かっているよ。とにかくあちらの気が済むまで断り続けるから。」



足音を忍ばせてまた家の外に出た琴子はとぼとぼと歩いていた。
出征しなくていいという条件はおそらく、直樹には伝わっていないのだろう。そういう卑怯な手段は重樹と紀子が嫌いなことである。しかし、本音はどうだろうか。二人とも、息子に戦争に行ってほしくないに決まっている。それは琴子だって同じだった。あの家で、重樹と紀子、裕樹と一緒に直樹にはずっといてほしい。



「坊ちゃん、お茶です。」
その晩、琴子は直樹の部屋へお茶を運んだ。
「今日は何が分からないんだ?」
ついでに琴子が勉強を教えてもらう気だと考えている直樹は椅子ごと体を動かした。
「何だ、それ?」
琴子が手にしていたものに気づいた直樹の顔が変わった。
「お前が何でそれを?」
それは羽崎家の令嬢の見合い写真である。こっそりと琴子は重樹の書斎から持ち出したのだった。
「坊ちゃん、このお嬢様とご結婚されてはいかがでしょう?」
できるだけ声を震わせないようにと注意しながら、琴子は切り出した。
「…何を言ってるんだ、お前は?」
「ほら、とてもおきれいなお嬢様。」
琴子は写真を広げた。
「それはもう断った話だ。」
まさか琴子から勧められるとは思っていなかった直樹の機嫌は明らかに悪くなった。
「でも、勿体ないお話ですよ。」
琴子も一歩も怯まなかった 。
「坊ちゃんと並んだら、きっとおひな様みたいでお似合いでしょうね。」
「知るか。」
どうしてそんなにその令嬢と自分をくっつけたがるというのか。直樹は呆れるのを通り越し琴子へ怒りまで覚え始めた。
琴子は琴子で、とにかく一度くらい令嬢と会ってほしかった。直樹に意中の女性がいるとは思えない。もちろん、戦争に行かずに済むから結婚しろということはあまりにひどいことだと分かってはいる。しかし、愛情が芽生えたら話は別だろう。一度会えばもしかしたら直樹が令嬢を気に入るかもしれない。出征することなく美しい妻を娶り、医者としての素晴らしい直樹の人生が手に入る。直樹の幸せのために、重樹たち家族の幸せのために琴子は必死で直樹に話を勧めようとしていた。そのために自分の恋心は永遠に封印しても構わなかった。

「…お前、そんなに俺に結婚してほしいわけ?」
直樹は琴子が自分を何とも思っていないことに、このような形で気づかされるとは思いもしなかった。
「はい。直樹坊ちゃんにお似合いのお嬢様と。」
勉強もできなくて、料理も苦手。お茶、お花なんてとんでもない。そんな自分よりもこの令嬢の方が直樹にふさわしいはず。琴子は泣きそうになるのをこらえて答えた。
「…ふうん。」
直樹は直樹で胸をかきむしられそうな気持ちをこらえていた。少しくらい、自分を男として意識しているかもと期待したことが馬鹿だった。やはり琴子にとって自分は兄のような存在なのである。兄と妹は結ばれることはない。

「俺が、俺にふさわしい女と結婚することがお前の望みか?」
「はい、直樹坊ちゃん。」
「…分かった。」
直樹は琴子の手から写真を奪い取った。驚く琴子を置いて直樹は部屋を出て居間へと向かった。
「お兄ちゃま、怖い顔してどうしたの?」
「何だ、どうした直樹?」
くつろいでいた両親に向かって、直樹は見合い写真を広げて言った。
「気が変わった。見合いする。」



琴子は部屋に戻り、直樹からもらった花のブローチを手に涙をこぼし続けた。
直樹が戦地へいくくらいならば、あの優しい重樹たちに辛い思いをさせるくらいならば自分の恋心などどうなってもいい。
きっと見合いはうまくいくだろう。年が明けるとすぐに結婚して…そうしたら直樹夫婦を見て暮らすことは耐えられないので自分はどこかに部屋を見つけてこの家を出ようと決心したのだった。








関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

可哀想な琴子ちゃん

今晩は~更新待ってました(笑)
琴子ちゃんは…入江家の幸せを考え、入江君に見合いを進めてましたね。本当はお見合いなんかして欲しくないのに…琴子ちゃん辛いですよね(T_T)この先二人はどうなるの~スンゴク気になります。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

永遠に…

初めまして!半月ほど前からこちらのお話しを読ませて頂いてます。現代物、時代物などホントに素敵なお話しばかりに感動しっぱなしです。こんなにも人は泣けるのだろうかと思うぐらい泣いちゃってます。これからも直樹、琴子の世界を読ませて下さいね‼️
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク