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2014.10.27 (Mon)

永遠に君を愛す 10

ご無沙汰だったあちらもひっそり更新いたしました。

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季節は秋を迎えた。
実習が始まった頃は余裕がなかった琴子も入学してから半年、少しずつ勉強のこつを掴んできたのか睡眠不足で倒れることもなくなり、紀子の手伝いや裕樹の遊び相手をする余裕も出て来ていた。
重樹の仕事も今のところは問題なくいっている。
入江家は穏やかな日々を過ごしていたが、その周囲は決して穏やかとはいえない状況であった。9月にはイタリアが無条件降伏をした。日本はこれからどうなっていくのか。

その日、直樹は高校時代の友人の結婚式に出席した。戦時下ということで派手なことはできない質素なものであったがそれなりの招待客があった。といっても中心は新郎の家の知り合いだという軍関係者。彼らは祝辞などそっちのけ、いかに自分たちがこの戦争に命を注いでいるか、国民が一丸になる必要性を長々と説いていた。それを直樹は苦々しく聞いていた。

疲れた体を引きずるように家に戻ると、更に直樹を疲れさせる出来事が待っていた。

「懲りないなあ、母さんは。」
居間から聞こえてきたのは重樹の声であった。
「また琴子ちゃんに嫌な思いをさせるのかい?」
「おじ様、私は平気です。」
重樹をとりなす琴子の声が続いた。一体何事か。
「だって、あちらの奥様ったら強引なんですもの。」
紀子の泣きそうな声が聞こえた。
「私は何度もお断りしたのですよ?」
「そうです、おじ様。おば様は私が看護学校へ通っていることも何度も説明して下さいました。それなのにあちら様が。」
「何の話?」
直樹は居間に入った。見ると紀子と琴子は外出着の状態。そういえば久しぶりに百貨店をのぞきに行くと朝行っていたことを直樹は思い出した。

「また琴子ちゃんに見合い話を持ってきたんだよ。」
「また?」
以前の勅使河原のことを思い出し直樹の眉は潜められる。
「違います、坊ちゃん。お見合いというわけではなく。それにあちら様が本当に強引で。」
「そうなのよ。あれは絶対、お兄ちゃまだって断れなかったわ。」



百貨店をのぞきに、といっても品は少ない。それでも色々見て回るというのは楽しいもので琴子と紀子は楽しい時間を過ごしていた。
「入江様の奥様?」
その紀子に声をかけてきたのは、かつて婦人会で一緒だった池田夫人であった。
「まあ、こちらはお嬢様?」
隣の琴子を見てお決まりの台詞。紀子は重樹の友人の忘れ形見だとういこと、自分たちが引き取り娘同様に育てていることを話し、その場を離れようとした。が、池田夫人は紀子を離さなかった。
「決まった方はいらっしゃいますの?」
その目がキラキラとしているのを紀子と琴子はしかと見た。琴子が入江家の実の娘ではないことを知ってもこの態度。相当本気である。
「いえ。この子は看護婦になるための学校に行っているところでして。」
そう言えば諦めるだろうと紀子は踏んだ。しかし違った。
「まあ看護婦さん!それは心がとてもきれいな方なんでしょうねえ。偉いわ。」
「ええ、それはもう。」
琴子を褒められたら紀子の口は忽ち滑らかになる。
「見た目はこのように愛らしく、素直で明るく、それでいて努力を怠らない頑張りやさんなんですのよ。」
「まあ!そんな素敵なお嬢様がまだお一人だなんて。これはもう…。」
池田夫人はガシッと紀子の手を掴んだ。
「…ご縁ですわ。ぜひ宅の息子と!」



まあ琴子の出自を知っても態度を変えなかった点は褒められると思う入江家の面々である。
紀子の出る幕がなかったという池田夫人の強引さはすごいものだと誰もが思った。
「でも今度は池田様の息子さんと二人きりだそうなので。」
勅使河原の時とは違って堅苦しいものではないと琴子は言った。
「大丈夫です。こう言ってはあちら様に申し訳ありませんが、適当にお話しして戻ってまいります。」
「それでいいわ、琴子ちゃん。何なら足蹴にしてもよくてよ。」
どうも紀子の様子がいつもと違うのは気のせいだろうか?



次の日曜、琴子は池田の息子に会いに出かけて行った。
「ねえ、ねえ兄様。」
居間で新聞を広げていた直樹に裕樹が声をかけた。
「最近、結婚する人多いよね?この間兄様も結婚式に行ったし。それにあの琴子にまで結婚話が多いじゃん?何か理由があるの?」
素直な弟の疑問に直樹の表情が翳った。
「…徴兵制度が変わったんだ。」
「え?」
「これまで兵役免除されていた大学生も今月、戦地に赴くすることが決まった。」
昭和18年、兵役不足のためにこれまで徴兵免除されていた大学生が出征することになった。
「大学生って、それじゃ兄様も?」
青ざめる裕樹に、
「いや。理系学生は今まで通り免除だ。文系学生が対象。」
「そうなんだ。」
裕樹はホッとした。
「それで急いで結婚するってわけだ。跡取りを残してほしいという親の願いでね。」
先日結婚した同級生も文系学生。そして長男だった。花婿の隣で俯いていた花嫁は何を思っていたのか。
「じゃあ、琴子も?」
「…勅使河原の時は別だけど、今回はそうだろうな。多分相手の男の出征が決まったんだ。」
おそらく池田夫人はあの場で跡取りを、今の内に跡取りが欲しいと騒いだのだろう。琴子を子供を産む道具のように見ているようで紀子は不満だったに違いない。

「あいつ、ちゃんと断れるかな?」
裕樹が呟いた。
「…情にもろいところがあるからな。」
それは直樹も同じ考えだった。両親を早くに失くした琴子である。息子を送り出し悲しみに暮れる両親の気持ちに心を寄せたら…。



「相原琴子さんですか?」
目の前に現れたのは直樹より少し背の低い、でもなかなか精悍な顔つきの青年だった。
「池田です。今日はありがとうございます。」
とりあえず公園でも散歩をと、二人は歩き始めた。
「安心して下さい、琴子さん。」
「え?」
突然の池田の言葉に琴子は足を止めた。
「この話は僕からちゃんと母に言っておきます。」
「ちゃんと仰るといいますと?」
池田はニコッと笑って、
「僕から断わったと言えば母も騒ぐことはないでしょうから。」
「え?」
琴子も勿論、この話を断るつもりでやって来たのだが相手から先に、それも挨拶もそこそこに言われたら驚く。
「誤解しないで下さい。」
空いているベンチを見つけ池田は琴子に勧めた。二人は並んで座った。

「学生である僕にまで召集令状が来て、母は半狂乱になりました。どうしても行かねばならぬのならせめて僕の血を引く子を残したい、そう思ったのでしょう。」
半狂乱になった池田夫人の気持ちは琴子に分からないものではない。
「だからといって、子供を作るために嫁を迎えるようなことは僕はしたくありません。もし僕が戻って来なかったら妻になった人は一人になってしまう。子が出来たら話は少し違うでしょうが、できる保証もない。どちらにせよ、再婚も難しいでしょう。そのような辛い目に遭わせたくありません。母には申し訳ないが僕は一人のまま出征します。」
立派な池田の覚悟であった。
「…お気持ち、わかりました。」
琴子は微笑んだ。
「どうぞ池田さんが私をお気に召さなかったとお話になって下さい。」
息子がこれほどしっかりとしたことを考えているのならば、母親も文句は言えないだろう。

「いえ、そういうわけじゃないです。」
池田の言葉に琴子はキョトンとなった。
「正直、どんな人なのかと緊張していました。いざ琴子さんを目の前にしたら、ああこんな可愛らしい女性がまだ誰とも結婚していなかったのかと驚いたくらいで。」
「そんなこと。」
琴子は真っ赤になって否定した。
「本当です。平和な時代だったらきっとこの話を進めてもらっていたと思います。」
と話す池田であるがすぐに忘れてくれと笑った。その笑顔に琴子の胸は痛む。

「人生で母親以外に関わった唯一の女性が琴子さんでよかったです。」
池田は笑った。
「これから出征しますが、あなたとのこの僅かな時間を過ごしたこと、あなたのような可愛い女性と話が出来たことは僕の人生の喜びになるでしょう。」
生きて帰れるか分からない者の本音であった。

「どうぞ立派な看護婦になって下さい。」
「ありがとうございます。」
そして琴子は言った。池田は続けて、
「僕の分まで勉強を存分にして下さいね。」
と言った。そうだった。池田は京城帝大の法学部の学生であり学問の途中で兵隊になる。琴子は学問にいそしむことができる幸せをかみしめた。

「池田さんも、どうぞご無事でお戻り下さい。」
本当ならば「命を捧げて」「名誉の戦死を」と言わねばならないところである。しかし琴子にはそのようなことは絶対言えなかった。どうか無事で戻って来るように、あの母親を喜ばせてあげてほしいと心から願った。
「ありがとうございます。」
そして二人はその場で別れたのだった。



「…帰ってたのか。」
夕暮れ時、部屋から降りてきた直樹は縁側に腰をおろしている琴子を見つけた。その傍らには手提げが置いてあるところを見ると、どうやら庭から入って来たらしい。重樹は会社の用、紀子は裕樹と配給所に出かけていた。
「またくだらないことでも言われたか?」
明らかに元気のない琴子を直樹は気遣い、傍に腰を下ろした。
「いいえ。」
「じゃあどうした?」
そこで琴子はポツリ、ポツリと池田との会話を直樹に聞かせた。
「最後に会った女性が私でよかったって…こんな私でよかったなんて仰る池田さんが気の毒で。」
うっすらと琴子の目には涙が浮かんでいた。
「私最初から断るつもりで。それなのに…これから大変な思いをされるであろう池田さんの気持ちを考えると…。」
琴子が何を言いたいか直樹には分かった。自分は軽い気持ちで、適当に話をと出かけたのに池田はそのような覚悟をして出てきた。あまりに池田に失礼で、そのようなことを平気な顔で行った自分が恥ずかしいのだろう。

「…俺は池田さんとやらの気持ちが分かるよ。」
琴子は直樹を見た。
「池田さんは出征前にお前と時間を過ごせてよかったと思う。」
「直樹坊ちゃん…。」
琴子はしゃくり上げた。
「池田さん…戻ってきますよね?戦争が終わったら戻りますよね?」
戻ってまた大学で勉強してほしい。琴子は願わずにいられない。
「…きっと大丈夫だよ。」
そう答える直樹であったが、琴子を慰めるためのものだった。これから戦局は更に厳しいものになるだろう。大学生まで引っ張り出されるようになったらもうおしまいだと直樹は思っている。そしてそれはあと少しで池田と同じように戦地へ赴く自分も同じだ。
「坊ちゃん…坊ちゃん…。」
ひっくひっくと琴子は泣きながら直樹の服をつかんだ。直樹はされるがまま思った。
―― 自分にもしもの時が来たら…その時誰を思っているか、誰に未練を残すだろうか。
その答えは直樹には明白であった。そう、今ここで自分にしがみつくように泣いている琴子を思い出すだろう。それはなぜか。
―― 俺はこいつを愛しているからだ。
この時、直樹は漸く自分の気持ちを自覚したのだった。




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 |  2014.10.27(Mon) 23:40 |   |  【コメント編集】

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 |  2014.10.28(Tue) 06:45 |   |  【コメント編集】

★切なすぎる・・・

この時代の恋愛事情は本当に悲しく切ないですよね・・・。
直樹も、自覚した思いがあるなら琴子に伝えて欲しいですが
従軍したあとの琴子のことを考えるとそれも辛いのかも。。。

あ~セツナイですね~(T_T)

六華 |  2014.10.28(Tue) 06:57 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2014.10.28(Tue) 10:35 |   |  【コメント編集】

★悲しい戦争

今回のお話は、少し悲しいお話しでした…戦争へ行く若い人達の話を読んで、私の祖母の話を思い出しました。祖母のお兄さんも戦争に行き亡くなってます。祖母のお母さんは凄く悲しんだそうです。
入江君はやっと琴子ちゃんが好きだと自覚しましたね。続きが楽しみです。
さな |  2014.10.28(Tue) 15:19 |  URL |  【コメント編集】

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