日々草子 永遠に君を愛す 1

永遠に君を愛す 1






時は1930年――。
入江家の屋敷は重厚な雰囲気を漂わせた洋館だった。門から少し歩いて玄関の前に到着したのは詰襟の学生服を着た少年である。少年は車寄せにこの時間にあるはずのない車を見つけたものの、そのまま通り過ぎた。

「お帰りなさいませ。」
奥に階段広間が見える大きな玄関で少年を迎えたのは執事であった。
「お召し替えになったら、お居間へお越し下さいますよう旦那様が。」
「やはりお戻りになっていたのだな。」
あの車は父が使うものだった。昼間はあるはずのないそれを見つけたとき何かあったかと思ったがどうやら当たっていたらしい。

「お帰り、直樹。」
言われたとおり着替えて居間へ向かうと、父が笑顔で迎えてくれた。その隣にいる母。そして母の陰にもう一人いるのを直樹は見つける。
「琴子ちゃん、おじちゃまとおばちゃまの子ですよ。」
母に「琴子ちゃん」と呼ばれたのは、髪は肩ほどの長さ。赤いセーターを着ている三歳、四歳くらいの小さな女の子であった。その子は母の後ろから怯えた様子で直樹を見ている。

「この子は相原琴子ちゃんといって、わしの古い友人の一人娘さんだ。」
父が説明を始めた。
「かわいそうに…生まれてすぐにお母様を亡くされて、今度お父様も…。」
涙ぐむ母。
両親がいなくなり引き取ってくれる親戚もいない。それで働き手をほしがっているところへ売り飛ばされそうになっていたところを、偶然旧友と連絡を取ろうとしていた直樹の父が助けることになったのだという。
「当然ですわ。こんな可愛い子をどこへ売り飛ばそうというのかしら。」
どうやら母は琴子を厄介払いしようとした近所の人間と、琴子を買おうとしていた輩とかなりやり合ったらしくそのことを思い出して腹を立てているようだった。
「もちろんだ。旧友の忘れ形見をそんなひどい目に遭わせられない。」
父も同様であった。
「それで我が家で今日から一緒に暮らすことになった。」
「そうですか。」
手広く商売を営む父の羽振りはこの屋敷から見ても明らか。小さな子供一人増えたところで部屋に困ることもなければ食べることに困ることもない。

「琴子ちゃん、おじちゃまたちの子は直樹という名前なの。年は琴子ちゃんより五つ上の10歳ですよ。」
ということは琴子は5歳かと直樹は自分の予想が当たっていたことを確認した。
「大丈夫ですからね。もう怖いおじさんやおばさんはいません。今日からここが琴子ちゃんのお家。」
「そうだよ。大丈夫、大丈夫。」
そう言われてもよほど恐ろしい目に遭ったのか、琴子は母の後ろから出てこようとしない。
「直樹、妹ができたと思ってかわいがってやるんだぞ。」
「よろしくね、お兄ちゃま。」
「はあ。」
10歳にして大人びたところのある直樹は突然兄と呼ばれてもというのが正直な気持ちであった。第一、その妹とやらは完全に自分を恐れているではないか。

それからしばらくの間、母紀子は琴子にかかりっきりであった。
「琴子ちゃん、お人形さんですよ。」
「琴子ちゃん、ほうらうさぎちゃん。」
いつの間にここまでというくらいに女の子向けに飾り立てた部屋で、人形やぬいぐるみで琴子と遊ぶ紀子。来た時には何も飾られていなかったさらさらとした髪は紀子の手によりリボンが飾られるようになった。
そして直樹を見ると相変わらず怯えた様子。直樹も年下の女の子にどう接して良いか分からず困りあまり近寄らない。結果として二人の距離は縮まらない。

「どうやら近所でも厄介者扱いされていたらしくてな。」
書斎で二人きりになった折、父重樹は直樹に話してくれた。
「食事もろくに与えられない。寝床は土間にわらを敷いただけ。その上金になりそうだからと売り飛ばされかけた。大人、いや人を怖がっても不思議はない。」
琴子がこの家にやってきて一ヶ月が経とうとしていた。相変わらず紀子から離れようとしない琴子であるが、ようやく重樹にも少しずつ懐くようになってきたところであった。
「そういうわけだから、時間はかかるだろうが…。」
「分かりました。」
想像以上に壮絶な暮らしだった琴子が直樹は可愛そうになった。いくら可愛い服を着せられてもどこか悲しそうなのは無理もないことなのだ。
紀子にくっついて屋敷内をちょこまかと歩いている琴子を見ながらそう思った直樹であるが、少しくらい笑ったところが見たいと思う。

ある日、直樹は一人でこっそりと街へ出かけた。直樹のような金持ちの息子は外出の際お付きの者と一緒なのが普通だが、一人で何でもできるようにという両親の教育方針により直樹は普段から自由に歩き回っていた。が、目的地をごまかして出かけたのは初めてである。
直樹は以前から目をつけていた一軒の店に入り、手早く買い物を済ませて出てきた。

屋敷に戻ると琴子の姿は見えなかった。珍しく紀子が一人居間で刺繍をしていた。
「あいつは?」
「琴子ちゃん?お台所ですよ。」
「台所?」
「ええ。何か琴子ちゃんに御用なの?」
「別に。ちょろちょろしてるのが見えないから珍しいと思っただけ。」
そう言いつつ、直樹は台所へ向かった。近づくうちにそこから声が聞こえてきた。直樹はこっそりとドアを細く開け中をのぞいた。

「ほうら、すごいでしょう?」
コックが自慢げに見せているのは飴細工であった。瞬く間に飴色のそれが鳥の形にと変化している。
「わあ…。」
今日もリボンで髪を結った琴子が飴細工に夢中になっていた。
「はい、できあがりです。」
飴細工を渡された琴子は「ありがとう」と小さな声でお礼を言っていた。
「…何だ、楽しそうにやってるじゃん。」
自分があれこれ気を遣わずともと直樹は思った。あんなもので喜ぶなんて琴子は所詮子供なのだと思った。
「直樹坊ちゃん、このようなところでどうされました?」
女中の声に直樹はハッとなった。直樹だけでなく台所のコックたちも驚いてドアを見た。琴子も顔を動かした。
「いや、別に。」
直樹はすぐにそこを立ち去った。まったくばつの悪いことといったら。

母が気に入って取り寄せた外国製のシャンデリアがきらめく大階段を上がったところで、直樹は後ろからタタタという小さな足音が聞こえてきたことに気づき足を止めた。
「…飴、落とすなよ。」
飴細工を手にした琴子が直樹を追いかけてきていた。
「よかったじゃん、きれいな物がもらえて。」
本心から口にしたところで、自分の後を一人で追いかけるという行為が琴子にとってどれほど勇気が必要なことであるかに気づく。自分に関心を持ってくれたのは初めてではないだろうか。
「ま、男が持っていてもしょうがないか。」
直樹は鞄の中から買ってきたものが入った包みを取り出した。
「…やるよ。」
琴子はおっかなびっくりとした様子で飴を持っていない手でそれを受け取った。そのまま戻るかと思いきや、包みの中が気になるらしい。何とか開けようと頑張っている。
「しょうがないな。」
片手じゃ無理だと直樹は渡したばかりの包みを琴子から奪い、中を開いた。それは花の形をしたブローチだった。
「ここでいいな。」
琴子の襟元に直樹はつけてやった。
「飴の方がお前は嬉しいだろうな。」
子供は食べ物の方がいいに決まっている。直樹は悔しかったが仕方ない。しかし。
「…とてもきれい!!」
琴子の口から出た言葉に直樹は驚いた。そして更に驚いたことには琴子は笑っていた。この屋敷でこんな笑顔を見せたのは初めてだった。
「ありがとう…直樹坊ちゃん!」
「坊ちゃん!?」
ああ、そうか。使用人たちがそう呼ぶのを真似たのかと直樹は合点した。
「坊ちゃんか。まあ、仕方ないな。」
そのうち別の呼び方になるだろうと直樹は思った。



時は流れ1943年、京城(現在の韓国・ソウル)。

「…まだ来ないのか、あいつは!」
京城帝国大学医学部の門の前で入江直樹はイライラしながら相手を待っていた。
「昼休み終わるぞ、ったく。」
そうつぶやいた時、道の向こうから「直樹坊ちゃん~」と呼ぶ声が聞こえてきた。
「遅いんだよ、お前は!」
「ごめんなさい、おかずを詰めるのに時間かかっちゃって。」
ハアハアと息を切らせてやってきたのはお下げ髪の少女だった。寒さと全力疾走で頬は真っ赤である。
「はい、お待ちかねのお弁当です。」
「ったく。」
直樹は少女から乱暴に包みを受け取った。
「中身はすごいですよ。琴子特製ですからね、残したらだめですよ!」
「何が琴子特製だ。ったく、おふくろもおふくろだ。お前なんかに俺の弁当作らせやがって!」
「本当ですよ。すごすぎて級友の皆さんが集まるかも!その時はごめんなさい。」
「調子に乗るんじゃない。」
直樹に額を突かれ「あん」と少女―相原琴子は変な声を上げた。
「それじゃ、午後のお勉強も頑張って下さいね。」
「お前に言われなくてもそうする。」
「それじゃあ」と来た道を引き返す琴子の肩にかけられている鞄の部分がキラッと光った。
「お前、まだそんな古ぼけたやつを。」
「え?ああ、これですか?」と琴子は直樹に言われた場所に目をやって笑った。
「だって私の宝物ですもん!こうして肌身離さず。」
「そこまでするほどの物じゃないって言っただろ。安物なんだから。」
「いいんです。宝物、宝物。」
笑いながら琴子が触ったそこには、あの花のブローチが飾られていたのであった。







☆☆☆☆☆

ということで、今年のお祭りはこのお話で行こうかと。
チャットで盛り上がっていたのですが設定はその時とかなり変わりそうです。
まず大陸じゃなく半島になったし(笑)だからタイトルも「大陸の愛」でいくはずが急遽考えることになりベタベタなものに…!!
お祭り期間中に完結は…おそらく無理でしょう!!でもそんなに長くならないようにしますね。


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今晩は~

今晩は~新しいお話が始まったんですね?お話が長くっても全然大丈夫です。ジャンジャン書いて下さい(笑)私はこういうお話は大好きです。新しいお話し待ってま~す。

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紀子ママさん、ありがとうございます。

確かに韓ドラですよね(笑)私もとうとうこの日が来るとは思ってませんでした(笑)
え~だってベッタベタの甘~いイリコトをこの間書いたら、何だか評判が今一つだったんですもの(笑)
紀子ママさんは楽しんで下さったけど。だったらドロドロでいってやると思ったとこです。

たまちさん、ありがとうございます。

終戦間近な異国って色々な匂いがしますよね。
そうそう、実は最初琴子ちゃんの売却先(笑)、春を売る所にする予定だったんです。
この話の直樹坊ちゃんは優しいところがあります。
え~嫌な予感ですか(笑)ソンナコト、アリマセンヨ(なぜか片言)

ソウさん、ありがとうございます。

この時代は以前書いたことがあるので、もう書くことはないだろうなと思っていたのですが。
チャットでお話して、色々浮んで…やっぱり人と話すのっていいなあと思いました。
私もこの話をしている時、とても楽しくて時を忘れましたよ!
ソウさんが江戸の資料を色々見ながら書いていると仰ってたのを思い出しました。
私も現在図書館から満州やらソウルの歴史やら日本のお屋敷やらの本を借りております。が、それを有効活用できる日はどうやら来そうもありませんが…(笑)
優雅さ、確かにそうかもしれませんね。とりあえず夏に読みふけっていた「戦中派不戦日記」とかが役に立ちそうだなと思っております。

こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

うわあ、過去作品リピートありがとうございます!!
切ないお話、ラストはハッピーエンド…うーん、どうでしょう(笑)
たまには皆様の期待を裏切ってみたいような気もします。
是非楽しんで頂けるよう、頑張りますね!

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

こんばんはでありんす♪
そうです。お祭りということで私も何か企画をと考えて、皆さんでチャットで盛り上がったこの話を書いてみることにしました。
1話でウルッですか!それはこちらの魂胆にまんまと…いえいえ、ありがとうございます!
さてカスガノツボネさんの願望を叶えられるかどうかはまだ分かりませんが(笑)続き、楽しみにして頂けるとうれしいです!

さなさん、ありがとうございます。

ありがとうございます!長くなっていいなんて嬉しいです。
前のお話よりは長くならないよう頑張りたいところですが…頑張りますね!!

ema-squeさん、ありががとうございます。

いえいえ、とんでもない!
そんな正座していただくようなものは書ける自信はありません。
でも皆さんで盛り上がった話なので頑張りますね!!

よしぴぃさん、ありがとうございます。

呼び方が変わる時が二人の関係が変わる時…うわ、素敵~!!そうなる日が来るといいですね!
時代的に戦争は関わって来るかと思います。年表作ってネットで検索かけてますが、調べれば調べるほど難しい!
チャット、とても楽しいですよ。私もよしぴぃさんとお話できるといいなと思ってます♪

とこさん、ありがとうございます。

出だしからワクワク…掴みはOKってことですね!よかった~!!
続き呼んで頂けるよう頑張ります!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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