もしもこんなカーナビがあったら 1
ソウさん、その節は勝手なお願いを聞き届けて下さりありがとうございました。
お祭りの間はこうしていろいろ、サイトマスター様や読み手の皆様と交流できたら良いな♪

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もしも入江直樹がカーナビだったら――
「お義母さん、この特売を逃す手はありませんよ!」
助手席に乗り込むと琴子は広告を広げて、拳を握りしめた。
「ええ、もちろん。キャベツは底値だし、ほうれん草もお安いこと。」
「急ぎましょう、きっとお客が殺到してますから。」
「ああ、ちょっと待って。普段と違うスーパーだから場所を確認しないと。」
と、紀子はカーナビのメニューボタンに触れた。
ポーン。
『若作りだな。あと化粧濃すぎねえか?』
…車の中に沈黙が走る。
「何なの、このカーナビ!!何て失礼なんでしょっ!!」
紀子が今にもカーナビを壊さんばかりに手を伸ばす。
「お義母さん、落ち着いて!」
「だって琴子ちゃん!何で私がカーナビなんかに若作りだの、お化粧濃いとか言われなければいけないわけ!?」
「そんなことありません。お義母さんはおきれいなままです。カーナビがおかしいんですよ!」
数日後。
「カーナビに馬鹿にされたとか、何を言ってるんだろうなあ。」
本日運転席に乗り込むのは重樹だった。
「女ってのは妄想たくましいしな。」
笑いながら重雄は助手席に乗り込んだ。
「カーナビか。機械操作はどうも苦手だな。」
不器用な手つきで重雄はカーナビに触れた。
ポーン。
『…そろそろ免許返納することを考えた方がいいでしょう。年が年だし。』
再び沈黙に包まれる車内。
「な、何を言い出すんだ、こいつは!!」
「そうだ、わしらはまだそんな年じゃない!」
重樹と重雄が激昂すると、触れてもいないのにまた「ポーン」という効果音が鳴る。
『高齢者講習では認知症検査を忘れずに。』
「だからそんな年じゃないって!!」
二人は揃ってカーナビに怒声を浴びせた。
「本当に失礼しちゃうわね。パパたちにもひどいこと言ったらしいわよ。」
あれから一週間が経っていた。紀子はブツブツ文句を言いながら車に乗り込む。が、今度は紀子が助手席であった。
「でも今度は大丈夫ね。琴子ちゃんは若いんだし、あんな暴言吐かないでしょう。」
「どうかなあ?」
と言うのは後ろでふんぞり返っている裕樹だった。琴子が珍しく運転すると聞き、「最近退屈だったからスリルを味わうのも悪くない」と買い物に付いて来たのである。
「あの時はカーナビくんのご機嫌が悪かったんですよ。」
琴子は笑いながらエンジンをかけた。
「さあ、カーナビくん。楽しいドライブをしましょうね。」
カーナビに優しく話しかけながら画面にタッチする琴子。
ポーン。
『…この世に思い残したことはもうないな?』
三度目の沈黙――。
「ちょっとお義母さん!!私が一番ひどいこと言われてるんですけど!!」
「うわーん」と泣きながら紀子に訴える琴子。「アハハハ、すげえや!」と笑い転げる裕樹。
「琴子ちゃん、落ち着いて。もうこのカーナビはこういう奴だってあきらめた方がいいんだわ。」
「それにしたってひどすぎる…ぐすっ!」
何とか泣き止んだ琴子は気を取り直して目的地の入力にとりかかった。
「ええと、あった。Aスーパーと。よし!」
あとは道筋が表示されるのを待つだけである。
「…随分時間かかってるわね。口も悪ければ頭も悪いのかしら?」
散々やられただけに紀子が辛辣なことをカーナビにぶつける。
ポーン。
「あ、やっと出るみたい!」
ところが、画面に写し出されたのは道案内ではなく、
『この目的地への案内は辞退いたします。』
という文字。
「辞退?どういうこと?」
琴子と紀子が顔を見合わせるとまたもや「ポーン」という軽快な効果音が鳴った。
『お前にはこのスーパーは無理だ。』
「ちょっと!!何でそんなこと決めつけるのよ!」
琴子が叫ぶとまたもや「ポーン」という効果音。
『このスーパーは立体駐車場だ。お前に入れることは不可能。』
「た、確かに言われてみればそうかも…。」
運転のうまい紀子ならまだしも、滅多にハンドルを握らない琴子には立体駐車場はかなりのハードルである。
「じゃあ、私にふさわしい駐車場は?」
「結局カーナビにお伺いしてるんじゃねえか。」
呆れる裕樹の声の後、またもや「ポーン」。
『Bスーパーの第二駐車場ならガラガラ。』
「第二って店から離れてるんじゃねえか」と文句を言う裕樹を無視し、琴子はアクセルを踏んだのだった。
ポーン。
『右折どころか左折もまともにできねえのか。』
ポーン。
『信号変わりかけてるぞ。お前の目はどこについてるんだ?』
ポーン。
『車線変更もできねえ奴はハンドル握るな、ばあか!』
「お義母さん、あたし何でこんなにカーナビに叱られなければいけないんでしょう!」
「琴子ちゃん、耐えるのよ!大丈夫、このカーナビは口が悪すぎるんだから。」
ハンドルを握りながらべそをかく琴子。それでも容赦のないカーナビ。
ポーン。
『お前の運転免許、本物なんだろうな?』
「本物よ!」と叫んでいた琴子はカーナビが指示した左折をし損ねてしまった。
ポーン。
『この俺の案内を無視しやがっていい度胸だな、おい。』
「うわぁぁぁん!!」
「琴子ちゃん、泣いてもいいけど前は見て!」
大騒ぎの車内である。
「あら、今のブレーキは上手だったわよ。」
何度目かの赤信号で今までよりスムーズにブレーキを踏めた琴子を紀子は褒めた。
ポーン。
「ちょっと、いいところに邪魔するんじゃないわよ!」
せっかく褒めたのにと紀子がカーナビを怒鳴りつけると、
『やればできるじゃん。』
「…え?」
どうやら初めてカーナビに褒められたらしい。琴子の顔がパァッと輝く。
「今の…褒めてくれたんでしょうか?」
「そうみたいね。」
ウフフと笑う紀子。
「そっかあ、褒めてもらえたんだ。えへへ、すごく嬉しい。」
喜ぶ琴子に、
「琴子ちゃん、信号変わったわ。」
「琴子、後ろの車がクラクション鳴らしてるぞ、まぬけ!」
「あ、いけない」
ポーン。
『ったく、少し褒めるとすぐ調子に乗りやがって。はあ。』
色々あったものの、何とか目的地に到着。買い物をして琴子たちは再び車に乗り込んだ。
ポーン。
『ガソリンが残り少ないぞ。お前の運転が下手だから燃費の良さが生かされてねえんだよ。』
「あ、本当だ。」
すっかりカーナビの罵詈雑言に慣れた琴子だった。
「それじゃガソリンスタンドに寄って帰りましょう。」
紀子に言われ琴子はカーナビでガソリンスタンドを検索する。ガソリンスタンドはどこも似ているのか案内拒否はされなかった。
「おい、琴子。目的地あそこじゃねえのか?」
遠ざかっていくスタンドの看板を指しながら裕樹が騒ぐ。
「え?だってカーナビくんが目的地ですって言ってくれないから。」
「頼りすぎて見放されたんじゃねえの?」
「そんなあ!」
「大丈夫よ。ほらあそこにもう一軒あるみたい。」
紀子が指すと、
ポーン。
『目的地だ、うまく入れろよ。』
「おかしいなあ?何でさっきの所じゃなかったのかしら?」
不思議に思いながら琴子はヨロヨロと車をスタンドに入れた。
「ったく、お前に付き合ったら疲れた。」
「まあまあ。ほら、ジュースごちそうしてあげるから。」
「そんなもんでごまかされないぞ、僕は!」
ギャーギャー騒ぎながら琴子と裕樹はスタンドの店舗へと入った。二人に続いて車を降りた紀子は、周囲を見回して首を傾げる。
「このお店…まるでシルバー人材センターみたいね。」
紀子が言うのも無理はなく、従業員の平均年齢の高いこと。定年退職後の人間が集まっていると言っても過言ではないほどだった。
ポーン。
誰もいない車内で効果音に続きカーナビが喋った。
『若い男ばかりの店にあいつを連れていくなんて冗談じゃない――。』
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