日々草子 発射準備完了な野獣

発射準備完了な野獣

注意!!

入江くんのキャラが相当崩壊しています。
下品なギャグも寛容な方のみ読み進めて下さい。



…もう失うものは何もない。
あんまり人が来ていないのを前向きにとらえ、思い切ってみた…。うん、シャッター商店街なりにできることを。
今宵も事後承諾にもかかわらず、掲載を快く許して下さった千夜夢さんに感謝いたします。ありがとうございます。


************




 






――ブームはもうそろそろ落ち着くかと思っていたのに
斗南大病院医師、入江直樹は苦々しい思いで立っていた。

「はい、みんな~ちょっと練習してみようか?」
病棟にある小さなホールに集まっているのは通院、入院している子供たち。そしてその子供たちを指揮しているのは看護師、入江琴子。

「それじゃあ、看護師さんに続いて言ってね。せえの…とんにゃんくーん!」
「とんにゃんくーん!」
琴子に続いて声を合わせる子供たち。
「はい、よくできました!さて、とんにゃんくんが到着したようですよ!」
ホールの後ろからこっそりと合図を送る同僚の桔梗幹を確認すると、琴子はにっこりと笑った。
「それじゃあ呼んでみましょう。せえの!」
「とんにゃんくーん!!」

「とんにゃんくん、お願いします!」
幹に背中を押されてホールに入ったのは、着ぐるみだった。
通常ならば着ぐるみが姿を見せた途端、子供たちから歓声が上がるというもの。しかしホールに聞こえ始めたのは――。

「え?あれが…とんにゃんくん?」
「何だ、あれ?」
「化け物じゃねえの?」

…明らかに不審者を見る目である。子供ってこんな顔もできるんだなと変に感心してしまうくらいであった。

「わーん、変なのが入ってきたあ!!」
中には泣き出す子まで出てきた。慌てて琴子が「大丈夫よ」と宥め始める。

――やっぱりやめておけばよかった。

怯える子供たちを着ぐるみの中から見ていたのは、入江直樹当人であった。



「とんにゃんくん」―それはここ斗南大病院のゆるキャラの名称だ。昨今、増えすぎたゆるキャラを廃止させようと役所が動いているというのに、この病院は今頃になってそれを作り出そうと考えたのである。私立大の病院だしその辺は構わないってことであろう。
大学病院のイメージは色々ある。ドラマ等の影響からか教授同士がいがみあっているだの、医師と看護師がしょっちゅうデキあがっているだの(※一部の医師と看護師にあり)、医療ミスを隠蔽しただの(※頭文字Nの外科医はいつかしでかすだろうと直樹は踏んでいる)、まああまりよろしくないものばかり。
それを払拭するために、患者から親しまれるゆるキャラをという計画が持ち上がったのは今年の夏のこと。そこでキャラの名前とデザインを病院の職員から募った。

「入江くん、見て!」
その病院の思惑にまんまと乗っかったのは琴子だった。募集が発表されてからというもの、琴子は、看護計画もそれくらいやれというくらい熱心に机に向かっていた
「ねえねえ。これなら絶対採用されると思うの。スケッチブック何冊も描き上げた甲斐あったわ!」
いそいそとキャラ案を練り始めた琴子は当初、広告の裏を利用していた。が、「やっぱりこういうのはきちんとしたものに描かないとアイディアが生まれない」と偉そうに喚き出し、スケッチブックを買い込んだのである。
「どうかなあ?入江くん、率直に意見を聞かせてくれる?」
先にベッドに入っていた直樹の隣に飛び乗って、琴子がスケッチブックを押し付けてきた。ここしばらく、キャラ製作に夢中になっているためにすっかり直樹を放置していたことなど琴子は分かることなく、無邪気に笑っている。これに適当に相槌打っておけば今夜こそ、琴子と久しぶりの…になると思った直樹はスケッチブックを覗き込んだ。

「…何だ、これ?」
適当に相槌は直樹の口から出なかった。
「何って、これぞ“とんにゃんくん”だよ!」
名前だけはいかにもゆるキャラらしいものである。が、琴子が描いたそれは「化け物」という言葉がふさわしいものだった。いや、琴子の絵心からいってそんなリアルな恐ろしさはない。だがこれを見て子供たちが喜ぶかというと100人中100人が逃げていく気がする。

「あれ?そっか。入江くんはゆるキャラがよくわからないか。しょうがないな、説明してあげるね。」
直樹の無言をそう理解した琴子が誇らしげに説明を開始した。
「いい?まず頭。頭はブタさんなの。それで体はネコさん。それで“とんにゃんくん”。」
「…そのまんまじゃねえか。」
一応、見ればわかる。だがブタとネコの合体物を子供が喜ぶと?
「工夫したのはズバリ、ネーミング。最初“とにゃんくん”にしようと思ったんだ。斗南、となん、とにゃんって。でもそれじゃちょっと芸がないかなって。ああ、そうだ。“とんにゃん”にしたらいいじゃないって思いついちゃったわけよ。だったら頭はブタさん、体はネコさん。ね?いいアイディアでしょ?」

…思いつかなければよかったのに。
せめて「とにゃん」にしておけばネコもどきのキャラで済んだはず。それなのに「とん」をつけることを思いついたがゆえにこんな怪しい物体を生み出してしまった。
直樹はスケッチブックの他のページをめくった。まだましなキャラがあるのではないか。が、一分後、直樹は元のページに戻し琴子へ返した。
「(この中では一番)まし…かもな。」
「やったあ!!」
琴子はスケッチブックを掲げてベッドの上で飛び跳ねた。
「入江くんも太鼓判を押してくれたことだし、明日提出しようっと!」
太鼓判を押したつもりはない。が、本当にこれが唯一まともなのだからそう言うしかなかった。それにさっさとこの件を終わらせ久しぶりの…に突入したい直樹である。

ところが。
「いい気分のまま眠るね。おやすみ、入江くん。」
数秒後、隣からは「すこー、すこー」という腹が立つくらい気持ちのいい寝息が聞こえてきた。
「…腹立つ奴!!」
直樹は枕を琴子に投げつけた。が、目覚める気配はない。その晩、直樹は膝小僧を抱え寂しく眠る羽目になった。



その自信はどこから来るのかというくらいだった琴子であったが、直樹は絶対採用されることはないと思った。あんな気持ち悪いキャラを病院の広報等に使ったら患者はいなくなること間違いない。
審査するのは病院のお偉方だ。年齢も高い。そんな彼らがあのキャラを気にいるわけない…。

ところが。
今年の夏も非常に暑かった。救急にも熱中症患者は運ばれてきたし、病棟も大忙しだった。そんな中、斗南大病院ゆるキャラ審査会は開かれた。そして悲劇が起きた。審査会会場となった会議室のエアコンが、その日に限って故障してしまったのだ。
さっさと決めてこの部屋から脱出しようと考えるのは無理もなかった。そして少ない応募作品はどれも見たことのあるようなキャラばかりだった。そんな中で琴子のあの作品が登場すれば…。

「これ、斬新じゃないですか!」
「ほほう、確かに個性的!」
「それくらいインパクトあった方が話題にもなりますしね。」

この日の気温、37度。窓は全開にしているものの、外からくる熱風。そして参加しているのは平均年齢60代後半…まともな思考回路を要求することは酷だった…。

こうして斗南大病院キャラクター『とんにゃんくん』が誕生することになった。



「入江先生、ちょっとご相談があるのですが。」
幹が言いにくそうに直樹の所に来たのは、そのキャラクターのお披露目会の当日の朝だった。
「実はですね、とんにゃんくんの中に入る人がまだ決まってなくて。」
「…何で俺に言う?」
そんなこと俺に関係ないだろう。
「お前が入ればいいじゃないか。」
「いえ、あたしは別の担当があって。」
「作った本人は?」
「琴子は進行役なんです。あの子、子供受けいいから。」
幹の目的が分かった直樹は背を向けた。
「悪いけど、俺は忙しい。」
「そんな、先生~!!」
「どういわれても俺は断る。船津にでも頼んだら?」
「船津先生じゃ、動きが固いですって!今の子たち、そういうのすごく目ざといんですから。」
「そんなこと知らないね。」
「ああ、もう。こうなったら啓太に頼むしかないか。」
「それでいいんじゃない?」
そういうくだらないことには啓太がぴったりだと思った。
「そうですね。それじゃあそうします。ま、啓太も琴子に抱き付かれて本望でしょうし。」
幹の言葉にその場を去ろうとしていた直樹の足がピタッと止まった。
「琴子がね、言ってたんです。自分が作った大事なキャラだから最後は抱き付いて写真撮ってもらうんだって。そうですよねえ、自分のキャラに“率先”して入ってくれたなんて知ったら琴子、嬉しさでキスもしそう…。」
「桔梗。」
「はい?」
「…午後ならば1時間くらい空いているが?」

…どうも幹の口車にまんまと乗った気がしないでもない直樹である。だが抱き付いてキスの嵐?(※そこまで幹は言ってない)冗談じゃない。いくら着ぐるみを通したところでそんなこと許せるわけがない。琴子のキスを受ける男は世界に自分一人!直樹は心の中で宣言した後、「とんにゃんくん」の頭を被った。

そして幹には着ぐるみの中は自分だということは口止めしておく。子供たちに感謝された後、琴子と二人きりになったところで正体を明かす。自分がここまでしたことに感涙する琴子。深まる夫婦愛…目の前に桔梗がいるにかかわらず、着ぐるみの中ということで直樹はニヤッと早くも勝利の笑みを浮かべたのだが――?



「ギャーッ!!」
「出たな、怪獣!キーック!!」
「星へ帰れ!!」

そのルックスに最初は言葉を失っていた子供たちであったが、すぐに気を取り直した。それは「とんにゃんくん」を敵とみなすことで。
「とんにゃんくん」に向かって子供たちは好き勝手なことを始めた。いつの間にか怪獣にされ、いつの間にか宇宙人にされた。

「ほら、静かに!とんにゃんくんをいじめないで!みんな、お席に戻りましょう!」
一生懸命琴子が言ってるが、日頃制限された生活を送っている子供たちのパワーはここぞとばかりにとんにゃんくんに向けられてきている。
「ほら、とんにゃんくんがかわいそうでしょう!」
琴子が直樹(というか、とんにゃんくん)をギューッと抱きしめてきた。その時、直樹の体の中に不思議な感覚が走った。これは一体なんだ?琴子に抱き付かれるなんてことほぼ毎日だというのに。どうして今、こんな感覚が?もしや着ぐるみマジック?

「あれ?とんにゃんくん、しっぼが前にも出てる?」
女の子の声が聞こえた。
「本当だ!しっぽが二本もあるぞ。」
「後ろだけなのに、前にも出てる~。」
「しっぽは一本だろ?やっぱこいつ、化け物だ!」

子供たちが指をさす方へ直樹は視線を落とした。確かにそこにあるはずのないしっぽがあった。ニョキッとそこだけ突っ立っているではないか。着ぐるみマジックは直樹の体に異変をもたらしたのだった。
しかしこの異変はすぐにおさめなければいけない。こんな状態で動いたらどうなるか。子供たちはまだ理由が分からないだろうが琴子や幹は気づく。どうしてこうなったか説明のしようがない。

―― 何か、何かすごくつまらないこと、気持ちが萎えることを考えねば!

しかしこういう時に限って直樹の頭の中は琴子でいっぱいになってしまう。琴子のことを考えるならあいつがドジをしている所でも…だめだ。なんだか余計おかしな気分になってきた。
そうだ、くだらないといえば…直樹は思い出した。この「とんにゃんくん」のお披露目のために琴子がそれはもう、くだらない代物を買ってきたことを。
寝室の外で直樹が偶然聞いていたことに気づくことなく「とんにゃんくんに合わせてみちゃった」とウキウキした様子で買ったばかりの、ブタとネコのブラとパンツのセットを買ってきていたことを。今着ている、あの白衣の下にはブタとネコのブラとパンツが――。

「あれ?しっぽが太くなってない?」
「大きくなったんじゃねえか?」

引っ込むどころかますます発達してきた「第二のしっぽ」。
「ちょっと掴んでみようぜ!」
「何か発射するかもしれねえぞ!」
「面白い!」
男の子たちが完全に面白がっている。それは待て!直樹は心の中で叫んだ。このしっぽは引っ張ってはいけない、本当に発射しかねない!梨汁ならぬ入江汁ぶしゃーになるかもしれない。お前らも大人になればこの状況がいかに切羽詰ったものか分かるはずと直樹が叫び続けていた時だった。



「ウキキッ!」
猿の声がホールに聞こえた――。


「サルだ!」
「あれ?何でサルが?」

子供たちの視線は「とんにゃんくん(のしっぽ)」から突如現れたサルへと向けられた。そして一斉に駆け出していく子供たち。
男としての危機を逃れた直樹であるが、そのサルを見て表情が一変する。
―― あいつは!!
「ウキーッ!」
片手をあげて愛想よく挨拶をするそのサルは、直樹の宿敵(※IQ180の宿敵がサルでいいかは置いておいて)、来夢(らいむ)だったのである。

子供たちに囲まれ気をよくしたのか来夢は早速、クルリと宙返りを披露した。
「わあ、すごい!」
「うまいなあ!」
すっかり和気藹々となったホール。そして一人ポツンと取り残されているとんにゃんくん。その第二のしっぽももはや消滅していた。

「みんな、とんにゃんくんが寂しがって…キャッ!」
子供たちを連れ戻しに来た琴子に、来夢が飛びついて来た。
「このおサルさん、看護師さんのことが好きなんだね。」
「あら、そうなの?」
相手が人間だろうがサルだろうが好かれて悪い気分はしない。
「ウキキ~」と琴子に甘えた様子を見せる来夢。
「あらあら、甘えん坊さんだこと。」
琴子が優しくその背を撫でるとさらに来夢は甘えた声を出した。
しかし、直樹の目は着ぐるみの中で光っていた。甘えているように見えて、さすが来夢である。その手を琴子の真っ平らな胸に伸ばそうとしているではないか。

「ウキ~」と今まさに、琴子の胸にタッチしようとした時であった。来夢の襟首をむんずととんにゃんくんが掴んだ。
―― てめえ、性懲りもなくまた琴子に手を出そうとしやがって。
正体がばれるわけにいかないので直樹は睨むことで意志を来夢に伝えた。相手もさすが、IQ180のライバル。
「ウキキキキッ(そんなところに忍んでやがったか)。」
とんにゃんくんの手から逃れると、来夢はたちまち戦闘態勢に入った。とんにゃんくん、いや直樹も身構えた。

「おい、怪物!おサルをいじめるな!」
「そうだ、お前よりずっと可愛いんだぞ!」

子供たちは来夢の味方である。ということは、ここは直樹にとって完全アウェイ。例えるならば甲子園球場の阪神ファンの中に、ジャイアンツファンが一人で乗り込むような(そうか?)。

―― いい加減身の程をわきまえろ。お前はサルなんだ!

「ウキキキッ!(お前に言われたくないわっ!)」

―― 最近サルがメインの映画が公開されてるからって調子に乗ってるんじゃねえのか?

「ウキーッ!(1968年版は人間はサルの奴隷状態だったんだ。最近の映画なんて知ったことないね!)」

―― うるさい!所詮お前はサルだ!今は21世紀、2014年!大人しく2014年版で我慢しろ!

「ウキキキキーッ、キキキーッ(誰が我慢するか、あっかんべー)。」
真っ赤な尻を直樹に向け、ペンペンと叩いてみせる来夢。これには直樹の怒りも頂点に達した。
そして来夢が飛び上がった。とんにゃんくんも飛び上がる。宙でガツーンッとぶつかり合った二匹であった。身の軽い分、来夢がすかさず次の攻撃に出る。
が、とんにゃんくんもその巨体から信じられない身軽さを披露し始めた。スタッスタッスタッと三連続のバク転を床の上で披露したのだ。

「すげえ、とんにゃん!!」

決めポーズを付けたとんにゃんくんに、子供たちも驚きと称賛の声を上げた。

「かっこいいぜ、あいつ!」

―― ようやく名前を憶えてくれたか。

直樹がフッと笑った時、来夢が「ウキャーッ!」と両手を上げて襲い掛かって来た。とんにゃんくんは見事なキックでそれを交わす。

「おおっ!!」
一歩も譲らない両者の戦い。子供たちも琴子も息をのんでそれを見守る。
もはやとんにゃんくんにゆるキャラの面影は皆無だった。こんな激しい動きができるゆるキャラがどこにいよう。そう、あの黄色いゆるキャラなんて目ではない。それがとんにゃんくん!

「ウキキキーッ!!(身を引け、化け物!)」

今度こそとどめだと、直樹は(心の中で)思い切り叫んだ。

「さらば、猿の惑星――!!」


「何をしてるんですっ!!!」
突然響いた怒声に、宙に浮いた二匹の体がストンと落ちた。
「し、師長…。」
琴子と幹が真っ青になっている。現れたのは細井師長であった。
「…ここは病院ですよ。一体何の騒ぎです。」

「すげえ、リアルとんにゃん…ぐっ!」
言いかけた子供の口を琴子は素早い動きでふさいだ。
「入江さん、子供たちをそろそろ病棟へ。」
「は、はい。」
琴子は子供たちを病棟へと連れて行く。その様子を見送った後、細井師長はとんにゃんくんを見やった。
「あなた、ここが病院だってこと、分かっているのかしら?」
腕を組みとんにゃんくんを睨む師長はさらに続けた。
「あなた、それを脱いで顔をお見せなさい。」
着ぐるみの中で直樹は顔色を変えた。冗談じゃない。ここで自分の正体がばれたら…そんなみっともないことできるか。

「師長!こちらはボランティアの方なんです!」
幹が二人の間に割って入った。元はといえば自分が直樹に頼み込んだこと。師長に正体がばれたら後で直樹にどんな恐ろしい目に遭うか!
「ボランティア?」
「そうです。絶対に顔を見せないという条件でお願いしたんです。それにこれはこのとんにゃんくんだけじゃなく、サルのせいでもあって!」
「あのサルは普通のサルじゃありません!」
「へ?」
思わず桔梗と共に直樹も変な声を上げそうになった。
「知らないの?あのサルはきちんとアニマルセラピーを受けたサルなのよ。」

―― アニマルセラピーだと!?

直樹は来夢を見た。「ウキキッキー~♪」と直樹を嘲り笑うかのように来夢は立っていた。
「このサルはそれはもう、厳しいアニマルセラピーの講習をクリアしたそうです。そんな立派なサルに喧嘩を仕掛けるなんて、何てことかしら。」

直樹は拳を握りしめた。来夢は、そこまでして…そんな講習を受けてまで琴子を自分から奪おうとしているのか!
子供は元気そうに見えても患者なのだから、今後は気を付けるようにと釘を刺して細井師長は来夢と共に去って行った。「ウキキキ」と嘲り笑う来夢の声はいつまでも直樹の耳に残った。



それから数日後の夜。

―― 何でまたこれが!?

帰ってきた直樹を寝室で出迎えたのは、あの忌まわしい「とんにゃんくん」だった。
寝室のど真ん中に陣取って直樹を見ていた「とんにゃんくん」の頭がもぞもぞと動き出した。
「ばあ!」
中から顔を見せたのは琴子だった。
「何やってんだ、ばあか。」
もう二度と「とんにゃんくん」は見たくなかった直樹は無視することにした。
「あのね、とんにゃんくんの件、少しお預けになっちゃったんだ。細井師長がキレちゃって院長とか部長とかも怖くて逆らえなかったって。」
恐るべし細井師長、さすが斗南大病院の陰の実力者と噂されるだけある。
「それで製作者ってことでこれを私が一時預かることになっちゃって。」
「捨てちまえ。」
「ああん、かわいそうだよ、とんにゃんくん。」
べそをかきながら琴子はまた「とんにゃんくん」の頭をかぶった。そして外す。またかぶる…。
「何やってんだよ、落ち着かねえ奴だな。」
「うん…なんだか苦しくなってきた。」
見ると琴子の顔は真っ赤だった。息も上がっているようだ。
「ったく、くだらないことしてるから酸欠になったんじゃねえの?」
「そういう苦しさじゃなくて…。その…。」
琴子はチラッと直樹を見上げる。その目がどこか潤んでいるのは気のせいか。
「何かこのとんにゃんくんの頭…あの時の入江くんを思い出すみたいで。」
「は?」
「その…あの時の…入江くんの匂いがするみたいで。だからあたし、どっかおかしくなっちゃうみたいで。」
もじもじとする琴子。体は着ぐるみでもそれは可愛いものである。

「ははん…。」
直樹は分かった。それをかぶっていた時大量の汗をかいた。その匂いを琴子は敏感に感じ取ったに違いない。
―― しっぽも余分に生えたくらいだし、な。

「入江くん…。」
拳を手に当て、もじもじとする琴子に直樹は言った。
「ほら、おいで。」
両手を広げると琴子は嬉しそうにその中に飛び込んできた――体に着ぐるみつけたままで。
それを脱がせるのにひどく時間がかかったものの、久しぶりの二人の時間。直樹はそれはもう濃厚な時間を琴子と共に過ごせたのである。
着ぐるみを取り払った琴子を見下ろしながら自分の勝利を確信した。そうだ、あんなサルに自分は負けていなかった!琴子はこうして自分に夢中ではないか。

直樹は勝利の叫びを上げた。

―― とんにゃんくん、万歳!!



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紀子ママさん、ありがとうございます。

魔法の手まで心配して下さり、ありがとうございます。
そりゃああの直樹のライバルですから、IQもそれくらいあって当然かと!
え?あの映画に出てるんじゃないかって?それはぜひとも見に行って確認してこなければ!実は『猿の惑星』の旧作シリーズ好きなんです^^
愛する琴子ちゃんのためにアニマルセラピーまで学んだ来夢。その根性は琴子ちゃんといい勝負。ゆえに通じる者を感じているのかもしれない!
もしかしたら琴子ちゃんが来夢と手に手を取って行く日も近いかも…なあんてね。

sayuさん、ありがとうございました。

素晴らしい一言をありがとうございます!
最高と言っていただけて、書いた甲斐がありました!!

めぐしさん、ありがとうございます。

こちらこそ読んで下さりありがとうございます。
そうでしょ?膝を抱えて寂しく眠る入江くん、私も書いていてツボでした~。
来夢もどんどん知恵をつけて入江くんのライバルとして君臨することでしょう!
はい、ぜひまた書いてみたいと思います^^

ねーさんさん、ありがとうございます。

そうですよね!あの着ぐるみを着て猿同様の動きができるってすごいです。さすが我らが入江直樹。
そして…アハハハ!!久しぶりの二時間って。入江くんは時間をきっちりと決めてやってるんですか?
何か二時間にこだわりがあるのかって、そう考えたら笑いが止まりませんでした。
いえいえ、コメントを要求したみたいで申し訳ありません。私もねーさんさんのお話、楽しみにしております!

こっこ(*^^*)さん、ありがとうございます。

色々仕込んだ小ネタに反応していただけて、とても嬉しかったです!!
前後のしっぽは書きながら浮んだことです。子供だったら容赦ないだろうなと思って。
そしてあしながおじさんを読みかえして下さったんですね。うわ~ありがとうございます。
あれは私自身もたまに読み返してます。
私もこっこ(*^^*)さんにまた夢中になって読んで頂けるお話を書きたいです。

ソウさん、ありがとうございます。

そこはもう、本当に書こうかやめておこうか迷った部分です>…汁(笑)
これを書いたら完全に引かれるかもしれないと、そりゃあもう直前まで削除するかどうするか迷いました。
でも受け入れていただけてちょっと安心しました。
千夜夢さんの本家のお話がとても面白いので私もノリノリで書けたようです。

たまちさん、ありがとうございます。

そっか~シャッター商店街でも絵を書いてお客を集める…なるほど。努力は必要だということですね。
「あの店、まだやってたんだ!」と言われても頑張るか(笑)立ち寄られなくとも通過されることを喜ぶ…ってことでしょうか(笑)

そうですよね、F組の琴子ちゃんが好きそうなイベントです。しかも採用されたとなれば率先して動くはず!
ゆるキャラ初の悪役って!!斗南大病院の広告塔になるはずなのに~。
中に冷水って、そんなことしたら「あ、お●らしだ!」と子供たちに笑われること間違いなし!
そうです、直樹のライバルだけにもう言葉を超えた戦いが始まっているんです!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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