日々草子 斗南浪士 4

斗南浪士 4






「入江様が江戸に出ていらしたなんて。」
「そうはいっても脱藩した身だからな。」
機嫌よく直樹が話している相手は、お智という女性であった。このお智、外を歩けばその可愛らしさに男たちが振り返るほどなのだが、まだ若いのに小倉屋という大店を女手一つで切り盛りしている遣り手である。斗南藩とも取引があり、その縁にて直樹とも付き合いがあった。直樹が江戸に出て来たということを聞きつけ、今日は小倉屋に直樹、池沢、鴨狩を招いたのだった。

「しかしまあ、儲かってまんなあ。」
蔵が立ち並ぶ敷地を見まわし、池沢が感心する。
「これならば婿取りの話も沢山来ているんやないですか?」
「こら、池沢。」
鴨狩が池沢を窘めるものの、さして気にすることもなくお智は笑っているだけである。
「では池沢様もご興味がおありのようですので、よろしければ蔵の中をご覧になりますか?」
「ええんですか?」
池沢の目がキラキラと輝き出した。
「おい、失礼だぞ。」
鴨狩が止めても「ぜひ、ぜひ」と池沢の興味は止まらない。
「この店の儲けも斗南藩のお力あってのこと。どうぞご覧下さいまし。」
お智の案内で直樹たちは蔵へと向った。

「ほう…なかなかの品ですな。」
蔵に並ぶ品々を見て池沢は勘定まで始める。それを鴨狩が止めることの繰り返し。
「上へお上がり下さいな。入江様もご興味のある物がございますよ。」
「俺の興味?」
何だろうと思いながら直樹はお智に続いて上へと上がっていく。

「これは…!!」
上に来た直樹は驚きのあまり言葉を失った。後を追いかけてきた鴨狩たちも同様だった。
そこに並んでいたのは、槍や鎧などの武具。それもかなりの数。
「小倉屋は武具は扱いがないはず。それなのになぜゆえ?」
「入江様へお渡しするためでございます。」
小倉屋は笑顔を崩さずに答えた。
「とぼけても無駄でございますよ。此度江戸へおいでになったのは、大蛇森へ討ち入りをするためでございましょう。」
さすが若き女商人。全て見通しであるようだ。
「是非お使い下さいませ。斗南藩のお力あってここまで大きくなった小倉屋でございます。今こそ、その御恩をお返しする時。」
「お智…。」
ありがたくお智の気持ちを受け取ろうと直樹が思った時だった。
「私からもお願いがございます。」
「何であろうか。俺に出来ることであれば何なりと言ってくれ。」
直樹の言葉に鴨狩たちもうんうんと頷く。
「はい。ではお言葉に甘えて…私も討ち入りにお連れ下さいまし。」
「…は?」
どこかで聞いた台詞だと三人は思った。
「だって討ち入りとくれば、それはもう…。」
お智は傍らにあった槍を愛おしそうに撫でて、
「あちらこちらで血がビュービュー出るんでございましょう?」
「うふふ」と笑うお智に、三人の背筋が凍りつく。
「こう見えても私、密かにやっとうの稽古はしております。」
何のためにやっとうの稽古をして来たのかと問うことはしないでおこう。
「お願いでございます、入江様。」
懇願するお智。
「ご家老」と鴨狩たちが直樹の袖を引っ張った。
「もういいではありませぬか。女が一人増えても同じこと。」
「せやせや。これらの武具が手に入るんでっせ。」
直樹は目の前の武具を眺める。確かにこれらがあれば討ち入りは成功の可能性が大きくなる。今の自分たちにこれらを揃える余裕はない。
「…仕方ない。」
本当にどうなるのだろうかという不安を抱きつつ、直樹はお智の参加を許可したのだった。



そして十二月十四日になろうという深夜。
とある蕎麦屋の二階にて、直樹はじめとする斗南藩の浪士四十七名(何だかんだとそれだけは集まった)は支度に余念がなかった。
鎖帷子を身につけ、頭にはハチマキ。与えられた武器の手入れをしっかりとする男たち。その顔にはこれからいよいよ討ち入りという覚悟と緊張が見えていた。

その男たちから少し離れたところでは。

「ああん、うまく結べない。」
「どう?曲がってない?」
「髪の毛をはさんだぁ。」

…女たちの声が響いていた。お琴、お真里、お智、そして彼女たちの見張り役のおモトの四名である。
「おい、少しは空気読めよ!」
と女たちに注意するのは、直樹の弟の裕樹。女を連れて行くなら自分もと、兄に懇願して此度の仲間入りとなったのだった。

「ご家老、本当に女たちも連れて?」
鴨狩が直樹に耳打ちすると、
「案ずるな。手は打ってある。」
との答えであった。



「各々方。」
火事兜をつけた直樹が声を発すると、辺りは途端に静まった。
「何て素敵なの…。」
その凛々しさにお琴をはじめ女たちの目がうっとりとなる。
「各々方、討ち入りでござる。」
凛とした声が広間に響く。
「向かうは本所松坂町、狙うは…。」
浪士たちの顔が一段と引き締まった。緊張感に包まれ、直樹の次の言葉を待つ。

「狙うは…大蛇森のもみあげ、ただ一つ!」









































「…何と?」
かなりの間が空いたあと、皆同時に同じ言葉を発した。
「聞き違いか?」
「今、もみあげとご家老は申されたか?」
途端にざわつく部屋。
鴨狩は裕樹に、
「入江家では首をもみあげと呼ぶ隠語があるので?」
と訊ねると、
「そんなことはない!」
と裕樹は顔を真っ赤にして否定する。

「ご、ご家老…。」
困惑する皆を代表して、鴨狩が手を上げた。
「われらの聞き間違いかと思いますが、今、ご家老はもみあげとお言葉を?」
「確かに言った。」
直樹ははっきりと肯定した。
「いいか、考えてみろ。大蛇森の首を取ったとして、俺たちはどうなると思う?」
「それは…。」
浪士たちは顔を見合わせる。
「…切腹は免れないかと。」
「だろ?それでいいのか、お前たち。」
直樹は浪士たちに問いかけた。
「思い返せば、主君のあのくだらなき言い争いが発端。しかも謹慎で暇を持て余しているからうるさいの何の。それを宥めるために渋々決めた此度の討ち入り。そんなことで俺たちが死ぬのはバカバカしいと思わぬか?」
「思います!」
一斉に答えが返って来た。
「ならば、あの主君の気持ちがおさまり、かつ俺たちが助かる道はこれだ。首ではなくもみあげを狙えばいいのだ。」
「もみあげ…。」
船津は大蛇森の顔を思い出す。うん、確かにもみあげは目立っていた。
「もみあげならば体に傷をつけることもない。俺たちも腹を切る必要はない。」
「確かに!」
浪士たちから歓声が上がる。
「さすがご家老!」
「大したお方でっせ!」
「天才!」
「素敵、最高です、旦那様!」
「やるぅ、入江様!」
「…じゃ、血は出ないってことね。まあ仕方ないか。」
様々な声に直樹は笑みを浮かべ皆に告げる。
「いいか。大蛇森の屋敷の人間は傷つけぬよう。峰打ちでなるべく済ませるのだ。」
「はい!!」



「ひぃぃっ!!」
一斉に二階から駆け下りてきた浪士たちを見て、蕎麦屋の店主は腰を抜かす。ゾロゾロと下りてきた集団の最後は池沢だった。
「主、蕎麦代や。」
「へ、へえ。」
「お釣りはきっちりと頼むで。」
「へ、へえ。」
こんな時もお金に関しては池沢はしっかりとしていた。そしてお釣りを受け取ると、
「主、出汁はカツオか?」
「へえ、そうですが。」
「そうか。あのな、ちょっとしょっぱいよってもう少し…。」
と料理を注意しようとする池沢に、
「おい、池沢!」
と鴨狩は声をかけた。池沢は「せっかちやなあ」と文句を言いながら蕎麦屋を出て行った。



積もる雪が足音を隠してくれた。浪士たちはあっというまに本所松坂町、大蛇森の屋敷に到着する。
直樹は手にしている采配を動かした。すると門に梯子をかけ数人がするすると登る。サッと門の中へ入り閂を外す。
門が開くと、直樹は陣太鼓を鳴らし始める。

突如響いた太鼓の音に、眠っていた大蛇森家の家来たちは飛び起きた。
「一打ち、二打ち、三流れ…あれは山鹿流陣太鼓!」
「斗南藩の入江だ!!」
「斗南藩の奴らの討ち入りだ!!」

家来たちは急いで戦さ支度を開始する。


「殿!討ち入りでございます。斗南藩の浪士が!!」
家来数人が主の部屋へと駆けつけた。
「分かっているぞ。」
白絹の寝間着姿の大蛇森は歩き出した。
「殿!ここは我らにお任せを。」
「左様。安全な場所にご案内をいたしますれば。」
「違う!」
大蛇森は引き留めようとする家来たちの手を振りほどき叫んだ。
「あれは、あの麗しい音色の太鼓は斗南藩の入江によるもの。入江が…僕の入江がすぐそこまで来ている。会わせろーっ!!」
「…は?」
家来たちは目が点になった。
「あんなすばらしい太鼓を叩くのだ。それはもう、どれほどの美青年であるか分かるというもの。今すぐ、今すぐ会いに行かねば!」
ハアハアと息を荒げ、目は興奮でギラギラとし、頬を赤く染めて門へ向かおうとする大蛇森。
「何を考えておいでで!」
「殿!」
と、最初は丁寧な口調で止めていた家来たちも諦めの悪い主に段々と、
「あんた、馬鹿か!」
「今がどんな時かわかっているのか、この変態野郎!」
と言い方が変わって行く。そんな家来の無礼も気づかず大蛇森は「入江、入江」と繰り返すのみ。
「ごめん!」
とうとう家来の一人が大蛇森のみぞおちに拳を当てた。たちまちクタッと倒れる大蛇森。
「邪魔だから、どっかへ放り込んでおけ。」
とりあえず炭小屋にでもと、家来たちは大蛇森を放り込んだのだった。



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こんにちは~連日の更新暑い中ご苦労様です。とうとう討ち入りですか(仕返しかな?)それなのに大蛇森は直樹が来てはしゃいでるし…家来にも呆れられても仕方ないですね(笑)

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ねーさんさん、ありがとうございます。

そうなんです。すごく楽しく書かせていただいております。
いや~完全に一人よがりというところですけれど笑
お智ちゃんも志願したところで女子隊も結成され、ようやく討ち入りです。
そうそう、味付けにケチをつけてもらいたいがゆえに金ちゃんを出したのですよ~!!誰も気づいてくれなかったので、ねーさんさんに気づいてもらえてうれしかったです!!

さなさん、ありがとうございます。

3から続けてコメントありがとうございます。
そうそう、こんな主じゃ家来も見放したくなるってもんです。
とうとう討ち入りです。まあうまくいくかどうか。大蛇森は炭小屋ですしね~笑

たまちさん、ありがとうございます。

3から続けてのコメントありがとうございます。
一応、天野屋エピも入れておきました笑
話は確かに大きくなってきているのですが、どうもうまくいく気配がないところがこの話です。
本当に即戦力になりそうな人いないし!!
もみあげなんです。大蛇森のあのクルリンを奪うことが目的。それでいいのか、斗南藩!!
陣太鼓は必須でしょう。史実はなかったそうですけど、あれはやっぱり見せ場ですしね!

こらくさん、ありがとうございます。

いえいえ、とんでもない!
あの長い話に最後までおつきあい下さりありがとうございました。
初めての夜にもお褒めの言葉、ありがとうございます。
場違いなんてとんでもない!!遠慮なさらずコメント下さるとすごくうれしいです!
私なんてよそのサイト様でそりゃあもう、毎回返事に困るであろうへたくそなコメントをしておりますよ(笑)
そうそう、最初にコメントするときは緊張するんですよね。私もそうだったからすごくわかります。だからこそ、本当に気軽にコメントしていただけるような雰囲気のブログを目指しております。それに書いている人間、こんな人間なので深く考えないで下さいな。

陣太鼓に興奮するって、私はこのこらくさんの表現に笑ってしまいました!
確かにこんなのに興奮する人間は大蛇森だけでしょうね!

pecoさん、はじめまして。

はじめまして!!
ありがとうございます。本当にほかのサイトさんに比べて異風なところにお越し下さって。
そう言っていただけるとうれしいです。
しかも江戸物が好きだなんて~ええ、そりゃあもう、江戸物は本当に人気なくて。たまにそういう方がいらっしゃるとすごくうれしいです。
カテゴリ、整理できてないかも~すみません!
こんなところでよければ、どんどん来て下さるとうれしいです。
もみあげを狙われる大蛇森の今後(ていうか、本人は炭小屋なんで出番あるか謎ですけど)も楽しんで下さいね!!

紀子ママさん、ありがとうございます。

3から続けてのコメント、ありがとうございます。

そうなんです、狙うはもみあげなんですよ。
本当に面倒くさそうな入江様ですしね。そりゃあ切腹もしたくないでしょうよ。んなことになったら愛しの奥方といちゃいちゃできないし。
そうそう、一応よくある忠臣蔵にそってるつもりなんです、ぷぷぷ。
お琴ちゃんたちもどうするのか。ちゃんと考えてあるので楽しんでいただけたらいいなと思います。
これから登場するキャラも残ってますしね!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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