日々草子 斗南浪士 3

斗南浪士 3





『日田家御用人 青木様 御宿』という看板を見つけた本物の御用人、青木は仰天した。
「なぜだ?まだ俺がここにいるというのに。」
さては自分の名前を騙る者がいるに違いないと憤慨した。これは何としてでも偽物を突き出さねば。青木が連れている従者たちも主に同意した。

「おい!俺の偽物はどこのどいつだ!」
宿に入るなり青木は怒鳴った。何事かと出てきた宿の主はしげしげと青木たちを見る。
「…どちらさまで?」
「俺が青木だ!正真正銘、日田家の用人青木だ!」
すると主はぷっと噴き出した。
「何がおかしい?」
「ここは聞かなかったことにいたしましょう。すみやかにお引き取りを。」
「はあ!?」
「日田家といえば京の名家。そこの御用人を務められます青木様のご立派さにあやかりたいとそのお名前を名乗られたいのでしょう?ええ、そのお気持ちは分かります。でもさすがに御本人様がいらっしゃる宿でお名前を騙るのはまずいかと。さ、ばれないうちにお引き取りなされ。」
先にやって来た青木(直樹のこと)と比べたら、今目の前でわめいているこの男は何と貫禄のないことか。そのたたずまいからしてどちらが本物かは一目瞭然というもの。
「何を言ってるんだ!俺が青木なんだって!」
「そうだ、こちらが本物の青木様だぞ!」
「無礼は許さないぞ!」
青木の後ろに控えていた、これまたへろへろとした気味の悪い男たちも騒ぎ始めた。
「いい加減にしろ!人が優しくしてやったら調子に乗り上がって!
とうとう主の堪忍袋の緒が切れた。
「青木様はもうお泊りなんだ。」
「俺が本物だ、ほら、これが証拠だ!」
と、青木はかぶっていた陣笠を主に見せた。そこには確かに青木の紋がある。これで主も自分の間違いを認めるに違いないと青木たちはフフンと笑った。

「…そのようなものまで盗んだのか。まったく情けない。」
「…え?」
ところが主はその陣笠を、今泊っている青木(直樹)から盗んだものと決めつけた。
「いいから、偽物を連れてこい!」
あまりに喚き続けるので、仕方なく主は部屋へと向った。



「ほう、青木の名を騙る者が現れたとは。」
直樹は主を前に平然と言った。それを見るにつけ、やはりここに座っている方が本物の青木様に違いないと主は確信する。この品位、たたずまいとどこをどう見ても名家の御用人である。下で騒いでいるあの連中とは雲泥の差。
「何とか追い出しますので、どうぞご安心を。」
「いや、それではこの宿に迷惑をかけるというもの。構わないからその者をここへ通すがよい。」
直樹は主を安心させるように笑いかけた。何という気の配りようだと主は感心せずにいられない。
「主には迷惑をかける。」
直樹が目配せすると、お琴は用意していた金子を主へと渡した。



万が一に備えて鴨狩と池沢は傍の部屋で待機する。何かあったらすぐに本物の青木に飛びかかれるようにである。心配で堪らないお琴も同じ部屋に身を隠した。

「お、俺が本物の青木だ!!」
本物なのに、青木の声は震えていた。偽物がどれほどの男かと思っていたら、これまた立派な好男子。
「お、お、お前は何者なんだあ!!」

「…勝ったな。」
隣室から様子を見ていた鴨狩たちは勝負ありと見た。見た目だけで、もはや直樹の勝ちである。が、お琴は不満気であった。
「何であんな人の名前を旦那様は名乗ったのかしら。」
どうせ名乗るのならばもっといい男の名前を名乗ればいいのにとブーブー文句を言うお琴の口をおモトが塞ぐ。

「某こそ、日田家用人青木である。」
その堂々とした口ぶりに青木たちは思わず「うっ」と唸る。
「その方こそ某の名前を騙る真っ赤な偽物。」
「違う!俺は本物の青木だ!」
青木はブルブルと唇を震わせて叫ぶ。
「本物は某!」
ビシッと言い返す直樹。

「そうだ!」
青木の大きな顔が輝いた。
「日田家用人と申すのならば、日田家より遣わされた道中手形を持っているはず。」
この青木の言葉に鴨狩たちは青ざめた。手形とは旅をする許可を得ているという証明書。確かに青木の言うとおり持っていなければおかしい代物。偽物の青木を名乗る直樹が持っているはずがない。
「それをここに示すがよい!さあ、早く!」
青木はバンバンと畳を叩いた。後ろの二人もなぜか一緒にバンバンと畳を叩く。
「かくなるうえは…。」
鴨狩と池沢が刀の鯉口を切ろうとした時だった。

「そこまで申すのならば、お見せしよう。」
直樹の静かな声が響いた。青木たちは「え?」という顔をする。直樹は懐に手をやると丁寧に包まれたそれを青木の前に置いた。

「こ、これは!!」
中身を確認した青木たちは目を大きく見開いた。そこにあったのは手形ではなく女人の絵姿だった。それも次から次へと何人もの絵姿が連なっている。いずれも絶世の美女ばかり。それは江戸で著名な絵師が、ひそかに描いたといわれる女人の絵巻物であった。あまり大っぴらに言えない代物ゆえ存在を知っている人間か限られたもの。しかしそういうものを好む収集家たちが噂を聞きつけ大金をはたいてでも手に入れたいと騒いだという噂が流れたものだった。
その収集家には青木も入っていた。何としてでも手に入れたいと頑張ったが望みは叶わなかった。それがなぜ、今ここにあるのか。

「…よろしければ差し上げてもいいが。」
「え!ほ、本当に?」
喉から手が出るほど欲しかった絵巻を前に青木の目が輝く。
「某が青木であることを認めたという証拠にしてもらえるならば。」
つまり絵と引き換えに本物に身を引くよう、直樹は迫っている。
「くっ…!」
青木たちは迷った。本物は自分である。が、この絵巻はどうしても欲しい。今手離したら一生見ることはあるまい。
「…し、仕方ない。」
苦渋の決断をした青木が絵巻に手を伸ばそうとした。が、ひょいと直樹は絵巻を自分に引き寄せた。
「おい!認めると言っただろうが!」
「そちらからも証拠の品を渡してほしい。」
「は?」
直樹の視線がゆっくりと上へと向けられる。その先にあるのは…青木のかぶっている陣笠であった。
「これを!」
「ふざけるな、調子に乗りやがって!」
青木は取られまいと陣笠を両手で押さえた。
「そうか。ならば仕方ない。これは某が。」
絵巻を直樹は再び包み直す。
「ちょ、ちょっと待った!!」
絵巻をあきらめられない青木が包みに手を伸ばした。
「…わ、分かった。」
青木にとっては絵巻の方が陣笠よりも大事であった。


「…ちょろいぜ。」
残された直樹はニンマリと、奪った陣笠を指先でクルクル回した。
「…恐ろしい方だ。」
黙って見守っていた鴨狩たちは真っ青になっていた。入江直樹だけは絶対敵に回してはいけない。
「旦那様!大丈夫ですか!」
お琴だけが直樹を心配していた。
「ああ、もう…心配でたまりませんでした。」
何を考えているのかお琴は直樹の体をポンポンと叩く。
「でもあの絵巻、どうやって手に入れたのでしょうか。」
もしや直樹が好きで集めたのではと疑うお琴に、
「青木の嗜好を調べた入江様に頼まれて、江戸で手に入れておいたのです。」
とおモトが答える。
「さすが旦那様!」
手をパチパチと叩くお琴だった。



「やっぱり偽物だったか。やれやれ。」
転がるように宿から飛び出して行った青木たちを見ながら、主は呆れていた。
「誰がどう見ても本物はあちら様。すぐばれる嘘をつくなんて馬鹿だな。」
もう二度と来ないよう、主は女中に塩をまくよう命じたのだった。



こうして直樹たちは堂々と日田家御用人として、江戸に無事に入ることができたのである。



江戸では脱藩して『船津屋』という小さな店を構えた船津が奮闘していた。
「お真里さーん!」
商人の姿に変えた船津が喜び勇んで向かう先には、一人の女が立っていた。
「お待たせしましたか?」
「いえ、別に。」
お真里はさして嬉しくもなさそうに答える。このお真里、大工の娘である。船津は最初目的あってお真里に近づいたのであるが、いつしか彼女を恋い慕うようになっていた。

「あの、お真里さん。」
今日こそ本来の目的を遂げねばと、船津は意を決し口を開く。
「その…お真里さんの親御さんは大工でしたよね?」
「そうだけど?」
「あの…腕のいい大工だと。」
「まあ、そうね。」
「…大蛇森の屋敷もお真里さんの親御さんだと。」
「そうだけど…」と言いかけたお真里の脳裏に閃くものがあった。
「まさか船津屋さん…大蛇森ってことは…あなたは斗南藩の?」
西垣と大蛇森の騒動、そして斗南藩の者が密かに大蛇森への報復を企てているという噂はお真里の耳にも届いていた。
「お真里さん、お願いします!どうか、大蛇森家の絵図面を見せてもらえないでしょうか!」
船津は頭を下げた。
「それが目的で私に?」
「違います!」
船津は否定する。
「お真里さんを幸せにしたいという思いは誰にも負けません。ですが私には役目が…。」
「信じられないわ、船津屋さん。」
船津の言葉をお真里は信じられなかった。最初は鬱陶しい存在であったが誠実な態度に少しずつ惹かれていたというのに。裏切られた思いでいっぱいである。
「お真里さん!」
「…もうよせ、船津。」
そこに姿を見せたのは直樹であった。船津が心配で様子を見に来たのである。

「すまない、お前にも辛い思いをさせたな。」
「ご家老!」
「お真里とやら。船津は決してそれだけを目的としてその方に声をかけていたわけではない。それだけは俺が保証する。」
弁明する直樹の顔を、お真里はじっと見つめていた。
「お真里さん?」
「こちらは…船津屋さんの上役の方?」
「ええ…まあ…。」
「では絵図面はこちらの方に言われて?」
「そうだ。俺が船津に命じた。」
それを聞くなり、お真里は「少々お待ちを!」と言い残しその場から立ち去った。と思ったらすぐに戻って来た。それはもう、すごい速さで。

「絵図面でございます!」
お真里は嬉々として、絵図面を直樹に差し出した。そして、
「もう船津屋さんったら!こんな素敵な方が上役でいらっしゃるなんて早く言わないから!」
と、船津の背中をバンバンと叩く。
「さあ、どうぞ、どうぞ。こんな物でよろしければお好きにお使い下さいな。」
「すまない。」
「いえいえ、お役に立てて嬉しゅうございます。」
上機嫌なお真里に、船津は複雑な思いであった。



「ご家老様、お願いがあるのですが。」
「何だ?」
ここまでしてくれたのだから、礼くらいはと直樹は思う。
「私も大蛇森家へ共にお連れ下さいませんか?」
「だめですよ、お真里さん!」
これには船津が大反対した。
「危険な目にお真里さんを遭わせるわけにいきません!」
「あら、だって面白そうなんだもの。」
「面白いとかそういうものじゃありませんよ!」
「いいじゃないですか、船津様。」
と、現れたのは直樹を心配して様子を見に来たお琴であった。
「こちらは?」
「ご家老の奥方、お琴様です。」
「…なあんだ、奥方がいらしたのか。」
あからさまにがっかりした様子を見せるお真里。
「でもいいわ。とにかく、一緒に私も討ち入りを。」
「だから女が行く場所では…。」
「まあ、嬉しい。女の人が少なくてさびしかったの。」
船津を無視してお琴がお真里の手を取った。
「では奥方様も御一緒に?」
「ええ、お真里さんとやら、仲良くしましょう。」
手を取り合ってキャッキャッと騒ぐ女二人。
「ご家老…。」
「…もうどうでもいいさ。」
どうにでもなれと諦め半分で直樹はお真里の仲間入りを認めたのであった。






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今晩は~連日の更新、毎日熱いのにご苦労様です。嬉しいですお真理さん登場しましたね。それに仲間に入りお琴は嬉しそうにはしゃいでるし、直樹は諦めるしかないですよね(笑)直樹だってお琴に居て欲しいもんね。続きを楽しみにに待ってます。

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Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

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