日々草子 斗南浪士 1

斗南浪士 1






江戸城、竹の廊下――。

「この女好き大名が!!」
「何を、男好きよりましだろ!!」

言葉にするのもむなしい、くだらない理由にて二人の男が掴み合いの喧嘩をしていた。
一方は斗南藩の藩主西垣。もう一方は高家(儀式等を担当)旗本の大蛇森である。
この二人、元よりそりの合わないことで有名であった。西垣は未だ正室を迎えることもせずに、大名家の姫から始まり商家の娘、果ては参勤交代中に通りかかった農村の娘から思いを寄せられては拒むこともしないという自由奔放な暮らしぶり。それに不満を持っていたのは大蛇森。女に囲まれてヘラヘラ笑っている西垣を憎々しく思っていたことに加え、大蛇森が一番面白くなかったことは、そんな西垣の国元にて留守を預かっている国家老がそれはそれは評判の男前であったことである。
「なぜ、あのような大名にあのような立派な家老が。」
もっともこれは大蛇森だけでなく、他の大名の誰もが思っていたことであった。斗南藩はその若き男前な国家老で持っていると噂されているのである。

そして江戸城にてとうとう争いは起きた。お互いが日頃から抱いていた不満が竹の廊下にて爆発したのである。
この騒動はすぐに斗南藩に早馬にて届けられた。



「…いつかしでかすとは思っていたが。」
話を一通り聞いた若き国家老、入江直樹は眉をひそめた。
「…あれほど相手にするなと申し上げていたのに。」
女を口説くには手間暇惜しまないのに、どうして男相手だと短慮な行動に出るのか。直樹は「ああ」と溜息をついた。
「殿様はいかがお過ごしなのですか?」
呆れる直樹の隣から訊ねたのは、直樹の妻お琴である。
「腹を召されたか。お肉通しの刀はいずこに?」
切腹したものだと思い込んでいる直樹に、
「いえ、腹は召されておりません。」
使いが答えた。
「刃傷に及ばれたのではないのか。」
「いえいえ、それが…お側に駆けつけた船津殿が。」
「まあ、船津様が止めて下さったのですか?」
船津というのは江戸家老を務めている男であった。
「まあ…止めたというか。」
使いはごにょごにょと話し始めた。

「女好き」「男好き」と言い合っていた二人に割って入ったのは、確かに船津であった。
「お二方、どうぞお静まりを!」
「うるさい、船津、止めるな!」
西垣は船津を睨む。それでも頑張ろうとしていた船津の耳に、周囲の声が聞こえた。
「ああ、ここに国家老の入江殿がおいでだったら。」
これに船津のこめかみがピクンと動く。主君の留守を預かり国元を治める国家老は江戸家老より格が上。船津は常に入江を意識している。入江より優秀なのになぜ自分は江戸家老で我慢しなければいけないのか。

「ぼ、僕は…僕だって国家老になれば!!!」
船津は頭をゴンゴンと柱にぶつけ始めた。その勢いに掴み合っていた西垣と大蛇森の動きが止まる。
「入江がなんだあ!!あいつなんて大したことないんだあ!!あいつは国に引っこんでいるだけの男のくせにぃぃぃ!!」
ゴンゴンゴンと柱に頭をぶつけ続ける船津。
「船津、やめろ!」
西垣が家来の行動を止めに入る。それを見た大蛇森が高笑いした。
「主君が主君だと家来もしょうがないものだ、アハハハハ!!」



「…船津、あいつは本当に役に立たない奴だ。」
話を聞き終えて直樹は頭を抱えた。
「まあまあ。一応船津様のおかげで刃傷に及ばなくて済んだわけですから。」
お琴が慰める。

お琴の言う通り刃傷に及んだわけでもなく、しかも理由があまりにくだらないために双方暫しの間の謹慎ということになったという。

しかし話はこれで終わらなかったわけで。



「たき火をするには困らないけれど。」
庭にてお琴は火の中に書状を次から次へと入れていた。
「いいのかしらね、こんなことをしちゃって。」
夫がそうしろと言うので従っているが。お琴は火の中を棒で突く。
「今日もいい焼き芋が出来上がりそう。旦那様のおやつにでも…。」
と言いかけたところで、
「お琴様!」
という声が聞こえた。
「まあ、鴨狩様に池沢様。」
庭の向こうから手を挙げているのは、斗南藩の藩士、鴨狩啓太と池沢金之助である。
「いやあ、相変わらずのべっぴんさんやなあ。」
「もう池沢様は本当にお上手。」
二人は直樹に会いに来たのだった。



「もううちの納戸には入りまへんよって。」
「うちも一緒です。おふくろが風呂焚きに使っていますが。」
二人の話を聞いた直樹の眉がまた寄せられた。
「お琴様のたき火だって、そうでっしゃろ?」

二人が困っているのは、次から次へと届けられる主君からの書状であった。最初は国家老である入江家に届けられた。内容は「大蛇森に報復してくれ」というもの。
「まったく、謹慎だけで済んでありがたいと思わないのか。」
大勢の前で女好きと、それも男好きから罵られたことが許せないらしい。
「女好きは本当のことなのに。」
書状をお琴にたき火にでも使えと言いつけ、返事などしなかった。それからも何通も書状は届いた。直樹が一切返事をしないと今度は他の家来たちに届くようになった。皆、たき火にしたり何とか有効活用させようとしたが、それもそろそろ限界だという。


「旦那様、江戸よりまた…。」
そうこう話していると、お琴がまたもや届いた書状を持って来た。
「もう内容は分かっている。燃やしていい。」
内容も確認せず直樹はお琴に命じた。
「それはちょっと。一応中身を…。」
お琴は中くらい確認してから燃やしても遅くはないと開く。

「旦那様、私、江戸へ参ろうと思います。」
書状を読み終えたお琴が真剣な顔で夫を見た。
「何でお前が?」
「だって、ほら。」
お琴は書状を直樹へ見せた。そこには「お琴を江戸屋敷の奥向きに寄越してくれ。お琴がいれば悶々とした思いも晴れる…」と綴られていた。
「私に奥向きを取りまとめてほしいという意味でしょう?」
国家老の妻として直樹を支えている自分の功績が認められたのだとお琴は信じて疑わなかった。

「いや…。」
「それは…。」
書状の真意が分かっている鴨狩と池沢は直樹の様子を伺った。





お琴は隣国の国家老相原重雄の娘だった。斗南藩の国家老である直樹の父、重樹とは竹馬の友。お互いの子供を夫婦にと見合いが行われたのである。そこでお琴は凛々しい直樹に一目ぼれ。そして愛らしいお琴に一目ぼれしたのは直樹の母お紀であった。
とりあえず二人きりにされた時のこと。直樹の前に出されていた菓子がお琴は気になっていた。
「甘い物は苦手だ。」
そう答えた直樹。お琴は「そうですか」と応じたが、目は菓子から離れなかった。京から取り寄せたというその菓子は大層美しく作られ味も抜群である。
直樹は黙って菓子をお琴の前に置いた。
「よろしいのですか?」
「そんなに食べたそうにしているくせに。」
お琴は大喜びで頬張る。どういうわけだかその様子が直樹の心にいつまでも残った。これまでもどこぞの武家やら金持ちの商家から縁談は持ち込まれ娘と顔を合わせたことはあったが、皆澄ましていて面白くなかった。彼女たちに比べお琴は何と素直なことか。
こうして、裏表のない明るいお琴を直樹は妻に選んだ。

そしてお琴が入江家に嫁いで数日後。
「入江の嫁?え?こんな可愛い子が?」
女に目のない主君がわざわざ入江家にやって来たのだった。表向きは結婚を気に家老職を継いだ直樹を祝うため。本心はあの朴念仁がどんな嫁をもらったのか興味津々といったところである。
「入江には勿体ないなあ。ふうん隣国の家老の娘かあ。家老の娘だったら僕の正室にしても…。」
そこまで言った西垣の体は次の瞬間、入江家の池に突き落とされていた…。





「弱っているところをお琴に知らせて同情をかおうっていう魂胆か。あのエロ藩主!」
直樹は真っ二つに書状を引き裂いた。
「旦那様、いつ江戸に向かえば…。」
「お前が行ったら、江戸屋敷の連中が困るだけだ。このバカ!」
「バカとはなんです、バカとは!」
「バカだからバカって言ってるんだ!」
お琴を罵倒しつつも、今ではその妻にぞっこん惚れ込んでいる直樹である。もっともそれは妻だけが気づいていないのだが。
「ったく、くだらねえこと言ってないでそれを便所へ持っていけ!」
「厠?いつものようにお芋を焼くことに…。」
「こんなくだらねえもんで焼いた芋なんてまずくて食えるか!お前のでかい尻を拭くことに使ってやれ!」
「私のお尻はそんなに大きくありません!それにこんなもので拭いたらお尻が荒れちゃいます!」

「…尻を拭くことに使うことにためらいはないんだな。」
犬も食わない夫婦喧嘩を前に鴨狩と池沢は深いため息をついたのである。



つくづく、こんな主君に仕えていることがバカらしくなり、いっそ取り潰してくれたらよかったもののと思っていた直樹であった。が、しつこく書状は続き、家来たちからも何とかしてくれと日々懇願される。

「…というわけで、大蛇森を討つことにした。」
心底嫌そうに、面倒くさそうに、斗南城にて直樹は家来たちに告げた。とにかくそうしなければあの主君は黙らないだろう。
そして直樹の従うと言ったのは鴨狩、池沢両名を始めとする家来四十数名。江戸では自分を馬鹿にした船津も従うという。
「じゃあ、そういうことで。」
「旦那様!!」
直樹はギョッとなった。お琴が突然城に姿を見せたのである。
「お前、なぜここに…。」
「私もお供をいたします。皆さまとご一緒に大蛇森を討ちにまいります!」
「女が何を言っている!」
「いいえ、私は入江直樹の妻です。夫と最後まで行動を共にいたします。」
お琴は一歩も譲らなかった。
「お前は戻れ。」
「嫌です!」

「入江様。」
二人に割って入ったのは、ドスのきいた声を発する美女であった。
「おモトではないか。」
「おモトはん、江戸から戻っていたんか?」
鴨狩と池沢が美女に声をかける。
「ええ、つい先程。入江様のお屋敷に寄ったらお琴様が置いていかれたと泣いていらしたのでお連れしたんです。」
おモトは化粧道具を売り歩く姿をしているが、その正体は直樹が使う忍びであった。
「入江様、お耳を拝借…」とおモトは直樹の耳にごにょごにょと。
「…どうされます?それでいいので?」
「…仕方ない。お琴、ほかの者に迷惑をかけるんじゃないぞ。」
突然直樹は意見を翻した。お琴は「わあ!」と手を叩いて喜んだ。



「おモト、ご家老に何と言ったのだ?」
「せやせや。あのご家老が簡単に意見を翻すなんて。」
鴨狩たちにせっつかれ、おモトは言った。
「あら簡単なこと。入江様がいらっしゃらなくなったらお殿様は尻尾を振ってお琴様を奪いに来ますよって。数か月後にはお琴様、お腹がこんなに大きくなってもいいんですかって。」
おモトは腹の上で丸い線を描いて見せた。
「なるほど。」
「あのご家老、そんなことに耐えられるわけないわな。」
おモトの策士ぶりに二人は感嘆したのであった。






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たまちさん、ありがとうございます。

こちらこそ、早速のコメントありがとうございます。
西垣先生を切腹させるのはしのびなかったので…(笑)

とにかくこれは、すごくくだらないことを書きたかったので、原因も本当に子供の喧嘩。
そんでもって大蛇森を討ちに行くのもしょうがない感じで。
確かに絶世の美女を調達すればいいかもしれませんが、それでも大衆の面前にて女好きとバカにされたことは忘れることはできないでしょうから(なにげにプライド高いだろうし)、やっぱり仕返し~仕返し~と喚いていると思います。

紀子ママさん、ありがとうございます。

早速のコメントありがとうございます。
本当にこんなくだらないお話でも笑って受け入れて下さる、紀子ママさんのお心に感謝です。
いえ、これもきっかけがあるんですよ。とある台詞を見ていてね(笑)
そうそう、私もさすがにイタキスキャラで血を流させる真似は避けたいのでお尻ペンペンレベルで行こうと思います。
前代未聞の妻を連れた仇討…じゃなくて仕返し?です。

こっこ(*^^*) さん、ありがとうございます。

早速のコメントありがとうございます。
あのお話が終わった後もコメント寄せて下さって嬉しいです。
切なくはなりません(笑)そりゃあもう、くだらなくてさすがのこっこ(*^^*) さんもお仕事の合間に読むことすらくだらなくて泣きたくなるかも(笑)
黒沙穂子さん(笑)も今回は登場しませんからご安心を!!

初めまして

初めてコメントさせていただきます。今回のお話を読んで凄く面白かったです。西垣と大蛇森のバトルを見て思わず笑っちゃいました。入江夫婦や他の人達は巻き込まれ迷惑ですね(笑)
続きを楽しみに待ってます。

さなさん、はじめまして。

はじめまして。ご訪問ありがとうございます。
久々のお江戸なイリコト、そして元ネタありなのですがすごく面白いと言っていただけてとても嬉しいです。
そうなのです。西垣vs大蛇森は本当にくだらなくて。ということで話全体もくだらない雰囲気満載なのですが、楽しんでいただけたらと思います。

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なおちゃんさん、ありがとうございます。

そうですよね~><
すみません、本当に!!私もパスなしで読んでいただけるものをと思っていたので。
これで楽しんでいただいているかドキドキしておりますが(笑)
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

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