日々草子 入江法律事務所 38

入江法律事務所 38

さあ、今宵もワンパターンです。サクサクと進めて行きましょう、うん。

************





「はあ~テレビ局って本当、人が多いんですねえ。」
日曜日だというのにこの人の多さは一体と琴子は目を見張った。
「それにしても先生?何でこんな格好で来ないといけなかったんです?」
不満そうに琴子は直樹を見上げる。事務所にも滅多に来てこないパンツスーツだった。
「なんか堅苦しいと思うんですけど。」
昨日、直樹よりテレビ局にはパンツスーツで来いと命令されたのである。あの裁判中の妄想が現実になるなんて直樹は思ってもいないが、万が一ということがある。テレビ局なんてどんな人間が出入りしているか分からない。どこぞの物好きが琴子に目をつけるとも限らない。ディレクターの鈴木の一言で人気女優になるところまで勝手に考える琴子はちょっと甘い言葉をかけられたらホイホイと付いていきかねない。それであまり目立たないようにと露出を控えさせたのだった。と、そんな事実は口が裂けても言えない直樹であるから。

「それは鈴木さんのためだ。」
「鈴木さん?ディレクターの?」
「ああ、彼の宗教上の理由であまり肌を露出しない格好がよかろうと判断したためだ。」
「鈴木さん、そんな特別な宗教に?」
目を丸くする琴子。事務所でそのようなことは言っていただろうか。
「そうだ。」
「なるほど。」
そして琴子はあっさりと直樹の嘘を信じた。
「そうですね。鈴木さんってそういう宗教に入っていそうなイメージでしたもん。」
そういう宗教ってどんな宗教だと直樹は内心突っ込んでしまった。が、信じてくれたのだから余計なことは言うまい。

二人はうねうねとテレビ局の中を歩いて行く。
「ねえ、先生?」
「何だ?」
「他の女の人、肌を思いっきり露出してますよね。」
すれ違う女性を見ながら、自分一人がこんな格好をしても意味がないのではということに琴子は気づき始めた。
「馬鹿だな、お前は本当に。」
「え?」
「いいか?他の女が気づかない細かいところをチェックしてみろよ。鈴木さんから見てお前は“ああ、なんて気遣いのできる女性なんだ。さすが、優秀な弁護士秘書は違う!!”と感心されること、間違いないぞ。」
「気遣いのできる優秀な弁護士秘書…。」
それだけで琴子はぽわ~んと気分が高まった。
「そうだ、さすが俺の秘書だ。」
「…そうですね!!私は入江直樹の優秀な美人秘書ですからね!」
「…そこまで褒めちゃいないが。」
とにかくおだてられた琴子は急にきびきびと動き出す。それが直樹はおかしくてたまらない。
「単純な奴…。」
とりあえず、これで余計な誘惑からは逃れられるだろうと思いながら歩き、やがて二人は目的のスタジオに到着した。



「はあ~スタジオってこんな感じなんだあ。」
既に番組のセットが組み上がっていた。琴子は興味深そうにキョロキョロと辺りを見回す。
「あ、司会の人だ。うわ、女子アナ美人!」
「お笑いタレントの○○さんもいる!うわ~意外と背、低い!」
「聞こえるぞ、おい。」
直樹が注意しても琴子は「わあ、わあ」と騒ぎ続けている。
「おい、お前は優秀な美人秘書なんだろ?」
直樹に耳打ちされ琴子はハッとなった。
「そうでした、優秀な美人秘書でした!」
そして使いもしないフランス直輸入の手帳をバッグから取り出し、ポーズを取る。

「ったく、世話が焼ける奴。」
そういうところもまた可愛いもんだと本人に聞かせてやればいい言葉を思っていると、
「入江先生!秘書さん、おはようございます!」
と鈴木がやってきた。
「あれ?秘書さん、今日は真面目な格好ですね。」
琴子のスーツ姿を見て鈴木が言った。
「はい。あの、鈴木さんに合わせて!」
「僕に?」
鈴木は何のことだろうと首を傾げた。そういう鈴木はシャツにジーンズである。どう見てもスーツとは合わない。
とりあえずそれは置いておくことにして、
「プロデューサーを紹介しますね…と、もう先生と話してたか。」
「え?」
いつの間にか、直樹が女性と話しているではないか。しかも相手はこれまた色っぽい美女。
「あの方…プロデューサーさんですか?」
「そうです。」
まさか女性だったとは。しかも結構若い。頭もよさそうである。話が面白いのか直樹が時折笑っている。
そして鈴木が他のスタッフから呼ばれてしまい、琴子はポツンとひとりぼっちになってしまった。直樹はそんな琴子に気づくことなく美人プロデューサーと話し込んでいる。
「何を話しているんだろ…。」
壁際で琴子は恨めしそうに二人を見つめる。

************

「あれ、先生の秘書なんですの?」
「ええ、そうです。」
「んま、先生ほどの方の秘書には見えませんわ。」
「まあ、ボランティアで使ってやってるだけですから。」
「んま、先生ったらどこまでお優しいのかしら。」
そして美人秘書は、
「先生、ネクタイが曲がっていましてよ?」
と直樹のネクタイに手を伸ばす。
「こんなことも気づかないなんて、秘書として…ううん、女性として最低だわね、あの子。」
「しかたないです。あいつは目を開けて寝ているような奴なんで。」
「…良かったら私が先生のプロデュースしましょうか?いいえ、ぜひさせてちょうだい。」
「…いいんですか?」

************

「ネクタイくらい…あたしだって気づくもん。でも馴れ馴れしすぎるかなって遠慮しているんだもん…ぐすっ、ぐすっ。」
自分で勝手に妄想して琴子は泣き出してしまった。
「…大丈夫ですか?」
「いいんです、どうせあたしなんて…ぐすっ。」
と答えたところで、誰だと琴子は顔を上げた。するとそこに立っていたのは、
「い、い、い、井家メンサ(いけ・めんさ)…!!!」
人気俳優の井家メンサが琴子を心配そうに見下ろしているではないか。
「あ、すみません!呼び捨てにしちゃって。」
「いえ、そんなことは別に。もしかして…熱中症?」
「え?」
「スタジオって機械がたくさんあって暑いから、そんな格好だし気分悪くなったんじゃありません?」
「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます。」
「ちょっと待っていて。」
井家メンサはスッと琴子の前から消えた。と思ったらすぐに戻ってきた。
「これ、よかったら。」
お茶のペットボトルを出してくれた。
「一気に飲むとよくないですよ。ゆっくりと。」
「ありがとうございます…。」
芸能人にここまでしてもらっていいのだろうかと思いつつ、せっかくの井家メンサの好意だからと琴子は素直にペットボトルを受け取った。

「新しいマネージャーさんですか?」
どうやら琴子の格好からメンサはそう思ったらしい。
「いえ、違います。あの…見学です。」
「見学ですか。楽しんでもらえるといいけれど。」
そこでメンサはマネージャーから促され「それじゃ」と爽やかに去って行った。
「はあ…見た目も中身も完璧なんだ。人気出るわけだ。」
琴子はペットボトルを握りしめ、溜息をついた。



「…メンサくん、珍しいくらいに性格いいんですよ。」
琴子とメンサを眺めていた直樹に、プロデューサーが声をかけた。
「礼儀正しいし、ちっとも調子に乗らないし。だからスタッフにも人気があって。」
「…そうですか。」
「ああして一般人にも気軽に接するし。」
名前の通り、見かけもイケメン、中身もイケメン。琴子が幻滅するくらいの欠点の一つでもあればいいのに、突然奇声を発するとかしてくれないか(※自分じゃあるまいし)と、直樹はよからぬことを思わずにいられない。
きっと琴子は性格の悪い自分と比べてるに違いないと腹が立ってくる。



やがて収録の始まる時間が近づき、プロデューサーは直樹から離れていった。
「先生、先生。」
ようやく一人になった直樹の傍に琴子はしっぽを振って近づいてきた。
「よかった、やっと先生と一緒にいられる。」
「…よく言うよ。」
直樹は琴子を見た。その手にはしっかりと井家メンサからもらったペットボトルが握られている。
「それ、飲まないの?」
「え?いや、その…。」
喉は渇いてないしと言おうとした琴子だったが、それを直樹は愛しのメンサからもらったから大事に持ち帰るものだと思い込んだ。もしかしたら琴子の家にあるというトマト箱を改造した『宝物箱』とやらに自分が贈ったティッシュやらマンガと共にペットボトルも入れられるのかもしれない。
「…浮かれすぎだよ、お前は。」
「そんなことは…。」
「お前が何かしでかすと俺の恥になるんだからな。それ自覚してくれよ。」
「…すみません。」
何だか分からないが、直樹の気にさわったらしい。すっかり落ち込んだ琴子は、その番組が何をテーマにしていたか、井家メンサが何をしゃべっていたか、全く頭に入ってこなかった。
一方、直樹は井家メンサをしっかりと見ていた。今時珍しいくらいに言葉遣いはきちんとしている、頭の回転が早いから受け答えが面白い。
―― 本当に欠点のない男ってこの世にいるもんだな。
きっとメンサならば、琴子をわざと傷つけて泣かせるなんてことしないだろうに。どうして自分はしてしまうのだろうか。



収録が終わると、
「入江先生!」
「はじめまして!」
女子アナや女子タレントたちが直樹に寄ってきた。
「すごーい、弁護士さんなんですって。」
「嘘!モデルさんかと思った!」
「ね、モデルとかしてたでしょ?」
「絶対そうですよね?」
「事務所、どこだったんですか?」
あっというまに直樹を質問攻めにする。
「ちょ、ちょっと先生は…。」
琴子はピョンピョン跳ねながら、何とか女性たちの中へ入ろうとしたが押し返されてしまう。
「先生、先生ってば!」
「ちょっと、邪魔!どいてよ!」
誰かが琴子をドンと突き飛ばした。「きゃあ!」と琴子は悲鳴を上げ転んでしまい、さらには機材を倒してしまった。

「おい!」
傍を通りかかった井家メンサが琴子を助けようとした。が、それより先に直樹が、
「すみません、彼女は俺の大切な婚約者なので。」
「え?」
何と言ったかと琴子が目をパチクリとさせている間に、直樹は琴子を抱き上げた。
「大丈夫か?」
「は、はい。」
そして直樹は女子集団を見据えた。
「…あなた、アナウンサーでしたよね。」
「え?は、はい。」
いきなり声をかけられた女子アナは声を震わせて返事した。
「…18回。」
「え?」
「この収録の間に言い間違えた回数だよ。それでもアナウンサーか。顔を塗りたくる前に技術磨けよ。そして、そこのお前!」
「あ、あたし?」
今度はグラビアアイドル。
「シリコン入れ直した方がいいんじゃねえ?腕のいい美容外科医探してさ。」
「う、嘘!!」
と自慢の胸を見るアイドル。周囲からは「え?つくりもんだったの?」という声が出る。
「お前、頭悪すぎ。」
今度のターゲットはタレント。
「新聞くらい読んでこい。あ、そうか。悪い、漢字読めないか。」
アハハハと直樹は笑った。
「ひ、ひどい!!」
「見学者を突き飛ばす奴に言われたくないね。」
直樹はお構いなしに続ける。
「いいか?こいつが怪我でもしてたら…俺は総力上げてお前らに損害賠償請求するからな。それだけじゃない。俺の頭脳を全て使ってでも、お前らを業界から追い落とすから覚悟しておけよ!」
「せ、先生…。」
「テレビ出演はお断りいたします。では。」
鈴木とプロデューサーに挨拶すると直樹は「行くぞ」と琴子を抱いたまま、スタジオを出て行った。



「ったく、本当にテレビってくだらねえ。」
局を出て直樹は心底嫌そうに呟いた。その手はしっかりと琴子の手を握っている。
「ぐすっ…ぐすっ…。」
琴子から泣き声が聞こえてきて、直樹は驚いて振り返った。
「どうした?足が痛いのか?」
泣くほど痛いなら休日診療の病院を探した方がとタクシーを止めようと直樹は手を上げかけた。
「ち、違います。そうじゃなくて。」
「じゃ、どうした?」
「先生…あたしのこと忘れちゃったと思ってたから。」
「は?」
「あたし…先生に叱られるまでずっと浮かれていて。だめだなって。こんなんだから、あのきれいなプロデューサーさんに…先生のプロデュースされちゃって…ホテルに連れて行かれて…ぐすっ。」
「…妄想で泣くなよ、おい。」
「あたしの知らない先生になっちゃうんじゃないかって…ぐすっ。先生、あたしのこと呆れてたし…ぐすっ。」
「いや、それは…。」
自分の小ささを直樹は反省した。
「ごめんなさい、先生…もう浮かれませんから…だからもう一度あたしを見て下さい…ひっく、ひっく。」
しゃくり上げる琴子の何と可愛いことか。もう少しそれを見ていたくて直樹は慰めることを待った。

「先生…?」
「馬鹿だな、お前は。」
琴子の涙をハンカチで直樹は拭った。
「お前以外に俺、誰も見てないに決まってるだろうが。」
「…本当ですか?」
「ああ。」
「それじゃ…さっきの婚約者って言ってくれたのも本心?」
「だってそうじゃん。」
「…いいんですか?」
「いちいちお前みたいに“結婚を前提に付き合っている人”なんて長ったらしいこと言いたくねえんだよ。」
「じゃ…先生、あたしの婚約者?」
「だからそうだって。」
ここで琴子はやっと笑顔を見せた。
「婚約者…フィアンセ…えへへ。」
「何を今頃言ってるんだか。」
呆れつつも直樹はやっぱり琴子が一番可愛いと思った。そして琴子も自分を一番に考えてくれている。
―― あのイケメン俳優に勝った!!
と思ったのは直樹だけの秘密である。



「ったく、事務所でドラマ見るなよ。」
「先生も一緒に見ましょうよ。ね?」
後日、琴子は自宅で録画した井家メンサ主演のドラマを持って来た。
「この間実物見たことだし。」
「時間の無駄じゃねえの?」
と言いつつも、またあの完璧イケメンを見るのかと憂鬱である。

ところが。

「…何だ、これは?」
直樹は目、いや耳を疑った。確かにメンサは今日もイケメンだった。しかしその口から発せられる…台詞のなんとひどいこと!!
「これは台詞か?これは船津の気取った朗読の方がずっとましだろ!!」
更に直樹は琴子の言葉に驚かされた。
「今日はメンサくん、いつもより台詞上手だわ!」
「…何だって?」
直樹は琴子を見た。
「…これで、これでいつもより上手?」
「はい。いつもはもっとひどいんです。うん、脚本が今回は合ってるんだと思います。」
「ちょっと待て。こいつ俳優名乗ってるんだろ?いいのか、これで俳優って?え?」
小学生の教科書読みの方がましだと思う。

だが直樹はどこかで安心していた。
「人間、誰しも欠点ってあるんだな。」
「当たり前じゃないですか!」
琴子が言った。
「欠点のないイケメンなんて先生しかいませんよ!」
「え?」
「うふ。顔もよくて頭もよくて優しくて。先生は世界一素敵です!」
「…芸能人相手にも本気で嫉妬する男でも?」
「はい?」
直樹はつい口にしたことを誤魔化すために、テーブルの上に身を乗り出して琴子にキスをした。そして琴子を膝の上に抱き上げる。
「…先生、事務所なのに?」
「いいじゃん、オフィスラブって感じでさ。」
たまにはこんなシチュエーションもいいだろうと、直樹は琴子の両頬を手で挟みキスをする。やがて琴子も乗ってきて二人はドラマそっちのけで自分たちの世界へと入り込んだのだった。







関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク