日々草子 入江法律事務所 36

入江法律事務所 36

ちょっと気分を変えてみようかと、違うシリーズをば…。

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「テレビ局?」
入江法律事務所にテレビ局の人間が来るという。
「3時に来るってさ。」
「え?いつそんな連絡があったんですか?」
「お前がトイレで長い間、うんうん苦しんでいる時だよ。」
「ちょっと、何かというと人を便秘キャラにするのはやめてもらえます?」
琴子はぷぅと頬を膨らませたが、
「お前だって俺のこと、毎回集金キャラにしているじゃねえか。」
と直樹に言い返された。

ということで午後3時。世界テレビから男が一人やってきた。ディレクターの鈴木と名刺にはあった。
「ぜひとも、ぜひとも入江先生に番組に出演していただけたらと!!」
用件は何と、直樹への出演依頼だった。
「こういう番組なのですが、先生はお忙しいからご覧になっている暇はないでしょうね。」
鈴木が提示した資料に示された番組名を見ても、直樹にはピンと来なかった。が、もう一人は違った。
「うわあ!これって視聴率20%超えている人気番組ですよね。」
「秘書さんはご存知ですか、うれしいなあ。」
「知ってますよ。いろいろな職業の方を集めて毎回知られざるエピソードを披露する番組ですよね。この間の漫画家特集はとても面白かったです!」
「ありがとうございます。」
琴子に絶賛されて鈴木の機嫌はとても良かった。直樹は疎外された気分で複雑である。

「今度弁護士特集を放送するんです。まあ有名なタレント弁護士は揃えたんですが、まだテレビに出たことのない弁護士さんにも来てほしいなと思いまして。裁判所で張っていたら、まあこんないい男の弁護士先生がいたのかと驚いちゃって。」
「わざわざそれはご苦労でしたね。」
素っ気ない直樹の後ろではコーヒーを運んできたお盆を抱えた琴子が「そうでしょう、そうでしょう」と得意気に頷いていた。
「そうしたら外見だけではなく、とても凄腕の弁護士でいらっしゃるとか。ぜひとも、ぜひとも当番組にご出演いただけませんか。お願いします!」
鈴木は頭を下げた。

「…せっかくですが、テレビに興味はないので。」
直樹の答えは決まっていた。そのような派手な世界に関心はない。
「そんなあ!」
なぜか鈴木ではなく直樹の後ろから悲痛な声が聞こえた。直樹は振り返りギロッと琴子を睨む。琴子は口を尖らせて「勿体ない」と呟いた。

しかし直樹に断られても鈴木はひるまなかった。1度や2度断られることはこの業界にいるとすっかり慣れっこである。
「ではせめて、せめて番組収録の見学にいらっしゃいませんか?見ていただいた後にもう1度考えていただけたら。」
と、鈴木は今度の収録の予定表を出してきた。首を伸ばしてのぞき込んだ琴子が声を弾ませた。
「えっ!!ゲスト、井家メンサ(いけ・めんさ)なんですか?」
「ええ、そうなんです。映画の宣伝も兼ねているんですけれどね。」
「収録っていつですか?」
お盆を放り投げ、琴子は鈴木に詰め寄った。
「今度の日曜日です。」
「大丈夫です、入江はその日一日フリーですから!」
「おいっ!!」
人の休日を勝手に決めるなと直樹は目をつり上げる。が、琴子はお構いなしに、
「先生!たまには違う世界も知った方がいいですってば。法律の世界に閉じこもっているとロクなことありませんよ。様々な裁判に関わるのだから知らない世界も学びましょう!」
「お前から学びましょうとか、絶対言われたくねえよ!」
「ここは私を信じて。絶対今後の先生の人生に役立つことを誓いますから!」
「信じられねえ!絶対信じねえからな、俺は。」
直樹の反論もむなしく、琴子は「秘書の私に全てお任せを」と鈴木とどんどん打ち合わせを進め、強引に直樹の見学を約束させたのだった。勿論、自分の付き添いも鈴木にOKさせた。

「どうもありがとうございます。有能な秘書さんのおかげで期待できそうですね。」
「そんな、有能なんて。」
普段秘書と呼ばれることのない琴子はすっかり有頂天になっていた。
「いえ、本当ですよ。それになかなか可愛らしい。」
「まっ。」
頬に手をやり照れる琴子は直樹が渋い表情を見せていることに全く気づかない。
「どうです?1度うちのドラマなどに出てみませんか?」
「ど、ドラマですか!」
「ええ。見学の時にドラマのプロデューサーに紹介しますよ。」
鈴木は明るく言うと「それでは日曜に」と事務所を後にしたのだった。



「ドラマ…私がドラマ…。」
コーヒーを片付けながら琴子は完全に現実の世界から飛び立っていた。



************

「先生、遅くなってすみません!」
「郵便局まで行くのに、ずいぶん時間がかかったな。」
「そうなんです。ちょっとファンに見つかってしまって。」
はあはあと息を弾ませて、琴子は自分の席に戻る。
「やっぱり変装した方がいいと思うぞ。」
心配顔の直樹が琴子に近づいてきた。
「いいえ。だって今は先生の秘書ですから。人気女優の相原琴子じゃないんです。」
「だけど。」
直樹は琴子の体を後ろから抱きしめる。
「…俺はお前の身に危険が迫ることが心配だよ。」
「先生…。」
「無理しなくていいんだぞ。女優一本に絞っても構わないからな。」
「ううん。私は先生の秘書も女優もしたいんです。」
「お前は本当に…。」
直樹は琴子のつむじにキスをした。

「…そろそろ現場へ行く時間だろ。」
琴子は時計を見た。
「あ、そうですね…先生と離れるの寂しいけれど。」
「俺はお前をテレビの中で見られたら満足さ。」
「でも私はいつでも先生の琴子ですからね。」
「琴子…。」
「先生…。」

************

「何が人気女優だ、目を覚ませ!」
ムニュゥと突き出した唇を直樹に鷲づかみにされて琴子は「痛い!」と悲鳴を上げた。

「ったく、お前の妄想とどまるところを知らないな。よくもまあそんな都合のいいことばかり考えられるもんだ。昼間から夢を見てるんじゃねえよ、ばあか。」
「もう、そんな言い方しなくたって。」
口を撫でる琴子に、
「大体、その井家何たらって誰だよ。」
と直樹が疑問をぶつけた。その名前が出た途端、琴子の目の色が変わったことを直樹は見逃していなかった。
「あれ、知りません?ちょっと待って下さいね。ええと…。」
琴子はバッグの中を探ると一冊の雑誌を取り出した。
「これです、これ。これが井家メンサ。」
「…日本人だったのか。」
あまりに個性的な名前だったためどこの国の人間か見当もつかなかったが、雑誌でインタビューに答えているその男は日本人そのものであった。
「すごい人気なんですよ。かっこいいし大学もいいところ出てて。」
「ふうん。てっきり東京・中野に三十年住み続けてバイトをしながら、いつか舞台に立てる日を夢見てボソボソとお笑い芸人めざしている男かと思ったぜ。」
「…テレビに疎い割にはお笑い芸人の設定、細かすぎません?」
「そうか?」
こんな男の琴子はどこがいいのかと思うと面白くない。
「お前、こいつのために少ない給料を無駄遣いしてるのか。ご苦労なこった。」
この男が見たいがために雑誌を買ったのかと思うと、更に面白くない。
「違いますよ。この雑誌を買ったのは…。」
それまで元気いっぱいだった琴子が突然もじもじとし出す。
「トイレ、さっさと行け。」
「違いますってばあ。この雑誌はその…。」
琴子は恥ずかしそうに雑誌の表紙を出した。
「“人気デザイナーによるウェディングドレス特集”…?」
直樹が大声で読み上げると「きゃっ!」と琴子は顔を真っ赤にした。
「その…先生と…ええと…ドレスとか…いつか…着られるかなって。」
「あ、そ。」
直樹は雑誌を琴子へ放り投げると自分のデスクへと戻った。
「先生?」
まだ付き合い出したばかりだというのに、ウェディングドレスなんて気が早すぎたか、結婚しろと急かしているようで気にさわったかと琴子は不安になった。
「…すみません。」
しょんぼりとして、琴子はそそくさと雑誌をバッグへと戻した。背中を向けている直樹は別に謝らなくともと思ったが、それが素直に言える性格ではない。とりあえず自分のことを一番に琴子が考えていることが分かり安心する。

「それじゃ、行ってくる。」
「え?どちらに?」
「裁判所だよ。船津が待ち構えているだろうからな。」
今日は宿命のライバル(注・琴子命名)船津検事との法廷だった。
「ちょっと待って下さい、私も一緒に!」
慌てて琴子はバッグを掴む。
「いいよ、邪魔だから留守番してろ。」
「いいえ、先生の応援に行かねば。」
ギャーギャー騒ぎながら琴子は直樹の後を追いかけたのだった。



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『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
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