日々草子 入江法律事務所 34

入江法律事務所 34






入江紀子は、日曜の朝からイライラしていた。

「ちょっと、お兄ちゃん!」
両手を腰に当て、リビングのソファでのんびりとくつろぐ長男を呼ぶ。
「日曜だっていうのに、何をしてるの?」
「は?」
長男は読書の邪魔をされた不快感を露わにし、母を見た。
「日曜だからこそ、ゆっくりしてるんじゃねえか。」
「そうだよ、おふくろ。」
隣で同様に読書をしていた次男が兄の援護に回る。
「日曜は休むためにあるんだろ?」
「だからって家にいていいと思ってるの?」
睨む母親を前に、兄弟は顔を見合わせた。
「買い物でも言いつけるつもりか?」
「しょうがない、行く?」

「ちが―う!」
紀子は叫んだ。
「日曜なんだから、デートくらいしなさいって言ってるの!」
「デート?」
「そうよ。琴子ちゃんを誘ってデートして来いっていってるのよ。何なの?付き合い始めたばかりだというのにデートをする様子が全くないって!」
「ちょっと待て、おふくろ。」
キーキー喚く母親を長男こと直樹は制した。
「考えてみろよ。俺とあいつは月曜から金曜までずっと顔を合わせてるんだぞ?それで日曜まで顔を合わせろってか?」
「そうだよ。いくら琴子だってそこまでお兄ちゃんの顔を見たいって思うかな?」
次男裕樹が兄に同意する。

「ああ、これだからあなたたちは今まで女っ気がなかったのよ!このダメ男どもが!」
紀子は二人を交互に指さした。
「まったくこんなしょうもない男を選んでくれた琴子ちゃんに申し訳ないったらありゃしない!あんないい子がお兄ちゃんと付き合ってくれるって言ったのよ。愛想尽かされないようにしっかりつなぎ止めておかなきゃだめでしょうが!」
「お兄ちゃんが琴子を選んだって感じじゃねえの?」
「琴子ちゃんが離れていったら、こんなどうしようもないグータラ弁護士を相手にしてくれる女の子なんてこの世にいないわよ!いいからデートしてらっしゃい!!」



「ったく…うるせえんだから。」
とりあえず家を出なければ紀子が収まりそうもないので、直樹は外に出た。
直樹とて職場でずっと一緒でも、土日だって琴子が何をしているか気になる。どこかへ行こうと誘ってみようかと考えたことも一度や二度だけではない。しかし。

「ええ?休みの日にまで先生の顔を見るって、何の罰ゲームなんですかあ?」

いや、そんなことを琴子が言うわけがないと思う。思いたい。だが裕樹も言っていたとおり、休みの日くらい職場のことを忘れたいと思うのが普通だろう。それで今まで誘えずにいた。



『Darling, I need you どうしても
口に出せない 願いがあるのよ
土曜の夜と 日曜の
貴方がいつも 欲しいから
ダイヤル回して 手を止めた…』

相原家の居間。テーブルの上に置かれたノートパソコンからは先程から同じ歌が繰り返し流れていた。
「はあ…やっぱここ!ここが私と同じ気持ちなのよねえ。」
そのテーブルの周りをゴロゴロと転がっているのは相原琴子である。

「土曜の夜と日曜の…先生が欲しい…キャッ!」
土曜と日曜は直樹に会えない。一体何をしているのだろう。琴子にとって直樹と会えない週末は寂しいものである。

テーブルの周りをゴロゴロと三周転がった後、「もう一回聞こう」と、パソコンに手を伸ばそうとした時だった。

ピンポーン。

「んもう、恋する乙女の邪魔をする奴は誰なの?」

さては新聞の集金か。仕方ない、相手も仕事なのだ。琴子は財布を手に立ち上がる。

「はい、おいくらでしょうか?」
「10円に50年分の利子でよろしく。」
「…へ?」
開けたドアの向こうに立っていたのは、毎月来る新聞の集金担当ではなかった。
「せ、先生?」
「よう。親父が立て替えた10円の取り立てに来たぜ。」
素直に誘えない直樹の第一声である。
「そ、そんな。あ、そうですよね。お借りしたものはお返しせねば。」
そしてその直樹の言葉を素直に信じた琴子は「あわわ」と財布を開く。
「ええと、利子っておいくらで?」
「十一。」
「といち?」
「十日で一割。」
「十日で一割?ええと、50年ってのは何日だ?あれ?一年は365日だから50に365をかけるとええと…あ、その前に10円の一割っていうのはいくらだ?それに何をどう計算するんだっけ?あれれ?すみません、電卓持ってきます!」
「冗談だよ。ったく、うちは10円を回収するほど金に困ってねえって言っただろ。」
電卓を取りに家の中へ駆け込もうとする琴子の襟を直樹はつかんだ。

「それじゃ、何の御用で?」
「…天気いいし、ちょっと一緒にそこの公園で桜を見るのもいいかなって。」
「桜を見る…。」
「何か用があるなら気にしないでくれ。」
「いえ、用なんて何も!」
琴子は即座に返答した。
「お父さんは…。」
「うちの親父と釣りに出かけたんだろ?」
「そうです。だから一人だったし全然用なんてありません!」
「じゃ、行くか。」
直樹はスタスタと玄関を離れる。
「え?ちょっと待って!」
「何だ?早く来いよ。」
「いや、支度をしないと。」
「支度?」
直樹は怪訝な顔で琴子を見る。
「近くの公園だぞ?そのまんまで構わないじゃん。」
「そんなわけにはいきませんよ!」
琴子は叫んだ。
「これ、普段着ですし。」
「普段着でいいって。」
「いや、そういうわけにいかないんですってば。こんな格好で先生と出かけるなんて何の罰ゲームかってことになっちゃう!」
「どこもおかしくないけど?」
コットンセーターにジーンズとさっぱりとした格好の琴子である。それのどこが罰ゲーム?

「とにかく」と琴子は直樹の腕を引っ張り、家の中に引きずり込んだ。そしてコーヒーを手早く用意すると、二階へと駆け上がって行った。

「普段着じゃ出かけられないって、何だ?」
琴子の罰ゲームの基準がどうも直樹には理解できない。
「仕事に出かける時は気を遣うのは分かるとして、そこの公園に行くのに普段着じゃ嫌って、女ってよくわかんねえな、ったく。」
『恋におちて』の歌が流れ続けている居間で直樹は首を傾げながらコーヒーを飲んで琴子が戻るのを待つことになった。
「ん?」
テーブルの足の陰にハンカチが落ちていることに直樹は気づいた。
「落ち着いて行動しないからこんな所に落としやがって。」
後で琴子に渡してやろうと思って手にした時である。
「お待たせしました!」
カーディガンにスカートという格好になった琴子がダダダという音と共に居間に飛び込んできた。
「えっと、パソコンの電源落として。あ、先に先生のカップを片付けて…。」
「パソコンは俺が落としてやるよ。」
色々パニックになっている琴子を見かねて、直樹がパソコンを操作する。
「すみません。」
パタパタとキッチンに直樹の使ったカップを琴子が下げた。



「わあ、すごいですねえ!」
桜が満開の公園は大勢の人でにぎわっていた。
「きれーい。桜いっぱい。」
桜を見上げてはしゃぐ琴子に、直樹の頬も緩む。おもいきって誘って良かったと思う。
「すごいなあ…。」
桜の美しさに酔いしれながら、琴子の脳裏には…。

************
「先生、とってもきれいですね。」
「バカだな、桜なんかよりお前の方がずっときれいさ。」
「先生…。」
「ほうら、そうやってお前の頬も桜色。」
************

「いやん、先生ったら。」
「え?いらねえの?」
「え?」
何でそんなことをと思いながら、顔を上げた琴子の前にぬっと突き出されたのは、焼き団子である。
「お前、花より団子のクチだろ?」
「そ、そんなことは…。」

ぐぅぅぅぅぅ。

言葉ではなく、琴子のお腹が返事をしてくれたのだった…。



「うわあ、ボートもいっぱい出てますね。」
焼き団子でお腹を満たした後、散歩を再開した二人。池にはたくさんのボートが出ている。
結構カップルも多い。

「私も先生とボートで…。」
再び琴子の脳裏には――。

************
「先生、水がとっても気持ちいいです。」
直樹の漕ぐボートの上から、琴子は池の中に手を入れていた。
「ほうら、先生!」
池の水を直樹に向かって琴子はかけた。
「ほらほら、子供みたいなことはやめろよ。」
笑いながら水をよける直樹。
「あん、だって先生、一生懸命漕いでくれているから汗をかいてるんじゃないかなって。」
琴子はピシャピシャと水をかける。
「ほら、やめろって。全くお前はしょうがない奴だなあ、アハハ。」
***********

「先生、ほら、ほら…。」
「やめてくれ。」
「え?」
なぜ突然厳しい声になったと、驚いた琴子は目を開けた。
「あれ?ボートは?もう下りましたっけ?」
キョロキョロと辺りを見回す琴子に、
「腹が膨れたからって歩きながら寝ぼけるんじゃねえよ。」
と直樹の声が飛んで来た。
「ったく、水をかけるとかって勘弁してくれよ。」
「あれ?口に出してました?」
「バッチリと。」
「先生、水が嫌いでしたっけ?」
「違うよ、見てみろ。」
直樹は池を指す。
「こんな汚い水かけられてみろ、口に入って腹を壊したらどうしてくれる?え?」
確かにきれいとは言い難い池であった。
「…そうですね、お腹壊したら大変ですよね、はい。」
何も反論できず、琴子はしゅんとなって俯くしかなかった。
「ったく、腹が満たされたからって歩きながら寝言を口にするのはやめてくれ。」
「…起きてますよう。」
桜の下を、トボトボと直樹の後ろを琴子は付いて行くのだった。





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水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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