日々草子 入江法律事務所 33

入江法律事務所 33





「ええっ!!」
突如起きた琴子の声に、思わず直樹はコーヒーを噴き出しそうになった。
「何だ、どうした?」
「そんな…。」
直樹の問いに答えようともせず、琴子はそれだけ呟くと机に突っ伏してしまった。
「延期だなんて…。」
「延期?」
「…“ガラスの能面”の最新刊…今月発売予定だったのに…延期になりました…。」
「ええっ!!」
今度は直樹が声を上げる番だった。それには琴子が机から顔を上げる。
「どうして先生が悲鳴を?」
「それは…。」
「しまった」と思いながら直樹は理由を素早く考えた。
「…お前の悲しみは俺の悲しみでもあるしな。」
「え?」
「…お前と俺は一心同体だということだ。」
「先生…!」
先程まで悲嘆に暮れていた琴子の顔は、たちまちキラキラと輝き出した。ああ、これこそ恋人同士ということだろう。幸せを噛みしめる琴子。


立ち直った琴子が郵便局へ出かけた後、直樹は「ふう」と溜息をついた。
「危なかった…。」
そしてカレンダーを見る。今日は3月14日。どうやら琴子は愛読書の発売延期ですっかり忘れているようだった。
「しかし、あのマンガが発売延期になったとなると…俺はホワイトデーに何を贈ればいいんだ?」
琴子が一番喜ぶプレゼントは何か。それを考えた時一番に浮かんだものは『ガラスの能面』だったのである。

「あと、あいつが喜ぶものといったら?」
琴子の留守中に何とか直樹は考えをめぐらせた。過去に琴子が喜んだものといえば?
「…ティッシュ?」
花粉症でくしゃみを連発していた琴子に、肌に優しいティッシュを贈ったことがあった。直樹はポケットティッシュを取り出し、じっと見る。ポケットティッシュにはよく、背面に広告が入っている。
「“いつもありがとう 入江”と書いてみたら?」
いやいや、それじゃあまりに安上がり。小学生男子ですら、もっとまともなプレゼントを考えるだろう。



結局何もプレゼントがないまま、仕事は終わった。琴子は余程ショックだったのか、何も騒がず黙って帰って行った。
「何か贈る物を探しに行くか。」
それを持って琴子の家へ行けば、今日中にプレゼントは渡せる。そう思って直樹はデパートに向かった。

最初に向かったフロアは化粧品のフロアだった。
「…臭いっ!」
着いた途端、直樹は鼻を覆った。色々な香りが混ざり合ってすごい。
「女は皆、鼻がつまってるのか?」
このフロアを平然と歩く女性たちが、直樹は信じられなかった。

とりあえず、何人かの客が集まっているメーカーのカウンターに直樹は立った。
「いらっしゃいませ。プレゼントでございますか?」
「…俺が使うとでも?」
「…失礼いたしました。」
分かりきったことを聞くなと、直樹はビューティーアドバイザーを睨みつけた。

「こ、こちらなどいかがでしょうか?先月発売されたばかりの春の新色です。」
機嫌をこれ以上損ねないよう、アドバイザーは口紅を直樹の前に見せた。それははっきりした赤だった。
「…同じものですか?」
直樹はアドバイザーの口と手にしている口紅を見比べる。
「左様でございます!」
よくぞ気付いてくれたとばかりに、アドバイザーがはしゃいだ声を上げた。
「ふうん…。」
こういう色が人気なのだろうか。確かに他のメーカーも似たような色をメインにしているようではある。

「いかがでございましょう?」
直樹は脳裏に琴子の顔を浮かべる。ニコッと笑った可愛い顔。その口にこの口紅の色を合わせてみる――。

「…口デカ女みたいだな。」
「え!」
直樹は琴子の顔を浮かべていて何も見ていなかったのだが、目はアドバイザーの口から動いていなかった。なのでアドバイザーは自分を指して言われたかと思って激しいショックを受けた。

「イメージに合わないから、やめておきます。どうも。」
「口デカ女…口デカ女…」と茫然と繰り返すアドバイザーを置いて、直樹はコーナーから去って行った。



「どうもああいうのはあいつに合っていない気がする。」
そう思った直樹はフロアを移動した。今度来たのはアクセサリー売り場である。
「さて、どういうのがいいか。」
ここも沢山のショップがあり選ぶことが大変そうである。
とりあえずと、直樹は目についたショップに入った。
「いらっしゃいませ。ホワイトデーの贈り物でしょうか?」
「ええ、まあ。」
今度は分かりきったことを聞かれなかったのでホッとしながら、直樹はケースの中に目を向けた。
「リングなどいかがでしょう?」
店員がリングを出して見せた。キラキラと大きな石が輝いている。
「指輪か…。」
直樹は考え込む。
「…いきなり指輪って重すぎません?結婚を迫っているみたいで。」
「いえいえ、そんな!!」
店員は手を大きく振って否定した。
「重すぎるなんてとんでもない!」
こんなイケメンが指輪をくれるなら…たとえこの石が大きな岩であっても喜んで受け取る。ついでにそのままイケメンの手を引いて役所へ駆け込み、すぐさま婚姻届を提出しよう。

「そうですかねえ…。」
他の品も直樹は見てみることにした。
「これまで、どのような贈り物を?」
そこからピッタリと合ったプレゼントを導き出してあげようと、店員は話題を向けてみた。
「まあ…マンガとかティッシュとか。」
「マンガ…ティッシュ…。」
店員は直樹の様子をてっぺんからつまさきまで見た。着ているスーツは上等。持っている鞄もいいもの。それなのに恋人へのプレゼントがマンガとティッシュ?

その1
このイケメンはものすごいドケチである。

その2
イケメンの彼女は欲がなく、何でも喜んでくれるとてもいい子。

「その2」と、店員は答えを決めた。というか、そうであってほしい。ドケチなんて悲し過ぎる。

それから直樹は何軒かショップを回ってみた。が、いずれも直樹の好みとは違うし何より店員がギラギラして自分に迫って来るのが嫌で決めかねる。

「ん?」
店員の対応に疲れ始めていた直樹は、ふと一軒のショップに目を止めた。そこは他のショップに比べ落ち着いた店員が数人立っていた。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。」
根掘り葉掘り聞いてこない態度も好感が持てた。目立たない店のせいか客は少なかったが、居心地は悪くない。
直樹はゆっくりとケースの中を見ることにした。

「これ…いいな。」
その中で直樹が目を止めたのは、ネックレスだった。ハートを花びらに見立て中央にシンプルな石をあてたピンクシルバーのネックレス。
直樹はまた脳裏に琴子を浮かべる。その首にこのネックレスを当てる。
「…うん、ぴったりだ。」
直樹がつい漏らした独り言に、店員が微笑んだ。



ラッピングをしてもらうのを待っている間のことだった。

「先生?」
「え?」
振り返ると、琴子が目を大きく見開いて立っていた。
「お前、何でここに?」
「あたしは…その…。」
言いにくそうに、琴子がもじもじと体を動かす。
「…毎年この日は…あちこちのショップをのぞいて…先生にこんな物がもらえるといいなってプレゼントをもらうことを、想像するのが恒例なもので。」
「それは…何と言えばいいのか…。」
「先生こそ、どうして?おばさんに贈り物ですか?」
まさか直樹が自分のためにプレゼントを選んでいるとは夢にも思っていない琴子は、無邪気に訊ねてきた。
「いや、俺は…」と直樹が言いかけたとき、店員が「お待たせしました」と姿を見せた。

「…これ、よかったら。」
店員から受け取った小箱を、直樹はそのまま琴子に差し出した。
「え?」
「ホワイトデーということで。」
「え?え?」
琴子はパチパチと何度も瞬きをして、小箱を見つめる。
「とりあえず、移動するぞ。」
こんな衆人環視の中いつまでもいられないとばかりに、直樹は琴子の手を引きフロアを移動することにした。



デパートの近くにあった公園のベンチに二人は落ち着いた。
「すごい…可愛い!」
どうやらネックレスは琴子の好みに合ったらしい。小箱を開けるなり琴子の口から飛び出したのを確認すると、直樹は胸を撫で下ろした。
「このショップ、ずっと素敵だなって思っていたんです。いつかここのアクセサリーを先生からもらえたらいいなって思っていて…すごい…願いが叶っちゃった!」
目に涙を浮かべ喜ぶ琴子を見ると、直樹の頬も緩む。
「どうでしょう?似合います?」
早速琴子が付けて見せてくれた。
「ああ、すごく似合ってる。」
素直に褒めると琴子は「うふふ」と笑った。

「何か悪いな。」
「え?何がですか?」
「恋人らしいことを何もしてやれなくて。俺はどうもそっちの方は疎いから、お前も苦労してばかりだなって。」
「そんなこと!」
琴子はプンプンと手を振った。
「恋人になれただけでも…それに。」
琴子はネックレスを見つめて、言った。
「これを選んでくれた時、先生は私のことを考えてくれたでしょう?先生の頭の中に私がいられただけで、それだけでとても幸せです。それが何よりも嬉しいです!」
何と欲のないことか。琴子の言葉は直樹の心にズンズンと響いた。
「琴子。」
「はい?」
直樹は琴子の唇に自分の唇を重ねた。そして抱きしめる。
「…俺もお前に好かれていること、すごく幸せ。」
「…嬉しい。」

少しずつ恋人として歩んで行こう――二人は同じことを思ったのだった。






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きゃわわわー♪

悶絶です!!

デレで、素直な入江氏ー!!
レアだからこその悶絶!!!!

今日は同じシチュの夢がみたい。。。笑

失礼しましたっっ!

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ねーさんさん、ありがとうございます。

原作はプレゼントがあまりに少なかったからですからね。
その分、私も頑張ってみました。
そんなに甘甘に書いたつもりはなかったのですが、皆様にそう言っていただけて嬉しいです。
ありがとうございます。

林檎さん、ありがとうございます。

今回は本当にデレデレでしたね、入江先生。
悶絶なんて~うわあ、うれしい!
今回は林檎さん同様「同じような夢がみたい」という方が多くて!
とてもびっくりしています!

たまちさん、ありがとうございます。

琴子ちゃんが喜ぶものが浮かばなかったんでしょうね。
でそしてティッシュ。
本当、書いちゃいなって私も思います。それだけでも抱いて眠ってトマトの箱におさめられることでしょう。
プレゼント探しの旅もなんとか終着駅に到着したようで。
あの香りは男の人はかなりまいってしまうような気がするんです。
女性でも「うっ!」と来るときがありますから。

二人とも旅が終わって、本当によかった、よかった。

瑠夏さん、ありがとうございます。

初めまして。コメントありがとうございます!
このシリーズが大好きと言っていただけてとても嬉しいです。
確かにこのシリーズの入江くんはとても素直です。

そして…平台入れ替え!!そりゃあゴルゴ負けますよ!でもゴルゴでも最新刊は平台に載っているんですよね。
昔書店に探しに行って、棚を探しても見つからなくてまさかの平台でびっくりした記憶があります。
うん、ガラスの仮面には負けるでしょう(笑)

瑠夏さんがゴルゴを見て何かを感じて下さったことが嬉しいです…というか申し訳ないです(笑)
ぜひまた、遊びに来て下さいね!待ってます。

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

お久しぶりでありんす~。お会いできて嬉しいでござんす~。

プレゼントをああでもない、こうでもないと頭を悩ませる天才、いかがでしたか?
私も書いていてこんな入江くんもいいなと楽しかったです!
そうそう、ツンがないんですよね。私も皆様に言われて初めて気づきました!
結婚は…まだ当分先かもしれません。その時までどうか、カスガノツボネさんがこちらに来て下さっていることを祈っております。

佑さん、ありがとうございます。

自分では甘く書いている気は全くなかったんですよ。
皆さんに言われて「そうかな?」と思ったくらいで。
本当に入江くんらしくないけど、たまにはいいかなと。

紀子ママさん、ありがとうございます。

そうなんです、入江くんはケチではないんです!
琴子ちゃんが喜ぶ顔を見たい一心なんですよね!
本当に初々しい二人で。私も続けられる限り、二人の恋愛期間をかけたらいいなと。
入江くんにプレゼントをもらうことを妄想しながら歩く琴子ちゃんは本当に可愛いですよね。
あんなこと言われたら、そりゃあ抱きしめたくなるものです。
入江くんは一日一日と琴子ちゃんを好きになっていっているに違いないでしょう。

ひめかるさん、ありがとうございます。

そうですか?かっこいいですか!
うれしい、ありがとうございます!
毎回、入江くんの台詞には頭を悩ませているので、とても嬉しかったです!

ナイトさん、ありがとうございます。

入江くんからもらったものは何でも宝物になるんですよね、琴子ちゃんは!
予想以上に恋人同士の二人を楽しんで下さる方が多くて、嬉しい悲鳴をあげております!
ありがとうございます!

吉キチさん、ありがとうございます。

そうですね。
琴子ちゃんの顔はすべてインプット。
アハハハ、着せ替えって!!…一人密かにしていそうです、入江先生。
何せ原作はバストなんかも言い当てていたくらいですもんね。

入江くん、琴子ちゃんにぞっこんです。両想いになって喜んでいるのは琴子ちゃん以上で間違いないでしょう!

そうそう、私もべったりとくる店員さんは苦手です。
そんでもって、質問したいときは側にいないんですよね。←家電量販店なんかがこのパターン。
化粧品は座ったら最後、手ぶらで席を立てないのが難点です。

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プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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