日々草子 入江法律事務所 29

入江法律事務所 29






「悪い、琴子。トイレにちょっと。」
重雄が通りかかったコンビニを左手で指さし、右手で拝むようなポーズを取った。
「もう、家で済ませてこなかったの?」
「済ませたけど、ほら、今朝は特に冷え込んだだろ?お茶をガバガバ飲みすぎたっていうか。」
「しょうがないなあ。」
そそくさとコンビニに入りトイレを貸してほしいと頼む父を横目に、琴子は雑誌売り場の前に立った。
そしてトイレの方を見ると、重雄は二番目。どうやら同じような人間が他にもいるらしい。
「やれやれ。」
ただでさえ、直樹の家に挨拶に行くということで緊張しているというのに。琴子はマンガ雑誌を適当に取り出し、ページをめくった。


***************

「お、お義母様!あんなに前は可愛がって下さったのに!」
「何を言ってるの!あれは知り合いの娘だからということだったからですよ!嫁となった今はそんなことする義理は何一つありゃしない!ほら、さっさと働きなさい!」
と、姑が鬼の形相で嫁に鍬を渡した。
「あの荒れ地を開墾しておいで!」
「わ、私一人で!?」
「当然じゃないか!それが嫁の務めってもんだ!」

慣れぬ農作業で疲れた体を引きずり、嫁は家に入ろうとした。が、入り口で突き飛ばされる。
「お義母様、何をするんです?」
「お前の寝床はここじゃない、あそこだ!」
姑が指さしたのは、何と今にも崩れ落ちそうな納屋である。
「お前のようなろくでなしを住まわせる部屋はないのよ!さっさとお行き!」


************

琴子はバタンと雑誌を閉じた。
「な、何なの、これは…。」
表紙を見るとそこには、

『地獄で暮らす方が幸せ 世界一恐ろしい嫁姑の物語 鬼姑&鬼嫁てんこ盛り新年特別号♪』

とタイトルが大きく書かれているではないか。

「何て怖い雑誌を出版しているのかしら…。」
恐ろしいものを読んでしまったと思いつつ、雑誌を元に戻したところで重雄が戻って来た。



「おい、どうしたんだ?お前、トイレ我慢しているのか?」
「…お父さんじゃあるまいし。」
入江家へ向かう道すがら、琴子の顔は浮かなかった。先程のマンガが頭から離れない。
「あれ?直樹くんじゃないか?」
「え?」
父が示す方を見ると、入江家の門の前で直樹が立っているのが見えた。



「わざわざ待っていてくれたのかい?」
「ええ。」
挨拶を交わす重雄と直樹。
「親父たちも首を長くして待ってますよ。どうぞ。」
「おう。」
重雄に続いて家へ入ろうとした琴子が、ふとガレージを見た。入江家のガレージは外車が数台置かれている立派な物だった。
「…あそこに私も寝ることになるのかなあ?」
「あ?」
何か言ったかと直樹に怪訝な顔をされると、
「いえ、何でも。」
と誤魔化す琴子であった。



「まあまあ!わざわざ申し訳ありません!」
玄関では重樹と紀子が笑顔で相原親子を出迎えてくれた。
「あけましておめでとう、アイちゃん!」
「おめでとう、イリちゃん、奥さん。」
「おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。」
親同士が挨拶をしても、琴子はボケッと突っ立ったままであった。
「おい、琴子。挨拶をしねえか。」
重雄に促され、琴子は我に返る。
「あ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」
「おめでとう。よろしくな、琴子ちゃん。」
「おめでとう。まあ、琴子ちゃん。何て可愛いワンピースなんでしょう!」
コートを脱いだ琴子に紀子が歓声を上げた。
「これ、先生が似合うって言ってくれたワンピースなんです。」
いつかのバレンタインのデートで着たワンピースを琴子は選んだのだった。

直樹と気持ちが通じ合う前から、琴子は入江家にちょくちょく足を運んでいた。紀子のことも実の母親のように慕っていたから嫁姑の関係など意識もしたことはなかった。
しかし、あのマンガを読むと…自分のこれまでの考えでは甘いのかと思わずにいられない。

とにかく、今日はきちんと振る舞い、直樹の交際相手として紀子に認めてもらわねば。



「あの、先生。」
早速酒を酌み交わし始めた父親たちを見ながら、琴子はツンツンと直樹の服を引っ張った。
「何だ?トイレなら堂々と行って構わないぜ。」
「違います!」
「じゃあ何だ?」
「あの…ほら、御挨拶を。」
「新年の挨拶ならさっきしたじゃん。」
「違います。ほら、あの…私たちの…報告というか…。」
「え?もう俺、親父たちにお前と付き合うって言ったけど?」
何を今更という感じの直樹。沙穂子と婚約をしないという話をするには琴子との関係も説明しなければおかしかったから当然といえば当然である。

「でも、今日はその御挨拶に伺ったわけですし!」
「ふうん。お前がそうしたいってなら。」
何だか分からないが妙に気合が入っている琴子を見ながら直樹は、
「ちょっといい?」
と、盛り上がる父親たち、母、弟に声をかけた。皆、一斉に二人を見る。

「ええと、一応ちゃんと報告をしておこうと思う。」
直樹の隣で琴子は体を固くした。
「昨日、相原のおじさんに許可もいただけたことで、俺たち正式に交際することになったので。」
琴子がペコリと頭を下げた。
「結婚前提の交際ということで。」
またもや琴子がペコリと頭を下げた。それを見て裕樹は先日懐かしいおもちゃをとりあげていたテレビ番組で見た、水を吸い上げる鳥のおもちゃを思い出していた。

「それじゃ、こいつからも挨拶がしたいってことで。琴子。」
「琴子…。」
「琴子」と呼ばれるのを聞くのは、琴子はこれが初めてだった。直樹はあの火事の時に散々呼んでいたのだが、琴子の耳には入っていなかった。

「おい、琴子。」
直樹が肘で付いても、琴子は呼び捨てにされたことでポワーンとなっている。
「おい!」
三回突かれて、やっと琴子はハッとなった。

「あ、あの…この度、御子息様とお、お付き合いをさせていただくことになりましてございます、私、相原琴子と申します!」
昨夜から挨拶の文句を考えていたというのに、緊張して全て頭の中から飛んでしまった琴子。

「ふ、ふつつつつつつ…。」
「ふつつか。」
直樹に訂正される始末。
「ふつつか者ではございますが、精一杯がんばりますので皆様、なにとぞ、なにとぞよろしくお願いいたします!」
「選挙演説か?」と裕樹は突っ込まずにいられない。

「まあまあ!何て素晴らしい挨拶なんでしょう!」
そしてこんなガチガチな挨拶に手を叩いて喜んだのは紀子だった。

「琴子ちゃん、こちらこそよろしくね。こんな無表情で無感情な息子だけど、本当に本当にお付き合いしてくれるなんて夢みたいだわ!」
「おばさん…。」
「ありがとう。ちゃんと御挨拶してくれて、とても嬉しいわ。」
「私こそ…ありがとうございます。」
紀子の言葉に琴子はとても嬉しかったが、上手く言えなかったことに内心、落ち込んだことも事実であった。



お互いの子供が結婚前提の交際を始めたということで、どんどん盛り上がって行く重樹と重雄。
それをよそに紀子が「琴子ちゃん」とダイニングに手招きをした。

「ジャーン!」
「わあ、すごくおいしそう!」
テーブルの上にはケーキが二台並んでいた。
「琴子ちゃんが来てくれるから、二台も作っちゃったわ。」
「ありがとうございます。」
ショートケーキとチョコレートケーキ。どれもおいしそうだった。
「さ、食べましょうか。」
「それじゃ私、お茶を淹れますね。」
「俺はコーヒーな。」
リビングから直樹の声が飛んで来た。
「はあい。」
ウキウキと琴子はコーヒーの準備をし、ティーカップを人数分並べ始めた。

その時だった。

「あっ!」
ツルリと琴子の手が滑り、ティーカップが床に落ちた。

ガシャーンッ!!

「どうした?」
「割れる音が聞こえたが?」

音を聞きつけた男性陣がダイニングに駆けつける。

「琴子ちゃん?大丈夫?怪我はない?」
ケーキを切っていた紀子も琴子の傍に駆け付けた。
「ごめんなさい。割って…。」
「ううん、そんなことはいいのだけど。」
紀子が言っても、琴子は割れたカップの傍にうずくまったままだった。

「琴子ちゃん?」
「私…何でこんなにダメなんでしょうか?」
「え?」
動こうとしない琴子の傍に紀子がしゃがみ、顔を近づけた。が、
「琴子ちゃん!?どうしたの?やっぱりどこか切っちゃったの?」
と悲鳴を上げる。それを聞いて直樹も慌てて琴子の傍にしゃがんだ。

「あたし…あたし…ううっ…!」
しゃがんだままの琴子は涙をボロボロとこぼしていた。
「私…御挨拶もちゃんとできなかったし…カップも割っちゃって…本当にダメ人間で…ごめんなさい!」
今まで張りつめていた緊張の糸がプツンと切れてしまった琴子は、とうとう泣き始めてしまった。
「琴子ちゃん…。」
ここで紀子は琴子が何を考えて今日、この家に来たかを全て悟った。いくら顔見知りの間柄とはいえ、正式な交際の挨拶が目的となれば緊張するのは当然だった。先程の挨拶から見ても分かることに、今まで気付かなかった自分の迂闊さを紀子は悔やんだ。

「大丈夫、大丈夫よ、琴子ちゃん。」
紀子は琴子の体を安く抱きしめた。
「そのままの琴子ちゃんでいいんですよ。」
「おばさん…。」
「可愛くて明るく素直な琴子ちゃんのままでいいの。他には何も必要ないわ。」
「でも…。」
「ずっとね、琴子ちゃんが娘だったらどんなに楽しいかしらって思っていたのよ。それが叶うことになって嬉しくてたまらないのですから。」
涙がまだ光る目を琴子は紀子に向けた。
「今まで以上に仲良くしましょうね、琴子ちゃん。」
「…はい。」
やっと笑った琴子。それを見る直樹も微笑んでいた。



ケーキをお伴に和やかな時間が過ぎていった。

「そうだわ、琴子ちゃん。」
「はい?」
「初詣はもう行ったの?」
「いえ、まだです。」
本当は三日の今日、重雄とのんびりと行こうかと思っていた。
「だったら、今からお兄ちゃんと行ってらっしゃいな。」
「でしたら、皆さんで…。」
ところが紀子は「ううん」と首を横に振った。
「あれをごらんなさいな。」
「あ…。」
いい気分で酔っ払っている重樹と重雄が肩を組んで「ガハハ」と笑い合っている。

「私はあの二人の面倒を見ているわ。」
「だったら私も。」
「ああら、大丈夫よ。」
自分も残るという琴子を紀子が優しく止めた。
「せっかくのお正月、お兄ちゃんとデートしていらっしゃい。」
「でも…。」
琴子は裕樹を見た。
「…正月から誰かさんのドジっぷりを見せられて、何か疲れた。」
どうやら裕樹なりに気を遣ってくれているらしい。

「お兄ちゃん、琴子ちゃんと出かけていらっしゃいよ。」
「…そうするか。」
直樹が腰を上げる。
「お前のドジが治るよう、神様に祈ってくるか。」
「ほらほら」と紀子が琴子に笑いかけた。「それじゃ」と、琴子もいそいそとコートを取りに向かったのだった。





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グスン[e:263]

こんばんは、今見たら更新されてて嬉しかったです。今日のお話は、入江君のお家に挨拶に行きましたね、家族に結婚前提に付き合ってることを報告した時、緊張してる琴子ちゃん可愛い。でも、カップを割って緊張の糸が切れて泣き出した琴子ちゃん、私も、もらい泣きしちゃいました。でも紀子ママに励まされ二人のことを喜んでくれて、良かったね。これから二人で、デートいいな~

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こっこ(^o^) さん、ありがとうございます。

そうですよね。
私も琴子ちゃんと紀子ママの間には嫁姑問題なんて全くないと思います。
それでも琴子ちゃん、結婚するとなると色々不安になりますよね。
私も純粋な琴子ちゃんが大好きです♪

たまちさん、ありがとうございます。

本当に新年早々、なんて恐ろしい特集を(笑)
コンビニとかに、一時期ありましたよね。
昔「本当は怖いグリム童話」みたいなのがあって、流行っていたこともあってうっかり立ち読みしちゃったんですが…いやあ、すごいトラウマになりました。
琴子ちゃんが琴子ちゃんである限り、紀子ママは愛しくてたまらないんですよ。
事件は琴子の周りで起きている、事件を呼ぶ女ですもんね!

みゆっちさん、ありがとうございます。

ありがとうございます~♪
みゆっちさんはこちらのシリーズを本当に気に入って下さって。
こうして感想を寄せていただけて、とても嬉しいです。
入江くん、優しくなりました?
確かにちょっとは素直になったかもしれないですね。
甘い恋人同士の二人を書いてみたいので、ぜひまたお付き合い下さると嬉しいです。

さなさん、ありがとうございます。

余程緊張していたんでしょうね~。
書いている私も結構ドキドキしちゃいました。
最後は緊張の糸が切れちゃって、大泣き状態で。でも紀子ママはそんな琴子ちゃんも愛おしいと思ってくれたことでしょう!
更新、喜んで頂けて嬉しかったです!

ナイトさん、ありがとうございます。

皆さんに涙ぐんでいただけて、とても嬉しかったです…と書くのはちょっと変か(笑)
二人のラブラブがメインじゃないので受け入れていただけるかなと心配だったのですが、楽しんでいただけたみたいでホッとしております。
そうそう、紀子ママと入江くんの争奪戦!確かにそれはありそうですね!
はい、次回も楽しんでいただけたらと思います!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

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