日々草子 イリエアン・ウェディング 2

イリエアン・ウェディング 2






「はあ…。」
城の厨房で溜息をつくコトリーナを、友人でパティシエのヨシヤが心配そうに見ていた。
イッシキの国王夫妻が来てもう五日になろうとしている。相変わらずコトリーナのことは認めようとしない。
「イッシキの陛下だけではなく、ユウキヴィッチ様まで私のことを目の敵にしているなんて。」
兄弟姉妹のいないコトリーナは、義理とはいえ弟が出来ることを楽しみにしていた。「人見知りが激しいだけなんじゃないかなあ?コトリーナちゃんのことをよく知ったらお二人とも態度が変わると思うよ。」
「そうかしら?」
「そうだよ、きっと。」
ヨシヤは城下で自分の洋菓子店を経営しているのだが、ここしばらくはコトリーナのウェディングケーキ製作のために、城の厨房に籠っていた。それをコトリーナも手伝っている。
「えっと、お砂糖、お砂糖…あった!」
ボウルの中に入れるための砂糖を見つけたコトリーナが手を伸ばす。するとヨシヤが、
「うわぁ!ストップ、ストップ、コトリーナちゃん!」
「え?」
「それは塩だよ、塩!」
「嘘!」
「砂糖はこっちね。」
「ごめんね、ありがとう。」
砂糖をボウルへ入れるコトリーナを見ながら、ヨシヤはコトリーナが間違えないためにと、あらゆる刺激物をこっそりと遠ざける。

シャカ、シャカ、シャカ…とクリームを泡立てていたコトリーナが、
「そうだ!」
と、その手を止めた。
「ん?どうかした?」
「私には、これがあるじゃない!」
クリームがついた泡立て器を持ち上げるコトリーナの目が輝く。
「陛下とユウキヴィッチ様に私の得意なお菓子を作ってあげればいいんだわ!」
「ええっ!!」
「…何、その声?」
「い、いや。と、得意なお菓子?」
ヨシヤの頭に、これまで数々のコトリーナの失敗作が浮かんでは消えて行く。
「え、ええと…何を作るの?」
「そうねえ。この間ヨシヤくんがおやつに作ってくれたザッハトルテ…。」
「あれはコトリーナちゃんには難しいって!!」
「え?」
またもやコトリーナに睨まれてヨシヤは慌てて口を手で押さえた。
「あ、いや。ユウキヴィッチ様はともかく、イッシキの陛下はご年配でしょう?そんな方にザッハトルテは少々きついかと…ね?」
「そうねえ、言われてみたらそうかも。」
「うーむ」とコトリーナは顎に拳を当てて考える。
「お菓子なら、僕が作っても…。」
「そうだわ!やっぱりマフィンだわね!」
コトリーナがパチンと手を叩いた。
「ま、マフィン?」
またもやヨシヤの頭に、チョコレートのコーティングもしていないのに表面が黒いマフィンが浮かんでは消えて行く。
「うん、そうしましょう!早速準備しなくっちゃ!」



「ふうむ、ナオキヴィッチは相変わらず読書家たいね。」
ナオキヴィッチの居間にて、ぎっしりと詰まった本棚に目をやりイッシキ国王は嬉しそうに頷いた。
「さすが、わしの孫ばってん。」
「兄上、僕も兄上の本を読みたい!」
ユウキヴィッチがナオキヴィッチに甘えたところで、ノックの音が響いた。
「入れ。」
おそらく侍女がお茶の仕度をして来たのだろうと思い、ナオキヴィッチはそう言った。

「失礼します。コトリーナ特製のマフィンをお持ちしました!」
何と現れたのはいつものワゴンを押したコトリーナだった。「マフィン」と聞いた途端、ナオキヴィッチは素早く立ち上がり、バタンと開いたばかりのドアを閉めた。

「今、マ…何とか?そう聞こえたような。」
「兄上、どうしたのですか?」
いつにないナオキヴィッチの様子に、二人は驚く。
「いや、何でもない。」
しかし、そのナオキヴィッチの背後から「ドン、ドン」というドアを叩く音が続く。
「王子様!開けて下さい!なぜ閉めだすのですか?」
コトリーナがドアの向こうから声を張り上げている。
ナオキヴィッチはドアを細く開けると、その隙間から体を滑り込ませ廊下に出た。

「もう!ひどいじゃないですか!」
ぷりぷりと怒っているコトリーナに、
「こんなもんを持ってくるからだ!」
とワゴンを指さすナオキヴィッチ。恐らく祖父たちに認めてもらいたい一心で作ってきたのだろうが、これまでのマフィンの出来を知っているナオキヴィッチである。それを出したら認められるどころか…。
しかし、そこでナオキヴィッチは、はたと気付く。そういえば、近頃はヨシヤが厨房に詰めていたはず。ということは、これを作った時も…。
ヨシヤの腕前はナオキヴィッチもよく知っている。その彼がコトリーナの傍にいたのだから、いつもよりましなマフィンだろう。

「…悪かった、ちょっと気が動転して。」
ナオキヴィッチはコトリーナを部屋へ招き入れた。



「ほう、お菓子を作ったとね?」
腕を組みイッシキの国王はコトリーナと、テーブルの上の銀の覆いを見比べた。
「マフィンです。シンプルなお菓子ですからどなたでもお口に合うかと思います。」
「どれ、食べてやろうか。」
「はい!」
よかった、お菓子はやはり人の心を繋ぐのだ。コトリーナは嬉々として銀の覆いを取った。

―― よかった、見た目はまともだ。

胸を撫で下ろしたのはナオキヴィッチも同様であった。マフィンはこんがりきつね色。さすがヨシヤである。

「さ、どうぞ。ユウキヴィッチ様もどうぞ。」
皆の分をコトリーナは皿に取り分けた。
「いつも王子様が召しあがって下さる、私の得意なお菓子です!」
三人はマフィンを口に運んだ。

バリッ、バリッ、バリッ!!
ネチョ、ネチョ、ネチョ!!

どういうわけか、またもやマフィンからは発せられないはずの音が三人の口から聞こえる。

「…ヨシヤはどうした、ヨシヤは!」
ネチョ、ネチョ、ネチョと言わせながらナオキヴィッチが怒鳴った。なぜ彼がいながらこの出来なのか。
「あれ?ヨシヤくんは帰りましたけど?」
「何だと?」

そうである。この悲劇はヨシヤの不在も一因であった。
不運なことに、この日ヨシヤは早めに帰宅せねばならない事情があった。しかし、コトリーナがマフィンを作ると言い出した時、
「だったら、僕も残るよ。」
と気遣ってくれたのである。
「ううん、だめよ。ヨシヤくんは今日は奥様のお母様の誕生日をお祝いするんでしょう?奥様も赤ちゃんもヨシヤくんの帰りを首を長くして待っているわよ。」
と、こちらもコトリーナが気遣った。
「だけど。」
「もう、大丈夫だって!」
不安そうなヨシヤの背中をバシッバシッとコトリーナは叩いた。
「マフィンは何回も作っているのよ?これでもマフィンはプロ並みだってば!」
その言葉に不安を覚えつつ、ヨシヤは後ろ髪を引かれる思いで城を後にしたのだった ――。



と、ここまでコトリーナが説明した時。

「モゴッ…モゴッ…ネチョッ!」という音が聞こえた。
見るとイッシキ国王が口をモゴモゴとさせている。マフィンがあまりに粘着質だったため、まるで糊付けされたかのように、口が塞がれてしまったのである。慌ててナオキヴィッチとコトリーナが国王の口をこじ開けた。

「お前は…わしを殺す気か!!」
漸く開いた口から出たのは、コトリーナを怒鳴りつける声だった。
「そんなあ!!」
「まったく、こんな恐ろしいもんを食べさせおって!窒息するかと思った!」
「オーバーな!せいぜい、入れ歯がくっついて外れる程度じゃありません?」
「わしは入れ歯なんかしとらんわ!全部自前じゃ!」
「イーッ」と自慢の歯を国王はコトリーナに見せた。

「…兵器。」
ボソッと呟く声が聞こえ、コトリーナは振り返った。
「ユウキヴィッチ様、今何かおっしゃいまして?」
「…大量殺人兵器って言ったんだよ、ばあか。」
「た、大量殺人兵器!ひどいっ!!」
「ふん!」
ユウキヴィッチはマフィンの皿を奥へおしやると、ナオキヴィッチの本を読み始めた。見るとそのタイトルは『毒からの防御法』…。

こうして、コトリーナのおもてなし作戦(?)は見事失敗に終わってしまった。



そして悲劇はそれだけではなかった ――。

「コトリーナちゃん、父のことは気にしないで頂戴ね。」
「そうたい。あの方はつむじ曲がりやけんね。」
イッシキ国王とユウキヴィッチとは違い、ノーリー王妃とイッシキ王妃はコトリーナを優しく慰めてくれた。
「ですが…マフィンを失敗したのは確かですし。」
ついイッシキ国王たちに対してあんなことを言い返してしまったが、失敗は失敗である。コトリーナの落ち込みは激しかった。
「頑張ろうと思って失敗したのは悪いことじゃなかけんね。」
「イッシキの王妃様…。」
その優しさにコトリーナは涙ぐむ。
「あれは、ナオキヴィッチを取られて面白くないだけばってん。」
「王子様を取られた?」
「コトリーナちゃんに取られたと思ってるんよ。本当、子供みたいなところがあるんだから。」
そんなに単純なことなのだろうかとコトリーナは思う。

ここでノーリー王妃が気分を変えようと、
「そうですよ。さ、気を取り直しましょう。お母様、あのティアラをコトリーナちゃんは結婚式で使ってくれるんですよ。」
と、話題を変えた。
「ほう、それは嬉しかね!」
「お母様、可愛い孫嫁ちゃんがティアラを着けているところをご覧になりませんこと?」
「それは楽しみやわ。」
ということで、またもや侍女がティアラを取りに、宝物庫へと急いで行った。
「嬉しかね。ノーリーが着けたものをコトリーナちゃんも着けてくれるとは。」
「でしょう?」
侍女が運んで来るのを、三人は和気あいあいとノーリー王妃の部屋で待っていた。

「王妃様…。」
ところがやって来たのは取りに行った侍女ではなく、侍女長であった。
「まあ、何事?」
侍女長の顔色を見て王妃は只事じゃないと気付く。侍女長はノーリー王妃の耳元に口を寄せ囁いた。
「何ですって!」
大声を上げたノーリー王妃に、コトリーナとイッシキの王妃は顔を見合わせる。

「どうしたのですか、王妃様。」
「どげんしたね?」
「い、いえ…別に…。」
二人を心配させまいとするノーリー王妃であったが、
「別にというお顔ではありません。何があったのですか?」
とコトリーナがすがる。
「コトリーナちゃん…。」
言おうかどうしようか迷ったノーリー王妃であるが、コトリーナの顔を見て決断した。

「あのティアラが…宝物庫から消えたというの。」
「ティアラが!?」
これにはコトリーナも驚いた。
「そ、そんな…なぜ?」
「分からないわ。取り扱った侍女はきちんと元の場所へ戻したというし。ついこの間まであったはずなのに。」
そしてノーリー王妃はコトリーナに向かって、
「ごめんなさい、コトリーナちゃん。こんなことになって。あなたの結婚式に使おうと思っていたのに。」
と謝った。
「とんでもありません。王妃様の思い出のお品がなくなったことの方が私は悲しいです。」
「まあ、何て優しいのでしょう。」

「ほうほうほう!ティアラにまで見放されたとね!」
そこに登場したのは、イッシキ国王であった。騒ぎを聞きつけてやって来たのである。
「あなた、何てことを!」
「ふん!そんな娘にイッシキ王家のティアラを使おうなんて考えるからたい!ティアラも逃げ出したんやろ。」
「あなた!」
「お父様!ティアラが逃げるなんてあるわけないでしょう!」
「どうだか。宝石の中には、相応しくない持ち主の手に渡った途端に木端微塵に砕ける物もあるというばってん。ティアラだって、未来の王妃に相応しいおなごを探しにスタコラサッサと逃げて行ったんやろ。」
「あなた、いい加減にせんと!」
見かねたイッシキ王妃が「ケケケ」と笑う夫を部屋から連れ出した。

「もう、本当になんて言い方かしら!コトリーナちゃん、気にしちゃだめよ!」
「…はい。」
ノーリー王妃に慰められたものの、コトリーナの耳には「未来の王妃に相応しいおなごを探しに…」というイッシキ国王の声が何度もこだましていたのだった。







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カスガノツボネさん、ありがとうございます。

いじめ方がナオキヴィッチそっくりと言って下さって安心しました。
それっておじい様とナオキヴィッチが似ているという意味かなあと。
原作を読んで、出来る限り原作に近づけようと頑張っているのですが…。

幸せのウェディングベルを鳴らすことができればいいですよね!
ティアラを取り戻せるのか、コトリーナ!

そしてマフィンですね。
マフィンは…そりゃあ、コトリーナちゃんの腕ですから、劇的に上達はしないでしょう(笑)
あれを食べるナオキヴィッチがいかほど、コトリーナちゃんを愛しているかというバロメータの意味もありますので。

たまちさん、ありがとうございます。

コトリーナちゃんのいい所、沢山あるんですけどね。
もはやそれを見つけることすら拒んでいるかのようなじい様です。

歩くウェポンに食べるウェポン…(笑)
そうなんですよね、ナオキヴィッチ、味見しないと!
見た目とヨシヤくんがいるということで判断してしまったのでしょう。
別にわざと失敗していているわけじゃないんですけど…。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

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二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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