日々草子 サブ・ローザ 29(最終話)

サブ・ローザ 29(最終話)






寺崎家の離婚騒動は、あちこちの週刊誌が大きく取り上げた。
これまでスキャンダルめいたものがなく、清廉潔白という四字熟語が似合っていた寺崎に突然降ってわいた出来事なのだから仕方がなかった。

波名子を夫に裏切られた悲劇の妻という書き方をした雑誌もあれば、政略結婚の悲劇というものもあった。中には慰謝料の金額まで赤裸々に書いているものもあった。そしてやはり、理志の出生も暴かれる結果となった。

寺崎の退院はそのような騒動の中だった。
直樹はてっきり、政治家にありがちな、騒ぎが落ち着くまでは病院に入っていることにするのかと思っていたが寺崎はそれを選択しなかった。
「全て自分がしたことの結果ですから。」
妻を裏切った不実な夫と罵られようと、耐える覚悟だと寺崎は言った。それは息子の理志も同様だった。
「先生、こちらの絵を頂いてもよろしいでしょうか?」
あの時、直樹が病室に飾ったバラの絵を寺崎は欲しがった。直樹は喜んで贈呈した。



「…親子揃って女運のないものだな。」
家へ戻る車の中で寺崎が笑うと、理志は驚いて父親を見た。
「いつ、お前があの二人のことを知るかと思っていたが、意外と遅かった。」
「親父は知っていたのかよ?」
「まあな。ただ夫婦とまでは思わなかったけれど。」
「いつ頃から?」
「何となくただの医者と看護師じゃないような気はしていた。二人の意思疎通というか、相原さんがいると入江先生がやりやすそうだったし。特別な関係だと知ったのは、お前のことを入江先生が話をしていた時だな。」
琴子に見守られているから、直樹は落ち着いて話ができている、寺崎にはそんな気がしたのだった。
「それじゃ、週刊誌にやられた時も?」
「ああ。相原さんにその気は全くないのにとばっちりを受けさせてしまったと悪いことをした。だけど入江先生との関係を隠したがっている気がしたから、こちらから何も言えなかったけれど。」
「そっかあ…気付いていたのか。」
とんだピエロだったものだと、理志は窓枠に肘をついて溜息をついた。
「相原さんが完全にフリーだったら、お前の嫁に喜んで迎えたかったんだけれど。仕方ないな、入江先生が相手じゃ戦いにもなりゃしない。」
「そうだね…。」
「パンダイの後継者の椅子を蹴って医者になったほどの人だ。」
「そうだね…って、パンダイ!?」
理志の目が丸くなった。
「パンダイって、あのおもちゃメーカーの?」
確かに直樹は、父親は会社を経営していてその跡を継がずに医者になったと言っていたが、その会社がそんな大企業だったとは。
「パンダイの御曹司って…何だよ、自分の方が余程プリンスじゃないか。」
「アハハハ。」
失恋の痛手からまだ立ち直れない息子を寺崎は笑った。
「親父、一つ訂正しておく。」
「ほう?」
「悪いけど、俺は女を見る目がないってことはない。振られたけど、彼女は最高の女性だった。好きになってよかったと思うよ。勝手に自分の仲間にするのはやめてもらえるかな?」
「そりゃあ、失礼。」
そして親子は声を立てて笑ったのだった。



「大分騒ぎ、収まったね。」
新幹線の通路を挟んだ隣の席で、週刊誌を読む男性を横目に、琴子が呟いた。
「そうだな。」
離婚騒動から三週間が過ぎようとしていた。
「退院する前に聞いていたんだけど、奥さん…元奥さんか。外国へ行ったらしいな。」
「そうなんだ。」
寺崎の傍には理志がついているが、波名子は頼りになる人間はいない。実家からの援助は受けられるものの、政治家寺崎高志の妻と立場を利用して就任していた様々な名誉職は全て辞任することになったのだから、日本には居づらいのだろう。
「理志さん、ただの二世じゃないってことを証明したな。」
理志は虐待されていた事実も否定することなく、堂々とマスコミと渡り合っていた。
理志が親の名前を利用するしか能のない人物だったら、もっと叩かれていただろう。だが違っていた。誰も文句のつけようがない、見事な辣腕ぶりを発揮して父親を守りきった。

「やっぱりすごいね、理志さん。」
「…政治家夫人になれなかったこと、後悔してるのか?」
理志の有能さを目の当たりにし、直樹はついそんなことを口走っていた。
「ううん。」
琴子が直樹の腕に自分の腕を絡ませる。
「私がなりたいのは、政治家の奥さんじゃないもん。」
「医者の奥さんでいいんだ?」
「それも違うかな。」
「え?」
琴子は悪戯ぽく直樹の顔を見上げて、言った。
「政治家の奥さんでもなくて、医者の奥さんでもないんだ。私がなりたいのは、入江くんの奥さん。」
その二人の左手薬指には、結婚指輪がキラリと光っている。

「…私、院内恋愛やめようかなと思うんだけど。」
指輪がはめられている手をかざし、琴子が言った。
「色々入江くんに迷惑かけちゃったし。」
さすがに今回の騒動を琴子は反省していた。
ところが、直樹からは意外な答えが返ってきた。
「続けようぜ、院内恋愛。」
「え!?」
これには琴子が意表を突かれ、目を丸くした。
「だって入江くん、いつもくだらないって。」
「そう思っていたけど、別の楽しみ方を見つけたんでね。」
「別の楽しみ方?」
キョトンとしている琴子の耳元に、直樹が唇を寄せた。
「…男より仕事ですという感じの真面目なナースの相原さんがさ、俺の前だけではあられもない姿で、すごい乱れっぷりを見せるっていうのが、楽しくてたまらねえんだけど。」

「そんなことないっ…!!」
琴子の抗議の声はトンネルに入ったことによる轟音と、直樹のキスでかき消された。



「わあ、すごい!!」
通された部屋からの見事な景色に、琴子は興奮が止まらなかった。
「すごいよ、入江くん!海が見える!オーシャンビューだ!」
二人は休みを合わせ、海が見える温泉へと旅行に来たのだった。そして琴子が驚いたのはその景色だけではない。

「わ、見て!露天風呂がついてる!これって私たちの専用?」
「まあ、他の客がわざわざ他人の部屋に風呂入りに来ねえだろう。」
「すごいなあ!」
直樹の悪態をものともせず、純粋に琴子は部屋に感動していた。

「入江くん、こんな素敵なお部屋を用意してくれて本当にありがとう。」
「どういたしまして。」
今回の旅行は全て直樹の手配によるものだった。琴子は到着するまでのお楽しみ状態だったのである。
「お前も俺にしてくれただろ?」
「へ?」
「親父との食事。料金まで払ってくれていてさ。」
「そんな…。」
直樹の手は、琴子のおかげですっかりよくなっていた。そのお礼が今回の旅行であった。

「さて、それじゃあひとっ風呂浴びるとするか。」
直樹は早速、服を脱ぎ始めた。
「ふふふ、どうぞ。」
琴子は奥さんらしく、直樹が脱いだ服をたたむ。そんなことにささやかな幸せを感じずにいられない。
「あれ?お前は入らねえの?」
「え?」
「俺らだけの露天だってのに?」
「いや、それはそうだけど…だってまだ明るいし。」
途端に赤くなった琴子は必要以上に直樹のシャツを小さく畳んでしまった。
「ふうん、そっか。」
「そうだよ。」
「…俺さ、今回ほど自分がお前に愛されているかを知ったことはなかったんだよな。」
琴子に背を向けて、直樹がポツリと話し出した。
「俺はなんて幸せ者だろうって思ったわけで。でも、それでも風呂は拒まれるわけか。」
「いや、それとこれとは別だと思うけど…?」
「…そうだな、それとこれとは別だよな。ただ。」
「ただ?」
「何か俺、今回の旅行、結構テンション上がっていてさ。もしかしたらお前も一緒に…なんて妄想抱いてたから。あ、全然気にしなくていいから。」
「それじゃ、お先に」と直樹はテラスにある露天風呂へと行ってしまった。

「入江くん…。」
服を畳み終えた後、琴子は露天風呂をじっと見つめる。直樹の背中が何だか小さかったような気がしたのは、気のせいだろうか。
そしてしばらく考えた後、琴子は立ち上がって服を脱ぎ始めた。

「入江くん…お邪魔していい?」
数分後、琴子はポチャンと音を立てて直樹の入る露天風呂へと足を入れた。
湯けむりの中で直樹が「してやったり」とニヤリと笑っていることなど、琴子は全く気付かなかった――。


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完結おめでとうございます(*^o^*)
寺崎さんは気付いてたんですね!
人生経験が違いますもんね(^o^)
あら!入江君爆弾発言☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
続けちゃうんですね、恋人ごっこ!
二人が幸せならどんな関係でもOKです!
お疲れ様でした^_−☆

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水玉さん♪最終話有難うございました。
そして読み逃げ名人になっていた私をお許しください。

さみしいです!
大好きなお話なので最終回とってもさみしいですが、
また、院内恋愛のイリコトさんに会える日を楽しみにします!!
寺崎さん家族も明るくなりましたし、直樹さんも策士復活って感じだし!なんだかとてもうれしく終わりました♪
いつも有難う♪水玉さん♪

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いたさん、ありがとうございます。

最後までお付き合い下さりありがとうございました。
実は私も書きながら、理志の方がいい男なのではと思ったりしてました(笑)
でも入江くんのあの冷たさの中に見える優しさに世の乙女はまいってしまうんですよね~。
本当に入江くんにいつかぎゃふんと言わせてあげられたらいいのに、琴子ちゃん。
私も琴子ちゃんに負ける入江くんとか書いてみたいけれど、それを果たして読者様が受け入れて下さるのか…。
ゴルゴね!!ありがとうございます!!
これに反応して下さるの、少数派ですもん。しかもゴルゴと並ぶ不人気作品の休日ものまで楽しみと言って頂けて嬉しいです。

花さん、ありがとうございます。

こちらこそ、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
拙い話にドキドキして頂けて、とても嬉しいです。
花さんはじっくりと読んで下さって本当にありがとうございます。
最後くらい入江くんらしさを出さないとなと思って書いてみましたが、皆さんの反応がよくて安堵しました。
ぜひ次回作もお越し下さったら嬉しいです。

千夜夢さん、ありがとうございます。

最後までお付き合い下さりありがとうございました。
まさかお忙しい副部長が読んで下さっていたなんて思っていなかったので、コメントすごく嬉しかったです。

そうそう、懲りない入江くん。
せっかく琴子ちゃんから院内恋愛を中止することを切りだされたのに、自分からまた開始すると言う…ぷぷ。
なんだかんだ、入江くんも楽しんでいるんですよね、きっと。

湯けむり来夢くん、実現させちゃいますよ~。
まあ…私が書くとおもいきりギャグは滑りますけれど。副部長のようにギャグでもカッコいい入江くんが書けないのが悲しいです。

ぺろさん、ありがとうございます。

こちらこそ、最後までお付き合い下さりありがとうございました。

私も書き上げたら少しさびしさがこみあげてきています。
同じ気分だと分かって嬉しいです。

本当に意外と積極的な入江くん。
あれだけ苦しんだのに、また同じことをしようと考えているのやら。
でもそれでいいんですよね?
このお話はそれのエンドレスなので(笑)

また神戸の二人にあいたいと言って下さって、とても嬉しかったです。

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

読み逃げ名人(笑)
大丈夫ですよ~気にしないで下さい。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。

さみしいというお言葉、とても嬉しかったです。
ええ、もちろんまたいつか、院内恋愛のイリコトに会ってやってください。

入江くんもいつもの調子を取り戻し、琴子ちゃんも愛されめでたし、めでたしです。

こちらこそ、いつもコメント本当にありがとうございます!

YKママさん、ありがとうございます。

最後までお付き合い下さりありがとうございました。

確かに今回の入江くんはヘタレ度がすごかったですよね(笑)
琴子ちゃんはいつも一途だってのに…困ったものでした。

ラストは入江くんに無事、黒いしっぽが生えてきたのでよかったです。
理志さんはきっと素敵な女性を伴侶に迎えることでしょう。

そうです、まだシリーズ完結しておりませんので。
色々おありかと思いますが、いつかまた書いたらその時はすみません。

でめさん、ありがとうございます。

最後までお付き合い下さりありがとうございました。

私の書く文体が好きだなんて、嬉しいです。
お褒めを頂くような文体ではなく、申し訳ないくらいです。

お気づかいもありがとうございます。
裏も遊びに来て下さっているんですね。

でめさんの元気の足しにして頂けるなら幸いです。

kazigonさん、ありがとうございます。

最後までお付き合い下さりありがとうございました。

そうなんです、寺崎さんは気づいていたんです。そこはやはり色々な場をくぐってきた方ですので。
入江くんも続ける気満々ですし。
二人が幸せならどんな関係もOKとのこと、とても嬉しいお言葉をありがとうございます。

完結をねぎらって下さり、ありがとうございました!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

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