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2013.09.23 (Mon)

サブ・ローザ 28


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幸い紅茶が冷めて始めていたことと、理志の応急処置が早かったために直樹の火傷は大事にならずに済みそうだった。
直樹に言われた通り薬局で薬を買い、それを背中に塗った琴子であるがその目から涙が止まることはなかった。

「ごめんなさい…入江くん。本当に私のせいで。」
泣いたところでどうにもならないと分かっているが、それでも泣きやむことができない琴子。
「私が…私が軽率だったばかりに、あの人に恨まれることになったから、それで入江くんがこんなことに…。」
「お前のせいじゃないって言ってるだろうが。」
ベッドにもたれながら、直樹は琴子の頭をポンポンと軽く叩いた。
「でも、私がいるから入江くんは怪我ばかりして。やっぱり私は疫病神だわ!」
「そんなことないって。」
「あるわよ!入江くんの体に傷をつけてしまったんだもの!」
「男だしそんなに気にする必要ないよ。それに痕も残らないだろうし。」
「でも…。」
泣きじゃくる琴子の頭を撫でながら直樹は、
「俺はお前の体に傷がつかなかったことを喜んでいるよ。」
と優しく言った。
「いや、私の体なんてそんな大したものじゃ…。」
「いいや、そんなことない。」
と、直樹は琴子の体をしっかりと抱きしめた。
「お前が紅茶を浴びていたら、俺は今頃、ここにいないね。」
「どこにいるの?」
ぐすっと鼻を鳴らしながら琴子は直樹を見上げた。
「多分、警察。」
「何で!?」
「そりゃあ、あのババアが傷つけようもんなら、俺は黙っていられないから。ボコボコにしてただろうし。」
「そんな…。」
「それに比べたらずっとましだろ?」
「そうかなあ?」
とてもそう思えず、悩む琴子に直樹はクスッと笑うとキスをした。そしてそのまま琴子をベッドへと抱き上げる。

「え?ちょ、ちょっと待って。」
この体勢を取らされた先を想像し、琴子は直樹を手で押しとどめた。確かにもう夜も遅いが。
「駄目、今日は駄目だよ、入江くん。」
「どうして?」
「だって怪我、火傷が酷くなっちゃう!」
「ならないよ。」
「なるって!今日は安静にしてないとだめ!」
「味噌をつけようとした人間にそんなことを言う資格はない。」
「それとこれとは別!」
まだ騒ごうとする琴子の口を、直樹はキスでまたもや封じる。

「いいか?お前は俺がどうかなる度に自分は疫病神だと喚くけれど、そんなことは俺は今までもこの先も思わない。」
「で、でも…。」
「前も話したが、お前が足を引っ張ったと思う出来事で、俺はラッキーな方向に進んでいる。」
「今日のことは違うよ。火傷しちゃったし。」
「いいや、今日も同じだ。なぜならば。」
そこで直樹がニヤリと琴子に笑いかけた。今までも何か意地悪を口にする時に見てきた直樹のその笑い方。でも琴子はそれが決して嫌いではない。
「お前がどれだけ俺を愛しているか、分かったしな。」
「そんなこと…。」
「そんなこと?」
「…今更?」
ぐすっとまた鼻を鳴らす琴子の顔がおかしくて、直樹は思わず「ぷっ」と噴き出してしまった。

「確かに今更だよな。」
「…そうだよ。」
「だけど…。」
言いながら直樹は琴子の顔、首にキスの雨を降らす。
「…俺の奥さんが結構モテ過ぎるもんだから、不安になるんだよね。」
「そんなこと…ない。」
どうも未だにモテることを実感していないらしい琴子。

―― ったく、どれだけ鈍感なんだか。

「モテるっていうのは、入江くんみたいに道行く女性が振り返って、沢山告白されることを言うのであって。私はまあ…気まぐれに言われることがあるだけだと…思う。」
「ふうん、気まぐれね。」
「そう、気まぐれ。」
「じゃあ、俺はそうじゃないってことを見せてやるよ。」
と、直樹はまるで衣装の早変えのようにシャツを脱ぎ捨てた。思わず琴子が「キャッ」と声を上げるくらいに。
「い、入江くん…順番が逆…じゃありません?」
「順番?」
「いつも…私を先に…その…。」
「こうでもしないと、俺の本気度を見せられないと思ってね。」
そして直樹は、琴子の体を覆う。
「悪いが、そろそろ限界なんだ。何だかんだと一月ほどご無沙汰だろ?」
「限界って…。」
「限界なんだよ。俺はもう、お前の中を俺でいっぱいにしたいんだよ、そりゃあもう、溢れるくらいにね。」
こんなに燃えた目つきで自分を見る直樹は初めてだと、琴子は思った。
「いいか?よく聞け。この俺をここまで本気にさせる女はお前だけなんだからな?」
「は、はい。」
「お前が俺を愛している以上に、俺はお前を愛しているんだってことを今日は何が何でも証明してやる。分かったな?」
「わ、分かりました!」

直樹を炊きつけているのは、理志と交わした話も一因であった。理志がいかに琴子を想っていたか、そこまで想われている琴子が自分を選んでくれたこと、それがどれほど幸せなことであるか。
直樹はその想いを全て、琴子にぶつけたかったのである。

二人がどれほど密度の高い夜を過ごしたか――それは翌日、夜勤だった琴子が遅刻ギリギリで病院に入ったことで証明された。



そして直樹、琴子が共に日勤であった日。
「離婚することになりました。」
VIP病棟の応接スペースにて、あの騒動を謝罪した後、理志が言った。
「離婚、ですか。」
正直、直樹と琴子はそれが信じられなかった。あの波名子の乱心ぶりを思い返すと、とても素直に離婚に応じるとは思えなかったのである。

「父が土下座したんです。」
勿論、寺崎も妻の行状を直樹と琴子に深く謝罪した。直樹の治療費をもつと何度も言ってくれたのだが直樹がそのようなことは必要ないと頑なに拒んでいた。
そしてその後、寺崎は外出許可を直樹に申し出ていた。病状は全く問題なかったのだが、直樹は許可を渋った。なぜならば、波名子と話し合うためだと分かっていたからである。
あの波名子と言い争いになったらせっかくよくなったものが悪化する可能性がある。
しかし寺崎は何度も頼むと頭を下げ、理志も自分が責任もって付き添い、何かあったらすぐに病院へ行くと約束したため、直樹は数時間の許可を出したのだった。

「俺を引き取る時に父は義母に頭を下げました。今回はそれだけじゃなく土下座したんです。全て自分が悪いと。それを見た義母の態度が変わりました。」
理志も隣で土下座しようとした。しかし「お前はしなくていい」と強い口調で寺崎は止めたのだという。

「お前が悪いわけじゃない。自分が全て悪いのだと言い張って。」

そして寺崎は「世間体のために仮面夫婦を続けてきた自分に非があった」と波名子へ言ったのだという。

「結婚当初から二人はその…夫婦関係がなかったそうなのです。」
多少言いにくそうに、理志が言った。
「義母は寺崎家、名門と呼ばれている政治家の嫁になることで自分のステータスを満足させることができる。それだけが全てでした。父への愛情は全くありませんでした。そして父も同様でした。結婚などしたくはなかった。だが周囲がうるさいから応じただけだと。」
理志の話を聞いて直樹たちは寺崎夫妻に子供が生まれなくてよかったと内心思っていた。そんな二人に子供が生まれたら果たしてどうなっていたことか。

「しかし、そんな風に過ごす時間が有意義なものでないことに父は気付いたそうです。お互い残りの人生を実りあるものにするためには別れるべきだと。それで父は頭を床にこすりつけるようにして義母に言いました。それを見て義母の中で何かが変わったのでしょう。荒れるかと思ったのですが。こちらが拍子抜けするぐらい、あっさりと応じました。もっとも、これは入江先生のこともあったのかもしれません。」
「俺がですか?」
「ええ。入江先生に火傷をさせた時、ふと我に返ったのでしょう。一体自分は何をしているのだろうと。他人に怪我までさせて。思えばあの騒動は義母の今まで溜めてきたものを晴らすことになったのかもしれません。」
「そして」と、理志は続ける。

「父が頭を下げたことで義母は満足したのでしょう。“父の願いを聞いてやる”、その姿勢を保つことができる形での離婚となりましたから。寺崎の家から出て行けと父、または周囲から言われたら頑として拒んだでしょうから。父が折れた、父は自分に負けたのだということで義母の自尊心は保たれたのです。」

そこまで理志が話した時、寺崎の検査が終わったという連絡が入った。琴子は迎えに行くため、二人を置いて応接スペースを後にした。



「…これから、大変でしょうね。」
直樹が理志を気遣った。
大物政治家の離婚劇である。それこそマスコミがあることないこと騒ぎたてるだろう。その流れで理志の出生も明らかになる可能性がある。
「そうですね。」
しかし、理志は笑っていた。
「何とか頑張りますよ。政治家秘書の仕事ですから。父が俺を守ってくれたように、今度は俺が全力で父を守り抜きます。」
それを聞き、直樹はきっと理志はいい政治家となるだろうと思った。



「入江先生。」
「はい?」
「俺、あそこまで入江先生に言われても、実は相原さんをあきらめることができないと思っていたんです。」
「え?」
「入江先生がどう言おうと、相原さんの気持ちはよく聞いていないと思って。もしかしたら相原さんの心を揺り動かすことができるのではと思っていたんです。あの時までは。」
「あの時?」
「あの時、義母がポットを相原さんに向けた時。俺は止めるために義母へと足を向けました。でも入江先生は迷うことなく、一直線に相原さんの方へと走った。自分が火傷するかもしれないのにそして体を張って相原さんを守った。それを見て、ああ、これはとても敵わないなと思ったんです。」
直樹はクスッと笑った。
「そして相原さんも。」
「琴子が?」
「はい。自分を庇って紅茶を浴びた入江先生を気遣ってました。あの時の相原さんの目には入江先生しか見えていなかった。それで分かったんです。相原さんがどれほど入江先生を愛しているか。こんなに愛し合っている二人の中に割って入ろうと思っていたなんてどうかしてるって。」

「…政界のプリンスにここまで言われるとは。」
直樹が言った。
「もっとも、政界だろうが外国だろうが、どんなに素敵なプリンスが来ても俺は琴子を渡すことはしませんけれどね。たとえ軍隊率いて来られたとしても戦いますよ、全力で。」
「まいったな、本当に。俺の負けです。」
理志はとうとう、自分の完敗を認めたのだった。






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 |  2013.09.23(Mon) 21:17 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.09.23(Mon) 21:38 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.09.24(Tue) 00:20 |   |  【コメント編集】

★なおたん

直樹と、琴子の、間には誰も、入れませんよね。それにしても、政治家の、一手、自分たちは、特別手、表ますよね、有権者は、国民の、私たちなのに、
 |  2013.09.24(Tue) 09:18 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.09.24(Tue) 16:18 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.09.24(Tue) 17:50 |   |  【コメント編集】

★hinaさん、ありがとうございます。

そうですよね。
沙穂子さんと結婚したら、そんな感じになりそうですよね。
沙穂子さんは常識ある人だから、あんな迷惑はかけないと思いますけれど。
入江くんは愛することはなさそうですし。
琴子ちゃんと結婚できたことは、入江くんのためにとてもよいことですよね!
水玉 |  2013.09.29(Sun) 17:52 |  URL |  【コメント編集】

★なおたんさん、ありがとうございます。

そうですよね。二人の間には誰も入れません。
政治家…なんでこういうことができないのかって思うことが多々ありますよね。
水玉 |  2013.09.29(Sun) 17:54 |  URL |  【コメント編集】

★cocoaさん、ありがとうございます。

大爆笑!!!!!
三郎座って…北島三郎って(笑)
いや、いくら私でもイリコトと北島三郎とからませることはできませんよ(笑)
最高の笑いをありがとうございます!

デレデレ直樹、お楽しみいただけてよかったです。
cocoaさんにキュンキュンしてもらえてとても嬉しかったです!
私へのお気づかいもありがとうございます。
水玉 |  2013.09.29(Sun) 17:55 |  URL |  【コメント編集】

★はじめまして(^o^)

はじめまして(^o^)いつも、読み逃げさせていただいてます(*^^*)入江法律事務所が一番好きかな(笑)早く素直になって、くっついちゃえ…と思いながら、じゃ、シリーズ終わるか?と心配してます。どの作品も好きで涙あり笑いあり、毎日、スマホ開いて更新を待ち望んでます。最近、ふとんシリーズのパスワードも解けて楽しみが膨れてます。いつも素敵なお話ありがとうございますo(^o^)o
こっこ |  2013.10.02(Wed) 12:43 |  URL |  【コメント編集】

★こっこさん、はじめまして。

はじめまして。御訪問下さりありがとうございます!

入江法律事務所が一番お好きとのこと、うーん、本当に人気あるんだなあと思いました。
そうなんです、くっつくとシリーズ終りになってしまうかなと私も悩んでいて。

更新を楽しみにして下さっているとのこと、とても嬉しいです。
こちらこそ、素敵なコメントありがとうございました!
ぜひまた遊びに来て下さいね。
水玉 |  2013.10.02(Wed) 23:21 |  URL |  【コメント編集】

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