日々草子 サブ・ローザ 24

サブ・ローザ 24







「…お前の話のおかげだな。」
「え?」
その日の夜、家で直樹は琴子に言った。

「桃のゼリーの話。あれで理志さん、父親のことを理解すると思う。」
「そんな。それなら入江くんだよ。入江くんがあんなに一生懸命に、自分の経験を話したんだもん。あの話は誰でも心を打つわ。」
「いいや。お前の話のほうだ。」
直樹は琴子に笑いかけた。
「いくら親の愛情を理解しろって言っても、簡単にそうはいかない。だけどかつて、父親へお菓子を作るような気持ちを抱いていたことを思い出せれば…お前、やっぱりすごいわ。」
「そんなことないって。」
直樹の気持ちが寺崎に伝わったことは間違いない。琴子はそう思う。

「お前が傍にいてくれたから、俺も安心して話ができたんだ。ありがとう、琴子。」
「そんな…お礼を言うのは私のほうだよ。」
琴子が直樹に後ろから抱きついた。直樹はその手に自分の手を重ねた。



次の日、申し送りの時に夜勤の看護師より、
「寺崎さん、息子さんと随分長い間話をしていたみたいね。」
と琴子は言われた。一体どんな話が二人の間で交わされたのだろうか。

と、その日の午後、直樹と琴子は理志より話がしたいと言われた。

「昨日は本当にお世話になりました。」
病棟の応接スペースにてそう話す理志の顔は、とても晴れ晴れとしたものであった。
「久々に父とゆっくり話をすることができました。」
「そうですか。」
「はい。」
封印されていた幼少時の記憶が、あのような形で暴露されることになってしまったことを直樹も琴子も、とても心配していた。

「相原さんが話していた桃のゼリーの話、親父が改めて話してくれて思い出しました。」
今まで父のことを話題にする時のギスギスした表情とは違って、理志の表情はまことに穏やかなものであった。
「それをきっかけに、他の思い出も。」
理志に「他の思い出」と言われ、二人の胸がドキリと鳴る。
「ご安心下さい。お二人が心配して下さっているようなことはありませんから。」
理志が二人に笑いかけた。

「俺が思い出したのは、庭でサッカーボールを蹴って遊んだこととかそういうたわいもないことです。父がどれだけ俺のために時間を割いてくれたかということです。」
理志はどこか嬉しそうだった。
「小学校の頃、授業参観があって。でも父は忙しいし、父の奥さんはああだし。俺は友達の親がどんどん教室に来るのを横目に仕方ないと思ってたんです。当然、あんまり授業を受ける気もしなくて。でも、そんな時に当てられてしまうんですよね。適当にモゴモゴと答えてさっさと座ろうと思ったら。」
思い出しながら理志がクスクスと笑った。
「後ろから“声は大きくはっきりと!”って聞こえて。教室中が何事かと振り返ったら親父だったんです。先生に“寺崎さん、授業中ですので”と注意されて“え?ああ…すみません”と小さくなっていたこと、面白かったな。」
直樹と琴子は、その時の様子が目に浮かぶようだった。

「それからも授業参観には必ず顔を出してくれました。勿論忙しい時もあったけど、どんなに忙しくても最初の3分しかいられなくても、最後の1分しか間に合わなくても来てくれました。俺はそんなこと、すっかり忘れていました。いや、親父への誤解ですっかり記憶から追い出していたんですね。」

「…素敵なお父様ですよね。」
琴子の言葉に理志は頷いた。
「他にもたくさん、父が俺のためにどんなによくしてくれたか、俺を愛していたかということがどんどん思い出されました。次から次へと。でも不思議なことに、父に引き取られる前の記憶は今でも全く思い出さないのです。俺を産んだ母親の顔すら。」
「そうですか…。」
これには直樹も驚いていた。ここまで幼少時の記憶を思い出しておきながら、そのことを思い出さないとは。
「きっとそれだけ父が俺を愛してくれたからなんでしょうね。父の愛情の大きさは俺の中にある筈の辛い記憶を今でも封印してくれているのでしょう。それでよかったと俺は思います。」
「私も…そう思います。」
琴子は優しく呟いた。
「よかった…理志さんがお父様のことをちゃんと思い出してくれて…。本当によかったです。」
「ありがとうございます。これもお二人のおかげです。本当にありがとうございました。」

息子との仲が修復されたことがきっかけとなり、寺崎は食欲をすっかり取り戻した。
時折、病室で理志と桃のゼリーを食べる様子も見かけられ、琴子は微笑ましかった。
勿論、そんな寺崎親子の姿は直樹にとっても喜ばしいものであるのだが気がかりもある。
理志が琴子を見つめる目がどうも意味深なものなのである。当の琴子は理志から熱い視線を送られているのに、全く気付かない。気付かないのに騒ぎたてるわけにもいかず、直樹は悶々とした日々を送っていた。



ただ、そんな直樹にも変化が訪れた。
心疾患の急変患者の処置で、手が止まらなかったのである。たまたま様子を見に来ていた前田教授にその後、部屋に呼ばれた。

「治ったね。」
「ですが、今回だけかも。」
直樹は慎重な姿勢を崩さなかった。
「一回だけでも進歩だよ。何か心境の変化でもあったかい?」
そこで直樹は琴子が重樹を呼び寄せ、話をするきっかけを作ってくれたこと。そこで父に今までずっと気になっていたことを謝ったことを話した。
「なるほど、やはり心の影響っていうのは大きいものだね。」
ニコニコと前田教授は頷いた。
「やっぱり君の奥さんはすごいね。そういう方法を見つけるってことは、それだけ君を見ているってことなんだ。」
「ええ、そう思います。」
教授には話さなかったが、琴子と仲直りしたことも大きいと直樹は密かに思っていた。
早速このことを教えてあげるといいと前田教授に急かされ、直樹は琴子を探しに出かけた。



そしてその頃、琴子の身にもあることが起きていた。

「相原さん!」
「理志さん?」
いつも静かにやって来る理志が、息を切らせて病棟へとやってきた。
「どうかされました?」
寺崎の状態は安定しており、あとは退院の予定を決めるくらいまでになっている。それなのに、この理志の様子は一体?
「すみません、ちょっと来て下さい!」
「え?」
「お願いします!」
琴子に何も言わせる暇もなく、理志は琴子の手を引っ張って、丁度来たエレベーターの中に飛び込んだ。



理志が琴子の手を引いてやって来たのは、病院の中庭であった。
「あの、一体?」
琴子の問いに答えることなく、理志はずんずんと歩いて行く。その先にはちょっとした東屋があり、中に誰かが座っているのが琴子に見えた。

「理志さん。」
東屋の中にいたのは、若い女性であった。
淡い色のワンピースに長い髪。そして顔は。

―― どこかで見た顔のような。

琴子は見覚えのある顔だと思った。しかし知り合いではない。

―― あ、そうだ!福笑いの顔だ!
正月に遊ぶ福笑いの顔によく似ているのだった。


「福子さん。」
どうやらこの女性の親も、そんなことを考えて名前をつけたのか。
「まずは東京からお越し下さり、ありがとうございます。」
東京から?この人はもしや理志の見合い相手では?見合い相手の父親の見舞いに来たということだろうか。だとしたら、なかなか優しい女性ではないか。
ではなぜ自分がここに連れて来られたのだろうか。琴子は考える。寺崎の様子を説明してほしいという意味だろうか。だとしたら、自分より直樹の方がいいと思うのだが。

「いえ。そんな。」
福子はポッと顔を赤らめた。
「ですが、残念ながらあなたとは結婚できません。」
「え?」
思わず琴子は理志を見た。
「前にもそうお話したはずです。」
「ですが、私には納得できません。私のどこが御不満なのでしょうか。」
福子は理志に詰め寄る。
「父はあなたが選挙に出馬される際は協力を惜しまないと申しております。勿論、私もその際はお手伝いを…。」
福子はかなり理志にご執心らしい。そういえば波名子が見合い相手が理志のことを非常に気に入っていると話していたなと、琴子は思い出す。

いや、そんなことよりも福子というこの令嬢が神戸まで来た目的は寺崎の見舞いではなさそうである。どう考えても見合いを断られたことに納得できなくて神戸まで追いかけてきたと言った様子である。
では、どうして自分がここに連れて来られたのだろうか。
理志の気持ちは、親身になってくれている看護師のことを誤解しているだけのはず。その証拠にあれ以来、理志に何も言われたことはない。

「いえ、そういうことではなくて。」
しかし理志は言う。
「では、どういうことでしょうか?」
その時、福子は理志がしっかりと琴子の手を握っていることに気付いた。
「あの、そちらの看護師さんは?」
「こちらが、俺があなたと結婚できない理由です。」
「はい?」
思わず福子と同時に琴子は声を上げた。

「ど、どういうことでしょうか?」
福子の悲鳴にも似た声。琴子も同じ気持ちだった。
理志ははっきりと告げた。

「この人を俺は愛しています。だからあなたとは結婚できません。」



関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

わっ、わっ、わっ!大変だ・・・・・
入江君!何処かで見てるんでしょう!
出番ですよ〜!(≧∇≦)

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

お~~い!Σ(×_×;)!どしたっ?さとしさん!
直樹~~っ!走れ~~っ!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

彩さん、ありがとうございます。

理志さん、ご乱心(笑)
もう完全、周囲も琴子ちゃんの気持ちも目に入ってませんね!
入江くんが間に合うかっ!?

ユメコさん、ありがとうございます。

本当にびっくりですよね。
琴子ちゃんもいきなり、初対面の人間の前で愛を告白されているし。そりゃあ目が点になるってもんです。
入江くんがいつ知るか?どこで見ているのか?
楽しんで頂けて嬉しいです。

にゃんたさん、ありがとうございます。

大丈夫、きっと福子さんは深窓のお嬢様だからそんなことなない…と思います(笑)
それにしても、大失恋ですよね。はるばる東京から神戸まで愛しの理志さんを追いかけてきただろうに。
可哀想な福子さん…。
そうそう、私ももうちょっと秘密の院内恋愛を楽しんでほしいんですよ♪
だからそこはばれないとい、まこと都合のよい展開でございます。

名無しさん、ありがとうございます。

本当に出番ですよ!
ここで出てこないと、もはやヒロインの相手役は務まらない、入江くん!!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク