日々草子 サブ・ローザ 23

サブ・ローザ 23





「戻ってくるのは…明後日じゃ…。」
寺崎がかすれた声を出した。直樹と琴子も理志の戻りをそう聞いていたからこそ、今日、話をしていたというのに。
「…予定より早く終わって。」
と、こちらも消えそうな声で理志が返す。その表情は今までの話をほとんど聞いていたと言っている。

よりによって、こんな形で理志に事実を突き付けることになるとは。
琴子は寺崎を見た。ショックを受けているが胸の苦しさはないようである。
この場をどうするのか。琴子は直樹を見た。

「寺崎さん。」
直樹も突然の理志の出現に驚いていたものの、落ち着きを取り戻した。
「以前、私の親は私を自慢の息子だと思っているだろうと仰ってましたね?」
「…ええ。」
突然何をと言い出すのかという顔で寺崎は直樹を見た。
「ところが、私は寺崎さんにそう仰っていただけるような人間じゃないのです。」
直樹がフッと笑った。

「私の父はちょっとした会社を経営しておりまして。私に跡を継がせたかったんです。ですが、私はそれを蹴って医者になりました。」
寺崎も理志も直樹を見ず、いや二人ともどこを見ているのか分からないような目である。直樹の話は耳に届いているのだろうかと琴子は思った。

「私は医者になりたいと考え始めた頃、父親が将来をどう考えているのかと言い出しました。私も父親が自分の将来を決めつけようとしていると思って、つい声を荒げてしまいました。それで言い争いになり、酷いことを父に言いました。すると黙って聞いていた母親が俺のことを殴ったんです。」

あの時のことかと琴子は思い出す。あの時の直樹の気持ちも辛かったが、殴った後に泣いていた紀子も可哀想でたまらなかった。あんな状況で何もできない自分に腹を立てた。

「当然ですよね。しかし俺はそれでも医者になりたいとは言いませんでした。そのうち、その時になったらいつでも言える。楽天的に考えていた時です。とうとう医学部へ編入した言葉父親にばれました。そのショックで父は倒れてしまったのです。」

ここで寺崎と理志が驚いた様子で直樹を見た。その顔は直樹の父を気遣っている。ところが当の直樹は淡々としている。

「幸い父は大事に至りませんでした。そして私が医者になることを許してくれました。でも私自身、ずっとそのことが心に引っかかっていました。医者になってもあの時父を苦しめてしまったことがずっと気になって仕方ありませんでした。母を泣かせ父を倒れるところまで追い詰めた、このことは私の中に刺となってささっていたのです。本当に親不幸な人間です。」

理志は直樹の顔を見ていた。

「そんな思いを抱いて今まで生きてきたのですが、この間父と久しぶりに顔を合わせました。私が悩んでいることを父が知り、忙しい合間をぬって神戸まで来てくれたのです。こんな親不幸な息子のために。」

直樹と重樹が会うことをセッティングしたのは自分であるが、そのような会話をしていたのかと琴子はこの時初めて知った。
直樹が重樹のことを気にしていて、それが傷となって手が動かないことになっているのでは。そんな単純なことではないと思うが、それでも少しでも直樹の心が晴れるきっかけになればと思っての琴子の行動だった。

「私は心に気にかかっていたことをすべて話し、父に謝りました。父は笑って許してくれました。あんなに心配かけ、期待を裏切った私のために父が神戸に来てくれた。その時、私は父の愛情を感じました。」
そして直樹は理志を見た。

「理志さん。」
「はい?」
「親の愛情というものは、私たち息子が思うものよりずっと深いものなんですね。」
直樹がニコッと理志に笑いかけた。

琴子は寺崎の愛情を理解してもらいたくて、直樹は理志に自分の話を聞かせたのだと分かった。
寺崎は理志を騙していたわけではない。ただ愛していたからこそ、今まで憎まれ役を引き受けてきたのだと直樹は理志に伝えたいに違いない。

「あの…理志さん!」
突然声を上げた琴子に、男たちが驚いた。
「あの…寺崎さんの好物は何か御存知でしょうか?」
「え?あ…前も言いましたが俺は分からないので…。」
「桃のゼリーなんです。」
「桃?ゼリー?」
初耳だという顔を理志はする。
「はい。この間家政婦さんが持ってきて下さって、寺崎さん召し上がったんです。」
「そうですか。」
「どうして桃のゼリーが好物か。私、家政婦さんに理由をお尋ねしたんです。その…甘いものがお好きなんて意外だったので。そうしたら、理志さんが関係していたんです。」
「俺が?」
これには驚く理志であった。
「はい。理志さん、子供の頃に桃のゼリーを作ったそうですね。父の日に。」
「え?そんなこと、あったかな?」
「あったそうですよ。それを寺崎さんがとても喜ばれたそうで。それ以降、寺崎さんはデザートは桃のゼリーを召し上がるようになったと。家政婦さんはそれで桃のゼリーをお持ちになったそうです。」
「俺が…そんなものを…。」
理志は父親を見た。父親は照れたようにその視線を外す。



「…二人で話をして、構わないでしょうか。入江先生。」
理志が直樹の顔を見つめた。落ち着いている。
「勿論です。」
理志も前のように怒ることはないだろうと直樹は判断した。
「ありがとうございます、先生。」
出て行く直樹と琴子に向かって、理志は頭を下げたのだった。


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父と息子が描かれていいですね。

サブ・ローザは琴子と直樹の医師と看護師の優しさや思いやりが描かれていたり、父と息子の心の動きなど読んでいて、色々と考えさせられる作品ですね。最終回が楽しみです。まだ、暑い日が続いてるので体調に気をつけて下さい。これからも作品を待ち続けている。ファンの一人です。♥♥♥

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名無しさん、ありがとうございます。

確かに気の毒な人ではありますよね。
夫に浮気されたり。でもこの人の場合浮気されても何とも思わなかったような気がします。
ただどこの馬の骨か分からない女(by波名子)の血を引く人間を家に入れることが我慢できなかったのではないでしょうか。
名門政治家にふさわしい血を入れたい…そんな気がします。もっともこれも自分のためにでしょうけれど。

ゆこりんさん、ありがとうございます。

ありがとうございます、そう言って頂けて嬉しいです。
寺崎親子はオリキャラなので、直接イリコトと関係ないのでそれを長々と書いても反感買うだけだろうなと思っていたので、とても嬉しかったです。
病院物はあまり得意じゃないので、ほめていただけてよかった!!

いたさん、ありがとうございます。

あ~うちのパソコンも母の花札ゲーム用ですよ(笑)
ちょっと離れると、母がマウス片手にカチャカチャしてますもん(笑)ソリティアもしてます。
本当に、琴子ちゃんと一緒になったからここまで来た入江くんです。
寺崎親子の関係もよくなるといいですが。
まあ、イリコトがここまで尽力したから大丈夫でしょう。
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
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