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2013.09.10 (Tue)

サブ・ローザ 20


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「ああ、でもよかった!寺崎さん、ゼリー食べてくれて。」
仮眠室で琴子は今日何度目かの台詞を口にしていた。何も食べなかった寺崎が、家政婦が持ってきた桃のゼリーを口にしたのである。
「さすがに一個は無理だったけれど。でもこれをきっかけに食べられるようになるよね?」
「だといいけれどな。しかし、ステーキはすげえな。」
「うん、あれはまいった。」
何であんなことを考えつくのかと、琴子は未だに信じられない。

「理志さんね、どうも東京でお見合いをしているみたい。」
「見合い?」
ベッドの端に座っている琴子の表情を直樹は伺う。
「ええと、建築会社のお嬢様らしいんだけど。お嬢様は理志さんのことをとても気に入っているってあの奥さんが嬉しそうに話していたわ。」
「そりゃめでたいな。」
「そうだね。まあ…。」
「まあ、何だよ?」
理志の縁談について、琴子は何を思うのか。直樹はそれが気になる。
「まあ…あの奥さんがいると…お嫁さんとしては…どうなのかなあと。」
どうやら姑としての波名子を琴子は気にしているらしい。直樹はホッとしながら、
「姑と結婚するわけじゃないからな。そこは耐えるしかないんじゃね?」
と答える。
「そうか…何かお嫁さん、気の毒だね。」
自分は嫁姑問題とは無縁な琴子である。
「私、お義母さんがお姑さんで本当によかったと思う。」
「おふくろもお前が嫁でよかったと思っているから安心しろ。」
「そうだね、幸せなお嫁さんだよね、私って。」
紀子の優しさを思い出し、琴子は思わず涙ぐんだ。
理志が見合いして、相手を気に入ってくれれば…それで琴子のことを忘れてくれればいいが。直樹がそんなことを考えていることなど琴子は気付かない。

「あ、そうだ。もう一つ入江くんに話すことがあったんだ。」
寺崎親子の関係を修復させることで意見が一致した直樹と琴子。お互い、知り得たことはできるだけ早く伝えあうという了解ができている。
「あんまり参考にならないと思うんだけど。」
「何だよ?」
「あのね、ほら。寺崎家にお邪魔した時のことなんだけど。理志さんがすごく嫌がるお部屋があったの。」
「部屋?」
「うん。天井にバラが描かれていて、ドアにもバラが彫ってあってすごく素敵なお部屋だと私は思ったんだけど。理志さんはすごくそのお部屋を嫌っているみたいだった。」
「天井にバラ…サブ・ローザか。」
「サブ・ローザ?バラのお部屋をそう呼ぶの?」
「いや、そうじゃないけれどな。成程、代々政治家を生みだしてきた家にふさわしい部屋だ。」
「政治家?ふさわしい?どういうこと?全然分からない。」
「もう!」と直樹の体を琴子は不満げに揺すった。
直樹はベッドから起き上がり、
「サブ・ローザ。ラテン語でバラの下でっていう意味。」
「ラテン語?」
「そういう言語があるんだよ。古代ローマ時代の、バラを天井から吊るした宴会で交わされた会話は一切秘密にするっていう風習から来た言葉だ。」
「へえ…。」
相変わらず何でも知っていると、琴子は直樹に感心する。
「おそらく、そういう意味で作った部屋なんだろうな。政治家は内密にしたいことがいっぱいあるだろうし。」
「ふうん。」
あのきれいな部屋の目的が秘密の会議のためだったのかと思うと、琴子は不思議な気分がした。
「何でその部屋を、理志さんはあんなに嫌ったのかしら?」
「さあ、知らない。」
「子供の頃、お父さんが秘密の会議をしているところに邪魔をして、すごく叱られたとか。うん、それなら嫌いになるかも。」
「子供の頃叱られたことを、大人になった今まで引き摺るか?」
「あら、すごく怖かったのかもしれないじゃない。」
「だとしても、今は秘書として政治家の道を歩んでいるわけだろ?当時を振り返って自分が悪いことをしたって思うのが普通じゃねえか?」
「うーん…確かに。」
腕を組み考える琴子である。



ゼリーを漸く口にした寺崎であったが、それも最初の内だけであった。毎日何かを思い悩み、自分で体を弱らせていくようである。

「…妻が勝手に見合いをセッティングしたようで。」
病室に二人きりになった時、寺崎は直樹に打ち明けて来た。寺崎はなぜか、信頼する担当看護師の琴子にも話せないようなことを直樹に話してくる。
「…あれだけ素敵な息子さんでしたら、さぞいい御縁談もあるでしょうね。」
お世辞でも希望でもなく、直樹は素直に答えた。
「望まぬ結婚だけはしてほしくないんですよ。私のように。」
これには直樹も簡単に「そうですね」とは言えなかった。
「この見合いを勧めたのが私であったら、おそらく理志は逆らっただろうが…あいつは妻には逆らわないから。」
あの妻だったら逆らう気力も無くすだろうと、直樹は理志に同情せずにいられなかった。
「…私のせいで肩身の狭い思いをさせてしまった。」
食事を取っていないからか、疲れやすい寺崎はそれを言うと眠ってしまった。直樹は起こさぬよう、病室をそっと出た。



―― どうも、父親にしては弱い気がする…。

小児科の医局にて、直樹は椅子に背中を預け考えた。
前から思っていたのだが、理志に言われるがままの寺崎であった。他人の自分から見ても理志は息子とはいえ、言い過ぎではないかという場面があった。にもかかわらず、寺崎は叱ることもせず、理志の言い分に黙って耐えているかのようである。

―― 俺だってお袋に殴られたってのに。

将来のことで重樹と言い争いになり、酷いことを口にした時、紀子は自分を殴った。親ならばそういうものではないだろうか?

―― もしかして、実の親子じゃないとか?

いや、それはないだろう。



「入江先生、ちょっといい?」
考えていた直樹に声をかけてきたのは、先輩医師の松方だった。
「これ、回ってきたからさ。できれば現場で目にしたくないけれど。」
松方が直樹に資料を渡しながら、呟いた。
「…ですね。」
その資料は、児童の虐待についてのものだった。
「小児科医なら、目を通しておかなきゃいけないけれど辛いよな。」
「ええ…。」
外来でその疑いのある患者と出会ったら速やかに通報するためのチェック事項が色々細かく書かれているそれは、読むには辛いものである。
「入江先生、経験ある?」
「いいえ。」
直樹は先輩の分のコーヒーを淹れ、松方へと渡した。
「松方先生は?」
「…一度ね。」
松方は思い出すことも辛いという顔になった。
「この病院じゃなかったけれど。体に受けた傷を見るのも辛かったけど、それ以外にも。」
「それ以外?」
松方は直樹に自分の経験を話した。そんなことがあるのかと直樹は言葉を失った。

「入江先生がこういう経験をしないこと、俺は祈ってるよ。」
「…俺もそう願います。」
と、そこで松方のPHSが鳴る。
「おっと、呼び出しだ。それじゃ。」
松方は慌ただしく医局を飛び出して行った。直樹は再び医局に一人となった。

机の上の松方から渡された資料に直樹は目をやった。とても今は読む気になれなかったので、引き出しに入れた。
引き出しを閉めた時、直樹にある思いが浮かんだ。

「まさか…。」

それは松方の経験談から浮かんだことだった。

「まさか…そんなこと…。」

だが、そう考えると辻褄が合う気がする。いや、それ以外に考えられない。
だがそれはあまりに突飛過ぎる。そんなこと、あるのだろうか。

そして琴子の話を思い出す。

―― あの部屋を覗いて、理志さんは叱られたのでは?

あの時はそんなこと、大人の今まで根に持つなんてと一笑に付した。だが琴子の単純な想像もあながち外れていなかったとしたら?

直樹は頭を振って、その考えを振り払おうとした。が、それは消えてくれない。
そう考えれば、寺崎のあの態度の理由もつく ――。



「失礼します。」
翌日、直樹は琴子を伴って寺崎の病室を訪れた。
「お二人で、何か?」
先程まで秘書と打ち合わせをしていた寺崎であったが、今は病室に一人であった。今日は顔色もよい。
「寺崎さんが健康を取り戻すには、お話することが必要だと思いました。」
直樹が口を開いた。
「話?」
「はい。寺崎さんの心に引っかかっていることです。」
「私の心?」
寺崎は一体直樹は何を話したいのか、よく分かっていないようだった。
「私は精神科医ではありませんが、寺崎さんの主治医として必要と判断しました。」
「はあ…。」
「相原看護師にも同席してもらいます。これは寺崎さんの担当看護師として立ち会ってほしいという意味と、もし私の話で何か起きた場合に対処してもらう意味、二つの意味からです。」
直樹に言われた琴子はペコリと頭を下げた。

―― 入江くんは何を話すつもりなんだろう?

実は琴子も直樹から話の内容は聞いていなかった。ただ「自分と寺崎の話を冷静に聞いてほしい」とだけ言われた。

「…分かりました。私の心とは穏やかではありませんが、伺いましょう。」
寺崎は覚悟を決めたようである。それを見て、直樹は持参していたある物を寺崎のベッドサイドへと置いた。

「これは…。」
それはバラの絵であった。
「相原看護師から聞きましたが、寺崎さんのお宅にはバラが天井に描かれた部屋があるそうですね。」
バラの部屋の話を聞いた途端、寺崎の顔色が変わった。それを見て琴子は、やはりあの部屋に秘密があるのかと思った。

「“サブ・ローザ”。バラの下で交わされた会話は秘密とする…ですよね?」
「よくご存知ですね。」
「これからここで話すことは一切秘密にするという意味で、この絵を飾らせていただきます。」
「…分かりました。」
少しベッドを起こしてほしいと寺崎は琴子に頼んだ。琴子は電動ベッドを動かした後、少し離れた椅子に腰を下ろす。直樹はベッドのすぐ傍に座った。

「…寺崎さんが食欲を失くしたのは、理志さん、息子さんと言い争いをしてからですね。」
「…そうでしたか?よく覚えていないが。」
明らかに寺崎はとぼけている。琴子は分かった。
「そうです。ただ、私は不思議でした。なぜ寺崎さんは理志さんに言われるがままなのだろうかと。」
「病気なもので言い返す気力がなかったからですよ。」
「いいえ、それだけではないのでは?」
「ではどういうことだと?」
寺崎の顔がみるみるうちに、政治家のものへとなっていった。そこにはいつも琴子に優しく声をかけてくれる面影はなかった。しかし直樹も負けていない。二人とも、琴子がここにいることを忘れているかのようである。

「単刀直入に仰って下さい、入江先生。」
寺崎が言った。
「私はこれでも政治家として長年やってきました。追及されることは慣れています。」
「では…。」
直樹は少し考えた後、口を開いた。

「理志さんは虐待を受けていたのではないですか?」




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 |  2013.09.10(Tue) 23:27 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.09.11(Wed) 07:01 |   |  【コメント編集】

★題名「サブ・ローザ」てそう言う意味ですか・・

おはようございます、天井にバラの絵が有る部屋がと聞き「サブ・ローザ」と言う直樹君やっぱり天才、何でも良く知っている、此処で琴子ちゃんはさすが入江君て尊敬しちゃう処、いえいえ、ムーは日々草子さんに尊敬、此処から話は展開していくんですね?里志が虐待せれてたのでは?という話!!其れで、サブ・ローザですね?なるほど、二人の気持ちがすれ違うがお互いの想いを確認し、二人の絆を取り戻し、寄りを戻しておしまい・・・てことではなかったか?まだまだ話は続くのですね、一寸心配直樹君琴子と里志の事気にしてる様に思いますが?琴子ちゃんの事信じてあげて(^^)
ムー |  2013.09.11(Wed) 08:05 |  URL |  【コメント編集】

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 |  2013.09.11(Wed) 08:06 |   |  【コメント編集】

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 |  2013.09.11(Wed) 10:25 |   |  【コメント編集】

★紀子ママさん、ありがとうございます。

あははは。
波名子は書いていて本当に楽しいキャラです。もはややることなすこと、ギャグ状態ですしね(笑)
そうなんです。ちょっとうちにしてはかなりシリアスなキーワードが出てきてしまいました。
名探偵入江くんの華麗なる推理の始まりです~。
水玉 |  2013.09.11(Wed) 21:15 |  URL |  【コメント編集】

★YKママさん、ありがとうございます。

今回のお話は元ネタはないんですよ。私が一から作ってみたのですが…。
だから色々おかしな点が多いという感じでしょうか。
どうしてこのタイトルになったか、それは後日あとがきでお話できたらと思います。
それを読んだらきっとYKママさん、「なんだよ!」と思われると思いますよ。
水玉 |  2013.09.11(Wed) 21:16 |  URL |  【コメント編集】

★ムーさん、ありがとうございます。

入江くん、物知りですよね。でも彼なら絶対知っていると思って。
そうなんです、よりを戻しておしまいじゃないんです。
ここから二人合わせて、担当患者の治療に当たっていくという感じで。
多分読者さんは「こんなサブキャラの過去なんてどうでもいい」と思われるだろうなと思うのですが、しばしお付き合いいただけたらなと思います。
水玉 |  2013.09.11(Wed) 21:18 |  URL |  【コメント編集】

★たまちさん、ありがとうございます。

すごい!たまちさんは虐待まで浮かんでいたんですか。
入江くんレベルの推理力ですね。
そうそう、ジグソーのピースを合わせて行くかのような入江くんの推理…。
でもそれはちょっと辛い事実でもあるんですよね。
病気だけじゃなく色々なことも二人が治していけたらいいなと思ってます。
水玉 |  2013.09.11(Wed) 21:19 |  URL |  【コメント編集】

★にゃんたさん、ありがとうございます。

気持ち、やっとつながりました。もう大丈夫でしょう。多分…(笑)
そうなんですよね。琴子ちゃんは自分の事に関しては超がつく鈍感ですもんね。入江くんの事は敏感ですけれど。
このシリーズの入江くんはにゃんたさんが仰るとおり、人間くさいんです。
琴子ちゃんに不安にさせられる入江くんがテーマだったりするので(笑)
だから大好きと言って下さって嬉しいです。ありがとうございます。
スーパードクターの入江くんと自称スーパーナースの琴子ちゃん、頑張ってくれることでしょう!
水玉 |  2013.09.11(Wed) 21:21 |  URL |  【コメント編集】

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