日々草子 サブ・ローザ 15

サブ・ローザ 15






寺崎の様子を見た後、ロビーの前を通りかかった時だった。
「入江先生。」
呼び止めたのは、座っていた理志だった。
「いつもお世話になっております。」
最近は東京の事務所と神戸を行ったり来たりしているのか、あまりこちらに顔を見せることは少ない理志だった。

直樹から寺崎の様子を聞かされた理志は、
「家の者に頼んで、父の好物をこちらへ持って来てもらうようにしました。」
と言った。
「そうですか。好物でしたらお口に合うかもしれませんね。そこから食欲が出てくればいいですが。」
「私もそう思います。」
直樹はまじまじと理志を見た。いつ見てもスーツをビシッと着こなしている。こんな爽やかな男に想いを寄せられて断る女性がいるだろうか。政治家秘書という自信に充ち溢れた理志が、今の直樹には眩しかった。

「入江先生?」
声をかけられ、直樹はハッとなった。
「どうかされました?」
「いえ、何でもないです。頼もしい息子さんで寺崎さんはいいなと。」
あれだけ喧嘩した所を見ておきながらやや嫌味に聞こえるかと思いつつ、直樹は誤魔化す。
「そんなことないです。入江先生みたいに完璧であればといつも思います。」
「完璧なんてことはないですよ。ただ医者としてできることをしているだけです。」
「入江先生みたいな男性だったら…。」
「え?」
「いえ、その…きっとプロポーズも成功するんだろうなと。」
理志の整った顔立ちにほんのりと紅みがさした。
「…プロポーズ?」
直樹の心臓が今にも破裂するのではというかのように跳ねあがった。この間、理志が琴子に告白をしているところは見た。あれはプロポーズだったのか。いや、もしかしたら自分が知らない間にプロポーズまで理志がしたのだろうか。
「あ、いえ。何でもないです。」
照れたように笑う理志。それすら様になるところが今の直樹には憎らしかった。
自分だったらプロポーズが成功する?妻に相手にされず離婚届を出そうとしている自分が?直樹は笑いがこみ上げてきた。

「そうだ、今日は相原さんはお休みなんですね?」
理志は話題を変えたつもりであったが、それが琴子のことであれば全く意味はなかった。
「ええ。」
「そうですか…。」
琴子がいないと知って明らかに落胆する理志の姿に、直樹は苛立ちを募らせる。
「まあ、他の看護師も優秀ですから。」
琴子だけが看護師ではないという思いを込めて直樹は答える。
「あ、勿論それは分かっています。失礼を申し上げました。」
「いえ。」
こうやってサラリと謝れるところも、自分にはないと直樹は思う。これが理志と自分の差なのだろう。
「ただ…親父は相原さんをとても気に入っていて…親父が寂しいかなと…。」
「寂しいのは自分だろ」と直樹は理志に突っ込みたい気持ちをグッと堪えた。
理志との僅かな会話で直樹は、琴子がまだ理志の気持ちに答えていないことを知った。それに気付いた時、直樹の視界がグラリと揺らいだ――。



出勤してきた琴子は、珍しく朝一番にVIP病棟に直樹の姿を見つけ驚いた。
「…おはようございます、入江先生。」
挨拶をすることは何でもない。しない方がおかしい。
「…おはよう。」
直樹は琴子がスタッフステーションに入って来るやいなや、すぐに出て行く。
そこまで嫌われているのかと琴子はこみ上げてくる涙を堪えた。

「相原さん、寺崎さんのことなんだけど。」
「あ、はい。」
仕事モードにならなければと、琴子はボールペンを出そうとパンツのポケットに手をやった。
カサッ…。
手が何かに触れた。何だろうかと琴子はそれを取り出す。
広げかけて、慌てて琴子はそれを元に戻した。
「相原さん?」
再び師長が琴子を呼んだ。
「すみません。」
琴子は急いで師長の元へと駆け寄った。


―― 昼休み、屋上で。

メモの文字を何度も琴子は確認する。直樹の筆跡だった。
少し前だったら琴子は跳び上がらんばかりに喜んだだろう。しかし、今の琴子にはそれは重くてたまらないものであった。

―― 絶対、あの話だ…。

離婚届を出したのかという確認に違いない。



屋上で直樹は外を見ることもなく、ベンチに腰をかけて待っていた。
「…あれ、出したか?」
やはりそれだったかと、琴子は思った。
「…区役所まで行ったのだけど。」
直樹の顔は何も変わらなかった。
「…ごめんなさい。私…怖くて出せなかったの。」
区役所の係のところまで琴子は行った。しかし足がそこで止まってしまった。
琴子は次から次へと役所で手続きをする区民の姿をずっと眺めていた。そうしているうちに出勤する時間が迫り、何もできずに区役所を出て来てしまったのだった。



「入江くん…忙しい所悪いのだけど…出しておいてもらって…いい?」
琴子は震える手で封筒に入れた離婚届を直樹へ差し出す。
「ごめんなさい…私…には…出せない。」
最後まで直樹の望みを叶えられなかった。
「…。」
直樹は無言でそれを受け取ると、無造作に白衣のポケットへ突っ込んだ。

「…親父がお前によくお礼を言っておいてくれって。」
先日の食事の一件を直樹は口にした。
「そんなこと…。」
「…金も大変だっただろ。」
何でこんなことをと直樹は思う。理志だったらもっと気の利いた、琴子の喜ぶ台詞を言えるだろうに。
「そんなことないよ…お義父さんが楽しんでもらえたならよかった…。」
「ああ。親父はとても喜んでいた。」
「入江くんは…?」
琴子が怯えた目を直樹に向けた。

「…お前がここまでしてくれたのって、俺の手のためか?」
直樹は琴子に問い返した。
「え?」
「俺の手を動かしたくて、してくれたのか?」
「あ…うん。勿論、そうだけど?」
「そうか…。」
やはりそうか。
琴子は自分の手が動くことを望んでいる。それは勿論分かっていたことではある。
琴子は臨床医である自分が好きなのか。当たり前である。琴子は自分と仕事をしたいということで看護師をめざしたのだから。自分と共に患者のために働きたくて――。

―― 入江くんはスーパーマンみたいに…。

琴子が好きなのは、スーパーマンのような完璧な自分なのだ――。


「入江くん…?」
「…悪かったな。色々と。」
「ううん、そんなこと。」
妻として当然と言いかけようとした琴子は口を慌てて閉じた。今はもう妻の資格はない。

「それじゃあ…ね?」
これ以上直樹といるのは辛い。琴子は背を向けようとした。
「いや、俺が先に行く。」
一緒にいるのが辛いのは直樹も同じであった。
「入江くん。」
琴子は去ろうとする直樹の背中に声をかけた。
直樹は足を止め、琴子をゆっくりと振り返った。

「いい奥さんじゃなくて…ごめんなさい。」

こんないい妻はいない。自分には勿体ないと直樹は思う。
だからこそ、自分が身を引くべきなのかもしれない。

いつも一生懸命で明るくて…そういう琴子には寺崎理志のような立派な男が似合うのだ。

直樹は何も答えず、屋上を出て行った――。




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水玉さん更新ありがとうございます。

イリちゃんが泣いちゃうよ!!
せっかく忠告してくれたのに!!
入江君は存在だけでスーパーマンなのに!!
直樹さんの大馬鹿野郎!!
乙女心がぜーーーんぜんわかってない!!

お互い愛しすぎてベクトルが違う方向にむいちゃって・・・
直樹さん!!きちんと話そうよ!!
ちゃんと離婚の理由もまともに話してないじゃん!!
けどけどお互い辛いんだよね。。。

恵子さん、ありがとうございます。

韓国ドラマ(笑)確かに自分でもその傾向があるような(笑)
ただ一つだけはっきりと言えるのは、登場人物が病気になることはないです。
二次始めた時から、どこか昼メロめいているんですよ~恥ずかしいっ!
こんなのでもよければ、ぜひまたおいで下さいね♪

ユメコさん、ありがとうございます。

そうですね~本当に二人一緒じゃないと!
お互いぶつけ合えたらいいのですが(それをいつ書けばいいのか迷っていたりしてます)。
見事なすれ違い、楽しんでいただけて嬉しいです。

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

きゃあ、姉さん!尼になるならお伴します(笑)
いっそのこと、琴子ちゃんも一緒に東慶寺にでも(笑)
あ、東慶寺に入った琴子ちゃんを入江くんが悔やむとかいう時代物も面白そう←どんな設定でそうなるのかは謎でありんすが。
そうですよね、そろそろ安眠欲しいですよね、うう、すみませぬ~!

紀子ママさん、ありがとうございます。

いやいや、言っていいですよ(笑)
うん、確かに相当なお馬鹿さんですよね。
もはやミジンコ以下、ミトコンドリアサイズ?あれ、こっちが大きかったかしらん?
そうだ、爽やか理志さんにはもれなく(←ここ大うけ!)あの波名子さんがついてくるんですよね。
それにしても紀子ママさんの凄さに驚きました。あんな出番の少ない波名子を間違えずに名前をちゃんと書いて下さったことに!

まあちさん、ありがとうございます。

すごい、ネガティブですよね!そりゃあもう、そんじょそこらにいないくらい(笑)
私も何でこんな入江くんに仕上がってしまったのか…と驚いてます。
そうそう、そこなんです。今回は入江くんも人間なんだよ~というところを書いてみたかったんです!

彩さん、ありがとうございます。

確かにバカみたいですよね。入江くんがちゃんと言えばね…。
琴子ちゃんは自分が噂になったことが原因だって悩んでいるし。そこを入江くんに責められたし。
今回も彩さんの叫びは気持ちよかったです。

emaDXさん、ありがとうございます。

そうですね…パソコン…。
少し時間を置いて、また立ちあげてみたいと思っているのですが。
画面さえ一時だけでも表示してくれたら、サササッとデータ保存するんだけど。
一年ちょっとしか使っていないパソコン(創作にはという意味です)なので、保存されているお話は微々たるものだと思うのですが。
まあ、本にでもしない限りUPしちゃえばあとは不要だと思えばいいんですけれどねえ。

ひろりんさん、ありがとうございます。

こちらこそ、御無沙汰してしまって!
先程お宅のテンプレにうっとりとしてました(笑)

いやいや、ひろりんさんのような大作、しかも内容もしっかりとしているお話が書けたらいいのですが。
確かにうちの入江くん、90%の方に「バカ」呼ばわりされてます(笑)でももう慣れました(笑)
本当にうちの神戸編はろくな話がありませんよね。何かにとりつかれている、まさしくその通りのような。
そうそう、男のプライドなんですよね。そんなプライドと愛妻、どっちが大事なのかと訊きたいくらいです。

ひろりんさんもどうかお体に気をつけてお過ごし下さいね!

ゆみのすけさん、ありがとうございます。

乙女心が分かってない、そうですよね!
琴子ちゃんの気持ちが全く分かっていなくて、これじゃ遠路はるばる東京から来たイリちゃんは完全に骨折り損のくたびれもうけ…。
ベクトルは完全違う方向に。いつか向い合う時がくるのかしら?
ゆみのすけさん、いつもコメントありがとうございます。
とうとう…大バカ野郎まで(笑)おばか→大バカ野郎と…もうこれ以上進むところはないですよね(笑)

なぞの女性の存在は??

こんにちは^_^

残暑厳しいですね…

一日四回はお邪魔してます。更新がない時は、過去のを読んだりして、どの話も私のツボの作品がおおくて何度も読んでしまいます!!

今回の話もじれったく、しかもいい所で終わるので次は?次は?と展開が読めない所がさすがです。

ただ、離婚の話ばかりで直樹の洋服のことやあの直樹がおかずを交換していた女性が気になります。
琴子もいつもなら気にするのに…

水玉さん、忙しいとは思いますが三角も四角も好物なのでよろしくお願いします!

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ちぃさん、ありがとうございます。

御訪問ありがとうございます♪
足を何度も運んで下さるなんて、とても嬉しいです。

いい所で終わる…いやいや、そうしないと続きを読んでもらえないじゃないですか(笑)
「よし、この辺で次回ということで」とそこだけコソコソと考えながら書いてます(笑)

ああ、勿論その女性のこともちゃんと書いていきますよ。今はもう二人では問題にもなっていないようですけれど。
三角も四角も好物なんて、ありがとうございます!
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

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このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

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