日々草子 サブ・ローザ 14

サブ・ローザ 14





「親父がどうして俺の手のことを知っているんだ?」
息子の厳しい顔に、重樹は「あちゃあ」と頭に手をやった。
手のことを知っているのは、前田教授と琴子しかいないはず――。

「…実は琴子ちゃんから連絡をもらったんだ。」
「琴子から?」
「ああ。お前の手が上手く動かない。何でも心臓の治療の時にそれは起きるって。心臓というともしかして、わしのことを思い出すからじゃないかって。」
「琴子がそんなことを…?」
「お前が医者になることをずっと隠していたことを琴子ちゃんは見ていたんだろ。琴子ちゃんはお前とママが大ゲンカした時も本当に心配していたし。きっとお前とわしらのことをずっと心配していたんだろうな。」
「それで?」
「お前の心の奥底には、わしへの謝罪がずっとあるんじゃないかって。お前は優しいからわしを苦しめたことをずっと悔やんでいるんじゃないかと。」
「あいつがそんなことを…。」
「お前と話す機会を作ってほしいと懇願する電話をかけてきてな。まあ、琴子ちゃんがわしにあんなに必死に頼むくらいだから余程のことだろうと思って、大阪出張をなんとか設定して来たってわけだ。何と言っても可愛い娘だからな、琴子ちゃんは。」
「琴子が親父に電話かけて来たのって、いつ頃?」
「え?ああ、そうだな。確か…。」
重樹の答えは、直樹が琴子に離婚を申し渡したより前のことであった。

「…親父たちは本当に琴子が好きなんだな。」
父の口ぶりから、琴子への愛情が直樹に伝わる。
「そりゃあ、お前のような奴をこんなに慕ってくれるんだから。」
何を今更というかのような重樹。
「お前は本当に果報者だぞ。お前みたいな男にここまで付いて来てくれるんだから。お前の意地悪ぶりはすごかった。それなのにあきらめることなく、まあよくぞあそこまで尽くしてくれると感心しているよ。」
「そこまで言うか?」
思わず直樹は苦笑せずにいられなかった。
「琴子ちゃんと出会ったから、お前は医者になったのかもしれんな。」
思わず直樹はむせてしまった。
「琴子ちゃんと知り合う前のお前は、医者のような人と接する仕事につくように思えなかったからな。」
フフと笑う重樹。
「どれだけ変人扱いしてるんだ、息子を。」
「いやいや。今のお前がとても嬉しいって意味さ。」
「本当か?」
「勿論だとも。」
重樹は今日何杯目かの酒をクイッと飲み干し、「アハハ」と豪快に笑った。

「…そんな琴子ちゃんを泣かせたりしてないんだろうな?」
重樹はからかうように直樹を見た。
「ママがとにかく心配していてな。琴子ちゃんを泣かせてないか、とにかくそれだけを確認して来いって言われた。」
「…まあ、想像に任せる。」
「ったく、お前って奴は。」
やれやれと重樹は溜息をついた。

「とにかく、琴子ちゃんを大事にしろ。あんないい子、手放したらお前はもう誰も相手にされないからな。」
「うん…そうだろうな。」
「まったく、分かってるのか。」
重樹はまた溜息をついた。



食事が終わり、会計の番になった。
「もう頂いております。」
店の人間の言葉に、財布を出しかけた重樹、そして直樹が顔を見合わせた。
「ご予約の際にお支払い頂いておりますので。」
「それって…髪の長い?」
「左様でございます。髪の長い若い女性のお客様からでございました。」
琴子に間違いなかった。

「琴子ちゃん、店の手配に加えて支払いまでしてくれたのか。申し訳ないことしたな。」
店を出て重樹が悪いことをしたと繰り返す。
「お前からよくお礼を言っておいてくれ。」
「…ああ。」
果たして礼を言うことのできる関係になれるのか。直樹は不安であった。
ふと、重樹の視線を感じ、直樹は顔を上げた。
「…大丈夫だ、必ず良くなる。」
重樹は直樹の手を取り、ポンポンと叩いた。
「わしのことはもう何も気にするな。むしろ家族に医者がいてわしもママもアイちゃんも、裕樹も安心しているんだからな。」
「…ああ。」
父親の優しさを直樹はかみしめる。

「なあ、親父。」
「ん?」
駅に車が待っているという重樹を送りながら、直樹は訊ねた。
「もしさ、俺の手が元に戻らなくて…臨床にいられなかったとしても…。」
「それでも医者は医者だろ。」
直樹の言わんとしていることをすぐに重樹は察知した。
「その時、お前に出来ることを全力でやればいい。」
「琴子は…どうするかな?」
「はあ!?」
足を止め、重樹はポカンという顔をした。

「琴子ちゃんがどうするって?何だ、それ?」
「いや、あいつはさ。俺にその…理想の医者というか…。」
「んなもん、琴子ちゃんが求めているか、ばあか。」
重樹の「ばあか」の言い方は自分とどこか似ていると直樹は思った。

「お前、琴子ちゃんと何年付き合ってるんだ?馬鹿か?どこを見てるんだ?え?」
「いや、だけど。」
「琴子ちゃんはな、お前のいい所も悪い所も全て好きでいてくれているんだろ?んなこた、誰が見たって一目瞭然だ。」
信じられないといった風の息子に重樹は「やっぱりお前、どこか抜けている」と呆れる。
「いいか?さっきも言ったが、あんなに意地悪なお前をあきらめずに好きでいてくれたのは琴子ちゃんだけだ。普通の女だったらさっさと見切りをつけているところだ。そんな琴子ちゃんが臨床を外れたくらいでお前を見限ると?お前、それは琴子ちゃんに失礼ってもんだ!」
重樹はまたもや「馬鹿息子」と直樹を呼んだ。

「たとえお前が、突然素っ裸になって大通りを踊り歩いて捕まったとしても、琴子ちゃんは絶対別れることはないだろう。そういう子だ。いや、捕まったお前と一緒に警察へお世話になりますとか言いかねんな。」
「んなこと、するか!!」
思わず怒鳴った直樹に、なぜか重樹はにんまりと笑った。
「漸く、いつものお前らしくなったじゃないか。」
「え?」
「今日は本当に元気がなかったからな。そうか、そうか。手のことに加えて琴子ちゃんが愛想尽かすんじゃないかってことが怖かったんだな。何だ、お前も普通の男だな。」
「親父…。」
どうやら重樹にまんまといっぱい食わせられたらしい。

「お前は、会話が足りないんだ。言葉が足りないんだ。自分が一を聞いて十を知るからって他人もそうだと思うな。」
重樹の言葉がまたもや直樹の胸にグサリと刺さった。
「自分の気持ちを打ち明けることは恥ずかしいことじゃないんだからな。」
「…それができれば楽だけど。」
「簡単さ。わしなんてちゃあんと、ママに“愛してる”“綺麗だ”って言っているんだから。」
直樹は琴子に「愛してる」と言っている様子を思い浮かべた。
「…ま、そこまでお前に期待はしないが。」
まるで難問を解いているかのような顔をしている息子に、重樹は小声で呟く。
「とにかく、話は重要だ。忙しいだろうけれどちゃんと会話しろ。分かったな?」
「…ああ。」
話をしながら歩くと、あっという間に駅に着いた。そこでハイヤーが重樹を待っていた。
直樹は車が見えなくなるまで、その場でずっと見送った。



「これで、いいのかな?」
琴子は「入江琴子」と署名した離婚届を見つめた。
あとはこれを出せば全て終わる――。
「これで入江くんが楽になれるんなら…。」
重樹との会合はうまくいっただろうか。重樹からは「ごちそうさま」という連絡が入った。その際に「いつも直樹が世話をかけて悪いね」と言ってくれた。そんな優しい舅をこんな形で悲しませることになろうとは。

琴子はいつもより早く家を出て、区役所へ向かった――。





関連記事

comment

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

間に合うのかしら、直樹?

水玉さん、こんにちは。
九州の実家に帰省していました。
帰ってきて、お話を拝読させていただきました。
直樹と父親との食事の席を設けたのは琴子だったのですね。
直樹の手の事が心配で、知らせたのですね。
直樹も驚いていたようですが。
ここ迄、細かい配慮が出来るのが、琴子なんだよね。
それなのに、嫉妬心は旺盛で、琴子と離婚をして、琴子が幸せに馴れれば良いと。
でも、そんな事で琴子が幸せになる筈が無いでしょう。
あなたの事を意の一番の考える琴子だよ。
何を差し置いても、すべてあなた直樹の事を。父重樹の言葉の持つ意味、判るよね。
琴子は入江家のなくてはならない存在なんだよ。家族の一員なんだよ。
あなたを必要としてる琴子と、離婚して良いの、本音は別れたくないんでしょう?
琴子、重樹父から連絡あったから、離婚届けを提出に向かうようですね。
直樹、本当に琴子に『愛してる』と言った事は、琴子とここ暫く会話無いでしょう。
さぁ、急がないと、あなたが離婚届けを琴子に渡したんですから。
間に合うかなぁ??
直樹、琴子と別れても良いの???

tiemさん、ありがとうございます。

10、12とコメントありがとうございます。
お返事遅くなり申しわけありません。
そうなんです、入江くんのことを一生懸命考えて行動しているのが琴子ちゃんなんです。
入江くん、急がないと本当に大変なことになっちゃいますよね!

tomokoreikoさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。

私は琴子ちゃんが好きだから、どうしても琴子ちゃん寄りのお話になってしまいます。
でもそこを分かって下さって嬉しいです。
本当に言葉が足りませんよね、入江くんは。
琴子ちゃんじゃないと付き合っていけないかも(笑)
これからもどれだけ琴子ちゃんは泣くことになるのか…。
ぜひ続きも楽しんでいただけたらと思います。

まあちさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。
13話からの連続コメントありがとうございます。

そうそう、ママの勢いに押されがちだけどなんといってもあれだけの大企業を作り上げたんだから、それなりの凄さはあるのがパパです(笑)
入江くん、一人ドナドナってますよね~(笑)
そんな場合じゃないのに!

紀子ママさん、ありがとうございます。

10、12、13とコメントありがとうございます。
お返事遅くなり申しわけありません。

紀子ママさんのコメント読んで「そうだったっけ?」と慌てて過去作を振り返ったりしてました(笑)
凄い、そんなに覚えていて下さるなんて!書いた甲斐があります~(号泣)
どんどん紀子ママさんの入江くんへの評価が下がっていくのが、結構面白くて(笑)
とうとうミジンコまでいきましたか。もうこれ以上小さくなることもないのかな?
でもどんなに書いても、絶対紀子ママさんはうちの琴子ちゃんを見離さないからそこが嬉しいです^^

hinaさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。
12話から連続コメントありがとうございます。

余計なことを言われなくても内容を悟ることができるから、自分自身も言葉が少ないのかなあと勝手に思っちゃいました。
確かに琴子ちゃんは十を聞いて一を知るって感じですよね(笑)
そこをちゃんと理解しないと。でも照れもあって正直に話せないのかもしれませんね。
琴子ちゃんのスーパーマンな入江くん、本当に何とかしてくれるといいのですが。

ぴくもんさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。

やーん、ぴくもんさんだけでしたよ、そこに反応してくれたのは!
想像しながら私も書いちゃいました。
なぜか手に洗面器を持って踊る入江くん…ぷぷぷ。
愛想尽かすわけないんですよね。まあ、そこんとこをちゃんと書けたらいいなあと思うのですけれど…。

ぴくもんさんもタラコ経験者ですか!
しかもチョーさんって(笑)
私も高校生の時に初めてなりましたよ。文化祭で忙しくしていた時かな?
最近は唇がピリピリした時は「またか?」とおびえるようになっちゃいました。

ぴくもんさんのところでやる気注入しながら、頑張って続き書きますね!

彩さん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。

12話からのコメントありがとうございます。
あ~この一言に彩さんの気持ちが表現されてますね!
でも何か嬉しいです、ありがとうございます♪

カスガノツボネさん、ありがとうございます。

10、11、13とコメントありがとうございます。
お返事遅くなり申しわけありませんでありんす。

うんうん、本当に捨てちゃえって思う気持ちは分かります。
でもそれだと琴子ちゃんは寂しいままですしねえ…。
やっぱり入江くん次第なんですよね…可哀想に。
カスガノツボネさんが楽しんでいただいているご様子を見ると、とても嬉しいでありんすよ~。

そうですね、そろそろ琴子ちゃんに笑顔をあげたいところでありんす。

YKママさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけありません。
10、13とコメントありがとうございます。

そうなんですよ、自分勝手に考えて答えを出しちゃだめ~というのが今の入江くんに届くかどうか。
かなり思い悩んでいますしね。
愛妻は爽やかイケメンから告白されてるし。
自信喪失していく一方かも。

YKママさんの祈りが届くといいのですけれどね…。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

水玉

Author:水玉
『イタズラなkiss』のほかには『ゴルゴ13』が好きです☆
多数あるイタキスの二次小説の中で邪魔することなく、ひっそりとマイペースで我が道をゆきつつ生息しております。
そっと見守っていただけたら嬉しいです。

※当ブログに掲載されている文章及びイラストの無断転載・使用はご遠慮下さい。

現在の御訪問者
現在の閲覧者数:
御訪問ありがとうございます
このブログについてのお願い
当ブログは、『イタズラなkiss』の二次創作をメインとしておりますが、時折管理人の趣味や日々の出来事についての記事も書いております。

原作者様や関係各位とは一切関係ありません。

二次創作については、いわゆる原作の隙間をぬった作品もありますが、主人公以外のキャラクターをメインとしたものや オリジナルキャラクターが出てくるものもございます。

そして、原作と違った時代(平安や明治やその他の時代を舞台にしております)、異なる設定(主人公を医者と看護師じゃない職業にしております)で書いてあるものが多いですが、原作を冒涜しているつもりは全くございません。

二次創作が苦手という方及び原作のイメージと合わないと思われる方はどうぞお引き取り下さいますようお願いいたします。

コメント及びメールなどでの苦情及び批判は公開、非公開を問わず、私へ告げることはご遠慮いただけますよう、お願い申し上げます。

このブログ及び掲載されている話が嫌いだと思われたら、黙ってあなた様の中から、このサイトの存在を消去していただけますよう、お願い申し上げます。

カテゴリー+月別アーカイブ
 
最新コメント
最新記事
カボチャの世界
Private
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
リンク