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2013.08.04 (Sun)

サブ・ローザ 11

続き、お待たせしてすみませんでした!
あとお返事も滞ったままで申し訳ありません。






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「おはようございます、入江先生。」
同僚の声に、琴子はスタッフステーションに直樹がやってきたことを知った。
「…おはようございます。」
「寺崎さん、どう?朝は食べた?」
琴子の挨拶に答えることなく、直樹は電子カルテの確認を始めた。
「いえ、ほとんど残していました。」
「そうか。」
琴子に背を向けたまま、直樹はモニタから目を離さない。その背中がはっきりと自分を拒んでいるかのようだと琴子は思う。

「このままだと、点滴になるな。」
それだけは避けたいというのが直樹と琴子の、現在唯一の共通した考えである。
「食べられそうなもの、聞いてみます。」
「そうだな。」
直樹は患者の顔を見に、最後まで琴子と目を合わせることなく慌ただしく立ち上がった。
それを見ていた琴子の目が驚きで大きくなった。

「ねえ、ねえ、相原さん。入江先生のシャツ、見た?」
同僚が琴子の傍で囁いた。
「なかなか、おしゃれよね。さすが入江先生、ああいう所もちゃんとしてるんだ。」
「そう?よく見えなかった。」
「あら、惜しいことしたわね。あれ、自分で選んだのかしら?」
「…どうかしら?」
よく見えなかったというのは嘘だった。
今日は外来が入っているのか、直樹はいつものケーシーではなく白衣を羽織っていた。その中に見えたシャツ、初めて見たシャツを琴子には忘れられなかった。

そして、琴子はそのシャツを選んだ人間が誰かということも知っていた。

それは数日前のことであった。
一人になって琴子は自炊をしなくなっていた。休みだったその日も、適当に惣菜を買って帰ろうとしていた。

「入江先生、これ、これなんてどう思います?」
突然の声に、琴子は振り返った。
視線の先には、黒田がいた。そしてその隣には直樹――。
「いいなあ、これ。ちょっと見てみましょうよ。」
黒田が直樹の腕を引っ張って、店の中へと入って行く。そこはどうやらメンズの服を扱うう店らしい。

―― きっと、あの時選んでもらったシャツだろう。
自分だって直樹の服なんて選んだことは滅多になかったのに。その座を易々と手に入れた黒田に、琴子は嫉妬を覚えずにいられなかった。



「あっ。」
他の患者の検温を終えてきた琴子は、ちょうどやって来た理志と出くわした。
「来て下さったんですね。」
思わず琴子の顔がほころんだ。理志はあの言い争いの日以来、姿を見せていなかった。
「東京で仕事を片付けてきたので。」
「東京?ああ、そうですね。秘書さんですもんね。」
「秘書さん」という琴子の言い方が可愛かったのか、理志はついクスッと笑った。

「…親父、どうですか?あまり具合よさそうじゃないみたいですが…と、俺に言う資格はありませんけれど。」
「そんなこと。」
VIP病棟の通路に設置された椅子に、二人は腰かけた。
「こうして顔を見せて下されば、寺崎さんも喜ばれます。」
「それはないと思いますけれど。」
自嘲気味に笑う理志を見ると、琴子の胸は痛んだ。

「病人にあんな怒鳴るなんて、本当に最低ですよね。」
理志はかなり反省をしているらしい。
「まあ…色々事情があるみたいですし。」
さすがにそんなことはないと否定は琴子にもできなかった。事実、あの時、もう少し理志が寺崎に気を遣ってくれたらと思った。
「親父に選挙に出ることまで勝手に決められて、ついカーッとなってしまったんです。」
「でも、選挙にいずれ、出ることは決まっているのでは?」
「まあ、周囲もそう考えてはいますけれど。」
「…理志さんは、政治家にはなりたくないんですか?」
こんなに秘書として一生懸命働いているのにと琴子は思う。
「なりたい、って言ったら嘘になるかも。」
理志は「ふう」と溜息をつく。

「親父は俺に父親らしいことを何一つしてくれませんでした。生みの母親から奪ったのは、ただ跡取りが欲しかったからです。跡取りさえできれば、あとは放置です。」
「放置…。」
「ええ。政治家の息子らしく名門の小学校に放り込まれました。親父の一存で。大学までエスカレーターですが、学部まで親父が決めました。決めたっていうか、それ以外に入るなんて考えるなって感じで。それが父親の役目だと思っていたんでしょうね。いや、自分を父親となんて考えていないんじゃないかな?」
「そんなことはないでしょう。」
「どうですかね。」
琴子の言葉に、理志は肩を竦めた。
「もし、父親だと思っていたら、俺があの人に冷たくされていた時庇ってくれたんじゃないでしょうか?」
「あの人っていうのは…。」
「親父の正妻さん。」
琴子の想像通りの答えが返ってきた。やはり、あの波名子という女性は理志に冷たくしてきたわけである。
「ああ、別に飯を食わせてくれないとか、そういうわけじゃないですよ。ただ、徹底的に俺のことを無視しただけです。あの家で俺と顔を合わせても、まるでそこに俺がいないかのような態度だっただけ。」
そんな辛いことを平気な顔でサラッという理志。琴子の胸はまた痛む。

「まあ、そんな家で育ったんです。そういう流れだと、こう、親父に逆らうのも疲れるというか、そんな気になって今までズルズルと。それが積もり積もっていて、まあ、タイミング悪くあんな状況で爆発させてしまいました。」

理志の話を聞いて、琴子は直樹と重樹のことを思い浮かべていた。
父親の期待通りの道に進まなかった直樹――。


「理志さんは、何かやりたいことがあるのですか?」
琴子は訊ねた。
「やりたいこと?それすら考える暇もなく生きてきましたが。」
「…私の知り合いに、理志さんと似ている環境で生きていた人がいました。」
「俺と同じ?愛人の子ということですか?」
「いえ、そこは違うのですが。その、親…御さんが跡を継がせたかったのだけどそれに反対したという意味で。」
「そうなんですか?」
自分と似た環境ということで、理志は興味が湧いたらしい。身を乗り出してきた。
「その人も、すごく優秀で。優秀なだけにお父さんが期待していて。自分の跡を継がせるんだって張り切っていて。」
「それで?」
「最初その人は特にやりたいことがなかったので、大学も先生やお父さんが勧めるままにT大に行くつもりだったんです。」
「T大!?すごく優秀じゃないですか!俺と全然違いますけど。」
「だけど、ちょっとしたアクシデントでT大に行けなくて。別の大学へ進みました。」
「…それはお気の毒でしたね。」
「ですが、その後、その人はやりたいことを見つけました。見つけたんですけれど、それはお父さんの跡を継ぐことではなくて。それを知ったお父さんはガッカリして。お母さんはお父さんに酷いことを言った息子を叩いてしまって。」
「…修羅場ですね。」
「ええ。だけど、その人は自分のやりたいことを貫きました。今はその道で活躍してます。」
「それは本人にとってはよかったでしょうけれど、ご両親はその後許して下さったんですか?」
琴子は頷いた。
「長い時間がかかりましたけど、最終的には認めてくれました。」
「それはよかった。」
理志はホッとした顔をした。

「…私が言いたいのは、本当にやりたいことがあったら親とぶつかっても貫けばいつかは認めてもらえるのではということでして。あれ?これって今の理志さんと何の関係もないですね?」
長々と話した割には、全く今の状況に関係のないことだったと琴子は焦った。
「いえ、琴子さんの懸命な様子に救われた感じはします。」
理志は的外れと怒ることもせず、微笑んでくれた。
「確かに、俺のしたことは子供のヒステリーですね。」
「そんなことはないです。」
「いえ、似た環境とはいえ自分が恥ずかしくなりました。」
「そんな。」
「もっとも、俺は親父に期待されているわけではありませんけれど。」
理志のわだかまりは解けていなかった。
「政治家の家系を絶やしたくないだけなんですよね。親父も周囲も。俺が全く使えない人間でもどんな手を使っても跡を継がせるでしょう。」
「そんなことはないですよ。」
琴子の励ましに、理志はフッと笑って立ち上がった。

「やはり、今日は帰ります。」
「お父さんに会って行かれないんですか?」
せっかくここまで来たのにと、琴子は悲しくなった。
「ええ。また言い争いになると大変ですから。琴子さんの話を考えて、もう少し頭を冷してきます。」
エレベーターの方へ向かいながら、理志が「そうだ」と足を止めた。
「その知り合いの方、何の道を選ばれたんですか?」
「へ?何の道?」
そこまで考えていなかった琴子は戸惑った。

「ええと…花火師さんです。」
直樹だとばれないように、医者と勘付かれないようにと、なるべく遠い職業をと考えた琴子はとんでもない名前を口にした。
「それは…親御さんも別な意味で心配されたでしょうね。危険だし。でも夢のある素敵なお仕事ですね。」
「ええ、まあ…ですね。」
と曖昧な返事をする琴子であった。



「…俺がいつ、花火を打ち上げた?」
もう一度寺崎の様子を見に来て、たまたま二人の話を聞いていた直樹の呟きは琴子の耳には聞こえなかった。
だが、そう呟く直樹の口元には微笑が浮かんでいた。





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 |  2013.08.04(Sun) 23:12 |   |  【コメント編集】

水玉さん更新ありがとうございます♪

直樹さんのお馬鹿~~~!!!!と、
何度叫んだ事でしょう!!
けど、最後の一行に救われました!
本当に直樹さんには言いたいことが山の様にありますが
今回は黙っています。
そして琴子ちゃん♪
頑張るんだよ!!大丈夫大丈夫!!
ゆみのすけ |  2013.08.05(Mon) 11:43 |  URL |  【コメント編集】

★えまさん、ありがとうございます。

お返事遅くなり申しわけございません。

えまさんのお宅のイベント、楽しませていただいております!
琴子の泣き顔にちょっと萌えてしまいました♪
花火師直樹(笑)、どんな感じなんでしょうね?
ハッピとか着ているんだろうけど…なんかすごく似合いそう!
水玉 |  2013.08.23(Fri) 12:05 |  URL |  【コメント編集】

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